FC2ブログ
2020年01月/ 12月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫02月

2019年12月09日(月)

水面に映る蓮の花 29

【More・・・】




この日、直樹は鴨狩一人を供に医学書専用の書庫に本を返しに来ていた。
「東宮様。」
声をかけられ振り返ると、医師の先輩である浪江が頭を下げていた。
「これは浪江殿。」
「東宮様、こちらは診療所ではございませぬ。その呼ばれ方は…。」
恐縮する浪江に、
「いやいや。浪江殿は私の先輩に変わりありませぬ。」
と直樹は鷹揚に笑った。
「今日は借りていた書物を返却に参りました。」
鴨狩に半分持たせていた書物を棚に並べながら、直樹は言った。
「左様でございますか。宮中の書庫とは別に医学書専用の書庫を建てていただいたおかげで、とても助かっております。」
「東宮様の御発案でございますね。」
鴨狩が主の行動を誇らしげに言った。
「書庫には膨大な書物が納められている。そこから医学書を探し出すのは手間暇がかかり過ぎるから、東宮様が王様に願われて医師の詰め所近くにこちらを建てられたのです。」
「…それくらいしか役に立たなかったがな。」
直樹が謹慎中であることは浪江も知っていた。だから何と声をかけていいか分からない。
「東宮様、よろしければ薬材庫にいらっしゃいませんか?」
書物を片付け終えた直樹に、浪江が声をかけた。
「あれから珍しい薬材も入っております。」
少しでも気分転換になればという浪江の心遣いであった。
「しかし、浪江殿もご存知の通り私は師の君である医師長に…。」
「医師長は今、外に出ておられます。」
「いないからといって…。」
それは弟子としてあるまじき行為だろうと直樹は躊躇した。
「東宮様、薬がきちんと保管されているかをご確認されるという名目でお出ましになったらいかがでしょうか?」
鴨狩が浪江に口添えした。
「医療のことは王様が東宮様に一任されていることですし。」
公務の一環ということであれば問題ないと鴨狩は言った。
「そうか…ならば。」
二人の心遣いを素直に受け取ることにした直樹であった。浪江も鴨狩も、直樹に医療への情熱を失ってほしくなかったのである。

「浪江様…あっ。」
治療の助手を務める女官が浪江に言葉をかけようとしたが、側にいた直樹の姿に気づき頭を下げた。どうやら何か相談をしたい素振りであった。
「先に薬材庫に行っています。」
それを察した直樹が浪江に声をかけた。浪江は「しかし」と言おうとしたが、
「患者のことで急いでいるのかもしれません。」
と直樹が言った。
「失礼いたします。」
浪江は頭を下げ、女官と話を始めた。それを見届けると、直樹は鴨狩を連れて薬材庫へ向かった。

薬草の匂いが懐かしかった。
「どれもきちんと保管されているな。」
医師長の目がきちんと行き届いているのだろう。これだけあれば十分な治療を施すことができる。
薬草を少し手に取って直樹はじっくりと見つめた。
―― 医療の現場に戻られたいのだ。
鴨狩は主人の気持ちを理解していた。が、自分の支えだけでは足りない。
―― 琴子様がお側にいらっしゃらなければ。
それができるまで、直樹がこの場に戻ることはないだろう。

カタッという音が聞こえたのは、その時であった。
「誰だ?」と言おうとした鴨狩に直樹は目で黙るよう合図をした。そして、そっと音がした方へ歩いた。
薬材が並んだ棚の前で、医師の服装をした男が袋に薬草を詰めていた。すぐそこに直樹たちがいるとは夢にも思わないのだろう。男がそこを立ち去るのを、直樹と鴨狩は黙って見送っていた。

