日々草子 万華鏡 11

万華鏡 11

「ここ!私のお気に入りの場所なの!」
琴子が連れてきたのは、池のほとりだった。
「ま、座って。座って。」
琴子は直樹に勧める。勧められるまま、直樹は芝生の上に腰を下ろした。ところが、琴子がなかなか座ろうとしない。どうやら洋服を汚したらどうしようかと悩んでいるらしい。
座ろうかどうしようかと迷っている琴子に、直樹はハンカチをポケットから出してやり、芝生の上に広げた。
「さっさと座れば?」
直樹の言葉に、琴子は、
「ありがとう!」
と広げられたハンカチの上に漸く腰を下ろした。
「よかった。お洋服汚すと、おば様に悪いもの。」
琴子は笑いながら言った。

「綺麗でしょう?ここ。私、何か悲しいこととか、悩んでいることとかがあると、ここに来て景色を眺めるの。」
「お前でも悩みがあるのか。」
直樹は琴子をそう馬鹿にしつつも、確かに綺麗な風景だと思っていた。
「失礼ね。あるわよ、私だって。それに…お母様が亡くなった時も一人でこっそりとここに来て泣いたこともあったし。」
その頃のことを思い出してしまい、琴子は涙ぐんでしまった。
「ごめん。」
言い過ぎたと思い、直樹は素直に謝った。
何となく二人の間に気まずい沈黙が流れてしまう。

その時、何かの声が二人の耳に聞こえた。
「栗よりうまい十三里…」
聞いたことのない言葉に直樹は、
「何だ?」
と思わず声に出してしまった。
「あ、久し振りだわ!」
その声を聞いた途端に、今まで沈んでいた琴子が突然顔を上げ、叫んだ。
琴子のその様子に直樹は驚き、思わず体を引いてしまう。
「ちょっと待ってて!」
そう言い残し、琴子は声のする方へと走って行ってしまった。

琴子を待つ間、直樹は暫し風景を見ていたが、やがて指で構図を取り始めた。
「直樹さんは本当に絵が好きなのね。」
夢中になって見ていると、いつの間にか琴子が戻ってきていた。手には何か持っている。
「はい!」
と、その物を直樹へ渡す。
「何だ…さつまいも?」
渡された物はさつまいものようだが、ひどく熱い上、汚れているようだった。
「知らないの?焼き芋よ。」
琴子が驚いた様子で言いながら、焼き芋を頬張り始めた。
「洗わないのかよ?」
直樹の言葉に、琴子はまたもや目を丸くした。
「どこの世界に、焼き芋を洗う人がいるのよ!これは汚れじゃなくて焦げ。」
そう言われても、直樹はどうやって食べるのか見当がつかない。見ると琴子は皮も剥かずにパクパクと食べている。
「皮は…?」
またもや琴子は呆れた表情をした。
「これだから華族のお坊ちゃんは!焼き芋は皮は剥かない、洗わない、熱いうちにパクパクと食べる!」
琴子の言う通り、直樹はおもいきって焼き芋を口にしてみた。思っていた以上に甘い味がする。
「おいしいでしょ?」
直樹が食べるのを見て、琴子が訊ねる。
「確かにうまい。」
そして二人は黙々と焼き芋を食べた。

食べ終わった後、琴子が直樹へ訊ねた。
「直樹さん、画家にならないの?」
前から不思議に思っていた。あんなに好きならなぜ画家になろうとしないのかと。
「…絵なんて趣味だし。それで食っていくのは難しいからな。」
年が明けたら帝大の受験はまもなく。直樹は大して勉強もしていないが、おそらく合格するだろう。
「美術学校に進めばいいのに。そっちの方が向いていると思う。」
琴子は父親の思う通りに帝大に進んで実業家になるよりも、美術学校へ進んで絵の勉強をする方が直樹には向いていると思っていたし、そうしてほしいと望んでいた。

「お前は…卒業後どうするんだよ?」
話を変えようと、直樹が琴子の進路を訊ねた。琴子も来年の春には卒業だ。
「私は…花嫁修業?」
突然自分のことを訊ねられ、何も考えていなかった琴子はついそんなことを口走ってしまった。もっとも同級生の多くは卒業後すぐに結婚してしまうので珍しいことではないのだが。
「お前を貰ってくれる奇特な男、いるのかね?」
「いるわよ!たぶん、世界のどこかには!」
どうしてこうひどいことばかり口にするのだろうと、琴子は直樹の奇麗な横顔を見ながらつくづく呆れていた。かといって時々優しくなったりと…本当に何を考えているのかが分からない。
「ま、頑張ればどっかの金持ちの爺さんの後妻の口くらいはあるんじゃない?」
「ご、後妻…。爺さん…。」
一瞬ショックで口をつぐんでしまった琴子だが、すぐに気を取り直す。

「じゃあ、私がお金持ちの後妻さんになったら、直樹さんの絵をたくさん買ってあげる!」
「はあ!?」
琴子の言葉に今度は直樹があんぐりと口を開けた。
「ほら…よくお金持ちの人なんかが芸術家の支援とかするじゃない?パ…パなんとか?」
「パトロン?」
「そう。パトロン!直樹さんのパトロンになってあげる!そして直樹さんが私の肖像を描いてくれるの。“どこどこの琴子夫人像”とか。どう?」
突飛な琴子の考えに、直樹は笑いを堪えるのが必死だった。どうやら琴子は本気らしい。
「お前は本当、馬鹿だな。」
直樹はそう言いながら、制帽を琴子の頭に被せる。
「ま、その時が来たら考えてやるよ。」
そう言いながら、立ち上がる。
「そろそろ帰るぞ。」
琴子は無造作に被せられた制帽をきちんと直しながら、立ち上がった。
「でもやっぱり画家になってほしいなあ。」
それは直樹の耳に入らないように一人呟いたつもりだったが、直樹の耳には届いていた。

