日々草子 大蛇森の肖像
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大蛇森の肖像






秋も深まり、今年もあと二カ月…。
秋を愛する人は心深き人とは僕、大蛇森のことを歌っているのだろう。

それにしても、今年のノーベル平和賞も入江先生の受賞はならなかった。
今年は核兵器廃絶国際キャンペーンが受賞した。
核兵器廃絶をうたう団体が受賞するならば、チンチクリンと日々対峙している入江先生、いやいや我々斗南大病院が受賞する資格はあるのではないか。
何せ、あいつは誰もが認める歩く核兵器、白衣の核兵器なんだから。
ったく、選考委員会はどこに目をつけているんだか。

と、前方から噂をしたら白衣の核兵器の来襲!
どこぞの国のミサイルよりも恐ろしいミサイル、Tアラートが鳴り響くよ。

「…大蛇森先生、暇そうですね。」
「君に言われたくないね。」
この僕に向かって暇そう!どの口が言ってるんだ、今すぐ縫合してやりたい。
「だって窓からボケッって外を見ているんですもの。」
「つかの間の休息を取っているんだよ。」
「ああ、そうですか。永遠の休息でもいいんですけれど。」
「その言葉はそっくり君に返そうか。ああ、ハロウィンだからと仮装をしているのもどうかと思うよ。」
「仮装?」
チンチクリンは泥の中に沈むフナのような濁った眼を僕へ向ける。
「何を言ってるんです?」
「いや、あっちからやってくる君が僕にはゴジラに見えたからさ。全てを破壊しつくすゴジラ。病院の中を破壊しつくす君。うん、ゴジラ。」
「んまっ!」
濁った眼を吊り上げるチンチクリン。
「ああ、失礼。ゴジラじゃなかったね。」
「は?」
「ゴジラはファンが多いもんね。君と違って愛されている!」
「私のことを愛するのは入江先生一人で十分なんですう!」
「愛を勘違いしているって恐ろしいなあ。」
ブルルと僕が背筋を震わせると、チンチクリンはマンモスのようなぶっとい足をダンダンと踏み鳴らす。ああ、病院が破壊される…!

「それにしても安室ちゃんが引退するのだから君も引退したらどうだね?」
まったく引退してほしくない人はさっさと引退し、引退してほしい奴は全然引退しない。
「引退…。」
鼻息荒かったチンチクリンが急にトーンダウンした。何だ、この展開は?
はっ。もしかして、こいつも一応『心』というものを持っていたんだろうか?
引退って意外と傷つけてしまったか?
「おい…。」
「…大蛇森先生、安室ちゃんのこと知っているんですか!」
は?
「いや、先生が若いアーティストを知っているなんて驚いちゃって!」
は?
「だって大蛇森先生は東京ブギウギの時代の人でしょう!」
「…生まれてねえわ!!」
まったくほんのちょっと、ほんのちょっと優しさをこいつに示した僕が愚かだった!
ああ、そうだ、こいつは傷つくなんて感情持ち合わせてなかった。
こいつの心臓は毛が生えているどころじゃない、たわしで覆われている、金たわしで覆われている、他人を傷つけまくる心臓だったことを忘れていたよ!



「大蛇森先生、今お時間よろしいでしょうか?」
チンチクリンから避難してきた僕の前に現れたのは、おお、入江先生!
ああ、今日も神々しい…白衣の核兵器に汚染された僕の繊細な心を浄化していく…。

「何だろう?」
「すみません、お願いがありまして。」
「お願い?」
な、何だろう。入江先生に改まってされるお願いだなんて。
もしかして…もしかして…。
離婚届の証人欄に署名してくれないか、とか?
とうとう先生もあの制御不能の魔獣を見離す決意をしたとか?
そんなお願いだったら365日、24時間いつでもOKさ!

先生がいつ、突然離婚する気になってもいいように、すぐに届を出せるように、医局の机の中と鞄の中に僕は離婚届を持ち歩いているんだから!万が一書き損じてもいいようにそれぞれ5枚セットでね!

そしてそのまま、パートナーシップ申請書を出しに行こうじゃないか。
先生が住んでいる世田谷区で同性パートナーの申請を受け付けているよ。
世田谷区役所までの道順はバッチリ暗記しているから任せてくれたまえ!

離婚及びパートナーシップ申請に使うために僕は10万円の万年筆も合わせて持ち歩いている。
ああ、今日、とうとうこの万年筆の出番到来なのだろうか!