「あれは新入りだな。」
直樹がクスッと笑った。
「俺がいない間にも新人はどんどんやってくる。」
「早く復帰されないと…。」
と鴨狩が言いかけた時に、浪江がやって来た。
「新人も頑張っているようですね。」
「新人ですか?」
浪江が首を傾げた。
「東宮様もご存知のとおり、医師長が厳しく審査されますゆえ希望する者は多いですが新しく入った者はおりませぬが?」
「え?」
これには直樹の顔色が変わった。
「先ほど…」と直樹は浪江に話をした。浪江はますます怪訝な顔をした。
「確かにおかしな話だな。」
しばらく医療の現場から遠ざかっていたため、直樹も大事なことを失念していたことに気がついた。
「薬材の取り扱いは、かなり医学の知識が身についてからしか許可されないはず。俺も師の君から許可が得るまで時間がかかった。」
「はい。私もでございます。」
浪江が頷いた。
「東宮様もご存知のとおり、新入りは基礎をしっかりと学びます。薬材を取り扱うのも最初は先輩である者と一緒でなければいけない決まり。」
「薬材は慎重すぎるほどになって扱えというのが師の君のお言葉。」
直樹は先ほどの男がいた場所へ戻った。
「毒の草がある所ではありませんでしたか。」
浪江は安堵した。
「だが毒でなくとも薬は使い方を誤れば…。」
その先は直樹が言わなくとも、浪江と鴨狩は分かっていた。



「桔梗殿。」
「わっ!」
突然姿を見せた鴨狩に、桔梗は腰を抜かさんばかりに驚いた。
「ど、どうしたのですか?」
「ちょっと…。」
と、ここまで言って鴨狩は桔梗の後に控えている女官に目をチラリとやった。
「そなた、先に戻っていなさい。」
心得た桔梗が女官に命じ、その場を鴨狩と自分だけにした。
「どうしたのですか?」
「東宮様がお呼びなのだ。」
「え!」
「東宮妃様には黙ってとのことだ。」
「そんな…。」
しかし、東宮の命令とならば従うしかない。桔梗は渋々鴨狩に付いて行った。

まさか、自分を側室にとか言い出すつもりではなかろうか。ふとそんな思いが桔梗の胸をよぎった。
―― 私であれば姫様も許して下さるとか?冗談じゃないわっ!!
自棄になるにもほどがある。そのようなことを直樹が口にしたら、たとえ首を飛ばされることになっても直樹を蹴り飛ばそうと桔梗は決意した。

「東宮様、桔梗を連れてまいりました。」
「通せ。」
桔梗は表情を厳しくしたまま、直樹の居間に入った。
「桔梗、話があって内密に来てもらった。」
「何でございましょうか?」
「最近、雀殿に不穏な動きをする者はいないか?」
「は?」
想像と違った言葉に、桔梗は拍子抜けしてしまった。
「と、おっしゃいますと?」
「薬材庫で不審者を見た。」
直樹は一部始終を桔梗に話した。それを聞く桔梗の顔色が変わって行く。
「姫様のお命を狙う者とおっしゃいますのですか?」
「分からない。だが、ここで狙われる可能性が高いのは琴子だ。」
身辺に気を付けるようにという直樹の言葉に桔梗は「かしこまりました」と頷いた。

「恐れながら東宮様。」
自分の勘違いを隠しつつ、桔梗は直樹に尋ねた。
「なぜ、姫様に黙ってと仰ったのですか?」
「…俺の言うことなど、あいつは信用しないだろう。」
「いたずらに不安にさせないためでございますよね?」
直樹の本音に桔梗は気づいて、微笑んだ。
「黙っておけよ。」
「はい。」
フフフと笑っていた桔梗であるが、表情をひきしめた。
「東宮様。もう一つよろしゅうございますか?」
「構わぬ。」
「いつぞやの香の件でございます。」
「香?」
「東宮様に姫様が命じられた、診療所で焚く香の調合のことでございます。」
「あの時の話か。」
あれが二人に溝が生まれたきっかけとなったことであった。
「あれは姫様のされたことではございません。」
桔梗は口調を強めて言った。
「あの後、欅宮様の髪飾りの事件が起きました。犯人はつかまりました。証拠はありませぬが…もしかしたら…。」
「だろうな。」
桔梗が言いたいことを直樹は引き取った。
「証拠はない。だがおそらくそうだろう。」
欅宮の一派の仕業だと直樹も知っていた。
「でしたらそれを姫様に…。」
「もう遅かろう。」
直樹は桔梗から目をそらした。
「もう何を言っても遅い。」
そして直樹は「下がってよい」と桔梗に命じた。



