日々草子 大蛇森の悶絶
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大蛇森の悶絶




2月14日バレンタイン――。
僕は材料をダイニングテーブルに並べた。全て一流パティシエが用いるものを仕入れて来た。それくらいしないと、あの高貴なお方の口に合わないだろう。

しかし神はこの僕にいくつの才能をもたらしてくれたのか。先日はとうとう、アマチュアスイーツコンクールで優等賞を取ってしまった。外科医だけでなくパティシエとしての才能まで天は僕に与えてくれたらしい。
フフフ…フフフ…何を作ろうか。僕の愛を捧げるに値する物は何だろう。僕はスイーツのレシピ本をどっさりと買い込んで来た。

ああ、どれも素晴らしい。初心者向けではないから時間もかかるが、出来栄えは素晴らしいものとなること間違いなし。
あのチンチクリンではどれも作れないだろう。あいつはトーストすら焦がすような腕前だ。
しかしバレンタインに何か用意しているんだろうか。
「入江くーん、バレンタイン。ホワイトデーには100倍返しよろしく!」
と、その辺に売っているお徳用チョコを渡すつもりじゃ。それも入江先生は受け取るに違いない。自分が受け取らなければ犠牲者が増えると思って泣く泣く…本当に何と哀れな先生!!僕が早く助け出さないと!

ということでケーキもいいが、もっとインパクトのあるものはないだろうか。一度食べたら僕の虜になるような。二度と僕から離れられないような。
あ、そうだ!今年は…いっそ僕自身をチョコでコーティングするというのはどうだろうか!全身をチョコで包んだ僕を…。

『先生、今年のバレンタインはこれがプレゼントです!』
バーンと服を脱ぐ、全身チョコレートの僕。
『大蛇森先生…。』
言葉を失う入江先生。
『さあ、先生。僕の全てはあなたのものです!好きにして下さい!』
『本当にいいんですね。』
ゴクリと唾を飲み込み、僕を見つめる入江先生。
『後悔は…しませんね。』
『しません。』
僕たちはどれほど見つめ合っただろうか。
ふと、入江先生が動く。僕は先生の動きを目で追いかける。
カチャリ…先生は医局のドアの鍵を閉めた。
『大蛇森先生。』
もう誰にも邪魔をさせない――先生の目はそう言っている。僕は頷いた。
入江先生の薄い唇が、僕の頬に触れた。
『…甘い、ですね。』
『先生の好みに合わせて甘みは抑えたのだけれど…それでも…ああっ。』
僕は最後までそのセリフを言えなかった。先生の唇が再び僕の頬。そしてそのまま首筋へと動いて行く…。


「ああっ!!ダメ、ダメ!!」
僕は顔を両手で覆って、耐えきれなくてその場にしゃがみこんだ。そのまま、ゴロゴロとリビングへと転がる。
「だめ、それ以上は…ああっ!!」
何周かリビングを転がった後、僕は目を開けた。そこには僕を心配そうに見ている駄犬チンチクリンがいた。
が、僕が立ち上がるとチンチクリンは首を振り、タタタと入江先生の写真パネルの下へと戻ってしまった。
「あれは僕にあきれている顔だったな…。」
フン、人間のときめきは犬には理解できないのだろう。
ああ、まだ動悸がおさまらない。だめだ、想像だけでこんなに血圧が上がり動悸がすごいことになってしまう。実際にそういう場に置かれたら…ああ、ダメ、ダメ!!
ハア…ハア…ハア…息がまだ荒いな。脈を自分で測ってみる。もう少し大人しくしていよう。

そうだ、バレンタインは僕は白いセーターを着ていくのだった。あなたの色に染めてという意味を込めて白いセーター。白いセーターに白衣とダブルホワイト。チョコでコーティングした体だと、セーターに色移りしてしまうじゃないか。そんな小汚い見た目で入江先生の前に出るわけにはいかない。
うん、チョココーティング作戦はやめておこう。

さて、気分も落ち着いたところで。僕は再びアイディアを練り始める。
そうだ!僕の顔を模したチョコレートにしたらどうだろう!うん、これならインパクトは大きい!

