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水面に映る蓮の花 36






診察を終えた直樹と琴子は、この屋敷の居間にいた。そこでは娘の両親が診察結果を今か今かと待っていた。
「こちらが、用意しておいた娘の薬でございます。」
そこには一体何日分なのかという量の薬があった。驚くことに、これで一月分というではないか。
「一体、一日にどれほどの薬を飲ませるつもりなのか。」
眉をひそめながら、直樹は袋を空けて中身を確認した。少し指先に取り舐めてみる。
「これは…。」
「何か問題でも?」
両親は青ざめて直樹を見た。琴子も何事かと直樹の顔を見た。
「…何も問題はない。」
「え?」
直樹の返答に一同は拍子抜けした。
「問題もない。そして効果もない。」
「と、申しますと?」
「ただのお茶だ、これは。」
「お茶?」
「こちらはただの粉。」
「ただの粉…しかし、医師はこれらをきちんと食後、及び寝る前に飲めば娘は良くなることはないが症状が悪化することはないと。」
「まあ、それは合っている。良くなることはない。」
「娘の病は完治することは難しいという話では?」
「それは自分が治せないからごまかしただけのこと。そして高額な診療費をせしめたかっただけのこと。」
「我々はだまされたということですか!」
父親が激昂した。直樹は「左様」と頷いた。

「それで娘の病は治せるものなのでしょうか?」
母親がすがるように尋ねた。
「時間はかかりますが、治ります。」
直樹はきっぱりと答えた。
「ま、まことに?」
「まこと。」
この答えに、両親の顔が見る見る明るくなった。
「こちらが処方した薬を信じて飲んでいただきたい。そしてゆるりと日々を過ごさせること。何の悩みも持たせず、のんびりと。」
「のんびりと…。」
母親が直樹の言葉を小さく復唱していく。
「できれば、どこぞ静かで空気の良い場所で療養させることが一番望ましいのですが。」
「この屋敷では無理ということでしょうか。」
「絶対に無理とまでは申しません。ですが、こちらは宮中高官のお屋敷。客人も多いこととお見受けいたします。いくら奥に姫君の部屋があるとはいえ、落ち着かないことでしょう。また、使用人も多いでしょうし。」
「確かに…。」
「心を許せる使用人だけをそばに置いて静かな場所でのんびり過ごすことが何よりの薬なのですが。」
「別邸があります。さして広くもありませぬが、静かで空気もよく…。」
父親の言葉に、琴子はその昔王妃と出会った別邸を思い出した。あのような場所であれば姫君のためにもよいだろう。
「別邸を整えさせ、娘に話してみましょう。病が治ると言えば行ってくれるかと。」
母親が言った。
「あの…よろしゅうございますか。」
黙って皆の話を聞いていた琴子が、おずおずと口を開いた。これには娘の両親が少し驚いたようだった。看女は医師である直樹の手伝いだけをしているものだと思って、口出しなどしないと思っていたからだろう。
「構わぬ。話してみよ。」
直樹は気を悪くした様子は全くなく、琴子に先を促した。
「恐れながら…奥方様が、ご一緒に行かれることは難しいことでございましょうか。」
「私がですか?」
母親は驚いた。
「はい。患者は姫君様でございます。お年頃からいって母上様にお側にいてほしいのではと…。」
琴子が両親の様子をうかがいながら、自分の意見を口にした。

「…そうだな、お前、共に行くがいい。」
すぐに父親が答えた。
「まあ、そんな。あなた様をこちらに置いて行くなど…。」
「構わぬ。今までもお前は姫の側にずっといたではないか。看病をしながら私の客人をもてなすこともしてくれた。ここに残っても姫のことが頭から離れず、様子が分からないことに不安が増すだろう。ならば一緒に行くのが一番だ。違うか。」
「…よろしいのですか。」
「むしろ一緒に行ってくれれば、様子を細かく文で伝えてくれるだろう。私も安心だ。なに、奥をとりしきる妻がいない屋敷とわかれば客人も遠慮してくれるだろう。私とて静かに過ごせて嬉しい。正直、付き合いは疲れる。」
「そうなさっていただけると、医師としても安心いたします。」
直樹が言ったことで、この話はまとまった。



遠慮して別室で待っていた澄子の夫にも、結果は知らされた。
「それは良かったですなあ。」
「本当に。よき医師様を紹介して下さいました。」
深々と頭を下げる両親に「いやいや」と澄子の夫は笑った。
「我が甥とのご縁もこれまで通りということでよろしいのかな。」
「春也殿がよろしいと申されれば、こちらは何の異存もありません。後日挨拶に出向く所存。」
「何より、何より。」
にこやかな集団に、直樹と琴子の顔もほころんだ。

