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2018.05.03 (Thu)

水面に映る蓮の花 2


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「宮様にはご機嫌うるわ…しくないご様子ですね。」
この日、二ノ宮裕樹の御殿に学問および遊び仲間の春也がやって来た。が、そこにいた裕樹は明らかに不機嫌であった。
「久しぶりなのに、相変わらずの挨拶だな、春也。」
「申し訳ございませぬ。」
「もう風邪は治ったのか?」
「はい。」
春也が風邪を引いており、二人が顔を合わせるのは久方ぶりであった。

「欅宮様と何かありましたか?」
宮中に滞在を開始した欅宮のことは貴族の子息である春也の耳にも届いていた。
「…あのババア、やっぱり腹が立つ。」
裕樹の言葉に春也は急いで辺りを見回した。裕樹付きの侍従も女官も近くにいないことを認め、安堵した。
「宮様、お言葉に気をつけた方がいいですよ。」
「ふん、僕とお前の仲にそんなものは不要だ。」
「欅宮様へご挨拶に行かれたんでしたよね?」
「行きたくなかったけど、しきたりだからな!」
大声を出した裕樹に、春也が「お外へまいりましょう」と促した。


**********

「ご機嫌よう、欅宮様。」
「ご機嫌よう、二ノ宮様。」
裕樹が入った鴎殿はすっかり、欅宮仕様となっていた。
「久しくお会いしないうちに、大きくおなりですね。」
「…はい。」
「まあ、兄上様のようにご長身になれば結構ですが。」
この言葉にまず裕樹は苛立ちを覚えた。なかなか背丈が伸びないのは裕樹が一番気にしているところである。
「学問は進んでいらっしゃいますか?」
「はい。」
「そういえば、ご学友の童殿上は大泉の家門の子息ではないと聞きました。まことですか?」
確かこの大叔母にあたる女性は、前の東宮妃であった沙穂子の親戚筋だったなと裕樹は思い出した。前に会った時は自分のことなど目に入っていなかったはず。
「はい、左様でございます。」
「大泉の者を今からでも、ご学友にお召しになりませぬか?」
「は?」
何を言っているんだという顔を裕樹は素直に出した。
「失礼ながら欅宮様、学友は一人で十分でございます。」
「分かっております。ですから、今のご学友と変えるのです。」
欅宮は「柘榴(ざくろ)」と、女官を呼んだ。この柘榴は直樹と琴子が揃って挨拶に来た時に、琴子を追い返した、欅宮の結婚前から仕えていた女官である。
その柘榴が巻紙を欅宮の机の上に置いた。欅宮はそれを裕樹に渡した。
「開いてご覧なさいませ。」
裕樹が開いたそれには、人の名前が並んでいた。
「大泉の家門に連なる、名家の御曹司でございます。いずれも優秀で育ちが良くお相手としてふさわしいかと思います。」
裕樹はしばしそれを見ていた。
「欅宮様。」
「はい?」
「この者ですが。」
その中の一人の名前を裕樹が指した。
「その者がお気に召しましたか?ならば…。」
「いえ、過去に追い返しました。」
「追い返した?」
「はい。少し厳しくものを申しましたところ、“母上~”と泣いて宮中から出て行きました。」
「ククク」と思い出し笑いをしながら裕樹が告げる。対照的に欅宮のこめかみはピクピクと動いていた。
「あと、この者も。」
「…追い返したと?」
「学問が得意ということだったので、教えてもらおうとしたら…分からなかったのか泣きながら出て行きました。」
それから裕樹は「この者も、この者も」と次から次へと追い出した理由を告げて行った。欅宮が推薦した御曹司の8割はそうだった。
「…それで、大泉の家門ではない子息をご学友にしているということですね?」
「はい。今の学友は私が何を言ってもびくともいたしません。頭の回転も速く、私が考えていることを素早く察してくれます。この上ない相手です。」
裕樹は春也の顔を思い浮かべながら、誇らしげに言った。そして巻物を欅宮の机の上に返した。
「大泉の家門の子息が、僕と対等にやりあえる能力の持ち主だったらよかったのですが。」
「…。」
欅宮は唇をかみしめ、裕樹を睨みつけていた。
「欅宮様、お疲れのご様子ですね。」
明らかに不機嫌となった大叔母を見て、裕樹は長居は悪いとばかりに立ち上がり一礼して部屋を出た。
「王と王妃が甘やかすから、あのようなことになったのだ!」
欅宮の怒る声が聞こえたのは、裕樹が靴を履いた時だった。


