日々草子 水面に映る蓮の花 34
FC2ブログ

水面に映る蓮の花 34





「…そのようなお顔をされても、仕方がないでしょう。直樹様が人望がない…あ、いえ。」
鴨狩は、主人に睨まれて口をつぐんだ。が、すぐにまた開いた。
「…普段から周囲の者たちに厳し過ぎたから、こういうことになったわけですから。」
直樹が医師長より、自分の助手にぴったりの人物がいると聞いたのは昼前のことであった。しかし、その名前を聞いて直樹は何も言えなかった。
「ご自分で頼むようにと、医師長より言われたのでしょう。行かないといけませんね。」
「分かってる。」
ただ、その相手が自分の頼みを聞いてくれる自信はなかった。
「早く行かれた方がいいのではありませぬか?一日でも早く診察をせねばならないのでしょう。」
「分かってる!」
鴨狩は肩をすくめた。が、これはいい傾向ではないかと内心、ほくそ笑む。
「…支度をせよ。」
「は?」
小声だったので、鴨狩は聞き返してしまった。
「支度をしろと命じたのだ!」
「かしこまりました。」
いそいそと鴨狩は直樹の支度を開始した。



目当ての建物が見えてきて、直樹は足を止めた。
「…。」
ここに来るのはいつ以来だろうかと、つい考えてしまう。果たしてどのように会話を切り出せばよいのか。
直樹は心を決め、足を踏み出した。

最初に直樹の姿を見つけたのは、雀殿に仕える女官の一人だった。直樹を先頭にした列を見つけ、驚いて建物の中に駆け込んだ。
程なくして、桔梗が姿を見せた。
「まあ。」
桔梗は声にならない声を上げ、ごくりと唾を飲み込んだ。その顔は、そこにいるはずのないものを見つけたかのような、そう、まるで幽霊を見つけたかのような顔であった。直樹を出迎えることも忘れ、桔梗はしばしその場に立ち尽くした。
「ゴホン」と鴨狩が咳払いをした。そこでようやく桔梗は我に返り、直樹の前に足を進めた。
「これは東宮様。」
桔梗が挨拶をすると直樹は、
「いるか。」
とだけ、声をかけた。
「しばしお待ち下さいませ。」
桔梗はしずしずと、御殿へと戻った。その背中を直樹は黙って見つめていた。

直樹に見えない所にくると、桔梗はタタタと駆け足になった。
「姫様!」
「何!?」
気晴らしにと、裕樹が持参した画集をめくっていた琴子は驚いてそれを机から落としそうになった。
「どうしたの?」
「と、東宮様が!」
「え?」
琴子は目を丸くした。
「東宮様がおいででございます!こちらに!」
「…本当に?」
「はい、まことでございますとも!」
琴子は信じられないという顔をした。
「どのようなご用件で?」
「それは分かりません。どうされますか?」
何度も拒まれている仕返しを、今こそするかと桔梗は思った。琴子は伏せっていると嘘をつくことだって許されるくらいである。
「お出迎えをせねば。」
琴子は立ち上がった。
「お出迎えされるので?」
「当然でしょう。」
「かしこまりました。」
主人がそう言うのならば仕方がない。ちょっとくらい仕返ししてみたい桔梗であったが、琴子の髪、そして衣装を軽く整えた。

「…遅いな。」
誰も出てこない雀殿を見つめ、直樹がぼやいた。
「そのようなことはありませぬ。」
鴨狩が答える。
「そうか?」
「はい、取り次ぎにはこのくらいの時がかかるものでございます。」
それくらい待ってもバチは当たらないだろうと鴨狩も思っていた。むしろ追い返されても仕方ないと思うが、これを仲直りのきっかけにできたらという期待の方が勝っていた。
「あっ。」
鴨狩の声に、直樹の目も見開かれた。御殿の中から琴子が出てきた。
「直樹様。」
琴子は金鳥した面持ちで、直樹の前に立った。
「どうぞお入りに。」
「うむ。」
琴子に促され、直樹は雀殿へ足を踏み入れる。琴子がその後ろを歩く。桔梗と鴨狩は心配そうに視線を交わし、後に続いた。