「最近、顔が怖いわね。」
直樹から呼ばれて数日経った頃、琴子が桔梗に声をかけた。
「どうしたの?何か心配事?」
「いえ、そのようなことは。」
直樹に言われ、琴子の近辺にはかなり目を配っていた。が、見る者見る者全て怪しく思えてくる。自分でも疑心暗鬼に陥っていると分かっているのだが、一体誰がどう攻撃してくるのか。それは琴子を襲うのか、それともまた罠にはめるつもりなのか。考えれば考えるほど、疑惑が深まる桔梗であった。
「そう?桔梗、お前だけはいつでも本当のことを言ってね。」
裕樹から借りている画集をめくりながら、琴子が言った。
「宮中は偽りが多すぎるから…。」
つい琴子はそのようなことを漏らした。やはり琴子も気がめいっている。そんな琴子を苦しめるわけにはいかない。
「もちろんでございます。姫様、最近ふっくらとなさいましたよね。」
「え!」
琴子は飾り棚から鏡を取って、しげしげと顔を見つめた。
「そ、そういうことを言ってほしいわけでは…。」
「冗談でございますよ。ホホホ。」
ふっくらどころか、やつれから戻らない琴子が心配な桔梗であった。

「まったく香の時といい、女官を疑うのは辛いものがあるわ。」
琴子の前から下がって、桔梗は溜息をついた。と、「女官」という言葉が頭にひっかかった。
「あの時は…下働きの女官まで顔を覚えていなかったから、そこに付け込まれたわけで。」
胸騒ぎがした。もしかしたら?桔梗の背中に冷たいものが流れた――。



間もなく夕食時ということで、料理担当の女官たちは慌ただしく厨を動き回っていた。
「あっ!」
その中の一人が仕事の手を止め、頭を下げた。すると周囲の女官たちも次々と頭を下げて行った。
「これは東宮女官長様。わざわざのお運びを。」
厨を取り仕切る女官が姿を見せた桔梗の前に進んだ。
「東宮妃様のお食事を準備しているのはどこですか?」
威厳を保ちながら桔梗が問いかけた。
「こちらでございます。」
女官が厨の一角に桔梗を案内した。
「東宮女官長として東宮妃様のお食事を支度してくれるそなたたちを労いたく参りました。皆の仕事の手を止めるつもりはありませぬ。さ、続けるように。」
桔梗は居並ぶ女官たちを安心させるようニッコリと笑った。そう言われても東宮女官長は未来の女官長、宮中の女官長の頂点に立つことがほぼ約束された立場である。厨で働く下級の女官たちにとっては普段会うことなどできない桔梗に頭を上げることなどできない。
「さ、続けなさい。東宮妃様もそなたたちの料理に感謝していらっしゃるのですぞ。」
桔梗に促され、女官たちはようやく自分たちの仕事に戻った。

