日々草子 水面に映る蓮の花 12
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水面に映る蓮の花 12




「私までこんなにいただいてしまって、いいのでしょうか。」
重箱をしっかりと抱えた好美が、桔梗を見上げた。
「もちろんでございます。好美様のお口に合って嬉しゅうございます。弟君と仲良く分け合ってくださいませね。」
「ありがとうございます。」
桔梗の餅菓子を好美は土産にもらったのだった。
「宮様の所へおいでになった時はぜひとも、東宮妃様の所へお顔をお出しくださいませ。きっと東宮妃様も喜ばれますから。」
「はい。」
裕樹が名前を呼び捨てにしても、琴子は嫌な顔一つしていなかった。本当の姉と弟のような仲の良さに、好美も楽しいひとときを過ごしたのだった。
そして好美が帰る際は、東宮女官長である桔梗自らが責任を持って門まで送る役目となった。
「おい、好美と同じ数なんだろうな?」
そこに裕樹も重箱をぶらさげて付いて来ていた。
「ええ、もちろんでございます。」
「僕の分を好美に回したりしてないだろうな?」
「そんなことしません。ちゃんと同じ数のお菓子を詰めております。」
「ならいい。」
「宮様は本当にこちらのお菓子がお好きなのですね。」
好美が笑いながら言った。
「うむ。これほどうまいものはなかなかないからな。」
「あまり食べ過ぎると、夜のお食事がお腹にはいらなくなりますよ。」
桔梗が心配すると、
「大丈夫だ。餅菓子は別腹なのだ。」
と、胸を張って答える裕樹であった。

「おや、桔梗は子守ですか?」
「これは王妃様。」
三人の側を、紀子の一行が通りかかった。
「王妃様…。」
好美は緊張で体を固くし、桔梗に隠れるように頭を下げた。
「母上、どちらへ行かれるのですか?」
裕樹は頭を下げた後、無邪気に紀子に尋ねた。
「お父上の所でお茶を頂いてきたところですよ。裕樹はどちらへ?」
「僕は好美を送りに行くところです。こいつ、道に迷って琴子の所にいたんですよ。」
「えっ!」と好美が顔色を変えた。確かにその通りなのだが、そのようなことを王妃の前で言われるのは困る。
「まあ、そうでしたか。」
しかし、紀子は気を悪くした様子もなく頷いた。
「好美殿…とはいったい?」
「あ、そうでした。紹介が遅れました。僕の絵の師の君の娘御です。」
「まあ、あなたが。」
紀子は好美の顔をじっと見つめ微笑んだ。
「それにしても、裕樹。そなたは師の君の娘御を呼び捨てにしているのですか。」
「違います、母上。好美がそうしてほしいと申すものですから。僕だって最初はちゃんと好美殿と呼んでいました。」
「宮様の仰るとおりでございます、王妃様。」
突然好美が口を開いたので皆が「え?」と驚いた。
「も、申し訳ございません。ご無礼をいたしました。」
慌てて好美は謝った。が、裕樹が叱られるのではないかと心配でたまらなくなり出た言葉だった。
そしてそれを紀子はちゃんと分かっていた。
「好美殿はお優しいのですね。裕樹はわがままで相手を務めるのが大変でしょう。」
「とんでもございません。宮様はお優しくいらっしゃいます。」
「それで、桔梗が責任者として好美殿を送っているということですね。」
「左様でございます、王妃様。東宮妃様のご命令で私がその門までお送りしております。」
「それにしても、裕樹。また桔梗の餅菓子をもらったのですね。」
裕樹がぶらさげている重箱を見て、紀子は笑った。
「好美殿もそうなのかしら?」
「そうです、母上。こいつは初対面でちゃっかりもらっております。」
「これ、裕樹。そのようなことを言うものではありません。好美殿、裕樹の失礼を母である私が代わって詫びます。」
「とんでもございません。宮様の仰るとおり、図々しくいただいたのは事実でございますから。」
「おいしく召し上がってくださったので、私がおすすめしたのです。」
桔梗が二人の間に割って入り、その場をおさめた。

「好美殿は東宮妃と仲良くなりましたか?」
「はい、とてもお優しい方でございました。」
「それはよかった。ならば今度は東宮妃と一緒に私の元へ足を運んで下さい。私の作ったお菓子を食べていただきたいわ。」
「僕も!母上、僕も!」
「はいはい。」
そして三人は紀子に挨拶をして、その場を去った。