琴子の居間に落ち着いた二人であったが、しばらく会話はなかった。直樹は何をどう切り出していいのか迷っているし、琴子は一体直樹が何の用で来たのか心配そうである。鴨狩と桔梗はその後ろに控えていた。
「その…。」
直樹がようやく声を発した。
「はい。」
琴子が応じた。が、すぐにまた二人は無言になってしまった。
「もどかしい」と、直樹の用向きを知っている鴨狩は思っていた。が、自分がここで先走るわけにはいかない。

「裕樹の学友について、知っているか。」
直樹は話を切り出した。
「ご学友と申しますと、春也殿のことでございますよね。」
「知っているか。」
知っているも何も、二人で過去に春也に会っている。今更何をと桔梗と鴨狩は思った。
「その春也に許嫁がいるのは知っているか。」
「いいえ。」
琴子は知らなかった。裕樹が琴子に何も言っていなかったのである。
「そうか、知らないか。」
「はい。」
「その許嫁が、病に伏せっているそうだ。」
「まあ、お気の毒な。」
そこで琴子は、先日桔梗から聞かされた、春也の慌てていた様子を思い出した。
「子供ということで、医師が診察を避けているというのだ。まあ、子供の診察は難しいからな。」
「そのようなことがあるのですか。」
さらに琴子は気の毒になった。春也の許嫁であればそこそこの貴族の令嬢であるだろうに、満足な治療もしてもらえないのか。
「それで、裕樹が俺に診察を頼みに来た。」
「さようでございますか。」
琴子の表情が少し緩んだ。裕樹が直樹を頼ったことは素直に嬉しい。
「直樹様が診察してくだされば、その許嫁の姫君も安心されましょう。」
「安心するかどうかは分からないが。」
「直樹様ならば大丈夫でございましょう。」
琴子が大きく頷いた。これを見ると、直樹の中に力がみなぎってくる。
「どうぞ、よく診察してあげてくださいませ。」
「ああ。」
わざわざこのことを知らせに直樹は来たのだろうか。琴子は不思議であったが、直樹が再び医師として働いていることを知り、純粋に嬉しかった。
「それで、ひとつ困ったことがある。」
直樹が本題に入った。
「困ったこと?」
「その…助手が必要なのだ。」
「助手とおっしゃいますと、医師がもう一人必要ということですか?」
「いや、医師ではない。看護をする者だ。」
「看女のことでございますか。」
琴子も倒れた折には、看女の世話を受けていたからその存在は知っている。
「ああ。」
「看女が足りないのでございますか?」
どれほどの女人が看女として働いているのか琴子は知らない。が、直樹が往診に連れて行く者もいないほど人手不足なのだろうか。
「いや足りないわけではないのだが、その…何というか。」
「はい。」
琴子は直樹の話を黙って待っていた。
「俺に付いてくれる看女がいないのだ。」
「直樹様に付く看女がいないのですか?」
ますます琴子は意味が分からなかった。
「早い話が、俺の助手をしてくれる者がいないのだ。」
「人手が足りないわけでもないのに?」
琴子に核心をつかれ、直樹は気まずい顔をした。鴨狩はうつむいて笑いをこらえている。それを桔梗が不思議そうに見ている。
「申し訳ございません、直樹様。お話がよく理解できないのですが…。」
「俺が厳し過ぎて、皆付いて来ることができないのだ。」
直樹はとうとう打ち明けた。まるで自分の恥をさらしているかのようだ。琴子の顔をまともに見ることができない。
「直樹様が厳し過ぎて…。」
琴子は唖然となった。一生懸命、意味を考えようとする。

「でもそれは直樹様は間違っていらっしゃらないのでしょう?」
しばらくして、琴子が優しく言った。
「え?」
直樹は琴子の顔を見た。これまでお互い視線を合わせることを避けていた二人が、ようやく見つめ合った。
「直樹様は間違ったことをされていないのでしょう。」
「まあ、な。」
「直樹様がご自分に厳しいことは私もよく存じております。直樹様は医師としてのお仕事に真摯に向き合っていらっしゃる結果、ご自分にも他人にも厳しくなるのでしょう。」
「…。」
まるで母、いや仏の慈悲を受けているかのような気分に直樹はなった。琴子は自分を理解してくれている。
「そのお心を分かってくれる者は必ずおりましょう。」
直樹が愚痴を言いたくて来たのかと琴子は思っていた。むしろ、心の内を打ち明けに来てくれたのならば嬉しい。

