日々草子 猫神家の一族 16

猫神家の一族 16

続きを待っていて下さる方、お待たせして申し訳ございませんでした。

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汽車に揺られながら、琴子は向かいに座っている直樹の表情をうかがった。
「あの、入江さん。」
「何だ?」
窓の側に肘をついて考えごとをしていた直樹だったが、一度の呼びかけで琴子を見た。
「東京に行くのって、今回の事件の関係ですよね?」
「ああ。」
「それで、どうして私も?」
自分が付いて行ったら、足手まといになるのではないかと琴子は心配していた。
「あの屋敷にお前一人を置いておくわけにいかないだろ。」
当たり前のように直樹が言う。
「もう二人も被害に遭っているんだぞ?猫神家の財産が絡んでいることは間違いない。ということは、お前だって狙われるってことだ。そもそも、一度お前は狙われただろ?」
「ああ、そんなこともありましたね…。」
あんなに危ない目に遭ったというのに、まるで他人事のような琴子であった。しかも遠い日のような気さえしてくる。
「ったく、お前って奴は。」
ちっとも危機感を覚えていない琴子に、直樹は溜息をつく。やはり連れて来て正解だったと思う。

「それでどちらに泊るのでしょう?」
琴子は話を変えた。
「どちらって、うち。」
更に何を聞いて来るのだと、直樹は溜息をまたついた。
「うちって、入江さんのお家ですか?」
「そう。」
「どうして?」
「どうしてって、何で家があるのに違う所へ泊る必要があるんだよ。」
他人事のようだったが、やはり事件は琴子に影響を及ぼしており、それで頓珍漢なことを口にしているのかと直樹は心配になってきた。
「私もですか?」
「ああ。」
「嘘!」
琴子はそんなことになるなんてと、真っ青になった。
そんな、直樹の家に泊ることになるなんて。いや、直樹は自宅へ泊ることは分かっていたが、自分はどこかの旅館にでも泊るのだろうと考えていた。
思わず、琴子は自分が着ている服を見た。一応、ちゃんとした格好である。チェック模様のワンピースはお気に入りのものだ。こんな状況でおしゃれをするなんて不謹慎だと思ったが、直樹に恥をかかせぬように選んできた。
が、それでも直樹の家族、特に女性に厳しいと以前話していた母親にはどう見えるだろうか。服が可愛くてもと、琴子は窓に映る自分の顔を見る。並んでいる直樹の横顔と比べ何て平凡なのだろうか。

―― あなたが相原琴子さん?
直樹の母だけに、美しい顔立ちの女性が琴子をジロジロと見る。
―― こんな平凡な顔に、うちの優秀な息子はこき使われているというわけね。
―― す、すみません。
―― はあ!まったく、こんな顔に顎でこき使われる息子が哀れだこと!
―― あ、顎でこき使うなんて、決してそのようなことは!
―― 大体、あなた、本当に女性なのかしら?
―― へ?
―― そんな顔をした、つまらない女性がこの世にいるなんて私には信じられないのよね!あなた、本当に女性?ねえ、そうなの?ねえ、ねえ!

「起きたか。」
いつの間にかうたたねしてしまったらしい。目を開けた先にいるのは直樹だった。
「すみません、寝てしまって。」
「ずっとあの屋敷で緊張を強いられてきたんだろう。離れてホッとしたんだ。まだ寝ていていいぞ。」
直樹は優しかった。
「あの、入江さん?」
琴子はおずおずと口を開いた。
「私…女性に見えます?」
「…は?」
今度は何を言い出すのだろうと、直樹は思った。
「私、女性に見えますか?私、女性ですかね?」
「…実は男だったと言われたら、さすがの俺もどうしていいか分からない。」
「証拠、証拠ってどう見せれば女性だと?」
「いや、証拠をここで見せられたお前、警察に連れて行かれるかと。」
本当ならば怒鳴るところだが、想像を上回る琴子の行動に直樹は静かに言うしかなかった。
―― やはり、気が動転しているのだろうか。
連れて来て正解だったと、直樹は思った。



