日々草子 入江法律事務所 56

入江法律事務所 56

三が日が明けた途端、母が風邪で寝込んでおります…。
病院に順番取りに行ったら風邪も多ければインフルエンザもいるようで。
幸い検査したら母はインフルエンザじゃなかったのですが、皆さま、風邪にもインフルにも気をつけてお過ごし下さい。

☆☆☆☆☆






今年のお正月も、琴子は父と入江家を訪問し、そこから直樹と二人で初詣に出かけることになった。

「相変わらず混んでいるな。こんな地元の神社でこの混雑なら、明治神宮とか想像したくねえな。」
「あそこなんて昨日の夜からすごいことになっているんですってね。」
二人でそんな会話をしながら、参拝の列に並ぶ。
「お前、はぐれるなよ。」
「やだなあ、先生ったら。」
ケラケラと琴子が笑った。
「子供じゃないんですから。」
「どうだか。」
それからあまりの熱気に押され、二人の会話が止まった。

「そういや…。」
いつ来るか分からない順番に待ちくたびれながら、直樹は昨年のことを思い出した。
「恋人つなぎをしたいとか言ってたな。」
あの時はからかったが、今日は自分からしてやるかと、直樹は隣の琴子の手をギュッと握った。
すると、琴子も握り返して来た。
―― ったく、可愛い奴だな。
きっと今頃、顔を赤くして俯いているだろう。混雑で横を向くのもままならないのが残念である。
お正月くらい、優しくしてやるかと直樹の頬も緩みだす。

―― それにしても小さな手だな。
男の自分とは違う手である。小さくてゴツゴツした…ん?
「ゴツゴツ?」
琴子の手は何度か握ったことがあったが、大きさはこの通りだがもう少しふっくらとした手ではなかっただろうか?
「手って、変わるもんだっけ?」
直樹は確かめるようにギュッと力を更に入れた。すると琴子も握りしめてくる。それにしても、やはりどこか違うような…。
その時、列が少し動いて辺りに余裕ができた。直樹は隣を見た。
「は!?」
隣にいたのは琴子ではなかった。そして握っているのも琴子の手ではなかった。
「もう…強引だこと。」
ポッと頬を赤く染めているのは琴子ではなく、高齢の女性であった。
「お正月早々、こんな素敵なお兄ちゃんに手を握られちゃった。」
五十年くらい若返ったようだと、うっとりとした視線を向けてくる女性に直樹はたじろいだ。
「あ、あの…すみません。」
女性の手をふりほどこうとしながら、直樹は琴子の姿を探した。すると随分と後ろにいるではないか。
「何であんな遠くに!」
だからはぐれるなって言ったのにと思ったが、今はそんなことを考えている場合ではない。
「どうしましょう?神様の前でこんなことに…。」
「どうしましょうって。」
もじもじとする女性に、直樹が何とかしようとした時である。
「おい、兄ちゃん。」
ポンと肩を叩かれ、直樹は振り返った。
「うちの女房に何か用か?」
それは80代くらいだろうか、高齢の男性が直樹を睨みつけている。
「何だ、あんた?人の女房の手を握って?何をしようと?」
「違うんです。人違いをしただけで。」
「はん!」
何を戯言をという顔で男性が直樹を見据えた。
「人違いでそんなに力強く女房の手を握るか?しかも握ってずいずいと前に進みやがって。」
「ですから、それは。」
「あんた、あれだろ?熟女好みって奴だろ?」
「熟女好み!?」
直樹は女性を見た。女性は「んふっ」と直樹に笑いかけている。
「いやいや、とんでもないです。」
ブンブンと手を振って直樹は否定する。
「どうだか。うちの女房を連れてあれだ、あれ。何て言ったかな?そうだ、インスタ映えって奴をするつもりだったんだろ?」
「俺SNSやってませんし、そもそもインスタ映えってそういう使い方しないかと…。」
「ゴダゴダうるせえ奴だな。」
「俺はちゃんと相手がいるんです。その相手とこの婆さん…。」
「婆さん?」
「…婚約者とこちらの御婦人を間違えたんです。」
「婚約者、だあ?」
男性が鼻息荒く直樹を見返した。まったくその目は信じていない。
「この期に及んでそんな嘘をぬけぬけと。」
「本当です。ちょっとはぐれちゃって、あっちの方に…あれ?」
後方に見えたはずの琴子の姿がそこにない。今度はどこへ流されて行ったのか。
「どこにいるってんだ?」
「ちょっと流されちゃったみたいで…とろい奴なもんで。」
「嘘をぬけぬけと。」
男性は直樹の言葉を全く信じていなかった。
「本当なんです。婚約者と一緒に来たんです。」
「それ、あれだろ?よく若いもんが使うやつ。」
「使う?」
「何て言ったかな…ああ、あれだ。脳内彼女って奴。」
「の、脳内彼女!?」
「あんたの脳みその中にしかいない婚約者だろ?まったく、そんなことばっかりして、人の女房にチョッカイ出して。こんな神様の前で!」
「…随分と若者事情にお詳しいようで。」
周囲も何事かと見ているし、どうしたらいいのだろうか。
「ほら、行くぞ。」
「ああん!」
どうやら男性が付き合ってられなくなったのか、まだ直樹の側にいたそうな妻を引っ張って前に進んで行ってしまった。
「はあ…。」
もう帰りたいと直樹は深い溜息をついた。それにしても琴子は一体どこに…。
「ったく、あいつは!」
とりあえずは参拝を終えてからだと、直樹もゆっくりと前に進み始めた。