それからしばらくしたある日のこと。
「ずっと絵の練習ばかりしていたから、ゆっくりするの久しぶり。」
と、琴子が例の部屋に直樹の絵を見にやってきた。
いつものように琴子が座ろうとした時、椅子の上に何かが置かれていることに気がついた。
それは何か筒状のものだ。何だろうと琴子は手に取り、いろいろな角度から見てみる。さっぱり分からない。無駄だろうと思いつつ、中を覗いてみる。
「あ!」
思わず琴子は声を上げた。
それは手作りの万華鏡だった。回すといろいろな模様が出てくる。
「もしかして…。」
琴子はこれを作ってくれた人間に心当たりがあった。というより、その人間以外に考えられない。
その日からその万華鏡は琴子の一番の宝物となった。
そして…。
琴子は直樹の顔を見る度に胸がドキドキする理由を知る。
「私は直樹さんのことが好きだったんだ…。ずっと前から。」
漸く自分の気持ちに琴子は気がついたのだった。

-----------------------------------------------
♪あとがき
寄り道をしてしまったので、さっさと戻ります(^^ゞ
この話を書く前に自分でもいろいろ調べてみたのですが…この時代は和洋折衷(髪型は日本風で服装は洋装とか)が流行したとか、これは明治の何年ごろに導入されたとか…
でも、もう適当に書くことにしました(←オイ!)だから緩い気持ちで読んでいただければ嬉しいです。
ごめんなさい。時代考証無視で。
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水玉さん、こんにちは。琴子は自分のお気に入りの場所へ直樹を案内です。池のほとりで、ここは自分が悩んでいたりしたときに来る場所だと。亡くなった母親が亡くなった時も来た場所だと。涙ぐんでいましたが。またここでもよけいな一言。直樹は焼き芋の食べ方も知らないおぼっちゃまなんですね。琴子はなぜ画家にならないのか聞きます。美術学校に進んだらいいのにと。琴子にはいいおじいさんを見つけて後妻に行けと。琴子はパトロンになって絵を買うからと、。直樹は笑っていましたが、琴子は本気かなぁ。でも琴子は本当に直樹には画家になってと。例の部屋に行くと万華鏡が置いてありました。このことを知っているのは直樹だけです。琴子は直樹のことを好きになっていたのですね。知らず知らずの内に。直樹も琴子のこと気になる存在なのかなぁ。進路どうするのでしょう直樹は。いつもコメント長すぎてごめんなさい。皆さんみたいに面白かったよと書けたらいいのでしょうが。反省の一つかも。

癒されるよ~♪

水玉さん、お久しぶりです♪
このお話大好きです♪
なんだか、気持ちがほんわか~とします。
直樹さんの何気ない優しさ。キューーーンと
きちゃいます。
手作りの万華鏡、こんな素敵なもの頂いたら私だって一生の宝物ですよ。
本当に直樹さん素敵です♪
琴子ちゃんとうとう自分の気持ちに気付いたのね。可愛くてけなげな琴子ちゃん!!がんばれ!!

がんばれ、二人!

初々しくていじらしい二人だわぁ。湖畔のやり取り、いいね。制帽をかぶせるあたりなんか、一昔前の少女マンガの王道的でこの話にぴったり!水ちゃんは、そういうちょっとした流れや人のしぐさとか、そういうものをすごくぴったりとうまく挿入するのよね~。水ちゃんのバラエティー豊かな各作品も、みんなそれぞれにその作品にきちんと合う場面描写があるから、グッと生きるんだろうね。
ん?アリエルらしからぬまじめコメントになったぞ??(笑)でも、ほんとにそう思ってるのよンv-344

琴子が先に自分の気持ちに気がついたのね♪
制帽乗っけたシーンが何だかとても微笑ましくてカワイイ(●^o^●)たぶん私を含めほとんどの人が大正時代知らないから大丈夫ですよ~。(もし、いらしたら申し訳ありません)

コメントありがとうございます

コメントありがとうございます。

tiemさん
自分の書いたものを冷静に振り返ることができて、恥ずかしいやら嬉しいやらです^^
いつもコメントありがとうございます。

ゆみのすけさん
万華鏡、作れるみたいですよね!
この前まで教育テレビでやってました(笑)京都なんかでも作れるお店があるとか…
優しいお話なんて言っていただけて嬉しいです♪

アリエルさん
所詮、書いている人間が一昔前の人間ですもの(笑)テーマ・ザ・レトロだから(笑)
制帽シーン、何気なく書いてみたけど褒めてもらえて嬉しいです♪場面描写は実は苦手なのよ~

ラテさん
そうですか?そう仰っていただけるとほっとします。いや図書館とかネットでもいろいろ調べてみたのですがこの時代ってあまり詳しく書いている本がないんです(うちの地元の場合ですが)。
江戸時代ならいっぱいあったんですけどね(笑)

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『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

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二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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