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2017.06.04 (Sun)

猫神家の一族 22


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「養子」という言葉を聞いて、犬子と猿子は「何ですって?」という顔をした。どうやらこの二人も知らない事実だったようである。
一方琴子は、それは本人の前で口にしていいことなのか心配で、啓太と直樹の顔を交互に見やった。
「知っているから、こういうことに及んだんだ。」
琴子が言いたいことが分かった直樹は、そう答えた。
「…そこまで調べたということは、あの人に会ったのかしら?」
直樹に核心をつかれたことで覚悟ができたのか、雉子は先ほどまでの取り乱していたことが嘘のように、とても落ち着いていた。
「はい。」
「そう。あの人、あなたに全部喋ったということね。」
乱れた襟元を直し、雉子はしゃんと背筋を伸ばし座り直した。それを見て啓太も座り直した。

「啓太の父親である鴨狩氏に会って話を聞いてきました。雉子さん、あなたは結婚してしばらくはとても大人しい方だったそうですね。」
「まるで今がとんでもないあばずれのような言い方。でも当たっているから仕方がないけれど。」
フッと雉子は笑った。
「鴨狩氏が言っていました。あなたは猫神の財産など気にしていなかったと。」
「嘘よ、そんなわけがない。」
犬子と猿子が睨むと、
「自分たちと一緒にしないでほしいわ。」
と、雉子は憮然と言い返した。
「父のことは憎らしかった。それは姉たちと同じでした。母を苦しめ生まれた私たちを邪魔者扱い。自分が作っておきながらひどい仕打ち。まるでいないかのように父は私たちに接していた。父親らしいことは何もしてくれなかった。ただ暮らしに困らないようにしてくれただけ。そんな父親と顔を合わせずに済む、ええ、この冷たい家から逃れられると結婚したのです。財産なんていらなかった、ただこの家と縁が切れればよかった。」
「でも、鴨狩さんと結婚したいってお父さんに泣きついていたじゃない。」
「それくらいしてくれたって罰は当たらないでしょう。それに姉さんたちだって一緒だったじゃないの。」
姉妹喧嘩が始まるかのようであったが、
「とにかく、あなたは猫神家に関心を持とうとしなかった。」
と、直樹が軌道修正をした。
「でも、突然あなたの様子が変わったと鴨狩氏が言っていました。それは桃太郎氏が鬼頭さちと結婚すると言い出した時だったと。」
「ええ、そうです。」
雉子が認めると、
「やっぱりあんたも財産が欲しかっただけじゃないの。」
「何を気取っているんだか。」
と姉たちが抗議する。
「鴨狩氏の話によると、あなたは鬼頭さちの話が出てきてもさして関心は持たなかったそうですね。」
「ええ、父が誰と結婚しようが構わなかった。いつまで相手に執心するか分からないし、私たちの母のようにすぐに相手にされなくなるかもしれないし。でも姉たちはそうじゃなかった。」
雉子は怒りたぎっている姉たちを見て言った。
「私を仲間に引き入れようとしたのです。それはもう、連日のように電話してきて。こんなことが許せるのかって。それでも猫神の娘かと。あまりにうるさいので付き合うことにしたのです。」
「私たちばかり悪者にしないでよ。」
「してないわ。その時から私も姉さんたちと同じ罪を背負うことになったのだから。」
雉子がキッと姉たちを睨み返した。その眼光は今までの雉子からは想像できないもので、姉たちは言いかけた文句を飲み込むほどだった。

「姉たちは財産を彼女に奪われぬよう、それはもう必死でした。私も歩調を合わせました。だけど、姉たちがあんなに酷いことを…さちさんに…。身ぐるみはいで外へ放り出して…ここへ戻ってきたら殺すくらいの勢いで…。」
当時のことを思い出したのか、雉子は唇を噛みしめた。
「勿論、姉たちを止めることのできなかった私も同罪です。それを黙って見ていただけ、いいえ、姉たちに加担したも同然でしょう。」
「…た、確かにあんたは黙って一緒にいただけだけど。」
そこは雉子の言う通りらしい。猿子が呟くと、犬子もばつの悪そうな顔をした。

