日々草子 万華鏡 22

万華鏡 22



直樹は相変わらず仕事で忙しい日々を送り、そんな中で時折、大泉家を訪問したりしていた。
琴子は直樹と顔を合わせることも殆どなくなっていった。以前のように夜遅くまで直樹を待っていることもしなくなっていた。

そんなある日、入江家に懐かしい来客が訪れた。

「そう…。直樹さん、大泉様のお嬢様と順調ってわけね。」
来客は松本裕子だった。直樹の婚約は華族社会でも大きな話題となっているらしく、お祝いを持ってきたのだった。
直樹は留守、少し起きられるようになった重樹は、医者の勧めに従って紀子と共に散歩に出かけていたので、琴子が応対することになった。
「残念ね。直樹さんはそういう結婚はしないと思っていたのだけれど。」
裕子は溜息をついた。琴子は黙ったままだ。
「前に…須藤さんと直樹さんが絵の勝負をした時があったでしょう?奇跡的にあなたの描いた絵が賞を取った時。」
勿論、琴子はよく覚えている。そのことがきっかけで琴子は直樹に想いを寄せるようになったのだから。

「あの時、私、会場に行ったのよ、実は。」
思わぬ裕子の言葉に琴子は驚く。
「あの時…あなたと直樹さんの様子を見て、私、あなたには敵わないかもと思ったのよね。悔しいけれど。」
そう言って裕子はクスッと笑った。
「あの後、直樹さんは本格的に絵の道に進んだでしょう?それって、あなたの存在も少し関係あったのかしらね?」
確かに琴子はうるさがられるくらい、直樹にその道を進めと言った。最も今はもう、直樹はその道をあきらめてしまったので、思い出にしかならない。
「だから、直樹さんはあなたを選ぶのかもと思っていたのだけれど。」
「…それはないわ。私は裕子さんや大泉家のお嬢様と違って、直樹さんと身分が違うもの。」
漸く口を開いた琴子に、裕子は呆れた声を出した。
「身分ね…。正直、そこが直樹さんにがっかりしたのよね。」
裕子の言葉に琴子は少し驚いた。
「私は直樹さんの、身分に囚われない考え方が好きだったの。直樹さんはそういう物差しで相手を測ることをしないから。私も身分なんてくだらないって考えている人間ですもの。
でも結局、家柄で結婚相手を選ぶなんてね。」
そう言えば、裕子も自分をそういう目で見たことがないということに、琴子は気がついた。

「でも直樹さんがお留守でよかったわ。お会いすると、どんな嫌味を言うか分からないものね。」
裕子はそう言って笑って帰っていった。

琴子は裕子が置いていった直樹への祝いの品を、直樹の部屋へ置いておこうと思い、二階へと上がった。本当は手渡しした方がいいのだろうが、直樹を顔を合わせたくはない。
直樹の部屋の前へ着くと、扉が少し開いている。中を覗くと、裕樹が本棚の前で本を選んでいた。
「…お客は帰ったの?」
琴子の視線に気がついた裕樹が声をかけた。琴子は裕樹が中にいることもあり、少し安心して部屋の中へ入った。
「うん。これ、直樹さんへお祝いですって。」
「ふうん。机の上にでも置いておけば?」
裕樹は素っ気なく言って、また本を探し始める。

琴子は裕樹の言うとおり、机の上に品を置いた。
少し部屋の中へ風を通そうと、窓の傍へ近寄る。
その時、裕樹は本棚の奥に、隠すようにしまわれた紙挟みを手にしていた。
「何だ、これ?」
と裕樹がその紙挟みを開くのと、琴子が窓を開けるのは同時だった。窓が開かれたことと同時に、部屋の中へ強い風が入ってきた。そしてその風は、裕樹の手にある紙挟みから紙を舞い上がらせた。
「うわっ!」
慌てて裕樹が舞い上がる紙を見上げる。琴子もその声に気づき天井を見上げた。
その瞬間、二人は驚きのあまり、声が出なくなった。

