日々草子 水面に映る蓮の花 4

水面に映る蓮の花 4

タイトルを誉めて下さりありがとうございます。
いやあ、完全にタイトル負けするなと覚悟して書いております…。

☆☆☆☆☆







この日は久しぶりに直樹が宮中を出て、診療所で医師として働く日であった。
「書物で学んだ治療法を実際にどう役立てるか、それを他の医師達と話し合えるのが待ち遠しかった。」
昨夜は書物を遅くまで読み、つい寝不足になりそうだったと笑う直樹の姿が、琴子にも嬉しく映った。
「診療所の医師は浪江殿以外は俺の身分を知らないからな。そこがまた楽しいしやりやすい。」
直樹の師匠でもある医師長が数ある希望者から選んだ、いずれも優秀な医師ばかりが集まる診療所は貧しい者には無償で治療を行っている。
「数日は診療所で働けるはずだ。その間、往診なども積極的に行うつもりだ。」
生き生きとしている直樹を前に、琴子も自分が側で手伝えたらと思う。が、今の自分はまず東宮妃として学ばねばならないことがたくさんある。
「そうだ、あそこの書物をまとめておいてくれるか。」
「お持ちになるのですか?」
「ああ。貴重な書物だからぜひ浪江殿にも見せたい。彼を通して診療所の皆で回し読みできるようにしたい。」
「それは素晴らしいことですね。」
いそいそと琴子が机の上に置かれていた書物を敷物の上に重ね始めた。それを見て直樹は、控えていた桔梗に目で合図を送った。気づいた桔梗が琴子にばれぬよう直樹に近寄った。
「欅宮様から、色々言われているだろう。」
「…左様でございます。」
「俺の留守中に何か言われたら、遠慮せずに鴨狩へ伝えるように。」
鴨狩が同意するように桔梗に頷く。
「ですが姫様が…。」
「あいつは溜め込むから余計心配なのだ。母上も心配しておいでだろう。」
「女官長様を通じてお言葉を賜っております。」
「四六時中側にいて守ることができればいいが…。」
「直樹様、こちらでよろしいでしょうか。」
琴子が包みを抱えてやって来た。
「重いですけれど、大丈夫ですか?」
「これくらい平気だ。もっと重い薬箱をかつぐ時もある。」
「まあ、大変ですね。」
琴子の笑顔は、とても大叔母にいびられているとは思えない屈託のないものであった。



直樹がこっそりと外へ抜け出す道まで琴子達は見送りに出た。
「お気をつけて。」
「ああ。」
こうして見ると、どこにでもいる夫婦だと鴨狩と桔梗が微笑ましく眺めていた。
その平和な光景を乱す声が響いた。

