日々草子 水面に映る蓮の花 3
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水面に映る蓮の花 3

コメントと拍手をいつもありがとうございます。
そしてタイトルがまだ決まらずすみません。候補がいくつか出て来たのですがもう少し考えさせて下さい。

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呼び出された桔梗は、王妃の前に小さくなっていた。
「正直に申し上げよ。」
女官長が桔梗にまず言った。
「東宮妃がずっと挨拶を拒まれているというのは真なのですか。」
王妃に問いただされても、桔梗はすぐに答えられなかった。
「桔梗。」
王妃が名前を呼んだ。
「…左様でございます、王妃様。」
とうとう桔梗は観念して答えた。
「どういうことなのですか。東宮と共に挨拶は滞りなく済んだと報告を受けていたのに。」
可愛がっている琴子が無視されていると知った王妃の怒りは増すばかりであった。
「なぜゆえ、そのような嘘をついたというのです?」
「恐れながら王妃様。」
桔梗が勇気を振り絞って顔を上げた。
「東宮妃様が仰ったのでございます。欅宮様へのご挨拶は済んだということにと。」
「姫が?」
内輪での呼び方を王妃はした。
「左様でございます。東宮様は、ご自分だけが欅宮様の前で通されたことを正直に王妃様へ申し上げようとなさいました。ですが東宮妃様がそれをお止めになったのです。問題を大きくするわけにはいかないと。ご自分は日々足を運ばれてご挨拶をすればいいからと仰ったのです。故に、周囲の女官達に固く口止めを命じられました。」
「ああ、何てことを…。」
額に手を置き、王妃は大きなため息をついた。
「私に頼ってくれれば…。」
「王妃様へ余計なご心配をかけられたくなかったのでしょう。どうかそのお心だけはご理解下さいませ。」
「分かっています、分かっていますとも。」
琴子の性格をよく知る王妃だからこそ、この事情はすぐに理解できた。
「それにしても、そこまで拒むとは…。」
いくら王の大叔母とはいえあまりの仕打ちではないか。王妃の怒りは収まる気配がなかった。



その翌日のことである。
「今日も欅宮様のところへ?」
支度をしている琴子に、桔梗が気の毒そうに声をかけた。
「ええ。」
当然のごとく琴子が返事をした。
「…もうおよしになられても。」
「桔梗。」
つい本音をもらした桔梗を琴子が睨んだ。
「こういうしきたりを大切にしないといけないのが宮中だと、そなたも教わったでしょう。」
「それはそうですが。」
東宮妃である自分の主人が、どうしてここまであの欅宮へ気を遣わねばならないのかと桔梗は不満でいっぱいなのである。
「そなたは付いてこなくてもいいけれど。」
「とんでもございません。お供いたします。」
何かあった時に琴子を守らねばと桔梗が力を込めた時だった。
「東宮妃様!」
女官の一人が駆け込んできた。
「これ、東宮妃様の前で騒々しい。」
東宮女官長らしく桔梗が注意をすると、女官の一人が慌てて頭を下げた。
「どうしたというのです。」
桔梗が続けて訊ねると、
「王妃様がおいででございます。」
と女官が答えた。
「義母上様が?」
琴子は支度も早々に立ち上がった。

「義母上様、いかがなされました?」
何かあるなら自分から出向いたのにと琴子が言うと、
「急用ではないの。」
と、王妃がニッコリと微笑んだ。
「いいお天気だから、一緒に散歩でもと思って。」
「そうでしたか。」
何か起きたかと思った琴子は胸を撫で下ろした。欅宮への挨拶は、散歩を終えた後でもいいだろう。

「今日も可愛らしいこと。」
本当に王妃は琴子が可愛くてたまらないのである。歩きながら目を細める王妃に琴子がはにかむ。
「義母上様、どちらの庭園へ行かれるのですか?」
宮中に庭園は数カ所ある。そのうちのどれかへ行こうとしているのかと思ったが、どうも王妃はいずれの庭園へも向かっていないようだった。
「ええ、今日はこちらに。」
「義母上様…?」
歩いているうちに、自分たちがどこへ向かっているのか琴子も桔梗も薄々分かってきた。
「この道は…。」
やがて、見えてきたのは欅宮が滞在する御殿であった。

