日々草子 天使と悪魔 15 (最終話)

天使と悪魔 15 (最終話)

数日後、薫の手術は行われた。
直樹の励ましがきいたのか、薫自身も頑張り、奇跡的に助かった。
「先生…本当にありがとうございました。」
終了後、哲也は涙ながらに直樹の手を取って、何度も何度も感謝の言葉を口にした。
勿論、琴子も、
「ありがとう!やっぱり入江くんはすごいよ!天才!」
と抱きついて泣きながら喜んだ。直樹は薫を天国へ行かせなかったことも嬉しかったが、琴子に感謝されることも同じくらい、嬉しかった。
「お前が言ってたからな。俺はどんな病気だって治せるって。」
自分が医者になるきっかけとなった琴子の台詞を思い出しながら、直樹は琴子を抱きしめていた。

手術が成功すれば後は早かった。
数週間後、薫は哲也に手を引かれ、退院する日を迎えた。

「よかったね。退院おめでとう。」
病院の玄関先で琴子が花束を薫へ渡した。
「ありがとう。琴子ちゃん。」
薫は笑顔を見せた。そして、
「これ…。」
と画用紙を丸めてリボンで結んだ物を琴子へ差し出した。
「あ、薫くんの絵ね。ありがとう!」
リボンを解こうとした琴子の手を、
「あ!琴子ちゃん。今は見ないで!」
と薫が止めた。琴子は薫の態度に首を傾げたが、
「うん。わかった。後でこっそり見るね。」
と、リボンは解かないことにした。

「それから…先生。」
今度は薫は、直樹を手招きした。それが腰をかがめてほしいという意味だと直樹はすぐに分かり、しゃがんで、薫の目線に合わせた。
「何?」
薫は少しモジモジしていたが、やがて直樹に耳に自分の顔を近づけ、こっそりと何かを囁いた。
それを聞いた直樹は一瞬、表情を変えたが、すぐに笑顔になり、黙って薫の頭を優しく撫でた。

何度もお礼を言いながら、哲也と薫は迎えのタクシーに乗り、病院を後にした。
後部座席の窓からいつまでも手を振り続ける薫に、琴子もずっと手を振り続けた。

「…男の子も悪くないな。」
病院の中へ歩きながら、直樹がポツリと言った。それを聞いて琴子は、
「うん。男の子、可愛いよね。」
と笑顔で返事をした。
「でもあんな悪魔みたな子供はごめんだけど。」
本当はそんなこと思ってないくせに、と琴子は内心思いながら、
「…入江くんに似なくて、私に似れば天使の男の子だよ。」
と琴子が言い返し、直樹は琴子をギロリと睨んだ。

「ねえ?さっき、薫くんと何を二人で話してたの?」
琴子が話題を変えた。
「内緒。」
直樹の素っ気ない返事に琴子は口を尖らせた。が、その時直樹のポケットから何かが落ちたのが目に入り、拾う。
「入江くん、落としたよ。」
拾い上げた物に琴子は少し驚いた。それは、琴子も持ってるマンションの鍵だったが、それには不細工なラクダのキーホルダーが付いていた。
「付けてたんだね。」
渡しながら琴子がからかうような目線を直樹に送った。
「それ選ぶのに、凄い時間かかったんだよ。いろんなキーホルダーを手に取って、真剣に選んでたな、薫くん。それを見ていて、薫くんは実は入江くんのことが大好きなんだなあって思った。」
「あ、そ。」
直樹は素っ気ない返事をしながら、受け取った鍵を無造作にポケットへ突っ込んだ。

琴子は、薫からもらった絵を広げた。
「あ…。」
琴子の様子に、直樹が立ち止まった。
「何だよ?またあいつ、お前のこと、実物の何倍以上にも美人に描きやがったんだろう?」
琴子は微笑んで、画用紙を元のように丸めた。
「どうかなあ?」
直樹にそれを渡し、琴子は「先に戻るね」と言い残し、足早に立ち去った。
「何だ、あいつ?」
直樹は受け取った画用紙を広げた。
「何だ、これ…。」

そこには“いりえせんせい”と描かれた文字と共に、直樹の似顔絵が画用紙一杯に描かれていた。
「…ようやく“悪魔先生”から卒業できたか、俺も。」
絵を眺めながら、直樹は微笑んだ。そして先程、薫から言われた言葉を思い出していた。

“僕、大人になったら先生みたいなお医者さんになって、僕と同じ病気の子を治してあげるね。”

「帰ったら琴子の絵と並べて、壁に貼るかな。」
直樹は大事そうに画用紙を丸めながら、そんな独り言を呟いた。

                                               (終)
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