日々草子 万華鏡 9

万華鏡 9

翌日、琴子の女学校に転校生が現れた。
「あら?昨日の居候さん。」
昨日、入江家を訪問した裕子という女性である。裕子の家は子爵家で、両親と共に海外で暮らしていて、最近帰国したということが分かった。
「同じ学校だったのね。よろしくね。」
美しい笑顔を裕子は琴子へ見せた。昨日とは違い、袴姿だ。だが、それもとても美しい。
「ところで…あなた、直樹さんの絵なんて描けるの?」
いきなり核心をつかれ、琴子は言葉につまる。
「私が本当はモデルになってほしかったのに…。須藤さんがあんなこと言うから。」
昨日の男性は須藤というのかと今頃琴子は知った。
「無理だと思ったら、さっさとあきらめた方がいいわよ。直樹さんに迷惑がかからないうちに。」
裕子は琴子に挑発的な視線を向ける。
「もしかして…裕子さんって。」
琴子は女性の勘で気がついていた。
「そうよ。直樹さんのことが好きなの。それが何か?」
やっぱりと琴子は思った。そして、その答えを耳にし、なぜか自分の胸がチクリと痛んだ。
「別に。あたしだって頑張りますから!」
琴子は胸の痛みを消すかのように、裕子へ虚勢を張るのだった。

「ねえ。直樹さん。」
紙に向かいながら、琴子は直樹に声をかけた。
「裕子さんって…綺麗よね。」
何でこんなことを口走るのだろうと、琴子は自分が不思議だった。
「まあな。頭もいいし。」
直樹が否定しなかったので、琴子は落胆した。が、すぐに「何で私が落ち込むの?」と気を取り直す。
「お前、喋っている暇あったら、手を動かせよ?」
「分かってます。」
とりあえず、今はこの時間が琴子には楽しいことは事実だ。
「直樹さん、どうして人物画を描かないの?」
琴子は手を動かしながら、直樹に訊いた。
「…風景は裏切らないから。」
少しした後、直樹がポツリと言った。
「裏切らない?」
「人間は何を考えているのか、分からない。そんなの描きたくもない。」
「ふうん。」
琴子は分かったような分からないような返事をする。
「ま、誰かさんは馬鹿だから分かりやすいけど。」
「それって…私?」
「別に。」
相変わらず、よく分からない人だなと琴子は首を傾げた。でも、もっとよく知りたいとも思い始めていた。

毎日の特訓と、直樹の天才的な指導のおかげで、琴子の腕がどうにか見られる程度にまで上がってきた。
琴子は特訓を楽しんでおり、終わりが来るのがいつのまにか寂しくてたまらなくなっていた。
「ねえ、直樹さん。」
その日もいつものように琴子は直樹の顔を描いていた。
「もし、入賞したら…御褒美がほしいなあ…なんて。」
毎晩、二人きりでいるためか、琴子もすっかり直樹に軽口を叩くようになっている。
「褒美?」
直樹が面倒臭そうに返事をする。こんな態度も琴子はすっかり慣れた。慣れただけでなく、そういう態度がなぜか嬉しい琴子。
「そう。目的があった方が張り合いが出るでしょう?」
「何が欲しいんだよ?」
「えーとね。活動写真が面白いものをやっているらしいの。それを見に行きたいな。」
遠慮なく琴子は願いを口にする。
「くだらねえ。」
直樹は呆れた声を出した。
「だめ?」
琴子は、手を動かしながら、直樹の様子を覗く。
「…考えとく。」
否定されなかったので、琴子は嬉しくなった。
「じゃ、頑張る!」
そして、真剣な表情でまた絵を描き始めたのだった。そんな琴子を直樹は、琴子に気づかれないように、小さく笑った。

そして一ヶ月が経過した。
琴子はギリギリまで頑張り、今持っている力を全て出し切り、絵を完成させた。直樹も「一ヶ月でここまで出来ればいいだろう」と一応太鼓判を押してくれた。

数日後…展覧会が開かれた。
会場で琴子と直樹は落ち合うことになっていた。女学校から真っ直ぐ琴子は会場へ駆けつけた。
会場はかなりの混雑ぶりだったが、周囲より頭一つ分出ている制帽を被った直樹の姿を琴子は容易に見つけることができた。
「どうだった?」
琴子は直樹に訊いたが、まだ見ていないという。
「ま、結果は結果だし。」
あっさりとしている直樹に比べて琴子は緊張して、今にも倒れそうになっている。思わず直樹の服を掴んでしまった。が、直樹は気づかないのか腕を振り払おうともしなかったので、琴子はそのまま掴むことにした。

「あそこか。」
漸く、目的の場所を見つけた二人は一緒に歩いて行く。
琴子はとても正視できず、目をつぶってしまった。
直樹は立ち止ったまま、何も声を発しなかった。琴子はきっと賞にかすりもしなかったのだろうと思いこみ、
「あたし、頑張ったけど力及ばず…。ごめんなさい。」
と謝罪を始める始末だ。
それでもいつものようにバカにする発言も直樹の口からは出ない。あまりのショックに言葉も出ないのだろうと琴子は更に、
「やっぱり一か月かそこらでは無理だったね。ごめんなさい。本当に安請け合いしちゃって。」
と謝り続けた。