「あれ、母上がまだいらっしゃるぞ。」
好美を見送った後、桔梗と一緒に戻ってきた裕樹が、先ほど別れた場所にまだ母がいることに気づいた。
「王妃様、いかがなさいましたか?」
紀子は桔梗の側にいる裕樹に目をやった。
「裕樹、母は桔梗と話があります。先に御殿へ戻っているように。」
「え?」
もう一度琴子の所へ戻って遊ぼうと思っていたのにと裕樹は残念な顔をしたが、母の表情に駄々をこねる事は許されないことを知り「はい」と頷いた。
紀子は女官の一人に裕樹をつけて行かせると、他の女官たちをそこにとどめて、桔梗と女官長だけをお供に声が聞かれないところまで歩いた。
「東宮妃はどのような様子ですか?」
やはりそのことだったかと桔梗は思った。
「体調など問題はありませぬか?」
「…恐れながら王妃様。」
琴子からは紀子に告げ口のような真似はしないようにときつく口止めされているが、ここは正直に話しておいた方がいいと桔梗は考えた。
「本日のことでございます。欅宮様がお見えになり…。」
と、欅宮に連れられ琴子が冷宮へ行ったこと、よほど衝撃が強かったのか戻った時は顔色が悪かったことなどを桔梗は話した。
「冷宮…なぜそのようなところに…。」
これには王妃の衝撃も大きく、フラッと体が動いた。すかさず桔梗と女官長がその体を支える。
「あのようなところはもはや廃されたも同然。なぜ姫を連れて行く必要があったのだ。まったくあのお方は何を考えているのか。姫をどうしたいのか。」
「王妃様、お顔の色が…。」
女官長の言葉に「大丈夫」と紀子は答えた。
「私より姫の方が辛く恐ろしい思いをしたのです。本当にあの方が宮中に戻られてから困ったことばかり起きる。東宮との仲も?」
「…あれ以来、お二人は顔を合わせていらっしゃいません。」
「ああ」と王妃は頭を抱えた。
「まったくどうしたことか。裕樹の方がずっと姫の支えになっているではありませぬか。」
「お二人がお話をされれば誤解も解けると思うのですが。」
「ええ、そうでしょう。でも東宮があの性格では…。」
自分が何を申しても言うことを聞く性格ではない。
「このまま、姫を慰めに出向きたいけれど…でも却って気を遣わせることでしょうね。」
それに人と話をするより、今日は休んだ方がいいのではと思い王妃はそのまま、自分の御殿へ戻った。



それから数日後のことである。
「今宵、東宮妃様にはお渡りあそばすようにと…。」
東宮の使いである女官が、桔梗に告げたのだった。
「これは…雪解けの合図かしら?」
とりあえず話をすれば誤解は解ける。何より、直樹から折れて来たではないか。
「直樹様も姫様とずっと離れていらっしゃるのは耐えられないのでしょうよ。」
笑うまいと思っても笑いが止まらない桔梗であった。やはり愛は勝つというもの。
早速桔梗は、琴子にそれを伝えた。
「…直樹様が。」
ところが琴子の表情は険しいものであった。
「大丈夫でございますよ。直樹様だって色々行き違いがあったと思われたのでしょうから。ここは姫様も素直になさいませ。」
謝る必要もない。そういう言葉など愛し合う二人には不要と桔梗は信じていた。
「さ、お支度をせねば。これ、入浴の支度を。お湯には一番上等の香油を入れて…。」
浮き足立つ桔梗とは別に、琴子は胸が塞がれる思いであった。
琴子はあの日、冷宮の光景に衝撃を受けたと桔梗は思っている。が、実は違った。冷宮の光景よりも欅宮に自分がまるで愛を売るその手の商売女のごとく扱われたことに傷ついていたのである。直樹も実は欅宮と同じ考えだとしたら…その考えにずっと琴子は囚われ続けていた。
しかし、このようなことはたとえ腹心の桔梗であっても言えなかったのである。

「桔梗…。」
「はい?」
「頼みがあるの。」
「何でございましょうか。」
女官たちにあれこれ指図をした後、桔梗は琴子に手招きされ体を近づけた。そして琴子はその耳にそっとささやいた。
「…え?」
桔梗は驚いて琴子を見返した。