「あなたは、それで鬼頭さち親子のその後を調べたのですね。」
「…姉たち、いいえ、私たちの魔の手から逃れ無事に暮らしているかどうか。それを確認したかったのです。無事に暮らしていればいいとだけ…。」
「でも違った。鬼頭さちは暮らしに困り、息子の祥平を手放して一人寂しく亡くなっていたことを知ったのですね。」
直樹の言葉に、雉子は頷いた。
「それであなたは忘れ形見の祥平さんを探し始めた。そして見つけて、養子にした。」
「何なの、それ。」
直樹の話を聞いた犬子と雉子が馬鹿馬鹿しいという顔をした。

「そしてあなたは鬼になることを決めた。」
「鬼?」
琴子が直樹を見た。鬼というと…琴子の脳裏に浮かぶものはあれだった。
「そう、お前が雉子さんの部屋で目にしたお守りだ。」
「ああ、おにこぼ…。」
「鬼子母神。」
「…きしもじん、ですね。はい。」
呆れる直樹の目から逃れるよう、小声でつぶやいた後琴子は体を小さくした。
「琴子さんが見たの…そう。」
雉子はそんな琴子を見て小さく笑った。
「琴子からそのお守りの話を聞いた時、今までばらばらだったものが俺の中で一つになったのです。なぜあなたが鬼子母神を信仰しているのか。寄進をするほどに。」
「ええ、入江さんのご推察通りです。」
雉子は懐からそのお守りを取り出した。
「啓太の素性を鴨狩氏は知らないようです。どこぞの施設から引き取ってきた子を、鴨狩氏も可愛がった。しかし、あなたは可愛がるだけではなかった。その時から関心を持たなかった猫神の財産を奪うために目を吊り上げるようになった。その頃から性格が変わったと鴨狩氏が言っていました。」
「その通りです。だから私たちは離婚したのですから。」
すっかり金の亡者と化した雉子に付いていけなくなったと鴨狩氏は直樹にこぼしていた。

「あなたは財産に取りつかれたという風に見せかけて、実は鬼頭さちの復讐をしようとしていたのでしょう?」
「雉子があの女の復讐を?」
「どうしてあんたが?」
「自分だけいい子になったつもりなの?」
ギャンギャンと吠える姉たちに、
「姉さんたちのように子供を産んで成長していれば、私だってそんなことしなかったわ!」
雉子がまさしく鬼の形相で言い返した。
「私、結婚してすぐに身籠って…でも流産したの。」
雉子がそこにまだ身籠っているかのように、視線をお腹に落とした。
「もう子供は望めないと言われた。もちろん、夫も知っていた。」
「それで養子を迎えようと思ったわけ?」
さすがに声の調子を落とした猿子が問いかけると、雉子は首を振った。
「違うわ。別に子供はいらないと夫は言っていたから。そんな中、鬼頭さちさんの件が起きた。そして彼女は子供を手放して亡くなった。我が子と引き離される苦しみを私も少しは分かっているつもりだった。だからとてもさちさんのことを他人事とは考えられなかった。そうしたのは自分だったし。」
「この世に生まれることなかった我が子の代わりに、そして罪滅ぼしのために祥平を引き取り、鴨狩啓太として育てた。」
「はい。でも血がつながっていなくとも私にとって啓太は実の子同様でした。成長していく啓太を見て、罪滅ぼしどころか自分は何と非道なことをしたのかと思うようになっていったのです。罪にさいなまれるようになったのです。こんな、こんな可愛い息子の成長を見られず彼女はこの世を去った。どれほど非道なことを私はしたのかと。」
「それで猫神の財産を啓太が得られるよう全力を注ぐことを決意したのですね。」
「そうです。父とさちさんが結婚していれば、財産は啓太にいくものだったのですから。そうすることだけが、せめてもの鬼頭さちさんへの償いだと思ったのです。だから私は何としてでも、猫神の全財産を啓太が相続できるようにしようと決めたのです。そのためならば鬼にも夜叉にもなれました。」
ここで直樹は琴子の顔を突然見た。琴子が何事かと思うと、直樹はその視線を啓太へと動かした。啓太は直樹が何を言いたいのか分かったらしく、その視線を反らした。
「…啓太は琴子に惚れていますからね。」
なぜなそういう直樹の顔は苦虫を噛み潰したような顔であった。
「ええ。それを薄々感じていたところで、あの遺言書です。最初は琴子さん一人が財産を独占するのかと憤慨してあのようなことをしましたが、落ち着いて聞くと彼女と結婚すれば啓太も相続できる。一石二鳥だとひそかに喜んだものです。」

