日々草子 ハイエナ
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ハイエナ

さあ、お遊びの時間だ(綾野剛風で)

☆☆☆☆☆

 


「いらっしゃい!直樹くん!」
「こんにちは。」
「いらっしゃい、入江くん。」
「よう。」
今日の昼も直樹くんは食べに来てくれた。ここは俺と娘の琴子、二人だけでやっている『ふぐ吉』という店だ。
「直樹くん、いつも来てくれるからサービスな。」
直樹くんは俺の幼馴染の息子だ
「ありがとうございます、おじさん。」
うちは店の名前から分かるとおり、ふぐ料理店だ。が、昼のランチはふぐは提供しない。そんなことやったら値段が上がって、客は誰も来なくなっちまう。だけど直樹くんは毎日のように来てくれるから夜に出す予定のふぐ刺しをちょっとばかしサービスした。
「入江くんって、いつも昼の混雑が終わってから来るよね。お仕事、忙しいんでしょ?」
「まあな。でも落ち着いて食べられるからちょうどいいよ。」
「何のお仕事だったっけ?カタカナだったわよね。うーんと。」
琴子は直樹くんの給仕をしながら考える。そうそう、確かカタカナの職業だった。俺と琴子は残念ながらおつむの方は普通なので覚えられねえ。
「ま、いっか。」
あっさりと諦めた琴子に、直樹くんが口元を緩める。それを見た琴子がポッと頬を染める。
まったく、こいつは直樹くんにずっと惚れてるんだよな。分かりやすい奴だよ。直樹くんも気づいているんだろうか。もっとも、直樹くんみたいに頭だけじゃなく見た目もそんじょそこらにいない完璧な男だったら美人が集まっているだろうなあ。

「入江くん、私からもサービス。」
え?ちょっと待て、琴子。
「お、おい。それは…。」
「はい、琴子特製の茶碗蒸し!」
あーあ、出しちまった。
直樹くんは茶碗のふたをパカッと開けた。あー、「す」だらけじゃねえか。お前、何ちゅう代物を出してるんだ。直樹くんは客だぞ、客。料理人の娘とは思えないほど、こいつは料理が壊滅的なんだ。
「熱いから、ふうふうして食べてね。」
なあんて言いながら、自分がふうふうしている琴子。直樹くんは嫌な顔を一つせずそれを食べる。
「直樹くん、悪いな。」
琴子が場を外した隙に俺は謝った。
「いいえ、大丈夫です。もう慣れましたから。」
そうだった。琴子は直樹くんに手料理をサービスだと言っては提供している。それを直樹くんは平気な顔で食べている。直樹くんの胃袋は相当丈夫なんだろうな。

「それよりおじさん。例の件はどうなりましたか?」
「ああ、それな。」
実は今、この店の建物と敷地がそろって狙われている。どこかの会社が立地条件がいいから買収を持ちかけてきているんだ。これに俺は頭を悩ませている。
「まいったな。期限までに金を用意しないと…って。」
この店を開く時、開業資金を借金した。それは銀行からだったんだが、その債権がどうやら他の会社に移ったらしい。
「実は俺、力になりたくて。」
「直樹くんが?」
それはどういうことなんだろうか?

「失礼します。」
ガラリと店の戸が開けられた。入って来たのは客じゃない。眼鏡をかけた神経質そうな男だ。
「相原さん、先日のお話は前向きに検討してくれましたか?」
奴の名前は船津。何でも債権回収会社を経営しているらしい。
「もうちょっと待ってもらえませんか?」
「お金を用意するのは今のあなたの財力では無理でしょうねえ。」
眼鏡がキラリと光る。
琴子がこっそりとほうきを壁に逆に立てかけているのが目に入った。