「来たか。」
寝巻きに着替えた琴子が、静かに直樹から離れた場所に座った。そこからいい香りがする。それだけで直樹の気持ちは昂ぶるようだった。
「その…色々最近、行き違いがあったからな。」
一応、直樹なりに反省をしたのだった。確かに言葉が足りない部分もあったことは認める。それに琴子は琴子だから愛しているということを伝えたい気持ちが日々強くなり、こうして呼んだのである。
「琴子…。」
謝るのもどこか違う気もする。が、面と向かい合って話をするのもおかしな気分である。
「琴子。」
直樹が二回呼んでも、琴子はそこから動かなかった。いつもならばその段階で少しずつ近づいて来るのに。そういう奥ゆかしいところも好きなのに。
「おい…。」
気が急いて、直樹は琴子の手を握った。そのまま自分に引き寄せようとした。が、そこで予想外のことが起きた。
「…。」
琴子が何も言わず、直樹の手から逃げたのである。明らかに全身で直樹を拒んでいた。
「…直樹様、夜のお召しは日と時刻を見極めて行われるものだとご存知ですよね?」
「え?」
いきなり琴子は何をいうのかと、直樹は耳を疑った。
「専門の者がいて、お子の誕生やその他いろいろなことを綿密に計算した上で、時が選ばれるということです。」
「…まあ、そんなこともあったかな。」
確かにそういう決まりは存在している。前の東宮妃の時はそれに従っていた。人の上にたつ王、東宮たる者、己の欲望で動いてはいけないという戒めの意味もあった。
が、琴子と共になってからはそのようなことは無視していた。会いたくてたまらないのだから、それが夫婦として自然なことなのだということを知ったせいでもある。
「確認したところ、今宵は私たちが共に過ごすにはふさわしい時ではないとのこと。」
琴子が桔梗に頼んだことはそれだった。こっそりと今宵がふさわしい夜なのかどうかを調べてくるようにと命じたのである。その結果、違うとのことだった。桔梗も初めてそのようなことを琴子が気にしたのが不思議でならなかったが。
「そんなこと知らない。」
直樹は憮然と答えた。
「…知ろうとなさらなかったのでしょう。」
「は?」
何で怒られなければいけないのか。直樹は段々と腹が立ってきた。
「お前、何が言いたいんだ?」
「…私のことを軽んじておいでなのです。だからこういったしきたりを直樹様は無視される。」
悔しいとばかりに琴子が言った。
「軽んじて、どうしてそういう話になるのかさっぱり分からない。分かるように説明しろ。」
「…前の東宮妃様の時はそのようなこと、なさらなかったのでしょう。」
また前の東宮妃のことが琴子から発せられた。直樹は溜息をついた。
「何でそう、前の東宮妃を気にするんだ。今の東宮妃はお前だ。」
「本当にそう思っていらっしゃいますか?」
琴子の目にはいつしか、涙が浮かんでいた。
「私のこと、そう思っていらっしゃる?」
「何が言いたいんだよ!」
たまりかねてとうとう、直樹は怒声を浴びせた。
「私は…私は東宮妃として教養を、ふさわしい教養を身につけたい。でも学問は難しすぎると止められる。ならばせめてしきたりを守ろうとしても、こうして直樹様が破ってしまう…何で私だとそうするのですか?直樹様、私のことをどう思っているの?」
ぽろぽろと涙をこぼしながら琴子は直樹に抗議した。
「前の東宮妃様は全てきちんとしておいでだったのに…私は確かにあの方に及ばないけれど…でもこうしてご自分の気が向いた時に私を呼んで…私は直樹様にとって何ですか?体が目当てなのですか?」
最後の一文は琴子も言おうとしなかったことだった。が、勢いあまって口にしてしまった。はしたないことを口走ったことに気づいた琴子の顔は真っ赤になった。
「…体目当て、だ?」
直樹は唇をかみしめ、琴子の腕を乱暴に引っ張った。強さに琴子から悲鳴が上がったが無視して、そのまま寝台へその華奢な体を投げ込んだ。
「…体が目当てとか、どの口が言うんだか。」
琴子が逃げられぬよう、直樹は両腕をその体の横につけた。琴子がそこまで侮辱してくるとは思わなかった。
「そんなに前の東宮妃が気になるというのならば、分かったよ。」
直樹が意地悪く笑った。
「お望みどおり、違いを教えてやろうか。比較してやるよ。ここはこうだった、あそこはああだったと。」
「そんな!!」
「お前、そうしてほしいんだろ?」
「嫌です!」
「散々言っておいて、何が嫌なんだか。」
直樹が琴子の襟元に手をかけた。琴子は渾身の力を振り絞り、直樹の体を突き飛ばした。まさか琴子がそこまでの力を出すとは思っていなかった直樹は油断し、飛ばされて調度品に激しい音を立ててぶつかった。

