日々草子 そして誰もいなくなる

そして誰もいなくなる

春…。
斗南大病院にも春は訪れる…。
今年も外科に研修医がやってきた。


「じゃ、君は外科が第一志望なんだね?」
西垣が研修医を前に、喜びを露にする。
「はい。僕はぜひとも外科を最終的には…。」
やる気に満ち溢れた若者だ。彼の名前を仮にAとしておく。
「よろしくお願いします!西垣先生。」
「こちらこそよろしく。ぜひ外科に来ることを願っているよ。何せ、外科は慢性的な医師不足でね…。」
「やはりハードだからでしょうか?」
「うーん。それもあるけどね…。」
西垣は曖昧に笑うだけだった。

「大体他の先生方には挨拶は済んだのかい?」
西垣は話を変えた。
「はい!あの…入江先生だけがまだなのですが。」
「ああ。入江先生は出張中だからね。来週には会えると思うよ。」
「そうですか!」
どこまでも研修医は張り切っている…。

研修医Aは西垣の下で、張り切って研修を開始した。
が、すぐに落ち込むことになる。

まず、ヒヨッ子の研修医は看護師の絶好の標的だ。
といっても、看護師がストレスをぶつけるわけではない。
忙しい現場で、研修医は役立たずなのである。看護師から見れば、「それくらいのことも知らないのか」と呆れること、連続だ。
今までエリートとして、人生を挫折知らずで歩いてきた研修医は挫折を初めて感じる。
研修医Aもそうなった。

想像以上の現場の厳しさと、自分のあまりの役立たずぶりにAは落ち込んだ。
が、仕事は山程ある。
Aはその日も包帯交換をしに、看護師と共に病室を回ることになっていた。

「よろしくお願いします。A先生。」
今日Aについた看護師は、笑顔で挨拶をしてきた。
「よろしくお願いします。えーと。」
「入江です。入江琴子。」
どうせ、この入江っていう看護師もすぐに自分を冷めた目で見ることになるんだろう、Aはあきらめていた。

が、違った。
琴子の介助はぎこちなく、決してスムーズとはいえなかったが、Aを呆れた視線で見るようなことはしなかった。
Aが少し手こずったりした後、無事に手当てを終えると、
「お上手です。A先生。」
と言葉をかけてくれる。もちろん、患者の前でそんなことを言うと、医者の威厳も何もないので、患者に気づかれないようにそっと言ってくれる。たったそれだけのことがAのささくれ立った心を滑らかにしてくれた。

「入江さんは…僕のことを役立たずとかって思わないの?」
全ての処置が終わった後、戻りながらAは琴子へ訊ねた。
「思いませんよ!だってA先生、まだお医者さんへの道を歩き始めたばかりじゃないですか。慣れていないだけでしょうし。」
明るく琴子は言ってくれた。
「私なんて看護師になってもう何年も経つのに、失敗ばかりですよ。しょっちゅう、主任に怒られてます。でもこの仕事、辞めようと思ったことはないんです。だからA先生も絶対に医者をやめようなんて思わないで下さいね。外科はお医者様が少ないので、A先生が来て下さると、他の先生方もとても助かりますから!」
琴子の励ましは、完全にAの心を捉えていた…。

確かに、琴子は失敗ばかりだった。いや、失敗しない日はない。
でも、どんなに叱られても、患者から恐れられても、琴子はいつも笑顔を絶やさない。
そんな琴子はAの元気の源となっていった。そして、琴子の言葉どおり、外科に進もうと決意し、今まで以上に熱心に仕事を覚えるようになっていった。

そんなAを見て、西垣は「これなら将来、使い物になるかも…。」と内心期待を寄せ始めていた。

そう。彼が戻ってくるまでは…。

「先生のお留守の間に研修させて頂いています。」
Aは医局にて直樹に挨拶をしていた。
「僕、将来外科へ進むことを決めました。宜しくご指導ください。」
「頑張って。」
Aは漸く、直樹へ挨拶を済ませることができ安堵した。

