日々草子 天使と悪魔 7

天使と悪魔 7

次の撮影までは間があるらしく、哲也は病院へ毎日来るようになった。それは息子の薫も大喜びで、その顔を見る琴子も嬉しい。
病院にて琴子は哲也とよく話をするようになったことは当然なことで、談話室などで二人が楽しそうに談笑する姿がよく見られるようになった。

その日も、琴子と哲也は談話室で哲也が出した写真集を見ながらお喋りをしていた。
「すごい!こんな本が出せるなんてカメラマンとして一流になったんだね。」
琴子が素直に感嘆の声を上げる。
「でも、T大出てすぐにカメラマンになったの?」
琴子の質問に哲也は答えた。
「いや。大学の途中で留学して、帰国した後卒業して、一旦は商社に銀行に勤めたんだ。」
「すごい!エリートじゃない!」
「でも写真を撮ることが忘れられなくて、数年で銀行辞めちゃって、カメラマンに弟子入りしたんだけどね。」
自分の知らない幼馴染のこれまでの人生に、琴子は興味津々で耳を傾ける。
「どうにかカメラで飯が食えるようになった頃…あいつが病気になっちゃってさ。外にあまり出られなくなったあいつに、好きな動物の写真を見せたくて、それで動物を撮るようになったってわけ。」
その話を聞く琴子の目は既に涙ぐんでいる。

「あいつ…あんまり良くないんだってな。」
哲也が悲しそうに呟いた。
「昨日、先生から話を聞いた。」
薫の状態はあまり思わしくないことは琴子も承知している。
「…うん。」
詳しいことを琴子の口から話すわけにはいかないので、琴子も曖昧な返事しかできない。
手術をすれば良くなるのだが、その成功率が数パーセントしかないのだった。
もっともそのことも、哲也は主治医の直樹から聞いているはずだった。

「あいつ…もう動物園に行けないのかな?」
哲也の言葉に、琴子は、
「何言ってるの!お父さんがそんな弱気なこと言ってはだめじゃない!」
と強気に励ました。
「薫くんだって、一生懸命病気と戦っているんだよ?お父さんも頑張らないと!」
琴子の一生懸命な様子に、哲也は黙って笑うだけだった。

その夜、琴子は直樹にあることを頼んだ。それは薫に外出許可を与えてほしいとのことだった。
「そんな許可出せない。」
直樹の言葉は予想通りのものだった。それでも琴子はあきらめない。
「じゃ、手術で必ず助けてくれる?」
「そんなこと約束できない。」
確かに医者の立場からはそんなことを安易に言えないのは、琴子も百も承知だった。それでもやはり直樹なら絶対治せると信じていたいと思って、そう返事が来ることを分かっていた上で訊いたのである。

「だって…最後に見たのが写真の動物なんて可哀想じゃない。」
琴子の言葉に、直樹はベッドの上で楽しそうに父親が撮ってきた写真を見る薫の様子を思い出す。確かに可哀想だと思うが、医者の立場から言って、許可を安易には出せない。
「絶対、あたしが無理しないようにするから!」
琴子はなかなか引き下がらない。

「…あのモジャ男も一緒?」
「モジャ男…?ああ哲ちゃんのこと?ううん。何か個展とかの準備があるから忙しいみたい。」
その言葉を聞き、安堵する自分が嫌になる。
「…私と二人だけではやっぱり不安…だよね。」
しょんぼりする琴子を見て、直樹は考えた。
最後になるかもしれない思い出…それに琴子も看護師としての経験もそれなりには積んでいる。無茶はしないだろうし、もしもの際は救急車を手配することだってできるだろう。こちらで何が起きてもいいように待機しておけばいい…結局、その結論に直樹は達した。

「…明るいうちに帰ってくること。決して無理はさせない。少しでも具合が悪くなったらすぐに病院へ運ぶ…これ、絶対守れるな。」
その言葉に、琴子は目を輝かせた。
「うん!大丈夫!私の命に代えても守るから!ありがとう!」
そして直樹に抱きついた。
「よかった…!好きな動物、たくさん見せることができる!」

翌日、早速琴子は薫にそのことを告げた。薫は目を輝かせて大喜びをした。
「よかったね。先生がお出かけしてもいいって言ってくれたんだよ。」
琴子は気を遣い、少しでも直樹の心証を良くしようとする。

が、琴子がその場を離れた後、薫は、
「…悪魔先生、何を企んでるの?」
と毒を吐いた。
「何も。」
直樹は昨日同情を寄せたことを半ば後悔した。この裏表のある性格になぜ琴子は気がつかないのかが不思議だ。

薫が一時外出をする日の朝から琴子は張り切って弁当作りをしていた。
子供より琴子自身が楽しみなのか、鼻歌まで歌っている。
その声で目が覚めた直樹は、ベッドから起き上がり、琴子の後姿をしばし眺めていた。
が、どうにも危なっかしい手付きが気になり、自然と手を出す。
「手伝ってくれるの?」
嬉しそうな琴子に、
「…変なもん食わせて、あのガキがおかしくなったら困るのはこっちだからな。」
と答える。
それでも琴子は二人で並んでキッチンに立てることが嬉しく、笑っている。

「いつか…。」
出来上がった料理を詰めながら、琴子が呟いた。
「何だよ?」
直樹の言葉に、
「ううん。何でもない。」
と、琴子は首を振った。
「変な奴…。」
そう言う直樹に琴子は「エヘヘ」と笑うだけだった。

琴子がお弁当を持って病室へ行くと、すでに着替えを済ませた薫がベッドに腰掛けてニコニコと笑っていた。
「じゃ、行って来ます!」
見送りにきた直樹に手を振った後、二人はエレベーターへと向かった。

そこへ、
「おーい!」
とエレベーターから出てきた人物がいた。
「パパ!」
薫が哲也へと駆け寄る。
「今日一日スケジュールを空けたんだ。一緒に行けるぞ、動物園!」
哲也が薫を抱き上げた。
「本当!?」
薫がとびきりの笑顔を見せる。二人を見る琴子も嬉しそうだ。
そして、三人は仲良く外出していった。
その様子を見て直樹は溜息をついた。
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Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
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