「そういえば…。」
ふと、母親が琴子の顔を見て呟いた。
「どこぞでお会いしたことがあるような気が…。」
これには澄子の夫、直樹、琴子が顔色を変えた。王妃ならば高官夫人と席を共にする行事もあるが、東宮妃はそれほど多くない。現に琴子も母親の顔に見覚えはないが、何かの行事で同席したことがないとは確実にいえない。
「気のせいでは…。」
「王妃様のお側にいたのを見かけられたのでは?」
誤魔化そうとする琴子の言葉を、直樹が遮った。
「王妃様のお側に?」
「左様。王妃様のご体調優れぬ時、この看女がお側にいたことがありましたゆえ。」
「ああ、そうかもしれませぬ。」
直樹のごまかしに母親が頷いた。
「王妃様のお側とは、優れた看女でいらっしゃるのですね。」
「いえ、そんなことは…。」
「はい、その通りです。」
またもや琴子の言葉を直樹が消した。
「私が知る中で一番の看女を本日は連れてまいりました。」
直樹の琴子を見るその顔は、今日一番誇らしげであった。

「そ、そんなことは決して。」
琴子が慌てて手を振ると、
「私は本当にまだまだ未熟なのですが、こちらの医師様は本当に優れたお方でございます。」
と直樹を見ながら言った。
「いつも新しい医学の知識を身につけ、患者のために役立てようとそのことで頭がいっぱいでいらっしゃるのです。ただ治療をするだけではなく、たくさんの患者が助かるためにどのような仕組みが必要か、そういったことも常に考えていらっしゃいます。本当に素晴らしいお医師様でいらっしゃいます。」
琴子に褒められ、直樹は照れくさくなった。が、その気持ちを誰にも悟られまいと付け髭の中にそれを押し込めた。
二人は偶然にも、お互いを褒め合うことになったのだった。

「本当にこちらは受け取っていただけないのですか。」
両親は今日の診察料と多額の金子を準備していた。これまでの医師がそれだけ受け取っていたのだろう。
「いりませぬ。」
直樹はきっぱりと拒否をした。
「しかし無料というのは…ご立派な医師の診察に対して。」
どうしても受け取ってほしいと両親は願ったが、直樹の意思は固かった。
「ならば…。」
引き下がらない両親に、直樹は一つ提案をした。
「宮中が創設した、診療所をご存知でしょうか。」
「ああ、存じております。確か東宮様が率先して作られた診療所ですね。治療費が払えない者たちの診察を無料でしているという。」
「左様です。そちらにご寄付を願えないでしょうか。」
「寄付ですか。」
「貧しい民から治療費を取らない決まりですが、薬代、道具代、勉強のための書物代と必要なものはかかるのです。私は医師長の下で修行中の身、そちらにご寄付いただけるとありがたく思います。」
「本当によろしいのですか、その形で。」
「一番望ましい形です。」
娘の両親は顔を見合わせると、同時に頷いた。
「ならば、そうさせていただきましょう。娘のように長い間苦しんでいる病人が一人でも減るように願いを込めて。」
「感謝申し上げます。」
「そういえば、医師殿にもどこぞでお会いしたことがあったでしょうか。何となく聞き覚えのある声ですが。」
父親の言葉に、さすがに今度は王の側にいたとの言い訳は通用しないだろうと思い、直樹たちは早々に屋敷を後にしたのだった。



「お疲れになったのではございませぬか。宮中へ馬車をご用意いたしましょうか。」
屋敷から少し離れた後、澄子の夫が気遣ってくれた。
「いや、大丈夫だ。」
直樹が東宮の口調に戻った。
「ここは屋敷街。貴族が集う街ゆえ、ばれてはまずかろう。」
「左様ですか。ではお送りいたします。」
「それも大丈夫だ。」
直樹が断った。
「今の我々は一介の医師と看女。戻るまでそうしていたい。」
「かしこまりました。」
「今日は世話になった。」
「とんでもございませぬ。我が甥の不躾な願いを聞き届けて下さり、感謝申し上げます。」
「春也殿も、さぞご安心されることでしょう。」
琴子が言った。
「春也殿の許嫁のお家、まことに良きお家と見受けます。」
「そうだな。父親は妻と娘が留守の間、料理番と身の回りの世話に長年仕えている老女しか置かないと話していた。あとの使用人は父親と妻のそれぞれの実家へ預かってもらうらしい。」
「妻子留守の間は、ろくな噂が立ちかねませぬ。彼はそのような不埒な男ではありませぬが、あえてそうするのでしょう。彼らしい行いでございます。」
「奥方が付き添うことにもすぐに同意した。ああいう貴族、そなたや春也の父親以外にもいたのだな。」
「勿体なきお言葉でございます。」
やがて澄子の夫に見送られ、直樹と琴子は帰途についた。
二人の姿を見送っていた澄子の夫は「はて?」と首を傾げた。
「あちらは宮殿への道ではないのだが…お二人はどちらへ?」
二人は宮殿とは正反対の方向へ歩いて行ったのである。



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待ってました〜(^3^)/

東宮夫妻の最新話!首を長〜〜〜くして待ってましたよ(^o^)
二人が仲睦まじくて癒されます〜。
それにしても前のお医師はダメダメですな!
しっかり勉強しないのに治療代だけしっかりふんだくるなんて!!
でもこの二人の手にかかればきっといい方向に向かってくれるよね。
そして東宮夫妻にもこのまま夫婦の難局を乗りきってほしいなぁ。

また次回も楽しみに待ってますねp(^^)q

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