日々草子 猫神家の一族 12

猫神家の一族 12






金之助の体はしばらく警察が預かることとなった。
その死因は絞殺だった。紐のようなもので首を絞められたとのことである。
「お団子を喉に詰めてということじゃなかったのね。」
口の中に押し込められていた団子が関わりないと知った琴子であるが、そうなると、なぜ団子がという疑問もわいてくる。
「金之助は山の上に首を置かれた状態だった…山、団子…何か気づかないか。」
「山とお団子…最近どこかで聞いた記憶があるような。」
うーむと眉を寄せる琴子を前に、やはり覚えていなかったかと直樹は溜息をついた。
「山、川、団子。桃太郎氏が作らせた掛け軸だろうが。」
「掛け軸、ああ、あれか!」
ようやく思い出した琴子であった。
「あれって、猫神家の財産を受け取る資格のある人が手にするというものでしたよね?」
「ああ。」
「金ちゃんを殺した人間がそれを考えてああしたと?」
「そう考えるのが普通だな。」

山、川、団子の掛け軸の話は勿論、刑事にしてある。
「その掛け軸というものは、一度桃太郎氏が渡したということでしたな?」
刑事はすっかり、一民間人である直樹を頼りにしていた。
「そうです。桃太郎氏が結婚を考えた鬼頭さちという女性に。」
「しかし、その鬼頭さちはそれらを置いて姿を消した。」
「はい。」
そう考えると、鬼頭さちがこの事件に関わっているのではと考えるのが普通である。
「猫神家の総帥である桃太郎氏が亡くなったことは新聞に大々的に報道されましたからな。」
地方に本宅を構える資産家とはいえ、事業は手広い。地方紙だけでなく全国紙でもその死去は報道されている。
「日本にいるかぎり、桃太郎氏が亡くなったことは耳に入るでしょうな。」
「そうなると、財産を目当てに鬼頭さち、そして息子の祥平が出てきてもおかしくはない。」
「ちょっと待って下さい。」
刑事と直樹の話に待ったをかけたのは、琴子であった。

「鬼頭さちさんが…そんな恐ろしいことを考える人だなんて思えないのですが。」
「どうしてです?」
刑事は琴子が口を挟んだことに少々驚いている様子だった。
「だって、あの桃太郎のおじい様が愛した人です。そんな人が、おじい様の孫である金ちゃんをあんな恐ろしい目に遭わせるなんて…。」
「琴子さん、あなたがそう思いたいのはわかりますが。」
所詮感情論だったかと、刑事はがっかりした。
「お金というものは人を変えます。昨日まで神様だ、と称えられていたような善人が巨額な財産を手にした途端、悪魔のごとく変貌をとげることなんて珍しいことじゃないんです。」
「でも…。」
それでも納得できないと、琴子は直樹を見た。
「…世の中、そんなもんだ。」
直樹も刑事の意見と同じらしい。琴子は俯いた。

「お金だけが人を変えるものじゃありません。」
そこへ姿を見せたのは、犬子、そして雉子であった。それぞれの母に命じられたのか東馬と啓太も後ろに続いている。
「ご婦人方には、何か考えがあっての発言ですかな?」
刑事の質問に答えず、犬子たちは座敷に静かに座った。
「このような恐ろしいことが起きた以上、隠しておくのも無理かと思いお話にまいりました。」
「鬼頭さちさんと祥平さんの話ですか?」
直樹の問いに犬子は頷いた。

「ですが、その前に私たちのこれまでを聞いていただきましょうか。」
後れ毛を直しながら、犬子が話し始めた。
「私たちの母は正式に籍にも入れてもらえない扱いでした。父がその気になった、気分次第で相手にされ…そして私たちがこの世に生まれ出た。でも父にとって私たち姉妹の存在は邪魔以外の何者でもなかった。子供が生まれたらその面倒を見なければならない。余計な手間をかけさせてと、子を身ごもった母に言ったそうですから。」

