日々草子 熱海の夜 前編

熱海の夜 前編

トンネルを出るとそこは雪国…ではなく、熱海だった。
駅に到着し、電車を降りて、琴子は息を吸い込む。
「私、東京離れたの、初めて!直樹さんは?」
傍らに立つ直樹を笑顔で見る。
「大磯に別荘があるから。」
「おお、お金持ち!」
琴子の揶揄に構うことなく、直樹は荷物を手にスタスタと改札へと向かう。
琴子も慌てて後ろを追いかける。
追いかけながら、
「でも何で直樹さん、着物なんだろ?」
と首を傾げる。
いつも洋服の直樹なのだが、今回はなぜか琴子が縫い上げた着物と袴を身につけている。それが琴子には嬉しいのだが、不思議でもあった。

昨日、入江家でのささやかな結婚式を挙げた二人は、今朝東京を発ち、熱海へと新婚旅行へやってきた。

「お疲れ様でございました。入江様、お二人様でございますね。」
宿に到着すると女将が愛想よく出迎える。
二人は案内の宿の女中に導かれ、宿泊する部屋へと足を進める。
そして、部屋に到着し、女中が出て行った。
琴子は荷物を置き、窓へ近寄る。
「わあ!海!海が見える!」
はしゃぐ琴子に、
「そりゃ熱海だから見えるのが当たり前。」
と素っ気ない直樹。

そこへ先程の女中が、お茶と宿帳を運んできた。
「御夫婦でいらっしゃるのですか?」
女中の質問に、琴子が「御夫婦…。」と酔いしれると、
「ええ。」
と一言だけ返事し、宿帳へと記入する。そして女中が再び出て行くと、琴子は、
「直樹さん!」
と直樹の袖を掴んだ。
「今の言葉、聞いた?」
「何を?」
「私たちを見て、御夫婦ですかって言ったわよね?」
「言ったけど?」
それを聞き、琴子は直樹の腕を引っ張ったり押したりして興奮して叫んだ。
「ちゃんと見えるのね!夫婦に!だって一緒にいると、いつも女中さんですかとか、妹ですかって訊かれたから!」
直樹は腕を振りほどきながら、答える。
「それが何なんだよ。その時は俺が洋服で、お前が着物だから釣り合ってなかったからだろ。」
その言葉を聞き、琴子は漸く気がついた。
「あ、もしかして…ちゃんと二人が釣り合って見えるように、直樹さん、着物を着てきてくれたのかしら?なんか、昨日のお式の時といい、直樹さん優しくなった!」
そんなさりげない直樹の優しさが琴子には嬉しくてたまらない。つい、声に出して気味の悪い笑い声を上げる。
「気持ち悪い奴…。」
直樹はそんな琴子を呆れた目で見ていた。

直樹が見て回る場所を帳場で尋ねてきて部屋に戻ると、琴子は壁にもたれて眠っていた。
「ったく…。」
風邪を引くだろうと、押入れから布団を出し、琴子にかける。
「新婚旅行で昼寝って、どういう神経なんだ?」
そんな独り言を言いながら、直樹は昨日の夜のことを思い出していた…。

式が終わった後、ささやかな宴席が設けられ、皆それぞれ楽しんでいた。
「それで…今夜はどちらの部屋で休むの?二人とも。」
紀子の何気ない一言に、その場にいた皆は一斉に口にした食べ物、飲み物を噴き出す。
「あ、あの…?」
琴子は一番顔を赤くして口ごもった。
「あら、だって今日から夫婦なのよ?夫婦は同じ寝室でしょう?」
あっけらかんと言いのける紀子に、冷静に直樹が言った。
「まだ部屋も何もそのまんまじゃないか。」
「そ、そうです!」
渡りに舟とばかりに、琴子も同調する。
「ああ、そのことなんですけどね。」
直樹の言葉を受けるようにして紀子が思い出したように言った。
「あなたたち、明日と明後日、旅行に行ってらっしゃい。」
今度は直樹と琴子が目を向いた。そして同時に声を上げる。
「どこへ?」
「突然何を?」

「お部屋で思い出したのだけれど、明日と明後日であなたたちのお部屋、ちゃんと夫婦のお部屋に改装するから。職人さんとか入って、あなたたちがいられると邪魔だから熱海に行ってらっしゃい。」
「熱海…。」
突然のことに琴子が呆然と呟く。
「いきなり言われても、宿がとれない。」
直樹はまた呆れた。
「あ、もうちゃんとお宿の手配は済んでいてよ。それから汽車の切符も。」
紀子は準備万端だった。そんな紀子を誰も止められなかった…。