**********

「だ、大丈夫でございますか?」
話を聞き終えた春也が真っ青になって裕樹を見た。
「何がだ?」
「欅宮様を怒らせてしまって…。」
「じゃあ、どうしろというのだ?お前をクビにして大泉の役立たずと学問をしろと?」
「まあ…それが宮様の為というならば…。」
「全然為にならない!」
裕樹は春也を叱りつけた。
「絶対お前をクビにしない。欅宮様が何を言っても聞くつもりはない!母上だってお前が僕の学友で喜んでおいでだ。」
春也の叔母は裕樹の母の親友である。その縁で、春也の叔母が琴子の後見人となり、春也が裕樹の学友に選ばれたのだった。

「あ、東宮妃様です。」
裕樹に認められている嬉しさを隠しつつ、春也が声を上げた。
「本当だな。」
少し離れたところに、琴子を先頭に桔梗たち女官が連なる行列が見えた。
「やれやれ、東宮妃は大変だなあ。宮中を歩き回るのにあんなに引き連れて。」
そういう裕樹の側には春也しかいない。欅宮への挨拶には琴子ほどではないが一応、侍従や女官を引き連れていたが、次男で成人前の気安さから普段は一人で気ままに歩き回ることを許されている。だからこそ、内密の話は春也と二人きりで庭でできたのだった。
「どちらにいらっしゃるのでしょうか?」
「あれは鴎殿への道だ。」
裕樹が心底嫌そうな顔をして答えた。
「きっと欅宮様に呼びつけられ嫌味をネチネチ言われているのだろう。」
「東宮妃というお立場でそのようなことに?」
「東宮妃でも、欅宮様は宮中の長老扱いだからな。琴子が王妃になれば呼びつけることができるが、今は無理だ。」
「そうだ」と裕樹が声を弾ませた。
「琴子が出てくるのを待ち伏せしよう!」
「待ち伏せ?」
「うん。きっと琴子も言いたいことが山ほどあるだろう。が、立場上堪えているに違いない。それを僕たちが聞いてやるのだ。そうすれば琴子はスッキリする。桔梗の餅菓子も食べられる。」
「…要するに桔梗殿の餅菓子を食べつつ、宮様が欅宮様の話を東宮妃様にされたいのですね。」
相変わらず素直じゃないのだからと思いつつ、歩き出した裕樹の後を春也は追いかけた。


「ここであれば、ばれないぞ。」
二人は鴎殿の庭の茂みに隠れた。その先には琴子たちが止まったのが見えた。
「東宮妃様でございます、お取次ぎを。」
桔梗が告げた相手は、柘榴であった。
「あの女官も感じ悪くてな。」
顔をしかめる裕樹に「しっ」と春也が口を押える。
「…欅宮様、東宮妃様がおいででございます。」
面倒くさそうに柘榴が欅宮へ声をかけた。
「欅宮様。」
「何度も申しておる。今、この宮中に東宮妃はいらっしゃらないはずだ。」
欅宮の言葉は、裕樹達のところまで届いた。
「…何を言っているんだ、あのババア。」
「愛妾が王女たる私に面会を求めるなど、失礼このうえない。宮中の礼儀を覚えてまいれと伝えよ。」
伝えるまでもなく、それらは全て琴子たちの耳に届いていた。
「恐れながら欅宮様には…。」
耐えかねて反論を試みようとした桔梗を琴子が目で制した。そして「戻りましょう」と呟き、鴎殿に背を向けた。悔しそうな桔梗の顔が、裕樹たちにも見えた。



裕樹と春也は琴子を待ち伏せすることもせず、そのまま二人で裕樹の御殿に戻った。
しばらくの間、二人は無言でいたが、
「…あれは拒まれていたよな?」
と、裕樹が呟いた。それを肯定することもできず春也は俯く。が、返答がないことが同意と分かり裕樹は何も言わなかった。
「琴子は、欅宮様に会っていないのか?」
「…恐れながら宮様。」
春也が静かに答えた。
「あのご様子では、ご対面はまだかと思います。」
「そんなバカな!」
裕樹が春也を振り返った。
「いいか?父上と母上に欅宮様は挨拶をする。その後、兄上と琴子が挨拶へ行く。そして僕が挨拶へ行く。これが順番だ。僕が挨拶へ行ったということは、琴子も挨拶を終えているはずだ。」
「宮様、欅宮様へ挨拶へ出向かれたのはいつ頃でしたか?」
「いつって…お前が風邪引いてすぐだから…10日前だな。」
「宮様、東宮妃様は最低10日はあのように欅宮様へご挨拶を試みていらっしゃるのではないでしょうか?」
「10日以上も?」
裕樹と春也は顔を見合わせ、口をつぐんだ。「まさか、そんなことが」という信じられない思いが二人を覆っていた。