「うむ、いる。」
直樹は頷いた。
「いるのですか。ならばその者に助手を。」
「今、俺の目の前にいる。」
「目の前…え?」
琴子は胸に手を置いた。
「…私のことでございますか?」
「他に誰が俺の目の前にいるんだ。」
「でも…。」
琴子はうろたえた。
「俺の助手を務めることができるのは琴子、お前しかいない。」
直樹はきっぱりと言った。
「そんな、私が…。」
「頼む。俺と共に患者を救ってくれないだろうか。」
ようやく直樹は言うべきことを琴子に告げることができた。

「私は無理でございます。医学の心得などありませんし。」
琴子は手を振った。
「それは俺が教える。」
「そんな、私は直樹様がご存知のとおり学問は苦手で、物覚えも悪いですし。」
「でも俺の考えていることは誰よりも分かっている。俺の物言いにも一番慣れている。」
直樹は琴子の目をまっすぐに見つめて言った。
「お前以外に、俺の看女を務めてくれる者はいないのだ。」

琴子はしばらく考えた。
「…私にできることがあるのでしょうか?」
「ある。」
「直樹様のお役に立てるのですか?」
「ああ。」
「私が直樹様と一緒に患者を救うことができるのですか?」
「ああ。」
直樹は言った。
「俺と一緒に患者を救ってくれ。」
「直樹様のお手伝いができるのですね。」
琴子は微笑んだ。
「手伝って欲しい。」
直樹も微笑んだ。
「私にできることがあるのならば、喜んで。」
「ありがとう、琴子。」
その言葉で、鴨狩と桔梗も笑みを交わした。ようやく、二人の関係が修復できそうである。

「これから数日、忙しくなるぞ。最低限覚えてほしいことを教えるから。」
「はい、直樹様。」
そう返事をした琴子であるが、不安は隠せなかった。それを見て直樹は笑った。
「大丈夫だ。お前が普段他人に対して心がけていることを実行してくれればいいのだから。」
「私が心がけていることですか?」
それは何だろうと琴子は首を傾げる。
「お前がいつも…相手の立場に立って物事を考えていることだ。」
そして誰よりも優しいところ。直樹はそう心の中で続けた。その優しさに又甘えることになったのだから。




関連記事

comment

管理者にだけ表示を許可する

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

ようやく光がみえてきましたね、
ハッピーエンド楽しみにしてます🎵

ようやく二人の光が見えてきたような😃この先のハッピーエンド待ち遠しい😃直樹も、やっと素直になったようですにね🎵

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

やっと!!

仲直りの光が見えてきた!!
これでまた仲睦まじい夫婦に戻れるはずですよね!
まぁ問題は欅宮が今後どう出てくるか。。。
続きがめっちゃ気になります(≧∇≦)

水玉様、首を長ーくして続きを待ってますね!

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

水玉さん いつもありがとうございます。
つらくて泪なしには読めない時期があるからこそ、その後の琴子ちゃんの幸せが倍増すると分かっていても・・・・・。 心が弱くて「水面」を読むと、すぐにふとんの「医者の不養生」を読んで中和しています。昨日からまた「入江法律事務所」を読み返していますが、また例のahokoお嬢様がおじいさま、おじいさまと、言いながらご登場です。やっぱり阿保子です。分かっていても沙穂子様への耐性は出来てきません。何年たっても心が痛いです。早く平穏になりたいので一晩で全部読みます。
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

現在の御訪問者
現在の閲覧者数:
御訪問ありがとうございます
このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

コメント及びメールなどでの苦情及び批判は公開、非公開を問わず、私へ告げることはご遠慮いただけますよう、お願い申し上げます。

このブログ及び掲載されている話が嫌いだと思われたら、黙ってあなた様の中から、このサイトの存在を消去していただけますよう、お願い申し上げます。

最新記事
最新コメント
Private
カレンダー
07 | 2020/08 | 09
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
リンク
カテゴリー+月別アーカイブ