「先生!」
参拝を終えたところで、ようやく琴子と再会できた。
「お前、どこに行ってたんだよ!」
「すみません。なんかあれよあれよと後に前に横にと流されちゃって。」
「お前のせいで俺がどんな目に…。」
と、当たろうとする直樹だったが琴子が先に言葉を発した。
「先生、素敵でした!」
「は?」
キラキラと目を輝かせて自分を見つめる琴子に、直樹は怪訝な顔をした。
「人混みで苦しむおばあちゃんを助けてあげていたでしょ?」
「助ける…?」
「もう、遠くからだけど見てたんですよ!おばあちゃんのことを支えていたの、バッチリと。おじちゃんにも感謝されてたでしょ?ほら!」
あろうことか、琴子はその様子をバッチリと撮影していた。そこには激昂する男性、困る直樹の顔が写し出されていた。
「この顔をどうやってそんな風に…。」
「私、誇らしかったです。ああ、あんな親切な人のお嫁さんになれるんだって…。」
「お前は脳みそだけじゃなく、目までスーパーポジティブなんだな。」
呆れながら直樹はデジカメの写真をバシッと消去した。
「ああん、何をするんです!」
デジカメを直樹から奪い返してあちこちボタンを押すが、全て無駄なことと知った琴子は恨めしそうに直樹を見上げた。
「これはだな…。」
「これは?」
じとっと自分を見る琴子の大きな目に、直樹は言いかけたものを呑みこんだ。
何と言うつもりだ?自分が熟女好みの脳内彼女を作るとんだ男だと誤解され大変だったとでも?琴子は自分を親切な男と信じ込んでいるというのに?
「…こういうのはいちいち残しておくべきものじゃない。」
「そうですかあ?」
「…当たり前のことをしただけだからな。」
ああ、新年早々嘘をついてしまった。が、この状況ならば神様も許してくれるだろう。
「そうですね…やだ、あたしったら。恥ずかしい。」
「まあ、いいさ。」
よし、何とか誤魔化せたと胸を撫で下ろす直樹であった、が。
「そんな先生と引き換え、あの男はどうなったのかしらね?」
眉を寄せて心底嫌そうな顔を琴子がした。
「あの男?」
「先生とはぐれている時に聞こえてきたんですよ。なんかこの行列のどこかで修羅場があったって。」
「修羅場…。」
「どこぞのいけすかない男が、あろうことか人妻に手を出して夫と揉めていたらしいですよ。どの辺かしら?」
「人妻…夫…。」
「いやだわ、神様の前で何て罰あたりなことをするのかしら?その男に先生の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい!」
ぷんぷんと琴子は怒り続けた。
「インスタに出してやるんだと脅したとか。もう本当に最低。もてない男が正月からとんだ騒ぎを起こしているって私の周りですごい噂になってました。何ですか?俺の顔だったらどんな女もモノにしてやるって言ってたらしくて。クズの中のクズですね!」
「クズの中のクズ…。」
噂ってこんな狭い範囲でも、とんでもない尾鰭がついて流れるものだと直樹は実感した。
「まあ、色々あるんだろう。そいつにも。」
「やだ、先生。そんなクズに味方するんですか?」
「いや、俺はその…。」
まさか自分がそのクズだと誤解された本人だとは口が裂けても言えない。
「弁護士だから、ついそっちの気持ちになるというか。」
「ああ、そうでしたね。もう、先生ったら。」
とことん弁護士なんだからと、琴子が肘でつつく。されるがまま直樹は背中に汗をかいていた。