「下々のような身なりをしてお出かけになっているとはまことでしたか。」
現れたのは朝の散歩をしていた欅宮一行であった。
「…何が楽しくてそのような身なりでおいでになるのか。」
診療所で与えられた服をまとった直樹を、頭のてっぺんからつま先まで遠慮なく見た後、これ
見よがしに欅宮は溜息をついた。
「一人でも病に苦しむ民を救うことほど、尊い仕事はありません。」
直樹は誇らしげに言った。
「そのようなことは将来の王たる東宮様がなさらなくともよろしいのです。」
「いいえ、実際に自分の目で見ることが重要ですゆえ。」
一歩も引かない直樹に琴子はハラハラしてしまう。そんな琴子を欅宮が睨んだ。
「下々の世界から妃を迎えると、そのようなお考えになるのですね。嘆かわしいこと。」
「欅宮様、東宮妃は貴族の出でございます。そのお言葉はご撤回下さい。」
直樹が琴子を庇うように前に立ち、毅然と言い放った。
「貴族といっても官位もない貧乏貴族の出でございましょう。沙穂子姫とは大違いです。」
前の東宮妃の名前が出た途端、琴子の胸が痛んだ。
「しかし、東宮妃、琴子は元は側室候補として選ばれたのです。馬鹿にされる筋合いはありません。」
「ええ、承知しておりますとも。その側室候補が何を勘違いしたか誰よりも素晴らしい東宮妃を追い出し、その座を奪ったことも承知しております。」
「奪ったとは聞き捨てなりませぬ。」
これを機に、琴子は誰にも恥じない地位にいることを示そうと直樹は躍起になった。
「前の東宮妃がその座を降りたのは、傍に仕えていた女官の罪の責任を取ってのこと。妃として上に立つ者が、女官を律することができなかったゆえです。空席になった妃の座に琴子を迎えたことが何の問題が?」
「自ら罪を犯したわけでもありますまいに、なぜゆえ東宮妃の座を降りて宮中を出ねばならなかったのでしょう。」
欅宮も負けてはいなかった。
「十年近くお傍にお仕えしていた、あれほど素晴らしき妃をよくも女官の過ち一つで追い出せたものですね。東宮様があんなに冷たいお方だと思いもしませんでした。」
「責任を取ることは上に立つ者の務めでございましょう。先の東宮妃は自らその地位を降りたのです。琴子が追い出したわけではございませぬ。」
「…東宮様のお考えは分かりました。」
欅宮がこれ以上は何を話しても無駄だと、その矛先を引っ込めた。
「ですが、周囲の反対を押し切って迎えたその娘ですが。」
「娘ではございません。東宮妃とお呼び下さい。」
「…その娘、大切なお役目すら果たしておりませんね。」
言い直すことなく、欅宮は琴子を睨んだ。
「身分も教養もない、美しさもないくせにお世継ぎもいまだもうけられないとはいかがなことでしょうな。」
それは琴子が気にしていることでもあった。
「申し訳…ございません。」
謝る琴子に、
「謝る必要はない。まだ俺たちが一緒になって一年も満たないのだから。」
と直樹が庇う。
「まあ、生まれたところでどうなるか分からないものだが。」
「前の東宮妃も子は産みませんでした。十年近くも共に過ごして。」
「慎み深い方でしたから、お子も遠慮なさっておできにならなかったのでしょう。どこぞのさかりのついた野良猫とは違います。」
「欅宮様。」
再び琴子を侮辱された直樹は本気で怒り始めた。
「まあ、こちらとしてはそれも好都合というもの。」
怒る直樹に戸惑うことなく、欅宮は堂々としていた。
「また側室を迎えればいいだけ。」
「側室」という言葉に琴子は唇を噛みしめた。かつてはそれで自分も宮中に呼ばれたのだ。
「何を愚かなことを。」
直樹は相手にしていられないと笑った。
「側室など…。」
「迎えぬとは言わせませんぞ。世継ぎが出来なかったらそれが定めですから。」
欅宮と直樹の視線がぶつかり合った。
「名門の貴族の姫君を側室としてそのうちお迎えになることになりましょう。ええ、そうすれば東宮様のお目も覚めることでしょう。ああ、やはり教養ある妻はいいものだと。」
「思いませぬ、絶対に。」
直樹の怒りと欅宮の怒りがぶつかり合って、今にも爆発しそうな雰囲気となった。


「東宮様、そろそろお出にならないと。」
鴨狩が頃合いを見計らって声をかけた。
「ああ、そうだな。」
直樹は琴子を振り返った。
「では行ってくる。」
「行ってらっしゃいませ。」
この場に琴子を残していくのはとても辛いことであったが、鴨狩と桔梗が付いている。
出て行く直樹を琴子は笑顔で見送った。

「そういえば」と琴子は気づいた。直樹が一介の医師として外の診療所に出ているのは一部の者しか知らない秘密である。今、こうして欅宮が知ってしまったので誰かに話すのではと不安になった。
「欅宮様。」
勇気を出して琴子は声をかけた。
「何だ。」
「東宮様がこうしてお出かけになることは一部しか知らないことでございます。どうぞ…。」
「話そうなど思ってはおらぬ。」
そこは話が分かるのかと、琴子は安堵した。
が、次の瞬間、また雰囲気が悪くなることを欅宮は発した。
「このような宮中の、東宮の恥を王族として話などしたくもない。」
「恥とは…。」
これには琴子だけでなく、桔梗も鴨狩も顔色を失った。
「恐れながら欅宮様。それはあまりな仰り様かと…。」
今までずっと黙っていた琴子が、口を開いた。これに桔梗と鴨狩が驚いた。
「何と?」
「欅宮様。東宮様は医師としてご立派に勤めを果たしておいででございます。それを恥とはあまりな仰りようでございます。」
「そなた、私に言い返すのか?」
大人しい琴子が歯向かってきたと思った欅宮は声を荒げた。その後ろの柘榴があんぐりと口を開けている。
「貧乏貴族の娘が、現王の叔母である私に言い返すと!」
「言い返すというわけでは…ただ私は東宮様のお仕事を認めていただきたいだけで。」
「はん!そいういう娘が傍にいるから、東宮もあのようになってしまったというわけか。よくわかった!!」
「欅宮様。」
「東宮妃は絶対このようなことはしなかった。王族の年長者に逆らうなど絶対しなかった。こういうところで育ちの違いが出るのだ!」
「申し訳ございません。」
琴子は頭を下げた。
「恐れながら欅宮様。」
鴨狩が口を出した。
「私も、恥とはあまりのお言葉かと。」
「たかが侍従の分際でそなたまで私に逆らうのか。」
「東宮侍従として、東宮様の名誉のために申し上げております。東宮妃様のお気持ちももっともかと…。」
「黙れ!」
欅宮は怒鳴った。
「もうよい。お前のせいで東宮侍従までも立場をわきまえることを忘れたようだ。あきれて物も言いたくない。」
欅宮は足早にその場を後にした。