桃太郎も何て酷いことをと、さすがに琴子も思わずにいられなかった。

「その証拠に私たちの名前、犬、猿、雉。自分が桃太郎だからと適当につけたのでしょう。そんな名前をつける父親、どこにいます?私たちは父にろくに構ってもらうこともなかった。子供を産んだ女に興ざめしたのか、父は私たちそれぞれの母を相手にすることもなくなりました。そして母たちは寂しさを抱え、父にもてあそばれた一生を恨みながら亡くなったのです。」
「母の無念を思うと…父を許す事は到底できません。」
犬子に続き、雉子が初めて口を開いた。
「それなのに、父は私たちと同じ年頃の女にうつつを抜かした。挙げ句の果てに籍を入れ正妻として迎える。その間に生まれた息子も跡取りとするなんて。そんなこと許せる人間がどこにいます?私たち、私たちの母の立場は何なのでしょう。」
雉子の口調は段々と熱を帯びたものとなっていった。過去を思い出し、腸が煮えくりかえるといったところだろう。
「私たち姉妹はそれぞれ結婚し猫神の家を出ておりました。それでも父のやり方は許せるものではなかった。父に愛情を受けなかった分、財産はもらわないと割に合わない。だからあの親子を追い出そうと決めたのです。その追い出し方は、自分で申すのも何ですが相当酷いものでした。」

一度興奮したかと思った犬子であったが、鬼頭さち親子の話をする際は、まるで他人事のような感情を入れない話し方となった。
そこから犬子が淡々と話した内容、それは直樹や琴子が想像していた以上に恐ろしいものだった。
父が結婚しようとした女をどうやっていびり、いじめ、追い出したか。しかも鬼頭さち自身の口から出ていくと言わせるよう仕向けたそのやり口。それはここで文字に記すこともできないほどのものだった。

「ひどい…。」
つい、琴子はその一言を漏らした。
「ええ、琴子さんの仰るとおりです。酷いと自分でも思います。」
犬子は冷静だった。そして雉子も同様だった。
「ですが、今でも私どもに後悔はありません。」
犬子ははっきりと言い切った。
「そうよね、雉子。」
「…ええ。犬子姉さん。」
雉子が頷く。
「ここにいない猿子も同じ考えです。私たちは鬼といわれようが悪魔といわれようが、猫神の、父が築いた財産を手に入れるためなら何でもするのです。もっとも、今は姉妹の間でそれを取り合う状況ですけれど。」
フフンと犬子が笑う。雉子はギロリと姉を睨む。

「だから鬼頭さちが私たちを恨み、復讐するためにこの家の側にいることは何の不思議もないこと。もちろん、金之助さんがあのような目に遭った、その犯人は鬼頭さち、または成長した祥平とやらであってもおかしくはないのですよ。ええ、さちを復讐の鬼に変えたのは他ならぬ私たちなのですから。」

「…そりゃあ、殺されても文句は言えないな。」
母の話を受けて憤慨しているのは東馬だった。
「鬼頭さちとやらが爺さんの女だとは薄々思っていたが、まさかそこまで酷いことをして追い出していたとはな。」
「東馬、これもあなたのため…。」
「よく言うよ。自分が財産を手にしたいからだろ?僕が継いだものを自分で好き勝手に使いたいからだろうが。」
東馬は腹立たしい気持ちで立ち上がった。
「聞いていて反吐が出るよ。しかも殺されたのがおふくろたちじゃなくて、金之助だってのが!何だよ、あんまりじゃないか。」
「私たちを殺したところで財産を手にできないからでしょう?」
「ああ、そうだね。じゃあ次に狙われるのはこの僕かそこにいる啓太、どっちかってところか。」
東馬に顎で示されても、啓太は今日も微動だにせず座ったままである。
「東馬さん、どちらに行かれるのです?」
座敷を出ようとする東馬に刑事が聞くと、
「こんな場所にいるのはまっぴらです。自分の心まで黒く染まりそうだ!」
「単独行動はおやめなさい、東馬!」
「あんたに僕を止める権利はない!」
心底母を憎んでいる東馬であった。
「悪いが自分の身は自分で守れる。この屋敷にいたって危ないもんは危ないんだ。」
「東馬!」
犬子の叫びを無視し、東馬は足音を乱暴に立てて廊下を歩いて行ってしまった。


「…どうせどこぞの女の所なのでしょう。女にだらしないところは父の血を引いたようね。」
犬子が立ち上がった。
「甘い言葉をかけて誘惑するならば、琴子さんにそうしてくれればいいものを。」
犬子は琴子を見た。琴子は小さくなってしまった。
「よかったわ。うちの啓太は父に似なくて。」
犬子が出て行った後、雉子が息子を見て言った。
「琴子さん、そちらの方と遊ぶのもいい加減にして、うちの啓太に優しい言葉の一つでもかけに部屋にいらっしゃい。」
犬子と違い、雉子は琴子に笑いかけた。が、その目はまったく笑っていなく逆に恐ろしさを覚える琴子であった。