欅宮の女官である柘榴が王妃の姿を見て慌ててやって来た。
「王妃様。」
「欅宮様はおいでか?」
いつもより厳しい声色で王妃が柘榴に訊ねた。
「はい。」
「では、王妃が来たと取り次ぐように。」
「はい…でも…。」
柘榴は王妃の後ろにいる琴子に目をやった。
「聞こえなかったのか。王妃が来たと取り次げと申している。」
王妃は「王妃」の部分を強調して言った。
「言われたとおりにできぬのか?」
「は、はい。」
王妃の威厳に押されるように柘榴が御殿の中へ声をかけた。
「欅宮様、王妃様がおいででございます。」

「王妃が?」
何の前触れもなく来るとは…が、いくら自分が王の大叔母の立場とはいえ、後宮の頂点に立っているのは王妃である。ぞんざいにすることはできない。
「お通しせよ。」
一応上座を空け、欅宮は王妃が入ってくるのを待った。

入ってきたのが王妃一人ではないことを知り、欅宮は唖然となった。
――なるほど、こういう手に出たか。
「ご機嫌麗しゅう、欅宮様。」
にこやかに王妃が挨拶をする。
「ご機嫌麗しゅうございます、王妃様。」
通してしまったものは仕方がない。しかも王妃が連れてきたのだ。欅宮は苦虫をつぶしたような顔で座った。
「東宮妃の挨拶がまだだと聞きました。まだ宮中に慣れていないゆえ、私が付き添ってまいりました。」
対照的な王妃の笑顔である。
「さ、東宮妃。ご挨拶をなさいませ。」
「は、はい。」
まさかこのような形になるとは。琴子は驚きながらも、
「欅宮様にはご機嫌麗しゅうございます。琴子でございます。」
と作法にのっとり挨拶をした。
「欅宮様、いかがなさいまして?」
何も返事をしない欅宮を、王妃が面白がっている。
「…王妃様もなかなか、おやりになる。」
とうとう欅宮が本音を漏らした。
「そこまでこちらのお方を可愛がっておいでか。」
「いえ、なぜかこの、婚礼まできちんと上げた東宮妃をどこぞで愛妾呼ばわりをしているという噂を耳にいたしました。」
王妃がギロリと欅宮を睨んだ。
「まあ、そのような失礼なことを申す者は厳しく罰したいところではありますが、それより欅宮様へのご挨拶が先かと思いました。」
王妃と欅宮がやりあう様子を、琴子ははらはらしながら見ているしかなかった。
「東宮様が最近、医師となって貧しき民と接していると伺いましたが。」
愛妾呼ばわりを突かれた欅宮が話題を変えた。
「高貴な身分でありながら、そのようなことをされるのはどうかと思いますが。」
「まあ、そのようなことはありません。」
馬鹿なことをとばかりに王妃が笑った。
「東宮は知恵の使い方をもてあましておりまして。ようやく、民のために使う方法を見い出したのでございましょう。やがて王となる身、民に接することは悪いことではありませぬ。それも、この東宮妃が支えているからこそ、できること。」
王妃は琴子を誇らしげに見つめる。
「…貧しきところで育ったゆえ、できるとも言えましょう。」
「どこで育とうと、持って生まれた性格は変わりませぬ。東宮妃が側にいることで東宮が自分のやるべきことに邁進できることは素晴らしいことです。」
負けない王妃であった。
「欅宮様。」
これ以上長居は無用とばかりに立ち上がった王妃が最後に言った。
「東宮妃は王妃である私に次ぐ序列に立つ身でございます。それをぜひとも覚えていて下さいませ。」



「おのれ!!」
欅宮は机にあった書物をバシッと投げつけた。
「宮様!」
音を聞きつけた柘榴が部屋に入って来る。
「王妃も王妃じゃ。何じゃ、あの態度は!」
そして初めて見た琴子の顔を思い出す。
「あのような…美しくもなく、賢くもなささそうな娘に…我が沙穂子姫は追い出されたというのか!」
「宮様、お静まりを。」
「あのような娘に沙穂子姫が!!」
絶対許さないと、欅宮の怒りは増すばかりであった。



挨拶を済ませ、王妃と別れて自分の御殿へ戻った琴子は桔梗を睨んでいた。
「…だって姫様。王妃様の前で嘘をつけと?」
昔の二人に戻ったかのような言い方の桔梗に、琴子はため息をついた。
「そうではないけれど。でもそなたが言ったから義母上様に余計な心配をかけてしまったのよ?」
「私はあれでいいと思いますよ?王妃様のお優しさで姫様はようやく欅宮様にご挨拶ができたのですから。」
「でも、これで義母上様と欅宮様の関係が悪くなったらどうすればいいの?」
「それは…でも王妃様ですから。」
「何、その答えは?」
今初めて桔梗が王妃に呼ばれて全てを話したと知った琴子であった。でも桔梗が嘘をつけないことも分かっているし、これ以上叱ることはできない。
「それにしても、どこで義母上様はご存知になったのかしら?」
固く周囲に口止めをしておいたはずなのにと琴子は首を傾げる。
「この雀殿の女官達は私が目を光らせておりますから、漏らす者はおりません。」
桔梗もどこからばれたのだろうと不思議であった。
「東宮様の周辺でしょうか。」
「鴨狩がそなた同様に目を光らせているからそれもないはず。」
二人が考えていると、女官が裕樹の訪問を告げた。