「初めから、二人が共謀して犯したことではありませんでしたよね?」
そのことにはそれ以上触れず、直樹は話題を変えた。
「私は金之助さんを手にかけて、口に団子を入れました。団子を入れるだけが精いっぱいでしたから。だけど築山に顔が乗せられていたと聞いた時は…。」
「それをやったのが啓太ですね。」
「…そうだ。」
啓太が絞り出すように答えた。
「東馬を湖に沈めたのも。」
「俺だ。東馬に呼び出されたお袋の後をつけた。お袋は隙を見て東馬の首を絞めた。そのままにして逃げていくのを見届けて、俺がボートに乗せて湖に…。」
「自分がやったと言えるように。」
「ああ。」
「何でそんなことを」と雉子が息子を見つめる。
「俺が養子だということは戸籍を取り寄せたときに知った。お袋に聞いた時も正直に言ってくれた。俺の母親が鬼頭さちで、父親は爺さんだと思っていた猫神桃太郎だと。そしてお袋は自分が鬼頭さちにしたことを全て話してくれた。それを悔やんで俺を幸せにしようとしていると。その言葉に嘘がないことは分かった。」
「だけど」と啓太は直樹を見上げた。その目は力強いものがあった。
「俺は復讐をしたかったわけじゃない。その逆だった。お袋がそんなことをするのを止めたかった。俺は財産なんて欲しくなかった。でも俺のことを思ってのお袋の行動も止められなかった。」

「だから、自分が罪をかぶろうとしたわけか。」
直樹はそういうと、突然啓太の前につかつかと歩み寄った。何をする気かと見上げる啓太の覆面を、直樹は強引にはぎ取った。
「きゃあ!」
誰が発したか分からない悲鳴が響く。覆面の下からは焼けただれた顔が出て来た。
「入江さん、やめて!」
いくら何でもひどいと琴子が直樹を止めようとした。が、直樹はそれすら無視した。そして無言で今度はその傷に手を触れる。
「入江さん?」
更に驚くことが琴子の前で起こった。何と、その傷がベロリとめくれ上がったのである。ビリビリという音が聞こえた。
「え、どういうこと?」
直樹がめくった傷の下からは、元の端正な、意志の強さを示す凛々しい啓太の顔が表れたのであった。

「…ばれていたのか。」
「どうしてこんなことをしたんだ?」
作り物の傷を手に、直樹は啓太を問い詰める。
「顔がこんなになったと分かれば、お袋もあきらめてくれると思ったんだよ。」
啓太が肩を落として言った。
「もう猫神を継ぐこともできない、そう思ってくれれば…お袋は自由になれると思ったんだ。」
「啓太、どうしてそこまで。」
息子の顔が無事だった安堵と、どうしてそのような真似をということが入り混じった複雑な表情で雉子が啓太に詰め寄った。
「俺は…確かに実の母親が受けた仕打ちは酷いし許せるものじゃない。でも、それを忘れるくらいに猫神雉子という母が俺に愛情をくれたんだ。お袋は毎年命日には、鬼頭さちのお墓に花を上げてくれた。それでもう十分だったんだよ…。」
「啓太…。」
啓太の言葉に雉子は泣き崩れた。