東京駅から、違う汽車に乗り換えた。琴子にとっては久しぶりの東京である。父が船に乗る前まで住んでいた東京。その余韻に浸る暇は今はない。

ようやく汽車を降り、駅を出たらそこは閑静な住宅街であった。直樹はズンズンと歩いて行く。琴子も鞄を手に後を追いかけて行った。
「うわあ、お屋敷ばかり。」
空襲でこの辺りはやられなかったのかと思いながら、琴子は屋敷の数々を眺める。やはり入江家は上流階級なのだろうなと、不安になり始めた。

「随分長い塀ですね。」
屋敷が途切れ、塀が続いていた。
「お寺ですか?それとも墓地かな?」
「お寺と墓地は同じようなもんだろ?」
「そうですか?」
やがて塀が途切れた。
「あ、家か…え?ここが?」
途切れた先は門扉で、『入江』という表札がかかっていた。呼び鈴を直樹が押した。
「そ、そんな。まだ心の準備が…。」
ブツブツと琴子が呟いていると、門の中、屋敷からエプロンを付けた女性が駆けつけて来た。
「直樹様、お帰りなさいませ。」
「ただいま。」
どうやら女中らしい。女中が開けた門扉を直樹がくぐる。琴子はどうしたものかと迷っていると、
「おい、早く。」
と直樹が呼ぶので、女中にペコリと頭を下げて門の中に入った。

「直樹様、お帰りなさいませ。」
屋敷の玄関では執事らしき男性が直樹を迎えた。
「ただいま。」
「お客様が…。」
執事が困ったように、直樹の後ろを見た。琴子が玄関でモジモジしている。
「何をやってるんだ。」
「いや、私はこんな立派なお玄関じゃなく勝手口から…。」
「客が勝手口から入る家が、どこにある。」
直樹は強引に琴子の手を引いた。
「ったく、いつもの調子はどこへ行ったんだ。」
「いつもって、そんな。」

「まあ、玄関が賑やかだと思ったら。」
二人のやり取りを、女性の声が止めた。
琴子が見ると、階段をゆっくりと女性が降りてくる。一目で上等な仕立てと分かる女性は美しく、直樹と似ていた。そして思ったより若かった。この女性が直樹の母親だと琴子は一目で分かった。

「お帰りなさい。」
ニッコリと直樹の母が微笑んだ。
「ただいま…といっても、またすぐあちらに戻ることになるけれど。」
「ええ、事件のことはこちらの新聞でも報道されていますから。まだ解決していないことは分かっていますよ。」
厳しいと聞いていたが、そのようには見えない。いや、息子には優しいことは当たり前だ。
「あら?もしかして、そちらのお嬢様は?」
直樹の背後に立っている琴子に、母が気付いた。
「…相原琴子さんね?」
母は琴子の名前を知っていた。
「は、はい!相原琴子と申します!」
弾かれたように琴子は腰を深々と曲げ、挨拶をした。
「まあ、思った通りのお嬢様!」
その声に、琴子は恐る恐る声を上げた。思った通り、思った通り。琴子の頭の中にその言葉が繰り返される。やはり自分のような女性に見えない者が大事な息子を…。
「可愛らしいこと!」
しかし、母は満面の笑みを浮かべている。琴子を本当に愛しそうに見つめている。
「ご連絡をいただいた時ね、絶対このお嬢様は素敵な方だと確信したの!だから直樹を行かせたのですよ。」
「そうなの…ですか?」
「ええ!琴子さん…ううん!琴子ちゃんとお呼びしてよろしくて?」
「は、はい。」
「まあ、嬉しいこと!」
今にも琴子に抱きつきたいのを、母は我慢しているようだった。これは夢なのか。それとも、この言葉の裏に何か隠されて?いや、そんな様子は微塵も感じない。