「…東宮と東宮妃の挨拶は滞りなく済んだと聞いていたが。」
「恐れながら宮様。そうとは思えません。」
裕樹は静かに机の前に座った。そして筆を手に取った。
「宮様?」
「これはどういう意味だろうか?」
裕樹が書いたのは「あいしょう」という言葉だった。
「欅宮様が琴子をそう呼んでいた。東宮妃と認めずに読んでいた。春也、お前に意味は分かるのか?」
「分かりません。」
春也は正直に答えた。
「僕も分からない。書物でも見たことがない言葉だ。」
まだ子供の二人には分からない言葉だった。

「二ノ宮様、王妃様のおいででございます。」
外からの侍従の声に、二人は飛び上がらんばかりに驚いた。
「母上が!」
裕樹は春也に目配せをした。「今のことは言わないように」との意味である。春也も承知した。

「おやおや、二人一緒だったのですね。」
機嫌よく紀子が入ってきた。裕樹と春也は並んで頭を下げた。
「仲がよろしいこと。春也殿、宮はわがままを申していませんか?」
「そのようなことはございません、王妃様。」
「何か困ったことがあったら、私に申すのですよ。宮、春也殿と仲良くね。」
「はい、母上。」
紀子は控えていた女官長に合図をした。女官長が更に後ろにいる女官に頷く。
「久しぶりに母がお菓子を作りました。仲良く召し上がれ。」
女官がお菓子の入った入れ物を二人の前に置いた。
「いただきます。」
やはり子供ゆえ、二人の興味はたちまちお菓子に移った。
おいしそうに食べている子供達を嬉しそうに見つめながら、紀子は部屋を見回した。
「あら、手習いですか?」
机の上にあった紙を見つけた紀子がそれを手に取った。
「あいしょう…。不思議な言葉を書いていますね。」
その時、裕樹の頭に閃いたものがあった。

「母上。」
「何ですか?」
「その言葉の意味を教えて下さい。」
「意味?」
そう言われてもと、紀子はしばし息子の字を見つめた。
「意味を分からず書いたのですか?」
「その…耳にしたのです。意味が分からないからとりあえず書いてみたのです。」
「どちらで?」
「それは…外です。」
裕樹は詳細がばれぬよう、慎重に言葉を選んだ。
「それはどうやら、人を呼ぶ時に使う言葉のようなのですが。私が持っている書物には載っておりませぬ。」
「人を呼ぶ時?」
「その…女人をそう呼んでいるのを耳にしました。」
「女人をこのように?」
女人を、「あいしょう」と?紀子はしばし考えた。やがて「愛妾」という漢字二文字が紀子の脳裏に浮かび上がった。

「…どこで聞いたのですか、このような言葉を。」
街中に出ない裕樹が聞いたのは宮中に限られる。ここで、このような言葉を使ったのは誰なのか?
「裕樹、どこで聞きましたか?」
母が名前を呼ぶ時は尋常じゃない時だと裕樹は知っている。
「その…。」
「どこですか?」
「か…鴎殿です、母上。」
ばれぬようにしたはずが、裏目に出てしまった。裕樹は小さくなって答えた。
「鴎殿?誰が、誰をこのように呼んだのですか?」
「あいしょう」というのはいい呼び方ではない、母が怒る呼び方だと裕樹は知った。
「裕樹、答えなさい。」
「け、欅宮様です。」
「欅宮様が、誰をこのように?」
裕樹を責めるつもりはないが、声が自然と荒くなってしまう紀子だった。
「欅宮様が誰をこう呼んでいたのです?」
「こ…琴子です。」
「何ですって?」
裕樹が「琴子」と呼ぶといつも「義姉上」と呼ぶようにと注意する紀子出会ったが、この時はそうしなかった。
「欅宮様が東宮妃をこう呼んでいたと…。」
裕樹は観念して、自分が盗み見をした一部始終を母に話した。
「申し訳ございません。宮様にそうしようと申し上げたのは自分でございます。」
春也が裕樹を庇うと、
「馬鹿。嘘をつくな。僕がそうしようと言ったのだ。」
と裕樹が叱る。
「そのことについて、母は叱りませんよ。」
少し声を落ち着かせて、紀子が言った。が、その表情は険しいままである。

「女官長はいますか?」
紀子のその言い方は、完全に怒っているものだった。
「はい、王妃様。」
それを分かっている女官長が部屋に飛び込んできた。
「すぐに東宮女官長の桔梗を私の元へ呼ぶのです!」
「かしこまりました、王妃様。」
女官長が控えていた女官の一人に合図をすると、その者が飛んで行った。
そして紀子は女官達を引き連れ、自分の御殿へ足早に戻ったのだった。




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