「僕がどんなに頼んでも、兄様は僕の顔を描いてくれなかったのに…。」
「これ、私…?」

―――舞い上がる大量の紙の全てには、琴子の顔が描かれていた。

二人は黙って、紙が上から落ちてくる様子を見つめていた。

全ての紙が床へ落ちたことを見届けた後、二人は一枚ずつ拾い始めた。
「どれもお前の馬鹿面ばかりじゃないか。」
拾いながら裕樹が呟いた。
「…でも、どれも笑ってるんだな。」
裕樹の言うとおり、全て琴子の顔が描かれており、それは全て笑顔だった。
…おいしそうに芋を頬張る琴子、楽しそうに万華鏡を覗く琴子、一生懸命に絵を描く琴子、そこには数え切れないくらいのたくさんの笑顔の琴子がいた。

一通り拾い集めた裕樹は、その量に驚いていた。ふと琴子を見ると、一枚を手にし、見つめている。
「…一枚くらい抜いても、ばれないと思うけど。」
裕樹は思わずそう言った。あまりに琴子の表情が切なかったからだ。
琴子は裕樹の方を見て、
「ありがとう。」
とそっと微笑んで、大事そうに懐へと入れた。それは琴子が遠慮して夜会に行かなかった日、直樹と二人だけで踊った時の、夜会服姿の琴子の絵だった…。

直樹は、いつもと同じように夜遅くに帰宅した。
真っ直ぐに自分の部屋へと向かう。中へ入ると、裕樹がいたので直樹は驚いた。
「何だ、まだ起きていたのか?子供は寝る時間だろ?」
裕樹は黙って、昼間見つけた紙挟みを直樹へ見せた。
「…探していいと言ったのは、本だけだったはずだけどな。」
直樹は冷静に言った。
「これ…昨日今日描いたものじゃないよね?これだけの量描くのには、相当長い期間かかるはずだけど。」
直樹は黙って紙挟みを見ていた。そして、
「捨てておいてくれないか?」
と、一言だけ口にした。
「嫌だ。」
裕樹は拒否した。
直樹は裕樹の傍に近寄り、黙って紙挟みを裕樹の手から奪った。そしてそのまま、屑駕籠へと放り込んだ。
「兄様の馬鹿!」
裕樹はそれだけを叫ぶと、部屋から出て行った。
暫く直樹は、その場に立っていたが、やがて屑駕籠から紙挟みを拾い上げ、中を開き、紙をパラパラとめくった。
「…一枚足りないな。」
そう呟くと、本棚の中へと紙挟みを戻した。

----------------------------------------------
♪あとがき
読んで下さってどうもありがとうございます。
実は、私が一番書きたかったのが、この回の話なんです。
とにかく、紙が舞い上がる場面が書きたかったので、力を入れて書いてみました。
この場面が書ければ、もう思い残すことは何もないといった感じです^^
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comment

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胸キュンですよ

部屋一面に舞い上がり、床に散らばった絵を拾い集めながら.....せつないですね(ほぅ..溜息)ストイックで秘めたる想いが素敵です!

ちょーーー鳥肌たったわよぉー水ちゃん。
もう白菜で大笑いしたあとにこのお話…

てか、琴子の笑顔ばかり描かれた画が舞う描写は
スローで紗がかかりましたわ。

直樹の「一枚足りないな」には口の中が酸っぱくなるくらいキューーンときました^^
…?だからファーストキスはレモンの味というのか?
^^;そ そんな感覚になりました^^;
やっぱり水ちゃん直樹はツボすぎる^^
サンクス!

あう・・・

せつないです~部屋中に散らばった琴子の笑顔の絵
なんかそのまま告白じゃないですか!!!
あ~ん!!!!なんでこんなに素敵な文章が書けるんですか???

本気で泣きました…
ひっくひっく言ってます…
涙がとまらない…!!

