日々草子 水面に映る蓮の花 32
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水面に映る蓮の花 32

前回は勝手なことを申しておきながら、お気づかいのコメントを沢山いただきました。ありがとうございます。
ご理解いただき感謝いたします。

☆☆☆☆☆






「私より年下であれば、妹のように仲良くできるわね…。」
一人呟きながら、琴子は名簿から目を上げ桔梗を見た。
「桔梗。」
名前を呼ばれても、桔梗は心あらずという様子であった。
「桔梗。」
再び呼ぶと漸く「は、はい」と慌てて返事をしてきた。
「どうしたの?」
「いえ、別に。」
「もう…側室の候補を相談したいというのに。」
「…それが気が進まないからです。」
「何ですって?」
「いえ、何でもございません。」
桔梗は琴子が側室選びをすることが本当に気が進まなかった。だから、誰がいいかとか相談されても真剣になれなかったのである。
「もしかしたら、いずれ正妃になるかもしれないのだから。」
「何と仰いました?」
今度は桔梗が聞き返した。
「ううん、何でもないわ。」
子が産まれたら、その側室を正妃にして自分は身を引くかもしれない。琴子はそのような予感がしていた。


「義母上様、ご機嫌よろしゅう。」
「まあ、姫。よく来ましたね。」
琴子の来訪を王妃は満面の笑顔で迎えた。
「どうしましたか?何か困ったことでもありましたか?」
いつも王妃は実の母のように琴子に優しい。琴子の顔を見ながら、女官長に琴子の好きなお菓子を運ばせるように命じることも忘れていなかった。
「実はご相談がありまして。」
「まあ、何でしょうか?」
「このことなのですが。」
琴子は自ら持参した巻物を、王妃の机に置いた。それを見るなり王妃の顔色が変わった。
「これは…例の…。」
「はい、義母上様がご用意下さった、側室候補の名簿でございます。」
「これが何か?」
聞きながら、王妃はもしかしたらこれはもはや用済みになったと琴子が報告してくれるのかと期待した。だから今日こうして返しに来てくれたのかと。
「中々、これといった姫君に絞ることができないのです。」
琴子の発言に、王妃は肩を落とした。やはり琴子の気は変わっていなかった。見ると、後に控えている桔梗も浮かない顔である。
「それは…。」
何と答えていいのか。違う名簿を用意させるとでも?いや、それはもうしたくはない。
「ねえ、姫。無理に側室を選ぼうとせずに…。」
「義母上様。」
琴子は表情を引き締めて、王妃の目を見つめた。
「私の口からこのようなことを申し上げるのはおこがましいと思うのですが…先の東宮妃様にもう一度、宮中に戻っていただくということは不可能なのでしょうか。」
「えっ!?」
これには王妃と、桔梗も同時に声を上げてしまった。どうやら桔梗も初耳のことだったらしい。
「先の東宮妃に…戻ってもらうですって?」
「はい。」
琴子は大きく頷いた。
「そ、それは…。」
全く予想もしていないことに、王妃は狼狽するしかなかった。
「義母上様もご存知のとおり、先の東宮妃様はその地位にふさわしきお方でした。きっと東宮様も…。」
「ちょっと待ちなさい、姫。」
王妃が琴子の話を止めた。
「いいですか?そもそも側室は東宮の子が出来ないからという名目。私はそのようなこと気にせずともいいと思いますが。そして姫、あなたが側室候補になり最初に宮中に入ったのも、先の東宮妃に子ができなかったからで…その…。」
何と説得すればいいのか、王妃は混乱してきた。
「お子は…いずれできるかもしれません。そう思われませんか?」
「それは姫にもいえることでしょう。」
つい、本音が出てしまった。
「…私にはもう無理でございます。」
琴子が寂しげに微笑んだ。
「東宮様のお心はもう私に向いておりませぬ。」
「そんなこと…。」
琴子は完全に覚悟している。それが王妃には分かった。ここまで追い詰めてしまったのは、自分にも責任があるのではないか。これ以上宮中にいることは、琴子の精神をおかしくしてしまうのではないだろうか。

「…ねえ、姫や。」
王妃は琴子の手を取った。
「私は、あの別邸であなたと会った時に、本当にあなたのことが可愛くてたまらなかったのですよ。」
「ご恩は忘れておりませぬ。」
「そういうことじゃないの。こんなに可愛らしい姫が私の側にいてくれたら、どんなに楽しい日々が送れるかしらと思ったのですよ。だから、東宮がその地位を賭けてまで想った相手が姫だと知って本当に嬉しかった。だから妃に迎える時も大歓迎だったのですよ。」
「義母上様。」
「王様とて同じお気持ちですよ。あなたのことは私たちは実の娘と思っております。それは申し訳ないことだけど、先の東宮妃には感じない気持ちです。」
「義母上様…。」
「王様と私の気持ちは忘れないでね。」
「はい、義母上様。」
琴子は素直に、王妃の言葉に頷いたのだった。