「…鬼子母神はずっと罪を背負って生きていく。その苦しさはいかがなものかというお前の言葉そのものだな。」
もらい泣きをしている琴子に、直樹が言った。
「それで俺はこの事件の真相に確信を持てたんだが。」
「…あまりに悲しすぎます。」
そう言い、琴子はハンカチを貸すために雉子の傍へ寄った
雉子はそれを受け取りながら言った。

涙を拭き終えた後、雉子は懐から煙管を取り出した。
「警察へ行く前に一服させていただくわ。しばらくは吸えないでしょうから。」
「え?」
直樹の顔色が変わった。
「もしや?」
直樹の中に悪い予感が生まれた。もしや?
「雉子さん!」
直樹は止めようとした。が、遅い。雉子は煙管を唇へと近づける――。

「へぷしゅん!」

雉子の隣にいた琴子が、奇妙なくしゃみをした。その拍子に煙管が雉子の手から落ちた。
「あ、ごめんなさい!」
慌てて琴子がそれを拾おうとすると、
「触るな!」
という直樹の声が飛んだ。
「それは毒だ。」
「ええ!」
出した手を琴子は慌てて引っ込めた。ハッとなった刑事が急いで煙管をハンカチで拾い上げた。
「…最大の誤算は、琴子さんが入江さん、あなたをここへお連れしたことですわね。」
雉子は弱々しく微笑んだ。
「三人も手にかけたのです。あのまま死なせてくれればよかったのに。」
「早まってはいけません。」
「でも。」
「まだ生きています。」
「生きている?」
何を直樹は言っているのかと、怪訝な顔を雉子はした。それは琴子たちも同じだった。
「入江さん、生きているって…?」
「東馬、金之助は生きています。」
「ええ!?」
琴子は悲鳴のような声を上げた。

「い、い、生きているって?」
目を白黒させる琴子に、直樹は続けた。
「危ない所だったが、二人とも生きている。さすが、百歳を超えて生きた猫神桃太郎の孫だ。しぶとさを見事に受け継いだらしい。」
「本当に?」
「本当です。」
刑事が直樹の話を引き取った。
「入江さんがおっしゃる通り、あと少し遅かったらお陀仏でしたが、瀕死の状態というところで二人とも、つい先日意識を取り戻しました。」
「あの状態で、よくまあ…。」
驚きのあまり口を押える琴子に、
「まあ、生命力のすごさだな。想像を超えるのが人間のいいところかもしれない。」
と直樹が微笑んだ。
「入江さんの手当てが早かったから。」
「いや、雉子さんが寸でのところでためらいを見せたからかもしれませんよ。」
生きていることを言うと、また狙われるかもしれない。犯人を泳がせる意味も込めて三人のことは伏せておくようにと刑事に頼んだのも直樹だった。

「生きていた…東馬!」
「金之助えええ!!」
犬子と猿子が息子の生存を喜びむせび泣いた。
「…あなた方も、これで分かったでしょう?」
直樹の静かで、だが厳しさを含んだ声が二人に向かって放たれた。泣きながら犬子たちは直樹を見た。
「我が子を失って初めて、自分たちが犯した罪を理解できたのではありませんか?」
直樹の言葉に、犬子と雉子はようやく自分たちが犯したことの大きさを理解したらしい。愚かさを認めたのか何も言い返すことなく、俯いた。その様子にあの激しさはどこにも感じられなかった。
「ずっと憎んでいたあなたたちの父親、桃太郎氏が息子たちを守ってくれた、そう考えることはできませんか。」
犬子、猿子、そして雉子を順番に直樹は見て、言った。


「ついでだが、大蛇森弁護士も生きているからな。」
「何ですと!?」
まるで生きていては悪いかのような琴子の言い方に、「やはり本当は」と刑事が再び疑いの目を向ける。
「だってあの人は猫神の血は引いていないからしぶとい生命力のはずは…。」
「引いていなくてもしぶといんだよ。」
「まあ、それならよしということで。」
「憎まれっ子世に憚るってことだ。」
「はあ、そういうことにしておきますか。」
二人の会話を聞きながら、何だか大蛇森弁護士が気の毒になる刑事であった。




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