日々草子 入江法律事務所 54

入江法律事務所 54

更新が空いてしまって申し訳ありません。
コメントのお返事もできていなくて申し訳ありません。
多くの皆様が同じだと思いますが…夏バテです。
今年の暑さは体にこたえる…年を取った証拠なのか(涙)
皆様もお体に気を付けて下さいね。

☆☆☆☆☆







「そろそろ見ておいた方がいいか。」
「見るって、何をですか?」
入江直樹がポツリと呟いた言葉を、相原琴子は聞き逃さなかった。
「俺とお前の新居。」
「新居?」
「結婚したら住む所だよ。」
「まっ」と琴子は頬をポッと染めた。
「そりゃあ、そうですけれど…いや、先生から言われると生々しいといいますか、何といいますか。」
「誤解される言い方はやめてくれ。」
生々しいって人聞きの悪いと直樹は琴子を睨む。が、琴子はその視線に気づくことなく「いやあん」と座っている椅子をクルクルと回している。

「そうだ、先生にご報告が。」
「何だ、怖いな。」
「そんな怖いことじゃありませんよ。」
トトトと琴子はつま先立ちで直樹の側に寄って来た。
「ジャーン、これ、これ!」
琴子は胸元を直樹に突き出した。そこには綺麗なネックレスがあった。
「どうしたと思います?」
「俺以外にこんなもんをお前にやる人間はいないはずだが?」
「そんな人間がいたら今すぐ殴りに行ってやる」と続きを思わず小声で呟く直樹だったが、琴子の耳には届かなかったらしい。
「これ、先生のおかげで手に入ったんです。」
直樹の嫉妬心に全く気づかずに、琴子は後に隠していたものを直樹の顔の前に出した。
「これって。」
「そうです、先生が買ってくれた雑誌ですよ。」
それは直樹が間違えて買った『べんぴの森』という雑誌だった。
「先生が買ってくれたものだから、大事にしようと思って。それで隅々まで読んだんです。」
「あんなもんでも俺が買ったから大事にするのか。」
可愛い奴だと思わず頬が緩んだ直樹であったが、
「それでせっかくだから元を取ろうと。」
「何だかセコいな。」
と、その気持ちに水を差された気がした。
「それで、プレゼントに応募したんです。そうしたら、何と、これが当たっちゃった!」
再び「バーン」と琴子はネックレスを直樹に突き出した。
「それだけじゃないんですよ。ほら、見て下さい!」
該当ページをめくり、琴子は直樹の机の上に出した。
「書いた感想が採用されちゃった!」
「…そりゃあ、採用されるだろうな。」
感想の内容はいたって普通であったが、直樹の目はペンネームに止まった。
「“べんぴの花嫁”って…お前、もう少しまともなペンネームはなかったのか。」
「え?あ、そっか!まだお嫁さんになってなかった!」
ハッとした顔で琴子は手に口を当てた。
「やだ、私ったら。図々しかったですよね?やだ、もう!先生、嫌いになっちゃいました?」
「いや、そこじゃなくて。」
やっぱり可愛い奴だと笑いをこらえながら直樹は言った。
「お前が花嫁を名乗ろうが新妻を名乗ろうが全く俺は構わないが、よりによって“べんぴの花嫁”って…年頃の娘が自ら便秘を名乗るって!」
「先生ったら、年頃の娘だなんて!」
「やだ、もう」と琴子は直樹の肩をパシッと叩いた。
「先生、おじいちゃんみたいなこと言わないで下さいよ!」
「…もう、お前は何でも勝手に名乗っていいよ。」
付き合っていられないと、直樹は大きな溜息をついた。



そういうことで、その週の休日。二人は待ち合わせて不動産屋へと向かった。
「そうですか、ご結婚が間近と。それはおめでとうございます。」
笑顔で担当者に言われ、琴子は「ありがとうございます!」とお礼を言った。
「それで、ご希望はどのくらいの広さを?」
「そうですね。そんなに広い所は望んでいないのですけれど。」
人差し指を唇へ当て「うーん」と琴子は考えた。
まあ2LDKくらいかなと隣で直樹が考えていると、
「…三畳一間くらいで。」
「は?」
「はい?」
琴子の言葉に、直樹と担当者は同時に聞き返した。
「三畳一間で、お風呂はなくてもいいです。その代わりに近所に銭湯があれば。二人で通って、“おーい、上がるぞ”“はあい”って声をかけあって。帰りは赤いマフラーを二人で一本巻いて体を寄せ合って歩いて…。」
「ええと…近くに神田川が流れている物件がいいですかね?」
「ええ、よくおわかりで…。」
「2LDKのマンションをお願いします!」
これ以上琴子の妄想につき合わせるわけにいかないと、直樹は声を張り上げて割って入った。
「え?ああ、そうですね。新婚さんにおすすめはそのくらいの広さですかねえ。」
我に返った担当者はパラパラとファイルをめくり始めた。