『先生、バレンタインですから。』
『受け取っていいのですか?』
『はい、どうぞ。』
パカッと箱を開ける先生。そこには僕の顔のチョコ。
『…やはり実物の方が美形ですね。』
『そんな、先生にはかないません。』
そして先生は、箱ごとチョコを持ち上げ顔に近づける。チョコの僕の唇に自分の唇を重ねた。
『…ふやけちゃった。』
イタズラが見つかった少年のごとく、笑う先生…。

「ああ、これもダメ!!これもダメ!!」
再び僕はゴロゴロとリビングを転がった。
「ワン!」
とチンチクリンが声を上げた。まるで自分と入江先生の世界を邪魔するなと言わんばかりに。僕には僕と入江先生の世界があるっちゅうに!

ハア…ハア…ダメだ、ダメ。こんなことを目の前でされたら、僕は耐えきれずに先生を襲ってしまうかもしれない。
『やはり、チョコより実物の唇の方がいいですね』
なあんて微笑まれたら…もう無理!医局に鍵をかける暇なんてない。そこにガチャリと誰かが入って来て、ソファに横たわった、毛布に包まれた僕たちを見つけて…ああ、僕らは二人で病院を追われてしまう!
いや、僕はいいよ?僕は追われたって先生との愛に生きる方を選ぶし。でも先生は…先生の医者としての人生を奪ってしまうことは辛い!愛する人をそこまで苦しめていいのか!

…そうだ!僕の顔じゃなく入江先生の顔を作ろう!僕の全てをそこに注ぎ込んで!!
そうすれば先生がチョコにキスをしても、自分の顔にキスしているだけだから僕も興奮はしない!

『僕はこんな顔をしていますか?』
せつない顔で僕を見る先生。
『あ、似ていません…よね?』
何個も何個も作り直したが、どうしても先生の気高さ、美しさをチョコで表すことはできなかった。
『すみません…。』
『いえ、違います。僕の心の中をやはり大蛇森先生は分かって下さったんだなと。』
『先生。』
『僕は憂いでいつも胸がいっぱいなのです。自分に嘘をついて生きていっていいのか。それを誰にもばれないようにしていたつもりなのに、やはり大蛇森先生にはばれていた。でも大蛇森先生はそんな僕を理解してくれていたんですね!』
『そうです、僕は入江先生の全てを理解しています!』
『大蛇森先生…もう僕の全ては爆発しそうだ!!』
白衣から何から全てを脱ぐ入江先生…ダメ、入江先生!まだ鍵…鍵をかけていないのっ!!


…何を作っても、やはり僕たちの秘めたる恋は人目に触れることとなり、病院を追われてしまう。そして想像するだけで僕の体はどうにかなりそうだ。だめだ、まだ僕たちは清らかな関係なのだから。入江先生のためにも、自分の欲望を抑えることにしよう。

ということで、僕は結局奇をてらったものはやめることにした。
何を作ったかというとザッハトルテだ。デコレーションで差をつけることにした。僕の頭文字のDと入江先生の頭文字のIを入れて美しく波打つように…よし、完成!!

「やあ、入江先生。お疲れ様。」
とても仕事ができる先輩医師という感じで、僕は医局に出向いた。ラッキーなことに入江先生しかそこにはいなかった!
…なあんて、本当は邪魔な西垣先生はちょっと大変な書類仕事をさせているだけ。ま、そんなことしなくてもあいつはバレンタインということで女たちの中をフラフラ歩いているだろうけど。
「お疲れ様です、大蛇森先生。」
ああ、今日も眩しい入江先生の笑顔!よかった、チンチクリンの毒牙にかかって休んでなくて!
「本当に激務が続くねえ。この時期はインフルエンザも怖いし。」
「ええ、小児病棟も大変です。きょうだいのお見舞いに行きたいという子供たちを断ることは胸が痛みますが。」
ああ、何て優しいのだろう!全く世界中のインフルエンザをあのチンチクリンに引き取ってほしいくらいだ。

