日々草子 猫神家の一族 14

猫神家の一族 14







西垣東馬が犠牲となったことで警察は殊更、鬼頭祥平による猫神家への復讐及びその財産を奪う目的によるものだという疑いを濃厚にした。
何としてでも鬼頭祥平を捕まえる、まだそう遠くへ行っていないはずだと斗南市だけでなくその近隣の市まで捜査の手を広げていた。

しかし直樹はその考えに諸手を挙げて賛成とはできなかった。
「どうも話がうまく出来過ぎじゃないだろうか。」
最初に琴子が狙われ、猫神桃太郎の遺言書の内容を漏らした大蛇森弁護士、そして金之助、東馬。確かに猫神家の財産狙いの犯行と思える。が、どうも腑に落ちない。

「東馬さん…可哀想…。」
推理にふける直樹の側で、琴子が涙を流していた。
「どうしてあんなに頭のいい人が…自分の身を守れなかったのかしら…。」
琴子の言葉に直樹は「そうだ」と思った。琴子が言うとおり、東馬は頭の回転が速かった。これだけの惨劇が繰り広げられている中、自分の身を守らないなんておかしい。
「東馬さん…本当に可哀想…。」
金之助の時と同じよう、ひっくひっくと泣く琴子。直樹は自然とその揺れる頭に手を置き軽くポンポンと叩いた。
どうして琴子がここまで悲しまねばならないのか。明るく朗らかで笑顔が何よりも似合うこの娘がどうしてこのような、悲しみの淵に落とされなければならないのか。
と、そのようなことを考えた直樹は琴子の頭を叩く手を止めた。どうして自分がこんな考えを琴子に抱くのだろうか。身内のごとく接してきた人間に不幸が起きれば悲しむのは当たり前なのに。
「入江さん…。」
直樹の手が止まったことに気付いたのかは分からないが、涙を流した目を琴子は向けた。
「え?」
もしや自分の気持ちを見透かされたのではと、直樹はドキリとした。
「東馬さん…気にしていたのです。」
「気にしていたって、何を?」
琴子が口にしたのが、自分のことじゃなくて直樹は胸を撫で下ろした。
「…げ。」
「は?」
「…すね毛…すね毛が濃いことを…。」
「すね毛?」
「自分の顔とか頭がいいことを誇りに思っていただけに、そこだけが嫌だって…そんな東馬さんが両足を突き出していたということは…すね毛が丸見えだったということでしょう?」
「…まあ…そうだった…な。」
すね毛、どうだったかと直樹は懸命に記憶を手繰り寄せようとした。が、そこまでは気づかなかったような。
「可哀想…あんなに嫌がっていたすね毛を人様に見られるなんて…。」
ぐすっぐすっと泣く琴子。
「お前、気にする所がどうも違うのではないか?」
本当に東馬の身に起きたことを悲しんでいるのだろうかと直樹は疑わずにいられない。が、すぐに思い直した。金之助から続いての親しい人への被害、その悲しみから琴子は懸命に逃れようとしているのかもしれない。
すね毛だ何だと口にしながら泣く琴子を、直樹はしばらくそっとしておいた。


再び関係者、直樹や琴子、雉子と啓太が猫神家の一室に集められ、刑事たちに色々事情を聞かれた。が、あやしい行動をした人物はおらず、やはり鬼頭祥平の犯行だと刑事たちは確信するのだった。

警察が引き上げた後のことだった。
スッと部屋の襖が開いた。
「犬子おばさま…。」
息子の悲報を聞いて倒れて休んでいた犬子が、部屋に入って来た。東馬が見つかって二日しか経っていないのに、すっかり老けこんだかのように見える犬子は憔悴しきっていた。
「犬子姉さん。」
雉子は思わず身構え、啓太を庇うようにした。身構えたのは琴子も同じだった。体格は違えど姉妹ゆえ、猿子と同じように暴れるのではと皆が思ったのである。
しかし、犬子はそこに立ち、一同を見回しただけだった。それが終わるとフラフラと部屋を出て行った。
緊張が集まった部屋であったが、すぐにそれがほどけた。雉子と啓太は安堵して離れに戻って行った。

「猿子おばさまのように犬子おばさまは荒れることはなかったけれど、でも悲しみが深いことはすごく伝わりました。」
ポツリと琴子が呟いた。直樹も同感だった。財産を受け取る資格のある息子を失ったという悲しみではなかった。たった一人の息子を奪われた悲しみがひしひしと伝わってきたのだった。




猿子が引き籠り、犬子が続いた。猫神家は一層静かさ、そして不気味さが加わった。
そんな中、琴子は雉子のいる離れを訪れた。女中が雉子に用があるのだが、こんな事件が続き色々と忙しいようだった。それで琴子が代わりに雉子の元へ行くことを買って出たのである。