宴もおひらきになり、各自、自分の部屋へ戻ろうとした時、紀子が直樹を呼び止めた。
「あ、直樹さん。」
「今度は何?」
そして琴子がまたもや顔を赤くするようなことを紀子は言った。
「琴子さんにこそこそ夜這いをかけるような真似はしないんですよ。行くなら堂々と部屋をノックして入れてもらいなさいね。」
「はあ?」
直樹はもう何も言うことをせず、さっさと二階へと上がってしまった。

「おい。」
琴子がまだ顔を赤くしたまま、部屋へ入ろうとした時、後ろから直樹が声をかけた。
「はい?」
上ずった声を出し、琴子は振り向く。
「明日の準備、ちゃんとしておけよ。忘れ物ないように。」
道徳的な言葉に、琴子は拍子抜けする。
「わかった。」
そしてドアを開けようとした時、またもや、
「おい。」
と声をかけられる。
「何?」
「…それでどっちの部屋で寝る?」
意表を突いた直樹の言葉に、琴子はまたもや顔を真っ赤にした。
「え?ど、ど、ど、どっち…?」
やはりそういう流れなのかと琴子はあたふたとする。そんな琴子を見て、
「冗談だけどな。」
「あ、冗談…よね。」
安堵する琴子に、更に直樹は続けた。
「ま、気が向いたら行くよ。」
そして自分の部屋へと戻っていった。
「き、気が向いたら…?」

その夜、琴子は紀子の「夜這い」という言葉と、直樹の「気が向いたら」という言葉が頭から離れられず、家鳴りがした時、風が窓を叩く音がする度に、ドアを見るという時間を過ごしたため、一睡もできなかった…。


「ま、俺もからかいすぎたけどな。」
昨夜の琴子の顔を思い出して、直樹は軽く笑った。
「眠れなかったんだろうなあ…こいつのことだから。」

一緒に散歩に行く琴子が眠ってしまったため、やることがなくなってしまった直樹はふと、荷物に目をやる。
「何か、いやに重かったんだよな。」
そう言いながら、鞄を開けた。
「こいつ…。」
鞄の中に入っていた物を見て直樹は少し驚き、そしてすやすやと眠っている琴子を見た。
そこには置いてきたはずの、直樹がいつも絵を描く時に使う道具一式が入っていた。
恐らく、琴子が旅先でも描けるようにと思い、こっそりと入れたのだろう。直樹は二人で過ごす時間が大事だからとわざわざ置いてきたのだが…。

「余計な気を遣って…。」
直樹は眠っている琴子の三つ編みを、起こさない程度にそっと引っ張り、笑った。
どうやらしばらくは目を覚ましそうもないので、直樹は琴子の好意を受け取り、道具を手に部屋を出て行った。

-------------------------------------------
♪あとがき
『万華鏡』のその後、新婚旅行編です。
私は一応、昭和生まれなので、ちょっと明治時代の熱海は見たことがないのですが…。
熱海に足を運んだのは平成になってからですし(^^ゞ
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comment

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ほーーーーーっっほっほっほ・・・・・

見事に負けてくれたわね!ほーっほっほっほ!!

さ、後編読みに行こうっと!!ほっほっほ!!





↑ある意味、ほぼ私信ですねこれ・・・すみません(エヘ)

きゃー待ってました

やった続きだ!!!新婚旅行だ!!!

ご夫婦!!

水玉さん、続編ありがとうございます。
トンネルをで始まり雪国かという出だしで始まった二人の新婚旅行。琴子の初々しさ。
女中さんのご夫婦でいらっしゃいますかに、酔いしれる琴子。いつも妹、女中に間違えられていたから。
だから今回は着物で来たと。
新婚旅行も直樹の母の手配で熱海に来る事に。
部屋の模様替えですね。
だからいってらっしゃいですね。
式の夜直樹の夜這いで一睡もしないで旅行に出たのですね。荷物に画材道具を入れて。
優しい心遣いですね。

ありがとうございます

アリエルさん
ええ!負けましたよっ(笑)←自棄(笑)
すっかりばれてたか…(恥)しかも、この高笑いコメントに噴いちゃったわよ!

ミルクさん
やっぱりここは書いておかないとっ!って感じだったので♪

tiemさん
初々しいですか?結構この話の琴子はおしとやかになっちゃうんですよね。
もう少しお転婆でもいいかなあと思いつつ、なかなかうまくいなかくて…。

プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

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