「こちらはいかがでしょうか。」
二人が案内されたのは、新築マンションだった。
「お家賃もさほど高くありませんし。広さも2LDKです。」
「わあ、素敵!」
適度な広さのリビングを琴子はパタパタと歩き回る。
「三階かあ。エレベーターもあるし。」
そしてキッチンを見る琴子。
「キッチンはIHヒーターで安全ですよ。こちらには食器洗浄機も。」
「うわあ、最高。」
撫で回し、琴子は目を閉じた――。


「先生、夕食できましたよ!」
「今夜は何だ?」
書斎から出て来た直樹が、いそいそとダイニングテーブルに着席する。
「今夜のメニューは…これです!」
バーンと琴子が出したのは、北京ダック!
「入江家の味ですもの!」
「俺はいい嫁をもらったな。」
「嬉しい、先生!」


「え!北京ダックがご家庭の味なんですか?」
琴子の口から漏れ出る妄想を聞いた担当者がギョッとした顔で、直樹を見た。
「家庭で出たことは一度もないです。」
「じゃあ、お料理が得意でいらっしゃる…。」
「妄想の中では。」
琴子はそこに置いておいて、他の部屋を見たいと直樹は案内を頼んだ。

直樹の書斎にぴったりの部屋、寝室にぴったりの部屋ときゃあきゃあ騒ぎながら琴子は見て回った。
「バスルームがこちらです。」
「わあ、ここも素敵!」
マンションだからさして広くはないが、それでも使いやすいことは分かった。
「うわあ、ここで暮らしたら…。」
ポワワンと琴子の妄想が広がり始めた――。


「先生、お湯加減はいかがですか?」
「ああ、ちょうどいいよ。」
「よかった。あ、お背中流しましょうか?」
「いいのか?」
「はい、もちろん!」
「じゃあ頼む。」
バスルームは二人が入っても大丈夫であった。
「それじゃ」と腕まくりをした琴子は、ゴシゴシと直樹の背中をこすり始めた。
「おいおい、もっと力を抜いてくれ。」
「ごめんなさあい。でも先生の背中って大きいですね。」
「そうか?」
「はい。すごく安心する感じ…。」


「…お前、妄想の中だとすごい積極的なんだな!」
浴槽にすっぽりと入って、目を閉じて妄想を垂れ流す琴子に直樹は声をかける。が、聞こえている気配はない。
「現実にもそれだけ積極的になってくれたらいいけどな。」
まあ、どうなることやら楽しみだと直樹が思っていると、
「いかがでしょうか?」
と、担当者が声をかけてきた。直樹は慌ててバスルームのドアを閉める。
「あのう、婚約者の方は?」
「ああ、ちょっと詳しく見たいからと。」
ドアの向こうで相変わらずブツブツと妄想を呟いている琴子を気にしつつ直樹は誤魔化した。あまりに妄想がすごすぎると、危険人物として貸してくれる物も借りられなくなるかもしれない。後ろ手で直樹はドアをパタンと閉めた。
「あれ?先生?」
ちょうど妄想が中断したのか、琴子がドンドンとドアを叩いた。
「お連れ様、ドアを叩いていらっしゃるようですが?」
「あ、いや。ドアの強度を試しているみたいです。」
「先生?先生?」
「お連れ様が呼んでいらっしゃるような?」
「バスルームでどれほど声が反響するか試しているのでしょう。」
直樹としては妄想する琴子は好きだし、見ていると飽きない。しかもそれが自分と戯れている妄想だと思うと嬉しくなる。だからそのままにしておきたい気持ちもあり、この場を離れようと担当者を促してベランダに向かった。

「ふうん…まあ、悪くないか。」
先ほど琴子が感嘆の声を上げたように、悪くはなかった。前に遮る建物もないので日当たりもいいし、覗かれる心配もなさそうである。
「先生、どうですか?」
妄想が一段落した琴子が笑顔でやってきた。
「悪くないかな。」
「そうですよね。」
もちろん二人は他の物件も見て回る予定である。が、一軒目がなかなかいい物件だったことはラッキーだった。
「ん?」
ふと直樹は横を見た。
「あそこに階段…外階段か。」
「ああ、そうです。」
エレベーターの他に非常階段が当然ある。それが外階段となっていることが気になり、さらにもう一点。
「そこの階段から雨どいに足が届きますね。」
「え?」
確かにその通りであった。
「危ないな。」
「危ないって?」
キョトンとした顔で琴子が直樹を見た。
「外階段からその雨どいに飛び移られたら、この部屋への侵入は簡単になる。」
「いや、そんなことする人います?」
「その油断が泥棒に入られることになるんだ。」
直樹は「ここはパスだな」と言った。
「そんなあ。まだ決めるのは早いと思いますけれど。」
「いや、危ない。」
「大丈夫ですよ。ちゃんと戸締りすれば。」
「戸締りなんて限度があるだろ。」
「そりゃそうですけれど。」
「俺がいる時ならまだしも、お前一人の時はどうする。」
「先生が出張でいない時とか?」
「そうだよ。この部屋でお前が一人でいると思っていたら不安で仕事にならねえよ。」
「大丈夫ですよ。心配しすぎ。」
「お前に何かあったら俺はどうすればいいんだ。」
「はあ…そこまで言われると、そうですねえ。」

