日々草子 猫神家の一族 11

猫神家の一族 11





「金之助ぇ!!」
猿子が母親らしいところを見せたのは、これが初めてだったかもしれない。その叫びは広大な庭から屋敷まで聞こえてきたほどだった。

やがて、知らせを聞いた猫神家の人間が大広間に集まって来た。屋敷や庭はすでに多数の警察官でいっぱいであった。
「本当に…本当に金ちゃんが?」
琴子はまだ信じられなかった。最後に会ったのはあの夜。あんな金之助を見るのが最後だったなんて信じたくない。
直樹は第一発見者ということで、屋敷内にはいなかった。おそらく警察の関係者と共にまだ庭にいるのだろう。大広間にいるのは琴子の他に東馬と犬子、啓太と雉子のそれぞれの親子であった。さすがに犬子と雉子もショックで一言も発していなかった。姉妹だけではなく、東馬と啓太も同様だった。

「山の上に…団子を口に詰められて…。」
ポツリと呟かれた雉子の声に、琴子は目線を動かした。
「犬子姉さん…それって…。」
「…黙りなさい、雉子。」
長女の威厳をもって犬子が雉子を制した。雉子はそれきり口をつぐんだ。
どういうことだろうか。もしかして、雉子には心当たりがあるというのか。琴子は後で直樹に伝えなければと思った。

バシーンッ!!!
静かだった大広間に、襖が音を立てて開けられた。
「猿子…。」
鬼の形相をした猿子が、集まっている面々を見降ろしていた。
「猿子おばさん、起きて大丈夫ですか?」
東馬が気遣う言葉にも、猿子は睨み返しただけだった。
一同を見回した後、猿子はつかつかと広間の中に入って来た。その目は吊り上がっている。琴子は自分に向かって来ているのかと座ったまま、後ずさりをした。

しかし、猿子の目当ては琴子ではなかった。琴子の前を素通りし、猿子が立ちはだかったのは犬子と雉子の前だった。
「猿子、あんた…。」
どうしたのだと言葉をかけようとした犬子の和服の襟元を、猿子はグイッと引っ張った。「うげぇっ」という苦しむ犬子の声が聞こえた。
「あんたなの?あんたが金之助を?」
「あ、あたしは何も…。」
犬子の襟をつかんだまま、猿子は雉子を睨みつけた。
「ああっ!」
その恐ろしい顔つきに、雉子は背を向け逃げようとする。が、そのまとめ上げた髪、団子にした部分をぐわしっ!と猿子がつかんだ。
「痛い!!痛いわ、猿子姉さん!!」
「あんたなのか!あんたが金之助をあんな目に!!」
「痛い、離して!!」
妹がどれだけ泣き叫んでも猿子は髪を離さなかった。右手に姉の襟、左手に妹の髪をつかみ、引きずりまわす。
苦しさと痛さのあまりに泣き叫ぶ声が響く部屋。それは地獄絵図といっても過言ではなかった。
猿子はもはや人間の姿をした鬼のようであった。
「ああ…。」
琴子は何もできず、血の気を失った顔で震えるだけだった。
「落ち着きなさい!」
騒ぎを聞きつけた警察官が猿子を止めようと、二人を姉から解放させようとした。しかし、猿子は姉と妹を離すことなく、肘で警察官たちを振り払う。蹴り飛ばす。訓練を受けているはずの警察官たち、しかも大の男が猿子にかなわず、ある者は柱に体を打ち付け、ある者は廊下まで飛ばされた。
「猿子おばさん、離して下さい!」
母を助けようと東馬も止めに入った。が、こちらも振り払われ飛ばされた。マスクをつけた啓太も動いたが、同じだった。
「く、苦しい!!猿子…お願い…。離してえ!!」
「離して!猿子姉さん!痛いわ!!」
どんなに懇願されても猿子は二人を離そうとしない。
「やめなさい!」
次から次へと警察官たちがやってきて、暴れ回る猿子を止めようとするが、自分の肘だけでなく掴んでいる姉と妹の体を使って彼らを追い払う。追い払われた男たちは壁や障子、襖へと吹き飛ばされて行った。
「よくも…よくも金之助を…!!」
最後に叫ぶと、猿子は思いきり姉と妹を放り投げた。
「きゃあっ!!」
先に飛ばされた警察官や息子の上に、犬子と雉子の体が重なった。