「ちょと待っていてくれたまえ。今書類と万年筆を…。」
「書類?万年筆?」
「いや、必要だろう?」
「いえ、先生で準備していただくものはありません。」
何ていうことだろうか!
入江先生が全て準備してくれたということか。

************

「あとは先生がこちらに署名をしてくれれば。」
「ああ、分かったよ。でもこんな重要な書類に製薬会社から貰った安いボールペンでいいのかい?」
「使う道具は関係ありません。大事なものは気持ち、それだけです。」
「入江先生…。」
「大蛇森先生…。」

************

「じゃあ、どこにサインを?」
「サイン?いえ、お願いしたいのはモデルなのですが。」
「モデル?」
「はい。大蛇森先生の似顔絵を描かせていただきたいんです。」

何だ、離婚届じゃないのか。でも待て、似顔絵?
今、僕の似顔絵って言ったか?

「僕の顔を、入江先生が描くってことかい?」
「はい。すぐに終わらせますから。」
入江先生の手には鉛筆と使用済みコピー用紙(何てエコ精神にあふれた先生)。


************

「先生の似顔絵を描いて、いつも持ち歩きたいんです。」
「何なら写真を渡そうか?」
「いいえ。僕がこの手で、線の一本、一本に心を、愛を込めて描きたいんです。それが僕の…。」
入江先生は僕をじっと見つめて言う。
「僕の気持ちです。」
「入江先生…。」
「写真だとあのつ、つ、つ…。」
言いかけて過呼吸症状を起こす入江先生。僕はその背中を優しくさする。
「無理して妻と呼ばなくていいんだよ。」
「ありがとうございます。あの魔獣にばれてしまいます。きっと先生の写真をビリビリに引き裂くでしょう。そんな蛮行に僕は耐えられない!」
「ありがとう、君のためならば写真を破かれても平気さ。僕の顔がズタズタになっても僕のこの熱い気持ちは変わらない。ほら、触ってごらん。」
入江先生の手を僕の心臓へ導く。
「聞こえるだろう、愛の鼓動が。」
「はい、先生…。」

************


「もちろんだとも!!さあ、どんなポーズを取ろうか!」
秘めたる僕たちの愛、さあ、今こそ溢れさせようじゃないか!
ハッ!もしかして、ヌード?ヌードかい?
ど、どうしよう…ヌード…。
いや、そんなこと問題ではない。
だって間もなく僕と入江先生は一糸まとわぬ姿を見せ合う関係になるのだから。
それが少し早まっただけさ。

「あ、そのままでいいです。自然な感じがいいので。」
「…自然ね、OK。」
ということは着衣モデル、か。僕は脱ぎかけた白衣を再び着る。
でも、いい。その後、僕と入江先生は絵を通して医局で愛を深めあったのだから…。



「トリック・オア・トリート!」
「はあい、塗り絵ですよ。」
小児病棟のプレイルームでは、ハロウィンの合い言葉を口にした患児たちに、魔女の帽子をかぶった琴子が塗り絵を渡して行く。
お菓子をあげたいところだが、食べられない子たちも多いから塗り絵を配ることにした。

「みんな、楽しんでね。」
「はあい!」
こういうイベントに琴子は打ってつけだ。乗りやすいから子供たちもつられて楽しんでくれる。

「あ、入江先生だ!」
俺もちょっとだけ仮装(ドラキュラのマントをつけただけ)をしてプレイルームに入った。小児科担当としてこれくらいはやらないと患児たちの心はつかめないからな。
「先生もドラキュラ!塗り絵もドラキュラ!」
患児の一人が塗り絵と俺を交互に見比べる。
「こらこら、気持ち悪いドラキュラと入江先生を一緒にしたらだめでしょう?」
琴子がめっと笑いながら患児たちを睨む。
「それにしても、大蛇森をモデルにしただけでこんな風に描けるのねえ。さすが入江くん。」
「まあな。」
本人にばれたら困るのでだいぶデフォルメしたのだが、琴子にはバレた。やっぱり天敵の目は誤魔化せなかったか。

「あと、何で相手が怪獣なの?」
「怪獣は子供が好きだろ。」
「そりゃそうだけど。」
そこまで話したら、患児に呼ばれて琴子は行ってしまった。

「ねえ、先生。」
「ん?どうした?」
女の子が俺のマントを引っ張った。
「この怪獣、女の子なの?」
「よく分かったね。」
「だってお目目がパチパチしてるもん。」
ドラキュラと戦っているのは怪獣だ。その怪獣の目はクリッと大きく、まつ毛をはやしてみた。
「この怪獣、すごく優しそう。あたし、好き。」
「そっか、嬉しいな。」
俺は身をかがめてその子が塗り絵をする様子を見つめる。そして声をひそめて言った。
「先生も、この怪獣が大好きなんだ。だから可愛くしてあげてくれるかな?」
「うん!」
…モデルが琴子なのは本人には内緒な。



☆☆☆☆☆
ノーベル平和賞が発表されると、ああ今年も書こうかなと思うのです。


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コメント

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待ってました!
大蛇森先生シリーズ大好きです💕
最近また、過去の作品を拝見させていただいています☺選び切れませんが、「君がため」が一番大好きな作品です!
これからもステキな作品楽しみです!!

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