「直樹様!いかがあそばされましたか!」
「姫様!」
念のため不寝番をしていた鴨狩と桔梗が、物音に慌てて飛んで来た。
「くそっ…。」
琴子に突き飛ばされ、直樹は我に返った。そして琴子も同様だった。
「…桔梗はいるか!」
「は、はい!」
「こいつを…今すぐ連れて帰れ!!」
「えっ!?」
「俺の目の前から連れて行け!頭が冷えるまで俺の前に姿を見せぬよう申しつける!」
直樹のあまりの怒りに、桔梗は「失礼いたします」と戸を開けた。その光景に桔梗は息をのんだ。
「早く!」
「姫様…!」
桔梗は寝台で涙を流す琴子を立ち上がらせた。そして手を取って部屋を出て行った。
「直樹様、おけがはありませんか?」
一応直樹の侍従らしく、鴨狩がその体を気遣った。
「ない。今夜は書物を読んで居間で過ごす。片付けさせておいてくれ。」
直樹は足音を立てて、寝所を出て行った。鴨狩りはしばし、その散らかった場を呆然と眺めていた。




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くうさん、ありがとうございます。

コメントありがとうございます。
今は不仲になってしまっていますが、そのうち…なるといいですがまだ難関があるかもしれません!

kazigonさん、ありがとうございます。

コメントありがとうございます。
奈落の底はもうその先はないかと…いや、どうだろうか(笑)
私も色々悪事を考えることが難しく、大丈夫だろうかと不安です。
続き楽しみにして下さって嬉しいです。

shirokoさん、ありがとうございます。

コメントありがとうございます。
そうなんですよね。自分に自信がないからそこをつけこまれてしまう。
確かに釣った魚に餌をやらないという見本です、東宮様。
せめて東宮妃としてうしろ指をさされないようにと思っているのでしょうけれど、それしか今の琴子ちゃんは見えていないから余計仲がこじれてしまう。
完璧な東宮妃がほしかったら前の東宮妃を選んでいるでしょうし、そこは違うのだと言ってあげればいいのに。
確かに、琴子一人を幸せにできないようでは民たちを幸せにできませんね!

紀子ママさん、ありがとうございます。

いえいえ、こちらこそいつもコメントありがとうございます。
小さな恋は少しずつ進展していっているようですけれど。
元々プライドも何も持っていない琴子ちゃんですから、もうズタズタでしょうね。加えて前の妃から奪ったみたいな思いもあるでしょうし(この辺りはフトンの琴子ちゃんと近いものがあるような)
東宮様から見たら、周囲の意見に惑わされずしっかりとしてほしいというところもあるのでしょうが、その前に守ってあげないと。
きっと琴子ちゃんが前の東宮妃のようになると変わってしまうのではという危惧もありそうですよね。
そうそう、牛に引き裂かれる刑!あれ、一番残酷だなあと思います。録画したドラマもそのシーンはサクッとカットしましたもん。
『王女の男』にも出てきますよね。だからあのドラマ怖くて見られないんですよ~。
さすがに女人にそれはなさそうですけれど、棒打ちはありそうですよね。
服毒するほどの悪事を琴子ちゃんに押し付けることができるのか…。

マロンさん、ありがとうございます。

こちらこそいつもコメントありがとうございます。
王妃は琴子ちゃんのことが心配でならないでしょう。本当ならその役目は夫である東宮なのでしょうが。
桔梗は琴子ちゃんへの忠誠と、助けたい気持ちの板挟みになって辛いと思います。
ここまで決別すると元の仲に戻ることは難しいでしょうね。
あれだけ愛し合って結ばれた二人なんですが、気持ちが離れるのって一瞬なのかもしれませんよ~。

たまちさん、ありがとうございます。

こちらこそ、いつもコメントありがとうございます。
そうなんです、欅宮が言ったことを知っているのは琴子ちゃんだけなんですよね。それは他人に言える内容ではないし、言うことすら屈辱でしょうから。
確かに先の東宮妃の名前はもう聞きたくないでしょうし、琴子ちゃんと新しい人生を始めたばかりですしね。
でもいつまでも付きまとう前妻の影…ぷぷぷ。
拒まれたことはかなりのショックでしょう。そんなこと今までなかったでしょうし。
確かに、琴子ちゃんに関しては学習能力はありませんよね。何が起こったら学ぶことができるでしょうか?

何で?

今で、琴子ちゃんが、何を、言っても、むししていたのは、入江君ですから‼️突然仲直りしようて言われても、そう思われてもね?🌠欅と、同類て、思われても、仕方ない。

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