「…驚きました。あのようなことを仰せになるとは。」
王妃の御殿から戻る途中、他の女官たちを先に戻らせ、二人きりになった途端桔梗は琴子に詰め寄った。
「先の東宮妃様のことを持ち出されるとは…。」
「あの方が一番ふさわしいと思ったの。」
「ですが、東宮様のお気持ちがあの方になかったことは事実です。」
「それは…分からないわ。私という接したことのない者に興味を持たれて、呆れられて…。」
「そのようなことはございません。直樹様は姫様のことを確かに。」
「桔梗。」
琴子は桔梗を見つめた。
「…私がいくらお慕いしていても、直樹様の心に私がいないという事実はとても辛いの。もう耐えられない…冷宮にいた時も同じ宮中にいられればと思ったけれど、今は耐えられないのが本音よ。」
「姫様…おいたわしいこと。」
琴子はもう耐えられないのだ。今ですら耐えられないのに、この先側室を迎えて、自分が産んだ子ではない子を抱かせられることになったら、粉々に壊れてしまうだろう。



「おい、遅いじゃないか!」
二人が雀殿に戻ったら、階段のところに裕樹が座っていた。
「まあ、裕樹様。」
琴子の顔が綻んだ。それを見て、桔梗は気分が変わるのではと嬉しくなった。
「母上の所に行っていたのだろう。何をしていたんだ?僕が待っているというのに。」
そう言われても、裕樹が来ることは聞いていない。相変わらずのわがままがなんとも可愛い。
「申し訳ありませんでした。中でお待ちになっていればよろしかったのに。」
「本当に。女官が気の利かないことで。」
「ああ、いや。僕がここで待つと言ったのだ。」
少しでも琴子の顔が見える所にいたかったのだろう。
中に入ると琴子は桔梗に「餅菓子を」と命じた。ところが、
「いや、それは後でいい。」
と裕樹が珍しいことを言ったので、二人は驚いた。
「お腹の調子が悪いのですか?」
「お熱でも?」
琴子と桔梗が二人がかりで手をあちこちに当てようとするのを、裕樹は「違う」と払いのけた。
「僕は元気だ。まったく!」
それならと胸を撫で下ろした二人であった。

「実はな、絵が完成したのだ。」
「まあ!」
前に琴子に贈ると約束してくれた絵がとうとう完成したのだという。
「これだ。」
大事そうに丸めてある絵を、裕樹はそのまま琴子に渡した。
「広げてみろ。」
「はい。」
桔梗に手伝ってもらいながら、琴子はゆっくりと絵を広げた。
「これは…。」
「何とお上手な。」
思わず二人から感嘆の声が出る。それほど、この絵は今までの裕樹の中で一番の出来だった。もちろん、今までの絵も味があってお世辞ではなく、楽しく描いている裕樹の気持ちが見える絵であったが、今回はそれに加え、心が一番こもっているものだった。
「蓮の花ですね。」
「そうだ。」
「池に映る…水面に映る蓮の花の何と見事な。」
裕樹が題材に選んだものは、池に浮かぶ蓮の花であった。
「早起きして、何回も足を運んで描いたんだ。何枚も描いてようやく納得できるものが描けた。師の君もよく描けていると褒めて下さった!」
「まことに。本当にお上手でございます。」
それでこのところ、眠そうにしていたのかと琴子は合点した。
「約束どおり、お前にやる。」
「ありがとうございます。お軸にして飾りますね。」
「早速腕のよい職人を探さないとなりませんね、姫様。」
「本当に。早く探してお軸にしたいわ。」
二人が心から褒めるので、裕樹は得意気であった。
「今度、王妃様にもお見せしましょう。」
「喜ばれますよ。」
王妃の喜ぶ顔を想像するだけで、嬉しくなる琴子であった。

「実はな。」
自分が描いた絵を見ながら、裕樹が口を開いた。
「蓮の花を描こうと思ったのは、兄上の話を聞いてからなのだ。」
「直樹様?」
これは意外な名前が出て来て、琴子は驚いた。
「ああ。池のほとりに兄上がいらして、お前が蓮の花のようになってほしいと。」
「私が蓮の花?」
「そうだ。お前に花のように美しくなれという意味じゃないぞ、勘違いするな。」
「それは分かっておりますが。」
「兄上は、蓮の花は泥にまみれて美しい花を咲かせるものだと教えて下さった。お前もそういう存在でいてほしいと。」
「私が泥にまみれて美しい花を…?」
「そうだ。蓮は泥より出でて泥に染まらずっていうんだ。周りが汚れていてもそれに染まらないって意味なんだ。ま、兄上の受け売りだが。」
「泥より出でて泥に染まらず…。」
「琴子にそうであってほしいと、兄上は仰っていた。」
その時の兄を思い出した裕樹はしんみりと言葉を紡いだ。

「泥より出でて…泥に染まらず…泥より出でて…。」
復唱する琴子の目から涙が一粒、二粒と零れ始めた。
「琴子!?」
「姫様!」
「私は…直樹様のお心を少しも理解していなかった…私が全てを…。」
「どうしたんだ?」
オロオロとする裕樹と桔梗が目に入らないかのよう、琴子は泣き続ける。
「直樹様は…私をそのように…そうだった…。」
琴子は立ち上がり、飾り棚から箱を手にした。それを久しぶりに開ける。
「こちらを直樹様が作って下さった…すっかり忘れていた…。」
それは、かつて直樹が作ってくれた舟の木工細工であった。直樹と自分を模したものがそこに乗っている。
二人で共に天の海に漕ぎ出そうと誓ってからどれほどの月日が経ったのか。
「直樹様が作って下さったものを私はずっとしまいこんで、見ることもなかったわ…。」
直樹が自分に求めていたことは東宮妃らしい自分ではなかったのに。それを忘れていた自分が愚かだったのだ。
「直樹様…直樹様…。」
琴子は人目もはばからず泣きながら、何度も直樹の名を呼び続けたのだった。



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プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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