日々草子 万華鏡 25

万華鏡 25

その頃、直樹は珍しく仕事が早く終わり、車で帰ることを断りぶらぶらと歩いていた。
「おーい!」
後ろから誰かに呼ばれ、直樹は振り向いた。呼んだのは知らない男だった。
「あんた、あの時の学生さんだろ?」
「え?」
その男は、かつて直樹が金時計を質に入れた質屋の主人だった。
「この辺じゃ見かけない、綺麗な顔をした学生さんだから覚えていたんだよ。質屋とは縁がなさそうな顔だったし。」
その言葉を聞いて、思わず直樹は笑った。
「あの子、あんたの知り合いだろう?」
「あの子?」
直樹の不思議そうな顔に構わず、質屋は続けた。
「ほら…あんたの時計を出しに来た女の子だよ。」
「女の子…もしかして、髪をお下げにして、着物を着た…?」
直樹は琴子の外見を言った。
「そうそう。やっぱり知り合いだったんだね。あの子、必死だったからさ。伝えたいことがあったんだけど、顔を見せないし。そしたらここであんたに会えたから良かったよ。知り合いなら伝えてもらおうと思って。」
「何をですか?」
「いや…あの子が時計の代わりに預けた物、あれは大事なものだろうから、流さないで待っているよって…。」
そこまで聞いて、直樹は顔色を変えた。
「あいつは…一体何を預けたんですか?」

翌日、休みなので直樹は琴子のお気に入りの場所、池のほとりで買った焼き芋を食べながら絵を描いていた。
「不味い…。味が全然しない。」
琴子と一緒に食べた時はおいしかったんだがと思いながら、直樹は焼き芋を見つめていた。
「今度は直樹さんかい?」
後ろから声をかけられ、直樹が振り向く。トヨが立っていた。
「この間は小娘がここに座っていたよ。」
「…そうですか。」
直樹は残りの焼き芋を一気に口に入れると、絵の続きを描き始めた。
「…結婚するんだってね。」
「あいつに聞いたんですね。」
描く手を止めずに、直樹は言った。
「…それは婚約者の顔じゃないね?」
「…癖になってるんですよ。この顔を描くのが。」
―――直樹が描いていたのは、琴子の顔だった。
暫く黙って直樹は琴子の顔を描き続けた。トヨは黙ってそれを見ている。

「トヨさん、知っていたんでしょう?」
不意に直樹が口を開いた。
「何を?」
「あの時計…トヨさんが質屋を脅して取り戻したなんて話してたけど。」
「小娘に頼まれたんだよ。私から渡してほしいって。この時計は、直樹さんとお父さんにとって大事な物だからって。」
直樹は描く手を止めた。
「あいつは、いつも余計なことばかりするんだ…。」
直樹は続ける。
「人の邪魔するし、隠していた場所は見つけて、勝手に居座る、できもしないのにやるんだって手を出す、難しいことも知らないくせに、絵の勉強しろとか言うし…。うっとうしいこと、この上ない。そして、自分のことはいつも後回しで俺のことばかり考えて…。」
「…そこが好きなんだろう?」
トヨの言葉に返事をせずに、直樹は言った。
「絵を教えた時も、絶対あきらめなかったけど。途中で音を上げるに違いないと思ってたけど。根性だけはあるんだよな。」
直樹の言葉にトヨが言った。
「あの小娘は直樹さんしか見ていなかったからね。私だって敵わなかったよ。」
直樹が少し笑った。

「あんたたちが、お互い、別の人間と結婚するとはね…。」
トヨの言葉を聞き、直樹が驚いて聞き返した。
「お互い…?別の人?…どういうことですか?」
今度はトヨが驚く番だった。
「知らなかったのかい?あの小娘、嫁に行くんだとさ。」
「誰と…?」
直樹の表情にトヨは更に驚いたが、話を続けるしかない。
「幼馴染とか…。俥屋のおかみさんになるとか話してたけど…。直樹さん?」
トヨの声など全く直樹の耳には入っていなかった。ただ、琴子が結婚という事実だけが直樹の頭の中を巡っていた。

「痛い!」
「大丈夫ですか?」
包丁で指を切った琴子が上げた悲鳴に驚いて、金之助が駆け付けた。琴子は今日も金之助の家に来ていて、料理をぎこちない手つきで作っていた。
「ああ、大丈夫。大したことないから。」
金之助は琴子が切った指を持ち上げて、自分の口に近付けようとした。
おもわず、琴子は指を金之助の手から振り払ってしまった。
「あ、ごめんね…。でも本当に大したことないから。」
慌てて琴子は取り繕ったが、金之助は暗い表情になって言った。
「…お嬢さん、本当は俺との結婚、気が進まないんじゃないですか?」
本心を言い当てられ、琴子はギクリとしたが、すぐにばれないように笑顔で答える。
「そんなことないわよ。だって、自分で決めたことなのよ?」
琴子はごまかして、また包丁を手にした。
「それなら…。今夜、泊って行ってくれますか?」
金之助の言葉に琴子は包丁を止める。
「結婚するのなら、泊って行ったって問題ないでしょう?」
「まだ結婚してないから、それは…。」
琴子は金之助に背を向けたまま、言葉を返した。
「本当に俺のこと好きなら、泊ってくれるんじゃないんですか?」
その言葉に琴子は何も返せなかった。
「やっぱり…。」
琴子の無言の返事を知り、金之助は肩を落とした。
「…今日は帰ってもらえますか?俺も一人になって考えたいので。」
その言葉に、琴子は黙って頷き、金之助の言ったとおり、今日は帰るしかなかった。

「…私って最低。金ちゃんを利用して、結局傷つけるだけなんだもの。」
歩きながら、琴子は自分を責めていた。
「いつまでも…こんな物を持ち歩いているんだものね。」
琴子は巾着の中から、直樹が作ってくれた万華鏡を取り出した。
「未練がましいもいいところよ。」
そこへ雨が落ちてきた。降り出したと思ったら、たちまち激しくなる。琴子は万華鏡を手にしたまま、雨宿りをする場所はどこかに見つからないかと、小走りになった。
「あっ…!」
雨で足元が不安定だったことで琴子は転んでしまった。万華鏡が転がっていき、前を歩いていた人間がそれを踏みつけた。
「嘘!」
慌てて起き上がった。踏んだ人間が何を踏んだのかと、万華鏡を拾い上げている。
「それ、私のなんです…!」
琴子は急いで拾った人間の元へと走った。どうやら男性らしく、袴姿に高下駄である。高下駄で踏まれたので、最早万華鏡は原型をとどめていなかった。
「ありがとうございます。」
差し出された万華鏡を、お礼を言って、琴子は泥だらけの姿で受け取り、相手の顔を見た。
「え…?」
驚きのあまり、目を見開いた琴子に、その人物は声をかけた。
「ひどい格好だな。」
―――そこに立っていたのは、琴子が心を込めて縫い上げた着物と袴を身につけた直樹だった。

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♪あとがき
質より量(笑)一気にUPすれば、アラも目立たなかろうという魂胆です(笑)
そして、記録更新(笑)…表ではね(笑)
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Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
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