T.T

うぅ~泣けてきます。
やっぱり今日もパンダになっちゃった。。
切ないよね。直樹さんもとてもいいわ~
二人ともがんばってね!!!

直樹の牽制の話でにやけて、こっちでしっとりと、
本当に凄いんだから!!水玉さんって♪

切な~い!!

白菜漬けの後は、風に舞い上がる絵だなんて、ギャップ凄すぎます。直樹も琴子も切なくて…ウルウルですよ。絵が舞い上がるシーン、貧相な私の頭でもバッチリ浮かびました!!続きがとっても待ち遠しい~!

ありがとうございます!

さくやさん
ストイックで秘めたる想いというフレーズに、こちらがキュンとしちゃいました♪
素敵な誉め言葉(と受け取ってよろしいのでしょうか?)、ありがとうございます。

さあやさん
私こそ、さあやの描くイリコトがツボよ♪
もう本当に、この場面だけが書きたくて、頑張ってきたの、本当に。だから鳥肌が立つなんて言ってもらえて嬉しい♪ありがとうね。

ミルクさん
ありがとうございます!よかった、そう言っていただけて!力入れた甲斐がありました!
…この後、ズドーンといかないように気をつけねば(笑)

haさん
え!そこまでいきましたか!
それはとても嬉しいです!haさんを泣かせちゃってごめんなさいという気持ちも強いですが(^^ゞ
でも嬉しい気持ちの方が勝ってるかな?

ゆみのすけさん
ゆみのすけさんのコメントって毎回、ほっこりさせてくれます。…誉め上手ですよね(笑)
白菜の話と、ミスマッチな感じがなかなかいいでしょう?

くみくみママさん
貧相なんてとんでもない!私のほうこそ、果たしてこんな書き方で、私が書きたいことが伝わるかなと心配していたので、そう仰っていただけてよかったです!
ありがとうございます!

拍手ありがとうございます。
maikoさん
楽しみにしていてくださって、ありがとうございます!
そう仰っていただけると、頑張って書いてきてよかったなあと思います。
申し訳ないことに、まだ続くので(笑)、もう少しお付き合いいただけたら、うれしいです。

foxさん
キャラ壊していませんか!?
よかったー!もうこの話、名前だけ借りているだけみたいと思ってたので、その言葉、とてもうれしいです!

いたさん
いえいえ、そんなに想像していただけるのなら、書いてよかったです^^
いたさんのコメントを拝見して、私が書きたかったところが伝わったようで安心しました^^

tiemさん
拾い上げたところは、書こうかどうしようか迷ったんですけどね。でも書いちゃいました…。
絵を捨てるというのは突然思いついたので、ちょっとおかしいかもしれませんね。

KEIKOさん
そうです、描いていたんですよ!(と、自分で言うのもなんですが(笑))
KEIKOさんのお気持ちが伝わってきました。コメントありがとうございます!

ひなこさん
私の場合、長いというより、長すぎるんですよね(笑)
でもひなこさんに優しい言葉を頂戴でき、とても嬉しいです。
花粉症、今日は大分調子が良かったです。ありがとうございますね。

皆様、コメントと拍手、ありがとうございました!

うんうん、水ちゃんの情熱が伝わってくる回だったわ。すごーく繊細で美しい描写にため息が出たよ。ドレスの絵を大切に抱きしめる琴子が切なくてたまらないわ。そして、1枚足りない・・・てつぶやく入江くんも切ない。一枚一枚、どれほどの想いを込めて描いたんだろう。
時代背景も設定もかなり違うのに、この二人は間違いなくイリコト以外の何者でもないね。裕樹も原作裕樹でしかない。その手腕は本当にお見事としか言いようがないよ。

No title

あ~切ない…琴子の笑顔を書き溜めていたなんて…裕樹の前では捨ててしまったけどまた拾って大事にしまって…泣けてきます(>_<)

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水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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