「申し訳ございません、琴子様。」
鴨狩が出すぎた真似をしたと、琴子に謝った。
「いいえ、鴨狩は間違っていません。」
琴子は笑顔を向けた。
「私が悪いのです。私が欅宮様を怒らせたから、鴨狩にまで。」
「とんでもございません、琴子様。琴子様は間違っていらっしゃいません。」
「そうですとも。姫様はご立派でした。東宮妃として東宮様をお守りあそばしたのですから。」
桔梗が励ます。
「でも…せっかく義母上様が先日ご挨拶の機会を作って下さったのに。」
王妃の顔をつぶしてしまったと、琴子は落ち込んだのだった。
「お気になさいませんように。」
鴨狩が慰める。それに琴子が顔を上げた。
「そうだわ。そなたたちに言っておきます。」
「はい。」
「今のこと、絶対に直樹様のお耳に入れないように。」
「えっ」と言いそうになるのを、鴨狩と桔梗は何とか堪えた。直樹が戻ったら絶対言おうと二人とも決めていたのである。
「ですがあまりにも欅宮様の態度は酷いものでした。」
「私が至らないからよ。せっかくご気分よくお出かけなのだから害するようなことは絶対したくないの。ね、お願いよ。」
そこまで言われると二人も頷くしかなかった。



「すごい娘だ。まったくこの私に逆らうとは。」
自分の御殿に戻っても欅宮の怒りは収まらなかった。
「まことでございます。あれもすべて、教育を受けていない未熟さゆえでございましょう。」
柘榴が機嫌を取るように、主に同調した。
「沙穂子姫は幼き頃より東宮妃となるべき教育を受けて、その聡明さも手伝って立派な貴婦人となったのに。それをあのような娘に…。」
話していた欅宮の口が止まった。
「宮様?」
「…そうだ、いいことを思いついた。」
ニヤリと欅宮は笑った。
「…いがみ合ってばかりではだめだな。私も手伝えることは手伝わねば。」
「宮様?」
一体、主が何を思い付いたのか柘榴は不思議だった。



翌日のことである。
「東宮妃様にお目通りを。」
柘榴が琴子の御殿を訪れた。
「…一応、東宮妃様と呼ぶことはできるわけね。」
それを聞いた桔梗が自ら、琴子の返事を聞きに行った。
「いかがいたしましょう、姫様。」
「柘榴が…欅宮様のお使いとして?」
「昨日の今日です。また何か嫌味を言いに来たのでしょう。」
「通して。」
「ええっ!?」
「欅宮様のお使いだもの、追い返すなんてことはできないわ。」
「まあ、そうですけれどねえ。」
「もしかしたら、欅宮様も直樹様のことを言い過ぎたと思われたのかも。だから柘榴を使いに寄越されたのかもしれないわ。」
「…そんな簡単な方ではないかと。」
「桔梗。」
琴子に叱られ、何かあったら承知しないと思いながら、渋々桔梗は柘榴の元へ戻ったのだった。



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No title

自分たちの、性格の悪さかかげて‼️何悪さ考えてるんだか。v-12

タイトル

私もタイトル名、素敵と思ってます。そして直樹と琴子の時代小説いいですね(^^)琴子が健気に頑張る姿が素敵です。

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No title

貧乏な人がいるから、金持ちがいてえばってられる?もとちゃん、鴨狩君、入江君がいない間琴子ちゃんを、しっかり守ってね。。。v-65
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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