「あ、入江さん!」
Aは歩いている琴子を見つけ、琴子の元へと駆け寄った。
「入江さんのおかげで、僕、医者としての心構えができました。ありがとうございます!」
Aは琴子の手を取り、感謝を述べた。
「そうですか?よかったです!少しでもお役に立てて!」
琴子もニッコリと笑っている。
「それで…よろしければ、今夜夕食ご一緒にいかがでしょうか?色々お礼もさせていただきたいし…。」
そこまで話してAは琴子の様子がおかしいことに気がついた。目が前にいるAではなく、Aの後ろを見ている。
Aは不思議に思い、後ろを振り返った。

「俺が言った仕事、もう終わった?」
「あ…入江先生。すみません。すぐに行きます。それじゃ、入江さん、後でまた!」
Aはそう言い残し、琴子の元を去った。
「そっか…僕の後ろに先生が立っていたから、心配してくれたんだな。…ん?入江先生と入江さん…同じ苗字なんだ。入江って結構ありふれているのかな?」
走りながら、そんな呑気なことをAは考えていた…。


「で?今年も外科は誰も志望する人間がいなくなったってわけだね?」
大蛇森が言った。
「ええ…。一人やる気に溢れた男がいたんですがね…。」
西垣が深い溜息をついた。
「また…?」
「そうです。また、です。」
西垣は思い出していた。
直樹が出張から戻ってきた後、Aは残りの研修期間、自宅へもろくに帰れないくらいの仕事量を言い渡され、こき使われた。それは西垣の目からみても気の毒としかいいようがなかった。
「もう本当に、鬼のようでした。入江先生。」
その時を思い出すと、西垣は鳥肌が立つ。
研修期間中、みっちりとこき使われたAは西垣に言った。
「僕は…外科を甘く見ていました。とても無理です。外科以外の科を志望します。」
そして、目の下にクマを作り、外科に来た時と比べ、ゲッソリと痩せたAは研修を終え、外科を去っていった。

「…これで何人目だっけ?逃げていった研修医。」
大蛇森は西垣に訊ねた。
「さあ?5人までは数えていましたが、途中で数えるのが嫌になったので…。」
西垣は再び溜息をつく。
「それにしても…入江先生もいつまでも下っ端で嫌じゃないのかな?」
大蛇森が首を傾げる。
「琴子ちゃんに色目を使う研修医が来るくらいなら、下っ端でいたほうがいいらしいですよ。もっとも、態度は下っ端どころか、医学部長クラスですが。」
西垣が言った。
「しかし、研修医は入江くんのどこを気に入るのかね?」
大蛇森が不思議そうに呟いた。
「医者になるような人間というのは、今までずっと成績トップで、集団の先頭を走ってきた連中ですよ。そして大抵、研修で初めて壁にぶつかるんです。周囲は動きに無駄のない、看護師ばかりで相手にされない。そんな環境の中、琴子ちゃんのような朗らかな子に優しくされたらコロッといっちゃいますよ。」
西垣の説明に、大蛇森は納得いかない。

「そんなものですかねえ…。あ、これお茶うけによろしければ。」
大蛇森がタッパーに入った白菜の漬物を、西垣の前に出した。西垣は楊枝で白菜を口に放り込む。
「おいしいですね!大蛇森先生。」
「まあね。男の一人暮らしも長くなると、料理は必要にかられて上手くなるよ。」
「今度、漬け方、教えてくださいよ。」
「勿論。」
二人はそれから暫く、黙って白菜の漬物を口に運び、日本茶をすすった。

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☆あとがき
55555を踏んで下さったチェンさんのリクエストです。
チェンさん、リクエストを一度変更させてしまい、その節は申し訳ございませんでした。
そして再度、リクエストしていただき、ありがとうございます。
リクエストの内容は『入江君もそれなりに牽制してるんだよ~』という話です(笑)
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水玉

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『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
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