「雉子おばさま、琴子です。」
離れに入り、部屋の外から琴子は声をかけた。が、返事がない。
「お留守かしら?」
啓太も出てこない。二人揃ってどこかに出かけた…そんなことはないだろう。
「もしかして、ショックを受けて倒れてしまったとか?」
啓太のこともあるだろうしと琴子は心配になった。
「雉子おばさま。」
思いきって琴子は障子を開けた。倒れている雉子を想像していたが、その姿はなかった。
「雉子おばさま?」
部屋に入り、更に奥へ続く襖を開ける。雉子の背中が見えた。両手を合わせ熱心に祈っているようである。
一体何にそんなにと、琴子は首を伸ばした。何か漢字が見える。

そこで人の気配を感じた雉子が突然振り返った。
「琴子さん!」
「あ!ごめんなさい!お声をかけたのですがお返事がなくて、もしかして倒れていらっしゃるのではと思って。」
あたふたとなった琴子を冷たく見ると、雉子は立ち上がり隣の部屋へ移動した。琴子も後を付いて行った。
「啓太に何か?」
「あ、いえ、違うんです。」
琴子の返事に雉子はがっかりしたように、溜息をついた。
「ごめんなさい…。」
「それで、私に何の用かしら?」
着物の襟を直しながら、雉子は座った。琴子も座った。
「雉子おばさまが毎月寄進していらっしゃるお寺の件で。」
「ああ、そうね。」
女中によると、雉子は毎月ある寺に寄進しているのだという。それで今月もその用意の相談を琴子に託したのだった。
「分かりました。あとで伝えておきます。」
「はい、よろしくお願いします。」
先ほどの熱心な手の合わせようといい、どこのお寺に寄進しているのだろうかと琴子は思ったが口には出さなかった。そこまで立ち入ることはできない。

それにしても、信心深いところがあるのだなと琴子が感心していると、
「私が何をお願いしていたか、気になって?」
雉子が口を開いた。
「いえ、そんな。」
「金之助さん、東馬さんのことについて手を合わせていたのです。」
雉子の言葉に、琴子は意外だという顔をついしてしまった。それを見て雉子がフフフと笑った。
「…というのは真っ赤な嘘。」
「えっ?」
「この私がそんなことで手を合わせるわけがないでしょう?むしろ二人が犠牲になって感謝しているくらいです。」
「雉子おばさま、そんな!」
それはさすがに言い過ぎではないかと琴子は抗議しかけた。
「酷いことを、と思ったでしょう。」
琴子の心はお見通しとばかりに、雉子が言った。
「でもね、それが母親というものなのですよ。」
そう話す雉子を前に、琴子の背筋が震え始めた。なぜだろう、恐ろしい。
「母親ですから、啓太が幸せになることが一番なのです。ええ、甥が何人殺されようと知ったことではないわ。おかげで啓太の邪魔をする者はいなくなったのですから。」
琴子はこの場から早く逃げ出したかった。しかし、体が動かない。
「雉子…おばさま…。」
「琴子さん、あなたも女性なのだから覚えておくとよろしくてよ。いつかはあなたも子供を持つかもしれない。その時分かるわ。母親というものは子供のためならば鬼になれるということを…。」





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のんびりははさん、ありがとうございます。

読んで下さりありがとうございます!
え!コメント拝見して、新聞見ました。
…うちの読売、掲載されてなーい(涙)
三回往復してみましたが、どこにもありませんでした(号泣)
でも私を思い出して下さってありがとうございます。いや~せっせとゴルゴ入江書いた甲斐があった笑

マロンさん、ありがとうございます。

12話からのコメントありがとうございます。
けなげな琴子ちゃんを見て、探偵さんも優しさを見せずにいられないのでしょう。
そうそう、その辺がポイントですよね。結構強引な展開もありかなと思っているので、力技でいくつもりです。
そうそう、すね毛ね…笑本当に不憫ですよね。いつも人の目を意識して決めていたでしょうに。
琴子ちゃん、そりゃあ怖かったと思います。殺されなかっただけましかも。
そしてヤカン!!先週、NHKで金田一役の俳優さんも話題にしてらっしゃいましたね。
あのCM好きでした笑

紀子ママさん、ありがとうございます。

12話からのコメントありがとうございます。
ええ!!そっか!!それで足が突き出ていた…いや、考えてみたらそうですよね。私、何の疑問も持ってませんでした。
とりあえずこの場面を書けたらもう私は力を出し尽くした気がしてます。
琴子ちゃん、すね毛を気にしてることを覚えていたんですね。本当に悲しんでいるのかと突っ込みたいところですけれど。こんなミステリー風味でいちおうコメディを忘れずにいようと。というか、私がそうでないと書けない笑

たまちさん、ありがとうございます。

12話からのコメントありがとうございます。
入江くんが一生懸命推理している間、琴子ちゃんはすね毛をひたすら心配しているという笑
そんなことまで話せるくらい、気楽な関係だったのか、それとも琴子ちゃんが偶然、ズボンをめくってすね毛を気にする東馬さんを目撃したのか。
雉子は今や敵なしでしょう!うちの息子だけ、うちの息子と結婚してくれれば猫神家の財産は私のもの。もはや天下を取ったかのような気分なのかも。
琴子ちゃんみたいな子が、これまた離れでそんな話を聞かされたら怖くてたまらなかったでしょうね!

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Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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