「金之助…。」
歯ぎしりをしてその場に立ちつくす猿子であった。怒りでその顔は真っ赤だった。と、突然その巨体が仰向けに音を立ててひっくり返った。
「猿子おばさま!」
慌てて琴子が駆け寄る。駆け寄ったのは琴子だけだった。投げ飛ばされ蹴り飛ばされた者たちは、茫然とその様子を見ているだけだった。

「どうした?」
ちょうどそこに直樹が刑事たちと戻って来た。
「入江さん、猿子おばさまが!」
直樹は猿子の側に身をかがめ、脈を取り、色々顔を見た。
「入江さん、あんた…。」
一体何をしているのかと不安がる刑事たちに、
「入江さんはお医者さまなのです。」
と琴子が説明する。
「卒中ではないでしょう。おそらく興奮して血圧が急に上昇して倒れたのでしょう。」
と、直樹は冷静に診察をした。
「部屋で休ませましょう。運ぶのを手伝って下さい。」
直樹の声に、警察官たちがようやく我に返り動き出す。直樹も彼らに従って、猿子の部屋へと向かった。

残った警察官たちは這う這うの体で散って行き、大広間に残っているのは再び猫神家の関係者のみだった。
大丈夫だろうかと、琴子は二人を見た。
「犬子おばさま…。」
襟だけではなく裾まで乱れその太ももを露わにしている犬子。しかし本人は自分がそのような格好になっているとは気づいていないだろう。
「雉子おばさま…。」
雉子の髪はもはや形をとどめていなかった。バラバラに落ちている髪。そしてこちらも着物はすっかり乱れていた。
何も知らない者が見たら、この二人は暴漢に襲われたと思うだろう。
犬子と雉子の目はどこを見ているのか、さまよっていた。その目には何も映っていないのだろう。琴子は心配で二人から目を離せなかった。

「…。」
しばらくした後、犬子がゆっくりと立ち上がった。無言のまま、乱れたまま、大広間を出て行く。東馬が母を気遣い後を追いかけた。
それから雉子も同様に立ち上がった。啓太も後を追いかけるが、その際琴子を見た。琴子は「啓太さん…」と声をかけたが、返事をせず大広間を出て行った。
後に残されたのは、琴子だけだった。



猿子の世話を終えた直樹が大広間に戻った時、琴子は襖の下敷きとなってもがいていた。
「何をしているんだ?」
「これを元に戻そうとして…。」
バランスを崩して倒れてしまったらしい。直樹は襖を持ち上げ琴子を助け出した。
「ったく、人を呼べばいいものを。」
「いいんです。何かしていないと、おかしくなっちゃいそうで。」
直樹が襖を元の位置に戻すのを手伝いながら、琴子が呟いた。
「それにしても、これだけ暴れたら倒れるのも無理はないな。」
何も知らない者をこの部屋に連れて来て、ここを廃屋だと言っても疑うものはいないだろう。その荒れ具合は直樹も言葉を失った。
「猿子おばさまの様子はいかがですか?」
「とりあえず鎮静剤を打っておいた。多分今夜は目を覚まさないだろう。」
医者という職業柄、簡単な処置用具と薬は持ち合わせていた直樹だった。
「こんなことを言うと不謹慎なのですが。」
障子も片付けようとした琴子だったが、その手を止めた。
「…猿子おばさまも、母親だったんだなって。」
息子を金づるとしか扱っていないように見えたが、あの悲しみぶりは母親だった。
「俺も同じことを思ったよ。」
鬼の目にも涙と言おうとして、さすがにそれは不謹慎すぎるなと直樹はやめた。
「金ちゃん…最後に会ったのが、あんな金ちゃんだったなんて。」
一番悲しいのは猿子やいとこである東馬や啓太なのだからと堪えていた涙が、琴子の目に浮かんだ。

