2017'04.24 (Mon)

猫神家の一族 15


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それから数日後、直樹と琴子は謎の男が宿泊していたという旅館へ向かっていた。
「一応警察が調べたが…。」
「あの人たちじゃ今一つ、信用できませんものね。」
遠慮がちな直樹に対して、琴子は辛辣な物の言いようである。
「入江さんが行けば、何か新しい発見があるかもしれませんよ。」
「そううまくいくとは思えないがな。」
そんな話をしているうちに、目的の旅館に二人は到着した。

「本当に古い旅館だわ…。」
「ここ、客がいるのか?」
想像を超えた古ぼけた建物。正面の戸は立てつけが悪くなっており、直樹と琴子が力を合わせて開ける始末。
「ごめんください。」
玄関には誰の姿もなかったので、直樹は昼間だというのに薄暗い奥へ向かって声をかけた。が、返事がない。
「ごめんくださーい。」
琴子が今度は声をかけてみたが、やはり返事がなかった。
「留守なのでしょうか?」
「かもしれないな。」
「耄碌しているおじいさんが経営しているという話でしたよね?まさか、中で倒れているなんてことは…。」
琴子が心配していると、ギシッ、ギシッと板を踏みしめる音が聞こえて来た。

「出たあ!!」
建物の奥、暗闇から出て来た人物に驚いて琴子は悲鳴を上げ、直樹の後に隠れてしまった。
「お前、失礼な!」
「ほっ、ほっ、ほっ。何か用かね?」
琴子の悲鳴が聞こえていなかったのか、腰がやや曲がった老人は大して機嫌を悪くすることもなかった。
「すみません、こちらに泊っていたお客についてお聞きしたいのですが。」
「ああ?」
老人は直樹の声が聞こえなかったのか、耳を向けた。
「こちらに泊っていた…。」
「ああ?」
直樹が質問を繰り返そうとしても、やはり聞こえていないらしい。
「こちらに泊っていた、お客様についてお話を伺いたいのですが!!」
琴子が声を張り上げると、
「ああ、あの客のことかのう。」
と、これまたあっさりと老人は頷いた。

老人が座った側に直樹、そして琴子が座った。
「多分警察も聞いたと思うのですが…。」
「ああ?」
直樹が口を開くと、耳を向ける老人。
「警察の人も聞いたお話なんですが!」
「ああ、そうだな、そうだな。」
なぜか琴子の言葉は一発で聞く老人である。
「入江さん、私が通訳しましょう。」
直樹と席を替わり、琴子が老人の隣に座った。
「いいの、いいの。若いおなごはいいのう。」
琴子が傍に来ると、老人がほくほくとした笑顔になった。
「…このじじい、琴子の隣に座りたかっただけじゃないのか?」
直樹が見ると、老人は琴子のお尻をチラチラと見ているではないか。
「…スケベ爺が。」
「スケベ?」
老人が直樹を睨む。
「聞こえなくていいことは聞こえるのかよ!」
「入江さん、年配の方に失礼ですよ。」
どうして直樹が老人をスケベ呼ばわりしたのか気付かない琴子が「めっ」と睨む。直樹は面白くない。

「あの客は…気味悪い客だったのう。顔を全部覆って…わしに見られるのを嫌がっているかのようじゃった。」
「まあ、感じの悪い方だったのですね。」
「そうじゃろ、そうじゃろ。」
琴子に慰められ、老人はその手に自分のしわだらけの手を重ねようとした。が、直樹が睨むと「チッ」とその手を引っ込めた。

「一日中、部屋に籠っているかと思いきや、夜中にぼうっと突っ立っていたり。本当に君の悪い客だったのう。」
警察から聞かされた通りだった。
「まあ、こちとら食事の用意もせんし、布団も自分で仕度してくれる。楽な客だしいただくもんもちゃんと置いていってくれた。しかも余分に。」
貰うものさえ貰えれば満足だと、老人は笑った。