「ちょっと休息しないかい。昨日僕は休みだったので暇つぶしに作ってみたのだけれど。」
そう言いながら僕は後ろ手で音を立てぬよう鍵をかけた。いや、別に襲うつもりじゃなく、あのチンチクリンに襲撃されないためにだよ?
「これはまた素晴らしいケーキですね。」
僕のザッハトルテを褒めてくれる先生!
「ザッハトルテなんだけどね。」
「難しいでしょう。すごいですね。」
「いやあ、そうでも。言っただろ?暇つぶしだって。激務の合間でも心をゆったりとさせるティータイムを設けてもいいのではと思ってね。」
あくまでバレンタインとは口にしない。そんなことを口にすると先生が意識しちゃうからね。ゆっくりと育てる僕たちの愛。
「味見してもらえないかな?」
「ええ。」
僕は用意してきたナイフを取り出す。

「ちょっと待ったあ!!!」
バアンという金属音と共に、聞こえないはずの声が医局に響き渡った。
「な、何!?」
思わず入江先生と一緒に声を上げる。
「そうなると思ってここで待っていたのよ!!」
チンチクリンが、ロッカーから出て来た!!
「だ、誰のロッカー!?」
「フフフ、松田先生よ!松田先生はしょっちゅうロッカーの鍵をかけ忘れるってナースの間では有名なのよ!」
松田あ!!お前、ちゃんと鍵かけろよっ!!!チンチクリンが寄生してしまったじゃないかあ!!

「すみません、大蛇森先生…何か琴子が…。」
「あ、いや。うん、ちょ、ちょっと驚いたけど…。」
ここで動揺を見せるわけにはいかない。しかし、まさかロッカーに潜んでいるとは!入江先生も驚いているから知らなかったらしい。
「ま、仕方ないから私も食べていいですけど。」
「何だ、その言い方は。」
「夫婦は一心一体。入江くんが口にするものは私も口にする。毒に当たる時は一緒なんです。」
「毒なんて入れるか!」
「媚薬とか入れてません?」
ちょっとドキッとした。いや、今回は入れていない。
「入れてないよ。まったく。」
「すみません、琴子が失礼なことを。」
「ああ、いやいや。うん、若いからね口の利き方をこれから学ぶというか。」
「同じ年ですよ、入江くんと私。」
「精神と知能はかなり差があるようだがね。」
サクッと僕はケーキを切った。あーあ、こんなことになるなんて。

「チョコレートケーキ…バレンタイン意識したとか?」
「してないよ。あとザッハトルテと言ってほしいね。」
「マッハトンダ?」
「ザッハトルテ!耳鼻科へ行きたまえ!」
バレンタインの愛の時間が…ああ…。

「いただきまあす!」
なぜかひときわ大きな声はチンチクリン。本当にガサツで下品で…溜息が出る。
「ん?何かチョコ固いですね。失敗作?」
「ザッハトルテはこういうケーキなんだよ!」
「ふうん、そうですか。もぐもぐ…うん、よくできているんじゃないですかね。」
「君には逆立ちしても作れないだろうけど!」
「失礼な!レシピさえあれば私にだって!」
「どうだか。」
「ああん?」
「はあん?」
睨みあう僕とチンチクリン。
「先生、おいしいです。」
僕たちの戦いを止めるために先生が口を挟んだ。ああ、また先生に余計な気を遣わせてしまった!
「そうかい?先生の口に合うならよかった。」
「マッハトンダって甘いんですね?」
「ザッハトルテ!」
チンチクリンの余計な言葉を僕は訂正した。ん?甘い?そういえば、ザッハトルテの特徴は濃厚な味…しまったあ!!
「ごめんね、入江先生!ザッハトルテは濃厚な味が特徴だった!」
そうだ、僕は自分が興奮しないことを一番に考えてしまったため、甘さを抑えるという一番忘れてはいけない目的を忘れてしまった!
「いえ、大丈夫です。あんずジャムがさっぱりとしていますし。」
「そうそう、そこはいい組み合わせですよ。」
だからチンチクリン、お前は何様なんだ!