「先ほど来たら、留守だったから。」
「まあ、それは失礼いたしました。」
琴子は裕樹を優しく迎えた。
「あのババアのところへ行っていたと聞いたが?」
「ババア?」
「欅宮様のことだ。」
「裕樹様、何て仰り方。」
「めっ」と琴子が睨んでも、裕樹は「ふん」と鼻を鳴らすだけである。
「義母上様とご一緒に伺ったのです。」
「母上と!そうか!」
裕樹の顔がパアッと輝いた。
「そうか。母上が一緒ならばあのババアもお前を追い返せなかっただろう。」
「追い返せなかった?」
琴子の疑問が聞こえなかったのか、裕樹は一人「うん、うん」と頷いている。それを見て琴子は桔梗とこっそり顔を見合わせた。王妃の耳に入れた人物が分かったのである。

「それはそうと、新しい絵を見せてやる。」
自分が描いた絵を裕樹が広げた。
「まあ、お上手。」
「本当にお上手ですこと。」
琴子と桔梗が声を合わせると、
「さかさまだ。」
と裕樹が言った。慌てて琴子が絵の向きを直す。
「今回は達磨を描いてみたのだ。堂々としたところが上手に描けていると思う。」
「ええ、その通りです。」
そして琴子は桔梗に目で合図を送った。桔梗が立ち上がりすぐに箱を手に戻ってきた。
「裕樹様の絵が随分と増えました。」
箱の中にあったのはこれまで裕樹が持ってきた絵であった。
「全部あるのか?」
これには裕樹も目を丸くする。
「はい。全部あります。」
全て大事に保管しておいた琴子であった。これには裕樹も素直に喜びを表に出した。
「そうか、全部取っておいてくれたのか。」
「そこで、裕樹様。ご提案なのですが。」
「何だ?」
「裕樹様が一番気に入っておいでの作品をお軸に仕立ててみませんか?」
「え?」
裕樹は琴子の後ろにある軸を見た。あのように自分の絵が?
「軸にしたら…飾ってくれるのか?」
「はい、寝室に。」
寝室に飾られる自分の絵…想像しただけで嬉しさが込み上げてくる裕樹であった。
「そうか。じゃあ、しっかりと選ばねば。」
箱の中から「これは自信作」「これも色がよく出ている」と感想を述べながら絵を取り出していく裕樹を、琴子と桔梗が微笑ましく見守っている。
結局、裕樹は新しく描くことに決めたのだった。



その晩、しばらく宮中を離れていた直樹が久しぶりに琴子と顔を合わせていた。
「そうか。裕樹のおかげで挨拶が出来たのか。」
声を上げて笑う直樹に、
「そういう問題じゃありません。」
と琴子が困ったように話す。
「あいつも役に立つな。まあしょっちゅう宮中をチョロチョロしているからな。」
「何て仰り方でしょう。」
ひとしきり笑った後、直樹が真面目な顔で琴子に向かった。
「悪かったな。お前を辛い目に遭わせて。」
「いいえ。」
琴子が微笑んだ。
「私は大丈夫です。何を言われても…。」
「我慢しなくていいんだぞ。」
「大丈夫です。」
優しい夫がいれば何でも乗り越えられる、そう信じている琴子であった。

それから直樹は、外での出来事を語った。主に医療方面での政務であったが充実した日々だったらしい。
「まあ、そうでしたか」「それは可哀想な…」と、直樹の話にまるで我が事のように表情を変える琴子が愛おしくて、直樹はつい話し込んだ。
「…それで、治った後夫婦二人で帰っていったんだ。夫が妻をいたわるように背中に手を当てて。」
「それはよろしゅうございましたね。」
嬉しそうに頷く琴子の唇に、直樹が自然と自分の唇を重ねた。
「…俺もお前がそこにいたらなと思ったら、会いたくてたまらなくなった。」
「直樹様…。」
やがて、部屋の灯りが静かに消えたのだった。



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素敵なタイトルですね

素敵なタイトルに決まりましたね。
続きも楽しみにしています。

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