「…食事中に無粋な話をされると、せっかくの美味がまずくなる。」
直樹くんが口を開いた。その後ろで頷きながら、琴子が塩の入った小さな壺を抱える。すぐにでも船津に撒きそうな勢いだ。
「場とタイミングをわきまえる常識は持ち合わせていないのか?」
「何だと?」
船津が直樹くんの側に立った。
「おや、君は…。」
え?船津は直樹くんを知っているのか?
「おやおや、君は入江じゃないか。」
「直樹くん、知り合いなのかい?」
「なるほど、君もこの店を狙っているということか。さすが日本でも三本の指に入る敏腕ファンドマネージャーだ。」
ん?ふぁ、ファンド?
「サンドイッチメーカー?それが入江くんの仕事なの?」
いやいや、琴子。ファンドマネージャーだろ?サンドイッチメーカーってどういう耳を持っていたらそう聞こえるんだ?そもそもサンドイッチメーカーって、何をする仕事だ。
「ファンドマネージャー。投資家から預かった金を運用する仕事ですよ、お嬢さん。」
船津が説明をする。
「はあ…?」
うん、残念ながら琴子は分かっていない。
「で、船津さんもその、サンドイッチを作っていると?」
「ファンドマネージャー!!」
「ああ、それね、それ。」
やっぱり全然分かっていない。我が娘ながらこんなことで世の中を渡っていけるのだろうか。

「おじさん、俺からの提案があるのですが。」
「え?提案?」
食事を終えた直樹くんが俺を見た。
「この店の株の全てを俺に売ってもらえませんか?」
「へ?」
「入江、それはこの僕が先だ!」
「船津より高額の資金を用意しています。それはこの通り。」
直樹くんは傍らに置いていたシルバーのアタッシュケースをパチンと開けた。
「うわあ、すごい!!」
塩の壺を抱えたまま、琴子が驚きの声を上げた。
「こ、こんな金を見たことがない。」
俺も一緒だ。そのアタッシュケースには札束がスキマなく、びっちりと埋められていた。
「三億あります。これでふぐ吉の株を売って下さい。」
「ちょっと待ったあ!!」
船津がストップをかけた。
「この店に三億は高すぎる!そんな計算はおかしい。入江、君の眼も狂ったものだな。」
「俺の目は狂ってなどいない!」
直樹くんが言い返す。
「俺はファンドマネージャーだ。ファンドマネージャーというものは相手のことを徹底的に調べ上げるのが仕事だ。この店の売上、客層、仕入先、全て調べ上げている!」
「入江くん、素敵…。」
塩壺を抱きしめ、目をハートにしている琴子。でもお前、直樹くんの話を全然理解してないよな?
いや、そもそも…。

「何を言ってるんだ?そんなことは僕だって調べ上げている。」
船津も負けてはいない。
「この店は僕が先に目をつけたんだ!」
「先に目をつけたなんて関係ない。全ては金だ。金が全ての世界に俺たちは生きている!」
迫力は直樹くんの方が上だ、ずっと上だ。
「この店の株は僕のものだ!」
「俺のものだ!ふぐ吉は俺がバイアウトする!」
「入江くん、がんばって!」
琴子が壺をパンパン叩いて応援する。

「あ、あのう…。」
俺は耐えきれず、とうとう手を上げた。
「なあに、お父さん?邪魔しちゃだめじゃない!」
琴子がギロリと俺を睨む。
「今、入江くんがカッコいい所なのに!」
「い、いや…その…。」
「何ですか?」
直樹くんが俺を見た。
「その…言いにくいのだけど。うち…株、ないんですけど?」

「え?」
直樹くんと船津が同時に声を出した。
「いや、盛り上がっているところ申し訳ないのだけれど。うち、株式会社じゃないんだよね…?だから、株そのものが存在しないのだけれど?」

…何だ、この嫌な空気は。まるで俺が空気を読めない愚か者のような気分だ。特に琴子の目がそう語っている。
だけど事実を告げないことにはしょうがない。バイアウトが何だか知らんが、買い占める株が存在しないんだからしょうがないだろ!

「…どうしてお父さん、株を作っておかなかったのよ!!」
琴子がキーッとばかりに声を上げた。
「いや作るもんでもないだろうが!」
「気が利かないんだから!!」
そういう問題じゃねえよ、琴子!お前、やっぱり株の意味も知らないだろ!
というか、この二人はうちが株式会社かどうかも知らなかったって何をどう調べていたんだろうか?


