日々草子 万華鏡 12

万華鏡 12

自分の気持ちが分かると、琴子の行動は迷いがなかった。
とにかく直樹に尽くしたい気持ちしかない。早い話、単純な性格なのである。
いつも世話になっている直樹にお返しをしたい。ついては着物を縫いたいと紀子に告げたのは季節が本格的な冬になったある日のことである。
「もしかして、琴子さん。直樹さんのこと…。」
嬉しそうな紀子の言葉に、琴子も顔が真っ赤になる。もはや、自分の気持ちを隠す気は琴子には毛頭なかった。
「私、学校のお裁縫の授業でもいつも最後になっちゃうくらい不器用なんですけど…。おば様、教えて頂けますか?」
いつも洋服姿の直樹なので、琴子は一度、和装の直樹を見てみたいと思い、この考えを思いついたのだった。それを話すと紀子はますます興奮した。
「素敵!素敵だわ!私でよければ教えてさしあげてよ。」
こうして琴子は紀子に教わりつつ、裁縫と格闘する日々を今度は送ることになったのだった。もちろん、直樹には内緒で。

来る日も来る日も針を手に琴子は一生懸命縫い続けた。
時には夢中になるあまり、背後に立っていた直樹に気づかないほどで、
「花嫁修業って、雑巾縫いから始めるんだ。」
と言われ、漸く振り向く始末。
「これは、雑巾なんかじゃ…。」
一生懸命縫っていたものを雑巾呼ばわりされ、琴子は弁明しようとしたが、本人に気づかれるとまずい。
「雑巾よりちょっとマシなもの。」
そう言って再び針を手にする。
「ま、雑巾は何枚あっても困るものじゃないしな。せいぜい頑張って。」
直樹はそれだけ言うと、自分の部屋へと行ってしまった。
「雑巾みたいな…着物だもん。」
琴子は口を尖らせながら、縫い続ける。もっとも頭の中では出来上がった着物を直樹へ差出し、直樹に笑顔でお礼を言われるという妄想を繰り広げながら…。

「それだけ雑巾を作っているなら、さぞや家もきれいに磨いてくれるんだろうな」
などと直樹に嫌味を言われながらも琴子は頑張り、あと少しで着物が仕上がるというところまで進んだ。
そんな時、入江家に夜会の招待状が届いた。この夜会ばかりは大の夜会嫌いの直樹も出席しなければいけないらしい。
「もちろん、琴子さんも一緒に!」
と紀子は既に琴子が着ていく夜会服まで準備していた。
それはとても上質の生地で仕立てられた赤い夜会服で、琴子によく似合いそうだった。
琴子はそれを見るなり感嘆の声を上げた。が、
「私は遠慮します…。」
と夜会への出席を断った。
紀子と重樹は遠慮せずに、一緒にと何度も琴子へ言ったが、琴子は紀子に、
「あと少しで着物が仕上がるんです。それを仕上げてしまいたいので。」
とそっと耳打ちすると、紀子は琴子の気持ちを汲んでくれた。

そして夜会当日。
正装して出かけていく入江家の面々を琴子は笑顔で送り出した。
珍しくフォーマルな装いの直樹を見て、行かないと言ったことを後悔したが自分で決めたこととその気持ちを打ち消す。
直樹は直樹で出かけるまでずっと「面倒くさい」とばかり言っていたが。

居間に一人になった琴子は、あと少しで仕上がりそうな縫い物に手を伸ばした。
紀子に言ったとおり、仕上げてしまいたい気持ちも夜会を断った理由の一つだったが、もう一つ、理由があった。
「直樹さん…。あんなに素敵ならお嬢様たちに大人気よね。」
今頃、美しい令嬢たちに囲まれている直樹を想像し琴子は溜息をつく。
普段、入江家の家族の優しさに包まれていると忘れがちなのだが、琴子は“身分”というものを決して忘れているわけではなかった。
「いくらなんでも、平民の私が華族様の集まりに顔を出すわけにはいかないわよね。」
それが琴子が今回の出席を断った理由である。
だから、紀子が簡単に言うように、直樹と結婚できるなんて思ってはいない。恐らくそのうちこの家と釣り合う家からしかるべき令嬢と直樹は結婚することになるだろうと今からそれとなく覚悟を決めている。
「その時が来たら…私はどうすればいいのかしら?」
想像するだけで涙がじわりと出てきてしまい、琴子は手でぬぐう。
「いけない。いけない。今はこれを仕上げてしまわないと。」
息子同様、紀子の指導能力も抜群だったようで、琴子は当初の予定だった着物だけでなく、袴まで縫っていた。一度だけでいいので袖を通してもらいたい、琴子はその思いを込めて一針、一針、縫い続ける。

しばらくして、琴子は針を針山へ戻した。完成したのだった。
出来上がった着物を広げ、琴子はおかしなところがないか、丹念に確認する。
そして何も問題がないことを確かめ、大切に畳んだ。

ふと見ると、窓の外は雪が降ってきている。琴子は窓に近づき、外を眺めた。
「静かだなあ。」
使用人たちも主人たちが留守のため、自分たちの部屋へと籠っている。この屋敷には琴子一人しかいないようだった。
琴子は縫い上げた着物を手に自分の部屋へと戻った。
ふと見ると、紀子から贈られた夜会服が目につく。あまりの美しさに琴子は少し着てみようと思い、着替えた。
それは琴子の寸法にぴったりと合っており、よく似合っていた。
「すごい…まるで華族のお姫様になったみたい。」
鏡の前でクルリと回ってみる。そして自分の髪型が服に合っていないことに気づき、お下げをほどいてみた。
すると、何だか脱ぐのが勿体なくなってしまい、誰もいないのだからと琴子はその姿で下へと降りて行った。

「お嬢様、一曲踊っては頂けませんか?」
「ええ、よろしくてよ。」
「素敵なお嬢様だ。お名前は?」
「まあ…恥ずかしゅうございますわ。」
つい琴子は一人芝居をしてしまった。自分の部屋よりはるかに広い居間でクッションを手にダンスのステップを踏もうとした。が、踊ったことがないのでよくわからない。
紀子の話によると、直樹は幼いころからたしなみとしてダンスを習っていたらしい。本人はものすごく嫌そうだったが何とか言い含めて、練習させ、いまや完璧に踊れるとのことだった。
「…そういうところが、やっぱり違うのよね。育ちが。」
琴子はいくらやっても踊れないので嫌になり、ソファに座りこんでしまった。
再び窓に目をやる。窓に映った自分は服装こそいつもと違うが、髪の毛も下ろしただけの平凡な顔だった。
「せめてあたしも華族に生まれたら…。直樹さんに一緒に踊ってもらえたかもしれない。」
ふとそんなことを考えてしまい、考えてもどうしようもないことだと慌てて頭を振った。
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夜会に!!!

水玉さん、琴子は自分の気持ちに気がつき、好きな直樹の為に着物を縫おうと決心して紀子ママに教えて貰いながら着物を縫い上げていきます。直樹には雑巾かと言われながらも必死に縫い上げていますね。けなげな琴子にウルウルです。入江一家に夜会の招待状、琴子は断ります。自分がそのような場所に行くところではないと思って。自分の身分で参加する場所ではないと。一人残りダンスの練習です。華族に生まれていたらと思う琴子なのでした。でも、本当は行きたかったよね。ドレスを着て。でも自分の立場をわきまえたのよね。本当に辛いね。琴子は直樹のこと好きなんだから。
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水玉

Author:水玉
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