とりあえず老人に頼み、怪しい男が泊っていた部屋へ二人は連れて行ってもらった。
8畳の一間であるが、部屋の中は一応掃除され、布団もきちんと積み上げられている。
「ご主人は、ご自分の部屋に籠っているんですか?」
「ああ?」
またこれかと、直樹が溜息をつくと、
「お爺さんは、自分のお部屋にいらっしゃることが多いのですか?」
と琴子が言い直す。
「ああ、そうじゃのう。部屋でうとうと寝て過ごしている。」
それじゃ抜け出しても本当に分からないと納得する。しかもこの部屋は、裏口のすぐ側。

念のため、宿帳を確認する。
「田中太郎…完全に偽名だな。」
しかも筆跡がばれぬようにしている痕が見える。
「やはり鬼頭祥平か…。」
ますますその疑いが濃厚なものとなっていく。

「ああ、そこに書いていない客もいるぞ。」
「はあ?」
それじゃ宿帳の意味をなしていないだろうと、直樹は腹が立ってくる。
「覆面男が来るまでは、その客しか来なかったからの。しかも度々来てくれるし、いちいち書かんでいいと。」
こんな所に度々泊りたがる奇特な人間がいるのかと呆れた。
「これまた、いつも違うおなごと一緒で。」
女連れで泊るのかと、直樹は開いた口が塞がらない。
「…連れ込み宿の代わりか。」
客がいないボロ宿、そりゃあ一目につかない逢瀬にはぴったりだろう。
「このオンボロなところが、男に火がつくのかもな。」
「入江さんったら。」
さすがに意味が分かったのか、琴子が頬を赤くする。
「お嬢さん、何ならわしと一緒に試して…。」
「で、その女たらしはどんな男だよ!」
絶対この老人は耄碌していないと思いながら、直樹がどうでもいいことを訊ねた。
「ああ?色男じゃったのう。お前さんにはちと劣るかもしれんが。」
「入江さんより色男なんて、この世にいませんもの。」
変な所でこれまた琴子が主張を始める始末。
「二、三日同じおなごを連れてくる時もあれば、二度と同じおなごを見ないこともあった。どちらにせよ、うらやましいことじゃのう。」
フガフガフガと老人が笑う。
「違う女を連れて…。」
琴子へのちょっかいを止めようと口にした疑問であったが、瓢箪から駒といくか。直樹は何か感じた。
「この辺りで違う女を連れて歩ける男…。」
「まさか、それって?」
琴子にも分かったらしい。この付近で女に困らない色男なんて一人しかいない。
「爺さん、その色男って髪の毛がクルクル巻いてなかったか?」
「クルクル?ああ?そうじゃのう。わしよりもフサフサじゃ。」
禿げ上がった頭を老人が撫でる。
「眼鏡、眼鏡をかけてませんでしたか?」
琴子が聞くと、
「そうそう、かけておった。おしゃれな男でのう。」
間違いない、東馬がこの旅館に出入りしていたのだ。



「東馬さんがあの旅館を使っていたなんて。」
「ああ。」
旅館を出た二人は、一度猫神家へ戻った。
「東馬さん、車を持っていたな。」
ここに来たばかりの頃、乗せてもらった。直樹はそれを少し借りたいと言い出した。
「一応、犬子おばさまに伺ってきます。」
あれから部屋に籠りきりの犬子である。どうしているかと心配しながら、琴子はその部屋を訪れた。
「犬子おばさま…。」
襖を開けると、犬子は座っていた。その視線はどこをさ迷っているのか分からなかった。
「あの…東馬さんの車をお借りしていいでしょうか。」
「東馬の車…?」
犬子がゆっくりと、琴子へ顔を向ける。げっそりとやつれた姿が哀れである。
「あの、東馬さんの事件を入江さんがきっと解決して下さると思うのです。その為にお借りしてくて。」
琴子の言葉を聞くと、犬子は立ち上がった。戸棚から鍵を取りだすと、琴子へ握らせた。そして再び、元の場所へ座りまた視線をさ迷わせた。
「ありがとうございます、犬子おばさま。」
一礼すると、琴子は急いで直樹の元へ戻った。