―― この人、すごい愛されているんだなあ。
二人の会話を聞きながら、不動産屋はポカンと口を開けて琴子を見ていた。
―― さっきから、出張中一人にしておけないとか、すごいこと言われてるのに…肝心の本人が全く気づいていない!
弁護士とそこで働く秘書(琴子がまたもやパーガールと言いそうになったのを、直樹が寸でのところで秘書と言った)と言っていたが、羨ましいくらいの熱愛ぶりである。

「はあ…もっと先生に信頼されるよう、しっかりしないとなあ。」
そして肝心の愛されている本人は、自分が頼りないから無駄な心配をさせていると思い込んでいる。
「次行きましょうか。」
もうここは無理だろう。担当者は次の物件を案内するために、玄関へと向かった。
「今度もいい物件ですよ。」
「どんな物件でしょうね、先生。」
「そうだな。」
まだまだ結婚への準備は始まったばかりである。




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そういえば……

バスルーム妄想琴子ちゃんを担当さんから守る(?)くだりを読んでて思い出したのですが、このお話も元はギャグだったんですよね。お嬢の登場で忘れてました(^-^;
直樹のこの調子だと新居巡りはとんでもない件数になりそうな気が。今から担当さんに胃薬とユ●●ルを差し入れておきましょうか(笑)

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ちっちぽっぽさん、ありがとうございます。

いえいえ、とんでもないです。
コメントはどんなタイミングでも嬉しいです。ありがとうございます。
入江先生、こんなに婚約者を愛しているのに全然通じていないところが哀れです。
自分で完璧な家を建てる…鉄腕ダッシュか笑
この二人も結婚までカウントダウンとなったのに、続きを書いていなかったなと思って書いてみました。
二人の意見が一致した家が見つかるかどうか楽しんでいただけたらいいなと思っています。

紀子ママさん、ありがとうございます。

いえいえ、こちらこそ遅くなって申し訳ありませんでした!!
それなのに受け入れて下さってありがとうございます。
え!?あの歌ってそれ以降に生まれても知っているかと思ってました!この間これをテレビで聞いていた母が「これもいわゆる一発屋…」と呟いていました。そう言われてみると「精霊流し」を歌っている人に比べてこの一曲しか私も知らないような。
いや、時代を経て聞くとどん引きするものってありますよ。
私も懐かしき冬のソナタを最初に見たときは「サンヒョク可哀想に」と思ってましたが、再放送を見たときは「失恋して会社辞めるって…」とドン引きしてました。そして母にいたっては「この時のヨン様のファッション、今思うとすごいわね」と言ってました。
そういうものなんですよ!

りょうママさん、ありがとうございます。

ようやく新居探しまでこぎつけましたよ。
いやあ、本当に相原パパが邪魔してましたからね。
気が変わらないうちに籍だけでも入れておけばよさそうですが、一応段階を踏むところが入江先生らしい。
入江くん、そりゃあ妄想が現実になったらと願わずにいられませんよね。
早くその時が来るといいですよね!

shirokoさん、ありがとうございます。

確かに、親戚のおばちゃんですよね。
いつこの二人は結婚してくれるのだろうかとか。
やっと新居探しが始まり、次は式場でしょうか?
入江先生の過保護ぶり、まったく通じていませんよね。琴子ちゃんは自分がしっかりしていないからだと思っているけれど。
この分だと泊まりの出張でも日帰りしてきそうな勢いです。
そういえば琴子ちゃんは結婚後も仕事を続けるのでしょうか。それとも家庭に入るのか…。

よしぴぃさん、ありがとうございます。

お久しぶりです!覚えていて下さってうれしいです。
そしてコメントもありがとうございます。
バスルームで妄想を繰り広げる琴子ちゃん…そうなんです、このシリーズはギャグだったんですよ。
ちょっと法律事務所だったらと軽い気持ちから書き始めたものでしたが。
お嬢が出てくるとどんなコメディもシリアスになるものですね。
いやいや、この不動産会社はだめだと渡り歩きそうです。

マロンさん、ありがとうございます。

琴子ちゃん、いつからそんな設定になったのと思うのだけれど、私がそんなこと書いたからですよね笑
なんだかんだ、入江先生からもらったものはどんなものでも大事にしているのです。
お部屋探し、いつまで続くことやら。
でもそれも可愛らしいなあと書きながら思っていました。
私が住んでいる所は、昨日暑かったと思ったら今日は涼しかったりと、体調管理が大変な気候です。
マロンさんもどうぞご自愛下さいね。

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プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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