「それで彼女もここに泊ってもらうので。」
「まあ、そんな!」
笑顔だった母の表情が困ったものに変わった。
それを見て、琴子はやはりそうだと思った。先ほどはいわゆる社交辞令というかお世辞のようなものだったのだ。
「困るわ…。お部屋が…。」
頬に手を当て困り果てる母。
その困惑は当たり前だと琴子は思った。今日初めて会った人間を家に泊めることができる家なんてあるはずがない。
「どこだっていいよ。」
「はい、そうです!」
直樹の言葉に間を置かず、琴子は声を張り上げた。その勢いに直樹と母は驚いた。
「あの、私はこちらの玄関で寝ても…あ、そうか。皆様にお見苦しいですよね。物置の片隅でも大丈夫です!」
高望みをしていないことを伝えようと、琴子は必死だった。
「あ、いえ!すみません。お宅に泊めていただくことが非常識ですよね。どこか、どこか宿を探して…。」
「まあ、そんなこと!」
母が琴子の言葉を止めた。
「違うのよ、ごめんなさいね。」
「部屋はいくらでもあるだろ?」
直樹が母を見る。
「ええ、それはありますとも。でもね、こんな可愛い琴子ちゃんを泊められる仕度ができていないってこと。もう、お兄ちゃん、連絡を入れてくれればたっぷりと仕度ができたのに…。」
何と、直樹は家に連絡を入れていなかったのである。つまり直樹の戻り自体が突然だった。
「普通のお部屋で申し訳ないけれど、いいかしら?」
「は、はい。」
「よかったわ。でも本当、可愛く飾り付けをしておきたかったのに…。」
まだ悔しそうな母であった。



居心地のよさそうな客間に通された後、琴子たちは居間でお茶をすることになった。
入江家は洋風であるが、成金がやりがちなゴテゴテとしたところは一切なく、おそらく母―紀子の趣味なのだろう。趣味のいい調度品に囲まれていた。
「そろそろ裕樹が学校から戻ってくる頃ね。」
「裕樹…さん?」
「ああ、お兄ちゃん、直樹の弟なの。」
そういえば年が離れた弟がいると直樹が話していた。
「ただいま…あ、お兄ちゃん。」
噂をすれば何とやら。詰襟姿の少年が居間に入って来た。
「裕樹、久しぶり。」
「戻ったの?」
裕樹は兄に非常に懐いているらしく、とても嬉しそうである。
「裕樹、お客様の前ですよ。」
「え?」
そこで裕樹は、漸く琴子の存在に気付いた。
「裕樹、こちらはお兄ちゃんがお世話になっている猫神様の所にいらっしゃる相原琴子ちゃん。琴子ちゃん、直樹の弟の裕樹です。」
紀子が琴子を紹介してくれた。
「はじめまして、相原琴子です。お兄様にはとてもお世話になっています。」
「本当にそうだね。」
裕樹の口ぶりは生意気そのものである。
「裕樹!」
「だってその通りでしょ?」
母に注意されても、裕樹は反省の色を見せない。
「まったく、お兄ちゃん!あなたからも注意しなさい!」
「大丈夫です、私は。」
琴子が笑って紀子に言った。それは嘘ではなく、猫神家のギスギスした人間関係に比べたら裕樹の態度は裏表なく、とても楽しいものに琴子は思えたのである。

「裕樹、手に持っている本は何だ?」
鞄とは別に裕樹が手にしている本を、直樹が見つけた。
「これ?これさ…」と言いかけ、裕樹はクククッと笑った。
「これ、シャーロック・ホームズのまがいもん!」
「まがいもの?」
「だって見てよ。まずタイトル、“シャックリ・ホームズ”。これからしてふざけてると思わない?」
「シャックリ…ホームズ…?」
その言葉に琴子の顔色が変わった。
「それでさ、ホームズの相棒。何て書いてあると思う?ワトソンじゃなくて、スンベロッチョって奴が相棒なんだ!」
裕樹の言葉に直樹が「ぶっ!」と盛大に噴き出した。
「お兄ちゃん?」
紀子が珍しいものを見ているように、直樹を見る。
「スンベロッチョ…やっぱり…。」
弟と同じ「クククッ」と笑いながら、直樹は琴子を見た。
「シャックリ・ホームズ…それ…私が読んでいたホームズ…。」
目に涙をため「ひどい」と直樹を見つめる琴子。
「まさか…こんな粗悪品にだまされる奴がいたなんて。」
裕樹はあんぐりと口を開け、琴子を見ていたのだった。溜まらず直樹が腹を抱えて笑い出したのは、言うまでもなかった。





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プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

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二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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