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2009.03.02 (Mon)

恩師 2


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「入江先生!回診行こうか!!」
数日後、病院にて直樹に声をかけた、小柄で目立たない男性。彼こそが直樹を東京から神戸へ来ないかと誘った神戸医大の前田教授である。信じられないことにこの前田教授、日本でも有名な小児外科の権威である。
初対面、直樹が神戸へ来て挨拶に行った時、目の前に現れた前田教授があまりに想像と違っていたので驚いた。権威だとかいう言葉がこれほど似つかわしくない人間はいないのではないかというくらい、目の前の前田教授は人懐っこい。とても有名な著作本を何冊も書き、神戸医大の小児外科にこの人ありと言われている人物とは思えなかった。そして、初対面の直樹に向って言った言葉は忘れられない。
「入江先生。」
「はい。」
「スマイルね!!」
「…。」
今日も回診に付いて行く直樹に向って開口一番、
「スマイル!!」
と前田教授は言った。そもそも教授の回診というと、後ろにぞろぞろと医師たちが大名行列のように付いて歩くものだが、前田教授はそれを「うっとおしい」と嫌う。最近の回診は前田教授と直樹、それに介助の看護師が1人つく程度だ。

「タツヤくん!!おはよう!!昨日はよく寝たかなあ?」
まず、前田教授は、子供の下の名前を笑顔で呼び、話し始める。この診察のやり方も初めて見た時はびっくりしたことだった。
病室での教授回診は、まず下っ端の医師が患者ごとに経過を説明することから始まるのが普通だ。直樹も研修医として、同じことをしようとした。
「田中…。」
患者の名前を言おうとしたその時、
「マサトくん、昨日の○○レンジャー見た?」
と、最後まで直樹の説明を聞かずに、いきなり子供に話しかけた。
「見たよ!昨日はすごかったんだから!ギガブルーがさ…。」
子供と一緒に盛り上がりながら、手際よく診察をしていく。相手が女の子の場合でも、
「カナちゃん、魔女っ子△△リンのハンカチだ~。」
と変わらない。子供たちは誰一人、前田教授を嫌がらない。顔を見て泣き出す子供も、布団にもぐり込む子もいない。無邪気に教授と笑い合う。教授も時にヒーローに倒される真似をしたり、魔法もののヒロインの相手をしたり、心底楽しそうだ。しかし、ただ子供と遊んでいるだけではない。信じられないことに、この教授の頭の中には入院している子供たち全員の氏名、病名、経過、食べ物の好き嫌い、好きな遊び、全て完璧に入っている。なので、カルテを見る事はほとんどない。この調子で一人一人と丁寧に接していくので、教授の回診時間はいつも大幅に延長する。
今日も初めて一緒に回診した時と同様だった。そして、
「あ、入江先生。昼休みでも、僕の部屋に来てくれる?ちょっと大事な話があるから。」
回診が終了した後、直樹は前田教授に言われた。

「失礼します。」
前田教授の部屋をノックして、直樹は入った。
「悪いね、忙しいところ。」
教授は壁に絵を貼っているところだった。
「貼ります。」
小柄な教授が背伸びして、一生懸命貼ろうとしてたので、直樹が交代した。絵を見ると、どうやら前田教授の似顔絵らしい。教授の部屋は壁一面、子供たちが描いた教授の顔でいっぱいだ。今、直樹が貼った絵も、今日の回診時に子供からもらったものだった。
「いっぱいになったなあ。僕の顔って、描き易い顔なのかな?」
絵を見ながら教授は笑っている。そういえば、子供たちの描く教授の顔はみんな笑顔だ。

「あ、そうそう。ま、座ってよ。コーヒーでも入れるから。」
直樹を応接セットのソファに座らせ、教授自らコーヒーを入れる。驚いたことに教授の入れるコーヒーは美味しかった。これなら琴子のいれるコーヒーに匹敵する。そんなことを思った直樹の表情を見て、教授は茶目っ気たっぷりに言った。
「おいしいでしょ?僕、コーヒーにはちょっと自信があるんだよね。」
コーヒーを飲み終わったところで、教授が口を開いた。
「入江先生、明日って休み?」
「はい。」
「そう。なら、明日中にこれ見ておいてくれない?」
直樹の前にDVDを5~6本差し出した。
「手術を収録したものでしょうか?」
「ううん、○○レンジャーと魔女っ子△△リンの2か月分のDVD。」
「…は?」
直樹は、教授の言葉に耳を疑った。
「…あ、もしかして持ってる?」
「持っていません。」
「それなら、良かった。たぶん明日1日あれば見られると思うんだよね。休みの日まで勉強していると、疲れちゃうでしょ?息抜きも必要だよ。」
「お話って…。」
「うん、これだけ。ごめんね。忙しいのに呼び出しちゃって。じゃ、午後も頑張ってね。」
渡されたDVDを手にして教授の部屋を出た直樹は、
「俺は指導教授の選択も誤ったのかも…。」
と、溜息をついていた。

次の日、直樹の部屋の電話が鳴った。
「もしもし、入江くん?今日は帰ってたんだね!」
電話の声は琴子だった。
「ああ、今日は休みだから。」
琴子と直接話すことは久しぶりだ。ここ数日は当直が続いて、琴子の声も留守番電話でしか聞いていない。
「本当?もしかして、寝てた?起しちゃったかな?」
「大丈夫。起きてた。」
「今、何してたの?」
琴子の問いかけを聞きながら、直樹はテレビへ目を向ける。画面の中で○○レンジャーがモンスターと死闘を繰り広げている。
「…DVD見てた。」
「えっ、何のDVD?映画?珍しいね。」
まさか、○○レンジャーとはいえない。
「…手術を録画したもの。勉強の一つ。」
「あっ、そうだよね。ごめん、勉強の邪魔しちゃったね。」
電話の向こうの琴子の申し訳なさそうな声に、直樹は慌てて、
「いや、今一息つくところだったから大丈夫。」
と言う。
「そう?でも研修医って大変なんだね。休みの日まで勉強なんだね。たまには、息抜きしないと疲れちゃうよ。」
前田教授と同じことを琴子が言った。そのあと、琴子が報告する学校の話や家族の話を聞き、こちらの様子も話して、電話を終えた。

テレビに目を戻すと、○○レンジャーはとっくに先ほどのモンスターを倒し終え、次の回でのモンスターも倒し、全員でポーズを取っているところだった。
こうして見ていると、その昔、父の会社を手伝った頃、琴子と一緒に会社で戦隊物を見ていたことを思い出す。琴子は夢中になって見ていて、主題歌まで丸暗記し、歌っていたものだ。
「…せめて、琴子が一緒だったらもう少し楽しめるのかもな。」
直樹は溜息をついて、○○レンジャーの世界に戻って行った。
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