「目、開けろよ。」
直樹の口から出たのは、罵倒の言葉ではなかった。
「そのちっこい目を開けて、見てみろ。」
ちっこいは余計だろうと琴子は一瞬ムッとしたが、恐る恐る目を開けて目の前の結果を見る。
「え…!さ、三等!?」
驚くべきことに琴子の絵は三等に入っていたのだった。
「すごい!あたしが三等!?信じられない!」
さっきまで震えていたのはどこへ行ったのか、琴子は人混みをかき分け、周りに迷惑がられるのも何のその、先頭まで進んで行った。呆れるようにその背中を直樹は見つめている。
「うわ…!すごい!」
琴子はいつまでも自分が描いた絵をうっとりと見ていた。

「おい。そろそろ行くぞ。」
直樹に声をかけられ、ようやく我に返る。
「あ、そういえばあの二人は?」
三等っていうことは、恐らく一等か二等を取っているのだろうと思い、そちらを確認するが、全く聞いたことのない名前が受賞していた。
「おかしいな…。」
琴子は首を傾げる。学校でも裕子とは滅多に言葉を交わさないので絵の進行状況などは知らなかった。
「ま、何にせよ。俺らが勝ったってことか。」
直樹はやれやれといった感じで言った。

「すごい。直樹さん、これ何人くらい応募したのかしら?」
まだ興奮冷めやらない琴子は直樹に訊ねた。
「さあ…50人くらいじゃないの?」
その言葉を聞き、琴子は更に歓声を上げた。
「嘘!私が一等取ったときは三人しか応募しなくて、それで一等だったのよ。それがわずかな期間教えてもらっただけで、50人の中の三等なんて…。」
今度は直樹が驚く番だった。
「三人の中の一番だったのかよ。それにしてもあの絵が一番ってあとの二人、どんな絵を描いたんだ…。」
そんな直樹のことなどお構いなしに、琴子は直樹の手を取り、お礼を言った。
「ありがとう!直樹さんのおかげよ!直樹さん、教え方、本当に上手なのね!」
「当たり前だ。」
直樹は琴子の手を外しながら、一言呟いた。

大喜びの琴子と、直樹は二人で会場を後にした。
「お前、今度の休み、空いてるんだろ?」
ふいに直樹が琴子へ言った。
「空いてるんだろって…一応予定があるかもしれないじゃない。」
勿論予定などないが、決めつけられると面白くない。
「付き合ってやるよ。活動写真。」
意外な直樹の言葉に琴子は「え?」と思わず声を上げた。
「…よく頑張ったよ、お前。一応、ねぎらってやる。」
どうやら琴子が以前頼んだ御褒美を直樹はくれるらしい。琴子はそのことを思い出して、またもや直樹の腕を掴んだ。
「本当?本当に一緒に行ってくれるの?」
琴子の興奮に直樹は若干、引きつつも、
「そんなくだらないもの、誰かに誘われなければ行かないからな。」
といつもどおりの軽口を叩く。
「嬉しい!」
琴子は入賞を知った時より、更に喜んだ。
…なぜ直樹が一緒に行ってくれることに、こんなに自分が喜ぶのかはまだわからないままだったが。

-----------------------------------------
♪あとがき
もう…これ、あそこへ引っ越しささせたくてしょうがないのですが(^_^;)
退屈されている方、本当に申し訳ないです。
悲しいことにしばらく続くので、お嫌いな方、来月あたりにまた足をお運びくださるとうれしいです♪
(いや、いくらなんでもそこまではいかないと思うのだけれど…)
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だめよ!ダメダメ!あっち行きなんて><

琴子!よく蹴落として頑張ったわ♪♪♪
それにしても直樹じゃなくて『直樹さん』
ス・好きです^^;

水玉さん、こんばんは。更新ありがとうございます。女学校に転校生、それも昨日の女性松本女史です。昨日の絵のモデルの事で、挑発されていますね。自分がモデルにしたかったと。直樹の事が好きとも言われていますね。自宅に帰り直樹に聞きます、裕子さんてきれいな人ですねと聞くと否定しません。琴子ショックを受けたようですね。しかしくだらない事聞く前に手を動かせと。指導のおかげで絵の方も上達していき、見事3位です。ご褒美に約束した活動写真を見に行く事になり直樹の腕を掴んで喜んでいます。良かったね琴子。直樹と活動写真みにいけるから。水玉さん退屈などはしていませんよ。次の展開が気になりますから、ましてや松本女史の件もあり直樹の事好きといっていますから琴子に。

退屈なんてとんでもない!

しっかり楽しませていただいてます~
直樹って何を教えても上手なのね・・・いいなぁ
ぜひ我が家にも家庭教師できていただきたい(違)
今後の直樹さんの行動楽しみにしてます~♪

ありがとうございます

コメントありがとうございます♪

さあやさん
パラレル物置があるから、そっちの方がよかったかなあと(^^ゞ
あと、予想以上に難しくて上手く書けないので、あまり人目に触れない場所へ移動した方がいいかなあと思ったんだけれど、でもさあやにそういってもらえると嬉いので頑張ります(^^♪

tiemさん
退屈されていませんか?下手な上に長いのでどうしたものかと困っていたのですが…。
そう仰っていただけて嬉しいです。

ミルクさん
ありがとうございます^^
やっぱり直樹さん…書いている私も結構照れるんですよね←オイ!
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

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