「まあまあ、正月からお前も怒るな。」
「そうですね。」
両手をこめかみに当てて「せっかくのお正月ですもの」と顔を元に戻そうとする琴子の仕草は愛らしい。

「それは置いておいて、お前は何をお願いしたんだ?」
話題を直樹は変えた。
「お願い…。」
なぜか今度は琴子が挙動不審になった。目をあちこちにせわしなく動かし始める。
「…世界から争い事がなくなりますように。」
「それは、随分とワールドワイドな願い事だな。」
琴子の嘘をすぐに見抜いた直樹が、からかい始めた。
「争い事がなくなったら、俺の仕事は上がったりだな。」
「へ?」
「だって争いがなくなったら弁護士の出番ないじゃん。」
ニヤリと直樹が笑うと、「あわわ」と琴子が慌て始めた。
「じゃあ、今すぐ世界中が争いまくるようにとお願い直して…。」
「それはそれで問題だろうが。」
「ったく」と直樹は琴子は止めた。
「で?本当は何てお願いしたんだ?」
「…なれますようにって。」
もじもじとしながら、琴子が小声で答えた。
「あ?」
「…今年、入江琴子になれますようにって。」
確かに、結婚を決めてから新居探しなどを優先して肝心の入籍をいつにするか決めていなかった。
ふと、直樹はそこに貼られていたポスターに目をやった。この神社では結婚式も受けており、白無垢姿の花嫁が微笑んでいた。直樹にはその花嫁の顔が琴子に見えた。
「…ちゃんと、いつ式を挙げるか考えていこうな。」
「ええ!?」
直樹の呟きに、琴子がこれまた予想外の反応をした。
「何だよ!」
てっきり「嬉しい」と言われるかと思っていた直樹は驚いた。
「だ、だって式って…式って…。」
「いや、挙げるんじゃないの?」
「先生、そういうの面倒だって言うかと思っていたから。」
「面倒って。」
「多分、仕事の間にサラサラってサインして、“裁判所のついでに役所に行って出してこい”って指示されて婚姻届を出すことになるんだろうと思っていたものですから…。」
「お前、俺のことをそんなビジネスライクな男だと…。」
が、琴子にそう思われるのも無理はない自分の普段の態度である。直樹は少し反省した。
「式、挙げるからお前は毎回結婚情報誌買ってるんだろ?」
「それは結婚後の生活とか色々書いてあるし。ピンクの婚姻届も集まるし。」
「集めてどうするつもりだ。何回、何人と結婚するつもりなんだ。」
「先生と一回だけです!」
琴子の返事に、直樹が笑みを浮かべた。
「なら、どういう式にするか考えて行こう。」
と、直樹は琴子の手を握った。今度こそ、本物のふっくらとした小さな可愛い琴子の手をしっかりと。
「俺が花嫁のお前を見たいんだよ。」
「先生…。」

「さて、お守りを見に行くか。」
手をつないだまま、社務所へと直樹は歩き出した。
「先生、恋愛成就のお守りがここにあるんですって。」
「もう成就してるんじゃねえの?」
「でも結婚するまでは…。」
「はいはい。」
なんだかんだ、やることが可愛い琴子に今年も逆らえそうもない直樹であった。



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プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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