「入江さん、免許持っていらっしゃるんですね。」
「滅多に運転しないけどな。」
「え?」
それで大丈夫なのかと不安になった琴子であるが、そうと思えない運転技術であった。
「どちらへ向かっているのですか?」
直樹はそれには答えなかった。車は斗南市を離れて行く。

「ここって…もしかして?」
直樹が車を止めたのは、酒屋だった。
「東馬さんの逢瀬相手の家。」
そういえば造り酒屋の後家とどうこうと、東馬が言っていた。まさかその相手の家に乗り込んで行くのかと琴子が思っていると、直樹が家の中へ入って行く。

「いらっしゃいませ。」
二人を出迎えたのは、色気たっぷりの三十路半ばの和服姿の女将だった。
「何をお求めで?」
「すみません、客じゃないのです。」
「はい?」
愛想のよかった顔が途端に怪訝なものへとなった女将。
「実は、西垣東馬さんのことで。」
「東馬さんのことって…もしや、お宅様は入江さんと仰るのでは?」
「はい、そうですが。」
どうして女将が自分の名前を知っているのかと、直樹は驚く。
「では、そちらは琴子さんでは?」
女将は琴子の名前も知っていた。
「はい。東馬さんには可愛がっていただきました。」
「あなたが、琴子さん!」
琴子を見て女将が笑みを浮かべた。
「東馬さんから聞いておりますよ。そう、あなたが。」

家付き娘ということで、誰に遠慮をすることもないのか女将は二人を応接間へ通してくれた。
「東馬さんとはもちろん、一緒になろうなんて思っていませんでしたよ。」
あちらは有名な財産家の出、こちらは後家だからと笑う女将。
「大人のお付き合いということで。まあ、遊びです。」
そういう付き合い方があるのかと琴子は信じられない思いで話を聞いていた。
「琴子さんのことは東馬さんが楽しそうに話していましたよ。可愛くて明るくて。琴子さんがいるとあの家がちょっとだけ楽しくなるって。」
女将の話を聞いていると、琴子の胸が悲しみで張り裂けそうになる。

「お二人が使っていらした、あの旅館なのですが。」
「ああ、あそこ。」
女将が笑った。
「人目につかないからって東馬さんが探していらしたんです。」
「そこで何か、おかしなことがあったりしませんでしたか?」
「おかしなこと…そういえば。」
思い当たる節があったのか、女将が頷いた。
「私たち以外にお客がいないからってあそこを使っていたのに、一度他の客が泊っていたことがあったんです。」
「それは」とつい声を上げそうになった直樹と琴子であったが、そこは耐えた。
「私はそのお客と顔を合わせなかったのですけどね、ご不浄に立った東馬さんがばったりと会ったみたいで。でも変なんです。見知らぬ他人と会ってもどうってことないでしょう?」
「そうですね。」
「それなのに、じっと考え込んじゃって。お知り合いなのって聞いたら、うーんって返事になっていなくて。」
東馬が顔を合わせた客はあの覆面男しかいない。覆面しているのに思い当たる節があるというのか。
「それからすぐにあの方、東京へ行ってしまったのですよ。」
「東京?」
それは金之助に災難がふりかかり、東馬が猫神家に寄りつかなくなっている間のことだった。
「何をしに東京に?」
「ええ、もちろん聞きました。でも曖昧に笑っているだけで。でもこう言ってました。“役所が空襲で焼けたからなあ”って。」
「役所が空襲で焼けた?」
そうなると、東馬が出向いたのは東京の役所ということなのか。

「ごめんなさいね、お役に立てなくて。」
「いえ、とんでもない。とても参考になりました。」
少なくとも、あの耄碌スケベ爺さんよりはずっと参考になった。
「どうして、私たちのことをご存知だったのですか?」
話に夢中になり、最初出会った時のことを今思い出した琴子だった。
「東馬さんと最後に会った時、言われたんです。もしかしたら入江と仰る男性が琴子さんを連れて自分のことを聞きに来るかもしれない。その時は全部話してほしいって。今思うと…ご自分に何かが起きることを分かっていらしたのかしら?」
話しながら女将が涙ぐんだ。