「…それでも、この店に俺は出資します。」
気を取り直し、まるで先ほどのやり取りがなかったかのように直樹くんが言った。
「おじさん、俺にスポンサーをさせてください。」
「さすが、ハゲタカだな。」
船津が直樹くんを軽蔑しきった顔を向けた。
「株式会社でもない店にそんな大金を。何でも買い叩くお前はハゲタカだ!」
あ、それは何か聞いたことあるぞ。一時期企業を買い叩いていた外資をそう呼んでいたんじゃなかったっけ?
「入江くんはハゲてなんかないわ!!」
そしてまったく違う方向に進む我が娘。
「入江くんのどこを見てハゲ呼ばわりするのよ!入江のおじさんならともかく!」
何気に俺の幼馴染をディスるのはどうかな、琴子。
「俺はハゲタカじゃない!」
「そうよ、入江くん!」
「俺はハイエナだ!!」
え?ハイエナ?
「俺は腐った肉だけじゃなく、自分で獲物を狩るブチハイエナだ!カッショクハイエナやシマハイエナとは違う、ブチハイエナだ!他の肉食動物が食べ残すような骨まで噛み砕くブチハイエナだ!腐った肉しか食わないハゲタカと一緒にするな!」
うわあ…ハイエナってそんな種類があるんだ。直樹くん、詳しいなあ。って、そういう問題じゃないか。
ん?他の動物が食べ残す骨を食う?え?もしかして、他の会社が相手にしないうちも食べてやるぞってこと?あれ?直樹くん、何気にうちをディスってる?俺の考え過ぎ?

「素敵よ、入江くん!ハイエナ!ハイエナ入江!!」
興奮極まった琴子が、とうとう塩を店に撒き始めた。ああ、後で掃除が大変だ。
「お父さん、ハイエナ入江くんにお願いしましょう!」
「あ、ああ…そうだな。」
「では交渉成立ということで。」
パチンとアタッシュケースを閉じ、直樹くんはそれを俺に渡した。

「じゃ、これで借金は返すということで…。」
お釣りがたくさん来ることは間違いない。でも船津は株がないことで興味を失ったらしく、あっさりと提案を受諾した。

「でも直樹くん、ありがたいお話なんだけど。」
船津が帰った後、俺は言った。
「提供してもらったお金を返すあてが…もちろん必ず返すつもりだけど、時間がかかるよ?」
「返す必要はありません。」
直樹くんはあっさりと言った。
「それは差し上げます。」
「そんな、こんな大金を!」
「もちろん、ただとは言いません。担保をいただきます。」
「担保?うちの店かい?」
「いいえ。担保はこちらです。」
直樹くんは指を突き出した。その先にいるのは。
「私?」
琴子がいた。
「お嬢さんと結婚させて下さい。」
「ええ!!そんな!!」
突然のことに、俺と琴子は仰天する。何で、何でそんな話に?
「お嬢さんと結婚させていただければ、お金は返さなくて結構です。」
「入江くん、それってプロポーズ?」
顔を真っ赤にして興奮している琴子に直樹くんは「ああ」と頷いた。
「何て素敵な…ひねりの利いたプロポーズなのかしら?」
いや琴子。俺には「借金のかたに娘はもらっていくぜ」という女衒のセリフにしか聞こえねえけど。
「お嬢さんに決まった相手がいないことは調べ上げています。俺の仕事は相手を調べつくすことから始まりますから。」
別に調べるまでもないだろ!この店に通って琴子と話していればこいつが独身で君にホの字だってことはすぐに分かる!そんなことより、うちが株式会社かどうかを調べた方がよかったんじゃないか?

「お父さん、お願い。入江くんと結婚させて。」
手と手を取り合い、俺を見つめる二人。
「…まあ、二人が好きあってるなら、俺が反対する理由はねえな。」
「ありがとう、お父さん!」
断っておくが、借金がチャラになるから結婚を許したわけじゃないからな!

「入江くん、こっちも食べて見て。私の新作。」
何だか分からない和えものを出してくる琴子。
「あ、おビール出しましょうか。お昼からじゃまずいかな?」
「もう仕事は終わりだから。」
え?いいの?直樹くん、ちゃんと仕事してる?
「じゃ、用意してくるわね。」
と、琴子は奥に入った。

「あいつと結婚したら、この得体の知れない代物を毎日食うことになるけどいいかい?」
料理人の誇りにかけて、俺はそこが一番心配だった。
が、直樹くんは笑顔で言った。
「大丈夫です。俺は骨まで食べつくすハイエナですから。」
…なるほど、ね。



☆☆☆☆☆
ドラマを見ながら考えていたネタです。
続きものが重苦しいので、ちょっと気分転換になってもらえたらと。



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