が、琴子はそれを流すことを許さず、ごしごしと手で目をこすった。
「泣かない…泣いちゃだめ。」
自分を励ますよう、琴子は呟いた。直樹は黙ってそれを見ていた。
「絶対許さないんだから。金ちゃんをあんな目に遭わせた人…絶対許さない。」
泣くまいと堪えながら、琴子は直樹を見つめた。
「金ちゃんは人から恨まれるような人じゃなかったんです。そりゃ、ちょっと鬱陶しいなと思ったり面倒だなと思ったことはあったけど…でも嫌われる人じゃなかった。金ちゃんをあんな目に遭わせたいほど嫌っている人なんて、この家にも、ううん、斗南市にもいないわ!…大蛇森は違うだろうけど。」
「こんな時も大蛇森は怨恨でやられたって考えは変えないんだな。」
思わず直樹はクスッと笑った。
「俺も同意見だよ。」
「だから絶対捕まえてやるんだから!金ちゃんの仇を取ってやらないと!…ついでに大蛇森の仇を取ってやっても、ま、いいけど。」
泣かないように、わざと顔をしかめる琴子が直樹には意地らしかった。悲しみに耐えているその体を優しく包みこんでやりたいと思った時、直樹は腕の中に琴子を包みこんでいた。
「入江さん…?」
「でもな、悲しい時は泣いたっていいんだぞ。我慢しないで…。」
直樹の優しい言葉に、琴子の涙腺がとうとう緩んでしまった。大粒の涙が頬に流れる。
「金ちゃん…金ちゃん…可哀想…。」
「ああ、そうだな。」
「金ちゃん…。」
「うわああん」と子供のように声を上げ、琴子は直樹の腕の中で泣き始めた。荒れ果てた部屋の中で、直樹は琴子が落ち着くまでそのまま、華奢なその体を抱きしめていたのだった。



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紀子ママさん、コメントありがとうございます。

お返事遅くなり申し訳ありません。
そして続けてのコメントありがとうございます。
本当に金ちゃん、何も悪くないだろうに。犠牲になってしまって。
そうなんですよ、猿子さんは一応母親だったと。暴れ回る様はキングコングのようだったでしょうけど、悲しみを表現してみました。
そりゃあ息子を突然殺されれば暴れたくもなるってもの。
人の不幸に乗じて距離を縮めていくイリコトですが笑一応、ラブは入れておかないとまずいかと、えへへ。

りょうママさん、ありがとうございます。

お返事遅くなり申し訳ありません。
続けてのコメントありがとうございます。
いや~実はりょうママさんのコメントでお団子は出てきたんですよ!ありがとうございます。
三種の宝を何にしようかと思っていて、原作どおりにしようかと最初考えていたんですが。
猿子さんの暴れっぷりは哀しさすらわいてきます。
息子が殺されたらね~。
琴子ちゃん、金ちゃんに乱暴されかかっても許せちゃうし悲しんでいるし。
でもそれだけ、金ちゃんもいい人だったということで。
入江くん、たまには優しさを見せないと笑

ちっちぽっぽさん、ありがとうございます。

お返事遅くなり申し訳ありません。
続けてのコメントありがとうございます。

いや~そりゃあ疑うでしょう!姉と妹が犯人だと。しかも自分の息子が一番不出来だったし。
これだけ暴れれば倒れるのも無理はないかと。
ふすまの下敷きの琴子ちゃんは、原作の学園祭の場面を思い出しながら書いていました。あの時も入江くんが助けに来てくれたんですよね。
琴子ちゃんはヒロインでありつつ、この話のコメディエンヌでもあるので。笑いを取りにいってもらいます。
たまにラブを書かないと、せっかく読んで下さっている皆さんが離れていってしまうのではと不安なんですよ~。
さあ、次に殺されるのは?なあんちゃって笑

たまちさん、ありがとうございます。

お返事遅くなり申し訳ありません。
続けてのコメントありがとうございます。

ええ、私も思いましたよ。鬼の目に涙って。だから入江くんに言ってもらったんです。
悲しみが怒りになったのでしょう。
確かに途中で倒れなかったら、猫神家はめちゃくちゃで柱も折れまくりだったかもしれませんね笑
琴子ちゃんだけがこの家で唯一、人の死を悲しむ子なんですよね。もちろん、東馬や啓太も同じだと思いますが。母親の手前そうもできないというか、信じられない状態といいましょうか。

外務省ゴルゴ、本当によくしゃべっていて笑
面倒見がよすぎるよ笑
報酬、いくら払っているんだ外務省?

マロンさん、ありがとうございます。

お返事遅くなり申し訳ありません。
続けてのコメントありがとうございます。

そうです、とうとう身内に…大蛇森弁護士の時は皆さん、驚きこそすれ悲しみはなかったでしょう(それも哀れだ)。
琴子ちゃんですら怨恨リピートしてましたしね。
本当、琴子ちゃんは守られてよかった…さすがにあの姉妹も言葉を失ったことでしょう。
琴子ちゃんにとって金ちゃんは大事な友達ですから悲しむのも無理はないでしょう。
そんな風に堪える女の子を入江くんが放っておけるはずがない笑
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

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二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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