猫神家に戻った頃は、すっかり日が暮れていた。食事は自分と直樹だけである。雉子と啓太は自分たちの部屋で食べているだろう。
食堂へ向かう廊下に何かが落ちていることに直樹は気づいた。
「お守りか。」
「あ、それ、雉子おばさまのものだわ。」
「そうなのか?」
お守り袋を見ても名前は書いていない。
「よく分かるな。」
「ええ。この間雉子おばさまがこの文字に向かって手を合わせていらしたから。聞いたことのない宗教のお名前ですもの。“おにこぼし”って。」
「はあ?」
直樹は眉をひそめた。
「“おにこぼし”ってそこに書いてあるでしょう?」
「馬鹿か、これはそう読むんじゃない。」
お守り袋を揺らしながら、直樹は琴子を睨んだ。
「これは“きしもじん”って読むんだ。」
「嘘!」
「本当だ。」
直樹は琴子の目の前にお守り袋を下げる。そこには『鬼子母神』と書いてある。
「“おにこぼし”だと思ってた…鬼をこぼすってどういう意味かなって。」
「せめて“おにこぼしん”って言ってほしいよ。」
「何の神様なんです?」
「安産と子育ての神様だな。」
話しながら、あの雉子が鬼子母神?安産と子育てなんて、雉子とは一番縁がない言葉ではないのか。
それは置いておいて、詳しい話を知りたそうな琴子に直樹は説明を始めた。
「昔な、夜叉神の娘っていうのが、近隣の幼女を連れてきて食っていたんだよ。」
「ひええ!!何てひどい!」
「それを見かねたお釈迦様が、その娘の産んだ多数の子供の中で末の子供をこっそり隠してしまった。」
「あらま。思い切ったことをお釈迦さまもなさること。」
「子供を隠された夜叉神の娘は嘆き悲しんだ。」
「はあ、そんなに恐ろしいことをしていても、母親なんですね。」
「それで、お釈迦さまが言ったわけだ。“千人のうちの一子を失うもかくの如し。いわんや人の一子を食らうとき、その父母の嘆きやいかん”って。」
「ん?千人のうちの一子?え?千人も子供がいたってこと?で、そのうちの一人を失って…ええと、どうするって?」
「お前は千人のうちの一人を失っても悲しいのに、たった一人の子を食べれば、その父母の嘆きがどうであるか分かるだろうって意味だ。」
「ああ、なるほど。」
ポンと手を叩く琴子である。本当に分かっているのかと、直樹は疑わずにいられない。
「頭いいなあ、お釈迦様!」
「お釈迦様もお前にだけは褒められたくないだろうよ。」
呆れながらも直樹の頭には、何か引っかかった。何が引っかかっているのか分かりそうで分からない。

「だから雉子おばさま、母は鬼になるなんて言ってたのか。」
琴子の言葉に、直樹は顔を上げた。
「どういう意味だ?」
「この間、雉子おばさまの所に伺った時なんですけれど。」
雉子との一部始終を、琴子は直樹に語って聞かせた。
「このお守り、ええと…鬼子母神?入江さんから教えてもらったら、話が繋がったみたい。」
「母は鬼に…。」
また直樹は考えに耽った。
「入江さん?」
琴子が顔を覗き込んでも、直樹は微動だにしない。鬼子母神、母が鬼になる。そして東京に向かった東馬…役所…。
バラバラだったものが、琴子の話のおかげで一つの線となって結ばれた。そんな気がした。

―― いわんや人の一子を食らうとき、その父母の嘆きやいかん。

「…東京へ行く。」
「え?東京!?」
突然の直樹の言葉に、琴子はあたふたとなった。
「東京って、それって入江さん、お戻りになるということ…?」
「お前も来るんだ。」
「私も!?」
「明日は早いぞ。荷造りしておけよ。数日は滞在するからな。」
「ど、どういうことですか!入江さん?入江さーん!」
琴子が呼んでも、直樹はスタスタと廊下を歩いて行った。





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