「…琴子さんの命を狙い、大蛇森弁護士を毒殺し、そして金之助くんを。この一連の事件は全部同一犯ということですかな。」
再び静かになった座敷で刑事は直樹に確認を求めた。
「ええ、恐らく。」
「そうすると、やはり鬼頭さち、息子の祥平の居場所を探すことが重要となる。」
すぐに探させると、刑事達は屋敷を出て行った。



その晩、直樹も警察へ出かけて行き、琴子は一人になってしまった。
「頼りにされているのだから仕方がないけれど。」
ずっと側にいたから、こうして直樹が屋敷にいないというのは寂しく不安なものである。
「早く帰ってこないかしら。」
庭に面した廊下にぽつんと座って直樹の帰りを待つ琴子だった。
しばらくそうしていると、人の気配を感じ琴子は顔を動かした。
「あ、啓太さん。」
薄暗い灯りの中、ゴムマスクの顔を向けられるのは正直怖いものだったが、それを表情に出さぬよう、琴子は笑顔を啓太に向けて立ち上がった。
昼間、雉子から優しい言葉をかけてと言われた事も気になっていた。
「大丈夫?色々あって大変よね。」
自分の命も狙われているのかもしれないという恐怖に怯えているだろうと思っての琴子の言葉だった。
しかし、啓太は無言で琴子を追い詰めるように近寄って来た。
「啓太さん…?」
ゴムマスクの不気味さより、全身から滲み出る何とも言えない迫力に琴子は怯えた。啓太が近づくと琴子が後ろに下がり、とうとうもう下がれない壁際まで追い詰められた。

ドンと啓太が両腕を琴子の顔を挟むように立った。
「…あいつを信じているのか?」
「あいつ…?」
「入江…。」
「入江さん…ええ、勿論…どうしてそんなことを?」
啓太がどんな顔でそんなことを口にしているのか、全然わからない琴子は怖かった。
「あいつをあまり信じるな…。」
「どういうこと?」
「あいつは医者らしいじゃないか。」
「ええ、そうよ。」
「薬を持ち歩いている…。」
「ええ。だから猿子おばさまが倒れた時も…。」
「薬には毒になるものもある…。」
「毒?」
「大蛇森弁護士は毒殺…。」
ここでようやく、琴子は啓太が何を言いたいのかわかった。
「啓太さん!入江さんが大蛇森を殺したと言いたいの!?」
「お前をたらしこんで、財産と共に…。」
そこまで話した啓太の体が、琴子の前で突然回転した。

「痛い!!」
「受け身を取らないからだ。」
直樹が啓太の腕を取り、技をかけたのだった。啓太の体は廊下に打ちつけられた。
「悪いが、この家の財産をあてにするほど暮らしに困ってはいない。」
直樹が啓太の腕を更にねじり上げた。恐らく苦痛に顔を歪めているはずだが、それはマスクでわからない。
「母親にそう言えと言われたか?それともお前の考えか?」
啓太は何も言わなかった。痛くて声も出せないのかもしれない。
「とっとと消え失せろ!」
直樹がパッと手を離すと啓太はどこかへ消えて行った。

「啓太さん…何でそんな恐ろしいことを…。」
「…それだけお前のことが好きなんだろうよ。」
小声で呟いた直樹の言葉は、琴子の耳に届かなかった。
「入江さん、あの…私…。」
勿論、琴子は直樹が大蛇森を殺めたなどと考えてはいない。
「…殺人を犯してお前の側にいるなんて芸当、さすがに俺にもできない。」
「ですよね。」
「そんなことできたら、こんな所にいないで東京に帰って映画会社の門を叩いてスター目指すよ。」
直樹の冗談だと分かり、琴子はクスッと笑った。
「入江さんだったらすぐにスターになれますね。そうしたら私も女優に…。」
「無理。」
「ひどーい!」
「そんな記憶力で台詞を覚えられないだろう。せいぜい通行人その1だ。大八車にひかれる役くらいだな。」
「大八車から離れましょうよ!」
啓太の意に反して、直樹と琴子の距離は更に縮まったようだった。



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ちっちぽっぽさん、ありがとうございます。

こちらこそ、コメントありがとうございます。
こんな風に育ったら、ひがみ根性丸出しになるのも無理はないでしょうね。結婚して母親になっても変わるどころか、ますますこじらせているという。
そうそう、その恨みを他人にぶつけるのはまちがっているところです。
ちょいちょい、啓太と入江さんも絡ませないと数少ない貴重な読み手の皆さまが離れていくのではという不安もあり、挿入してみました笑
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

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二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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