日々草子 新人弁護士 前編

新人弁護士 前編

法廷内に着席したのと、渡辺が立ったのは、ほぼ同時だった。
法廷は裁判官と双方の弁護士の簡単なやり取りですぐに終了した。
その後、次回の法廷の期日を決定し、第1回の法廷は終了した。
合計10分か15分くらいしかかからなかった。
渡辺が傍聴席に目をやると、直樹と目が合った。

「まさか、お前がいるとは驚いたよ!」
法廷から出てきて、渡辺は開口一番、直樹に声をかけた。
「お前のデビュー戦だからな。」
「そうだな。初めて一人で手掛ける裁判だから、実質デビューだ。」
渡辺は笑った。
「この後、時間ある?あるなら地下の食堂でお昼食べないか?」
渡辺の誘いに、直樹は、
「いいのか?」
と訊ねる。
「本当はもうちょっとうまい店で食べたい所だけど、店に移動することに時間をかけるより、お前と喋ることに時間をかけたいから。」
渡辺の言葉に、直樹も同意し、二人は裁判所の地下へと向かった。

「まあ、病院の食堂といい勝負だな。」
直樹は食べながら感想を述べた。
「贅沢いうなよ。官公庁の食堂なんてこんなもんだろ。」
渡辺がまた笑う。

「何はともあれ、おめでとう。渡辺先生。」
直樹が水の入ったコップをおどけて持ち上げた。
「ありがとう。入江先生。」
渡辺も同じようにコップを持ち上げた。

「初めてなんだ。代理人弁護士渡辺…って僕の名前だけが書かれた訴状を作ったの。」
カバンから書類が綴じられたファイルを取り出し、パラパラとめくりながら渡辺は感慨深く呟いた。
「今までは所長と二人だったから。僕もこれでようやく弁護士としてスタートした気分だよ。」
「…お前だったら大手の渉外弁護士事務所でも入れただろうに。」
親子丼を口にしながら、直樹は言った。
「僕は困っている人を助けたくて、弁護士になったんだ。今の事務所は僕と所長と事務の女性が二人だけという小さな事務所だけど…僕のやりたいことができるから満足しているよ。」
渡辺はカツ丼を口にしながら答えた。
「所長は依頼された仕事は絶対断らないんだ。そして金にならない刑事事件も、弁護士が嫌がる当番弁護士も引き受ける。僕もそんな弁護士でありたいからね。」
「…お前らしいよ。」
直樹は渡辺に微笑んだ。

「そういや覚えている?僕たちが出会った時のこと。」
渡辺が直樹に訊ねた。
「ああ…。」
そして、二人はしばし出会った時に思いを馳せた…。

斗南高校1年A組。
そこが直樹と渡辺が出会った場所だった。
付属中学からエスカレーターで上がった人間が多い中、渡辺は高校からの外部進学組、その中で一人だけA組という人間だった。つまり、外部進学者の中でトップだということだ。
それだけで、A組の人間の注目を集めるには十分な人間だった。
しかし、A組の人間が想像する人間と渡辺は全然違っていた。がり勉タイプではなく、ぽよよんとした、穏やかな人間。それでいて、1学期の中間試験では学年2位の成績を修めるという不思議な人間だった。
「すごいね!入江くん!」
試験順位が貼り出された掲示板の前で、渡辺は直樹に声をかけてきた。
「ダントツだ!」
それも妬んだ風な言い方ではない。心底、直樹に感心しているといった言い方だった。
「どうも…。」
別に今更ダントツの成績でも、直樹には珍しくも何ともない。
「塾とか行ってるの?」
「行ったことない。」
「へえ!」
直樹は「変な奴」と思いながら、渡辺の傍を離れた。

直樹は特定の人物と仲良くするタイプではなかった。何でもこなすというタイプゆえ、クラスでは一目置かれていたし、直樹に取り入ろうという人間数人に囲まれ(直樹から見ると纏わりつかれている)ていた。
そして、渡辺も一人だけ外部進学ということからクラスに溶け込めないでいた。
渡辺自身は話しかけられれば、感じよく答えていたのだが。
そして今回の試験の成績で、渡辺はクラスの一部の人間から妬まれるようになった。その中心が直樹を取り巻いている人間たちだった。

「あ、入江くん、おはよう!」
ある日、靴箱の前で渡辺が直樹に挨拶をしてきた。
「おはよう…。」
直樹も挨拶を返した。いつもニコニコしているんだなと思い、渡辺が先に歩いて行くのを見ていると、直樹は渡辺がいつもの様子と違うことに気がついた。
渡辺はなぜか上履きを履かずに靴下で歩いていた。
「上履きは?」
直樹が後ろから声をかけると、渡辺は、
「あ、いや…家に持って帰ったら、忘れちゃって。」
と笑った。
「家に…って、今日水曜じゃねえか。」
直樹は変なことをするんだなと渡辺を見ながら思った。

その後、渡辺は教科書を忘れたり、体操服を忘れたりと忘れ物が続いた。
教師に叱られる渡辺を見ながら、自分の取り巻き連中がクスクスと笑うのを直樹は見逃さなかった。

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☆あとがき
とりあえず、前編だけ(笑)
本当は物置行きかなあと思ってたのですが、一応載せてみます。
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