日々草子 万華鏡 20

万華鏡 20

帰宅した直後に重樹は倒れた。そのまま寝室へと運ばれていた。医者に打たれた薬のため、眠ったままで、傍らには紀子と裕樹が心配気に付き添っている。
その様子を扉の隙間から覗いただけで、直樹は下へと降りてきた。下の階には重樹が倒れたということを聞きつけた会社の人間が集まっていて、その中の一人が直樹の傍へそっと近寄り、何かを話しかけた。すると直樹はその人物と一緒に応接間の方へと行き、後を他の人間も付いて行く。そして、琴子一人がその場に残された。

医者の診断によると、重樹の病は心労から来たもので、血圧が急激に上がり、心臓発作を起こしたとのことだった。
琴子が時間を見計らって、紀子に直樹が戻ってきたことを知らせ、紀子と裕樹は久々に直樹と再会した。が、こんな時なのであまり喜べない。
直樹もさすがに家族が心配になったのか、しばらくこちらへ戻ることになった。

「学校へはここから通うの?」
多分、直樹はここにいるだろうと、いつも二人で会っていた部屋に琴子は行き、そして予想は当たった。
直樹は部屋でじっと自分が描いた絵を見ていた。
「…しばらく休むことになりそうだな。」
琴子の問いかけに直樹はぽつりと呟いた。
「会社の仕事、手伝わないとまずいみたいだ。倒れたのは…俺との諍いが原因でもあるだろうしな。」
父親が急病で倒れた今、やはり仕事が気になるのだろうと琴子は深くは考えなかった。
「おじ様、すぐに良くなって、直樹さんもすぐに学校へ戻れると思う。」
琴子はそう言って励ますが、直樹の表情は浮かないままだった。

次の日から直樹は重樹の代わりに会社へ出向き始めた。元々跡取りとして周囲から期待されていただけに、仕事ぶりは有能らしい。時折、重樹へ報告にくる会社の人間は直樹のことを褒めちぎった。
重樹も満更ではないらしく、一人になると嬉しさを隠しきれないようだと紀子がそっと琴子へ教えた。それを聞き、琴子は二人が和解する日も近いだろうと楽天的に考えていた。

しかし周囲の喜びとは裏腹に、直樹の様子は日に日にどんどん沈むようになっていった。
帰宅も夜遅いため、家族とは殆ど顔を合わせることは少なかったが、琴子だけはどんなに遅くなっても起きて待っていた。

その夜も直樹はひどく疲れた様子だった。琴子はいつものようにお茶を入れたが、なかなか口をつけようとせず、座り込んだままだった。
琴子は直樹の傍に立って、
「見て!直樹さん!」
と着物の袖の袂から何かを取り出し、空中へと放り投げた。
何事かと顔を上げた直樹の上に降ってきたものは、桜の花びらだった。琴子は袂から次々と花びらを取り出して、散らせる。
「桜ももう終わりなのよ?直樹さん、お仕事で忙しかったら、桜が咲いていたことにも気が付かなかったんじゃないかなと思って。気分だけでも味わってもらえたらなって。」
琴子は最後の花びらを散らせながら、笑顔で言った。
「…子供みたいな真似しやがって。」
頭についた花びらを取りながら、直樹が呟いた。
「頭にも付いたね。」
琴子は笑いながら直樹の頭に付いた花びらを取ろうとした。琴子が手を伸ばそうとした時、
「俺、学校辞めることにした。」
と直樹が突然口にした。
「え?」
驚いて琴子は声を上げた。
「会社…うまくいってないんだ。このままだと、この家も手放すことになりかねない。」
直樹の告白を黙って琴子は聞いている。
「父上はずっと家族に隠していたんだな…。苦労していたのに、俺はそれも知らずに自分の我儘を押し通してしまったんだ。そんな状況の時にのうのうと絵なんて描いていられない。」
「会社、継ぐってこと?」
「継ぐかどうかはまだわからない。でも短期間で元通りにできる程、甘い状態じゃないんだ。だから…未練を全部断ち切らないと。そして…。」
何かを言いかけたが、直樹はそれ以上何も話さなかった。
そして、何も言わずに自室へと戻ってしまった。
琴子は今起きたことが、全て信じられなくて、そのまましばらく呆然と立っていた。今聞いたことが、全て夢であってほしいと思いながら。

直樹が絵をやめるというのは、夢ではなかった。
次の日、琴子は自分の部屋の窓の外に煙を見つけ、慌てて庭へと飛び出した。
そこには、次々と自分が描いた絵を燃やしていく直樹の姿があった。
「何してるの!」
琴子が叫ぶと、直樹はちらりと琴子の方を見たが、すぐに火の方へ視線を戻し、また絵を放り込む。
「どうして燃やしちゃうの?」
「…もうやめるから。未練は断ち切るって、昨夜話しただろう?」

そしてまた次の絵を直樹は放り込んだ。が、次の瞬間直樹は目を見張った。
「おい…!」
琴子が火の中に手を入れて、今入れたばかりの絵を取り出そうとしていた。
「何してんだ!お前!」
慌てて直樹が琴子の肩を掴んで、火から離そうとするが、琴子は絵を取り出そうと必死になり動かない。
漸く絵を取り出して、琴子は立ち上がった。
「よかった…。少し端が焦げただけ。」
琴子は直樹に絵を見せながら、言った。
「やめるからといって、今まで描いたものを燃やすなんて勿体ないわよ。取っておいたっていいと思うの。」
そう言って琴子は笑った。

「髪…。」
直樹の言葉に琴子は自分の髪の毛を見た。お下げの先が少し焦げている。
「ああ。これくらいなら大丈夫よ。先を少し切っちゃえば。それに髪の毛はまた伸びるけど、絵は一度燃えたら、二度と元に戻らないものね。」
明るく言う琴子を直樹は見ていた。
「ねえ。この絵…。」
言いかけた琴子を直樹がそっと抱きしめた。
「直樹さん…?」

突然の直樹の行動に琴子は驚いた。直樹は何も言わずに琴子を抱きしめる力を強めた。
しばらくそうした後、直樹はそっと琴子の体を離した。
そして、傍に置いてあった水を張った桶を、たき火にかけて、火を消した。
「燃やすのやめたの?」
何か言わないとと思い、琴子は口にした。
「…残りの絵はお前にやるよ。好きにしな。」
直樹はそれだけ言うと、家の中へと戻って行った。
琴子は先程のことが信じられないでいたが、とにかく直樹が心配でたまらなかた。

その頃…。
会社の人間が重樹の見舞いに入江家を訪れていた。そして、重樹と紀子に直樹が財力がある名門の華族の令嬢と婚約することを決めたことを告げていた…。

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♪あとがき
いつものパターン…
20話になると速度全開(笑)
やたら文字ばかりで読みにくくてごめんなさい
…少しは小説らしくなってきたでしょうか?←なんて大胆なことを(笑)
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comment

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おおっ

来たね、とうとうこの時が!どうなっちゃうのかしら、ドキドキドキドキ・・・。
小さなエピソードひとつひとつの描写がとても丁寧で、読んでいるとこの世界に入り込んでしまう感じがするよ。水玉マジックv-354
女の命の髪が焦げても直樹さんの描いた絵を守ろうとする姿が健気で、グッときましたわ。琴子、なんていじらしいの!!!

とうとう・・・

この展開になってしまいましたか!!!
あぁ~なんかドラマを見てるようですよ
直樹のために髪の毛を焦がしても絵を守った琴子の健気さにメロメロです。
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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