と、バイブ音が聞こえた。それは入江先生の胸ポケットから…。
「はい、入江…分かった。すぐ行く。」
くう!!呼び出しか!!誰だよ、呼び出したアホは!!
「すみません、僕行きます。」
「ああ、患者第一だからね。」
ここで止めることはできない、僕も同業者だから。
「大丈夫、入江くんの残りは私が責任もって食べるから!」
心配するところはそこかよ!
「失礼します…あれ?」
入江先生がドアを開けようとしたら、鍵がかかっていた。しまった、忘れてた!
「何で鍵が?」
言いながら先生は鍵を開け、出て行った。

「…やっぱり不埒な事を考えていましたね?」
白い目で僕を見るチンチクリン。
「そんなことはない。医局というものは重要なものがたくさんあるから。」
「鍵なんていつもかかっていませんよ。私たちが呼びに行けないじゃないですか。」
「たまたまだろ。古いからドアを勢いよく閉めたら鍵がかかっただけだ。」
「ふうん、どうだか。」
そう言いながらパクリと入江先生の食べ残しを頬張るチンチクリン。
「ちょっと!誰が食べていいと許可を出した?」
「私が食べないと、大蛇森先生が食べるでしょうが。入江先生と間接キッス♪なんて歌いながら!入江くんの貞操は妻である私が守らないと!」
クソッ!ばれてたかっ!
「でもおいしいですよ、これ。入江くんには甘過ぎでしたけど。」
「うるさい!」

と、僕の胸ポケットからもバイブ音。
「大蛇森だ。ん?そうか…今行こう。」
僕も呼び出しがかかった。入江先生もいなくなったし、この寄生虫チンチクリンと密室で二人きりという最悪なシチュエーションから逃れられるのだからありがたい。
「ケーキ、どうします?」
もぐもぐと口を動かし続けるチンチクリン。
「ケーキ…好きにしたまえ!」
「ありがとうございまあす!」
いそいそと僕が持って来た箱に入れるチンチクリン。ここに置いておいても悪くなるし、この後僕は医局に戻れそうもないし…もしかしたら、こいつを通して入江先生の口に再び入るかもだし。

「この大きさなら一人で余裕で食べられるわね。」
「分けろよ!人に分けるという心をお前持てよ!!」
やっぱりこいつ、欲望の塊、どうしようもない!!

**********

その夜は琴子が用意した謎のチョコを俺は口にすることになった。
「入江くん、あーん。」
言われるがまま、俺は医学書から目を離さず口を開ける。これはウィスキーボンボンか?
「私は大蛇森と違って、ちゃあんと入江くんの好みを熟知してるから!」
「でもあの腕前は見習ってほしいな。」
「あそこまでは無理よ。でも本当に上手よね。くやしいけれど。」
一応褒める所は褒めるんだな。お前のそういうところは立派な長所だな。
「あのケーキどうなったんだろ?」
「私がモトちゃんと分けた。一人で食べるって言ったら大蛇森に怒られたから。」
あの甘いケーキを一人で…胸やけしそう。
「でもそんなに大きなケーキじゃなかったじゃない。」
「まあな。」
15センチくらいの直径だったしな。
「あとチョコ、もう少しあるんだけど…。」
「どこに?」
俺の耳に琴子が囁いた――俺は医学書から目を上げる。なぜか琴子がピースサイン。いや、これがただのピースサインじゃないことを俺は分かっている。
「ったく…お前は何をやってるんだか。」
「そういうの…嫌い?」
琴子のピースサインを握りながら、俺はキスをした。
「…嫌いかどうか知ってるくせに。」
「うふふ。ちょっと今年は普通のチョコ以外も、ね?」
「もうちょっとでキリのいい所まで読み終えるから、先に行って待ってろよ。」
「はあい。」
こうして俺たちのバレンタインの夜は更けて行く。
…琴子の用意したチョコを俺がじっくり堪能したのは、言うまでもない。




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プロフィール

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Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

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二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

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