「これは?ああ、肉を焼いたものですか。」
「こちらは…そうですね、東宮妃様もお好きなもの。」
献立を調べる素振りをしつつ、桔梗は女官たちの様子をうかがう。時折、裕樹の好物の餅菓子を作るために厨に足を運ぶことがあるが食事を作る忙しい時間帯を避けているため、、ほとんどの女官たちの顔は桔梗も見たことがない者ばかりである。この者たちが作った料理を、雀殿の女官が運び桔梗が給仕するのである。
「火の側はさぞ熱いことであろう。」
「とんでもございませぬ。」
東宮女官長から労われ、女官たちは恐縮するばかりであった。が、桔梗はその労いの眼差しの奥に厳しいものを持っていた。
「あれは?」
女官の一人の顔色がおかしいことに桔梗は気づいた。具合が悪いわけではなさそうである。桔梗と顔を合わせることが畏れ多いという振りをしつつ、実はその目を合わせたくない、見られたくないという様子であった。
「そなたはどこの担当なのだ?」
桔梗はその女官に声をかけた。女官はびくっと肩を震わせ、顔を上げようとしなかった。
「これ、東宮女官長様がお尋ねなのだ。答えぬか。」
取り仕切る女官が厳しい声を上げた。
「そのように厳しくせずともよい。何も取って食べようとは思っておらぬのです。」
桔梗は女官を安心させるよう笑った。が、それでも女官の様子は変わらなかった。
「そなたは汁物の担当なのか?」
側にある鍋を見ながら桔梗は訊ねた。
「左様でございます。」
ようやく消えそうな声が返って来た。ますます怪しい、桔梗は疑いを深めた。
「そうか…そなた、味見をしてみてくれぬか?」
「え?」
女官が顔を上げた。
「女官長様?」
これには取り仕切る女官も顔色を変えた。
「味見ならば私が最後に…。」
「知っています。作った本人が味見することもたまには必要なのではないか?」
確証はなかった。しかし、桔梗は間違いならばそれでいいと思っていた。
「そなたたちの耳にも入っているであろうが、東宮妃様はまだお体が本調子でいらっしゃらない。弱られたお体に味が濃い物を召し上がったらよくないだろう。そなた、味見をしておくれ。」
桔梗が女官を睨んだ。
「さあ。」
桔梗が近づこうとしたときである。女官が突然動き、傍らの鍋をひっくり返した。
「きゃあっ!!!」
女官たちの悲鳴が厨に響き渡る。汁物から出る湯気が桔梗と女官の間を阻んだ。
「待て!!」
女官はその隙に逃げ出した。やはりそうだったか。桔梗は後を追いかけようとしたが、散らかった床に裾を取られそうになった。
「逃げられる!」
女官はすでに厨の出入り口に辿りつき、その場を出ようとした時であった。
「待て!」
「鴨狩殿!」
鴨狩がいつの間にか、女官の前に立ちはだかっていた。
「観念するがよい!」
女官はすぐに鴨狩によって、その両手を奪われていた。



厨で騒ぎが起きている頃、そこから一番近い宮中から外へ出る小さな出口に男が姿を見せていた。それは直樹たちが薬材庫にて姿を見た者だった。
男は戸を叩いた。すると外から叩き返して来た。それを合図に男は戸を開けた。
「うわあっ!!!」
「やはりこの出口を使う手筈だったのか。」
そこにいるはずの仲間ではなく、直樹が立っていた。
「お、お前は誰だ?」
「なるほど、俺の顔も知らないのか。お前は宮中に仕える者ではないのだな。」
男は直樹を殴ろうと拳を伸ばして来た。直樹は咄嗟にそれを交わし、その腕を掴み捻り上げた。
「お前が渡した薬が食事に入ったことを確認して、ここをおさらばするつもりだったんだろう。だから厨から一番近い出口を使うとふんでいたが当たったな。」
更に直樹は男の腕を捻り上げる。
「お前は二つの大罪を犯した。」
「痛え!!」
男の悲鳴を無視し直樹は手に力を入れた。
「一つは薬を人を危めることに使おうとしたこと。」
また力を入れると、男はもう声にもならないのか苦悶の表情を浮かべるばかりである。
「もう一つは…俺の妻を危め様としたことだ!」
「えっ…と、ということは…。」
自分を捕らえている者の正体が分かったと同時に、男のみぞおちに直樹の拳が当たった。男は意識をなくしその場に倒れ込んだのだった。

関連記事
19:00  |  水面に映る蓮の花  |  CM(5)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

●管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 | 2019.12.09(月) 20:13 |  | 

●管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 | 2019.12.10(火) 19:59 |  | 

●管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 | 2019.12.10(火) 20:22 |  | 

●管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 | 2019.12.14(土) 21:04 |  | 

●ガンバレ!東宮直樹!!

12月に入って急にバタバタしだして、久しぶりに
こちらに来れました(笑)
やっぱり、犯人はあいつですよね。。。
東宮さん、いつまでも拗ねてないでここいらでバチっと
黒幕をあぶりだして、大好きな琴子ちゃんに
「ゴメンね☆」ってして仲直りしてほしいです!
早く仲の良い東宮夫妻に会いたいなぁ。

水玉様、寒かったり暖かかったりですが、お体に気を付けて
ステキな年末年始をお過ごしくださいね(*^-^*)
また、続きを楽しみに待ってます☆
六華 | 2019.12.18(水) 10:51 | URL | 

コメントを投稿する

URL
コメント
パスワード  編集・削除するのに必要
非公開  管理者だけにコメントを表示  (非公開コメント投稿可能)
 

▲PageTop

 | HOME |