日々草子 猫神家の一族 6

猫神家の一族 6






「怨恨だわ、怨恨。」
「まだ決まったわけじゃない。」
「いいえ、絶対怨恨です。」
「怨恨、怨恨」と壊れた蓄音機のごとく繰り返す琴子。
「ったく、それを言いたいがために俺の所に朝早くから駆け付けてきたのかよ。」
「大蛇森先生が殺されたって聞いて、居ても立ってもいられずに。」
大蛇森弁護士殺害の一報は、猫神家にも昨夜のうちに伝えられた。
「これから警察の方が事情を聞きにいらっしゃるそうなんです。」
大蛇森弁護士は猫神家及び猫神財閥の顧問弁護士だったから当然のことである。直樹も昨夜のうちに事情を聞かれている。
「入江さん、一緒にいていただけますか?」
琴子に頼まれて、直樹も猫神家に行くことになった。

事情聴取は先日、遺言書の公開が行われた大広間であった。直樹と琴子が到着した頃には、啓太以外全員顔を揃えていた。
「ああ、どうも。斗南署のものです。」
いかにも田舎の刑事といった感じの男が二名、ほどなくして現れた。
「どうもこの度は。ご協力願います。」
刑事の言葉に一同は強張った顔で頷いた。
「ええと、まずお名前を」と刑事が犬子から順番に名前を確認していく。直樹については昨夜話をしているので特に驚くこともなく、琴子のところでは「なるほど、桃太郎氏のお知り合いのゆかりの方」と大して気にすることもなかった。
「これで全員ですかな?」
刑事の訊ねに犬子と猿子が雉子を見た。
「他にどなたか?」
「息子の啓太がおります。」
「啓太さん。で、どちらに?お留守ですか?」
「怪我をしており、部屋で休んでおります。」
「場合によって事情をお聞きすることになりますが、大丈夫ですか?」
「…それならば呼んでまいります。」
雉子は女中に啓太を呼びに行かせた。

そして刑事たちは改めて、大蛇森弁護士が昨夜殺害された状況を説明した。
「大蛇森先生が殺されるなんて。」
さすがに強欲な三姉妹も言葉を失っていた。
「大蛇森弁護士は、こちらの顧問弁護士だったそうで?」
「はい。先日も父の遺言書の件でこちらにいらしたばかりです。」
長女らしく犬子が話す。
「ほう。猫神桃太郎氏の遺産でしたらかなりの額でしょうなあ。」
大広間を見渡しながら、刑事が感心する。
「それで、大蛇森弁護士について知っていることをお聞かせねがいたいのですが。」
「知っていることと申しましても。」
犬子が妹たちを見た。
「ちょっと変わった方でしたけど。」
猿子が答えると、
「なかなか面倒な性格でしたけれど、お仕事は真面目にやって下さったからいいかと。」
と、雉子が言う。
「とにかく変わった方のようですな。まあ、その辺は事務所の所員も同じことを言っていたので一致しています。」
と刑事が話したところで、マスク姿の啓太が大広間に姿を見せた。
「これは…」とさすがに刑事も何と声をかけていいか分からない様子を見せた。
「息子の啓太です。ご覧のとおり戦争で顔に大怪我を負っております。あまり無理はさせたくありませんので、その辺はご承知下さいませ。」
「分かりました。」

一方、琴子は三姉妹が刑事と話をしている間も「怨恨、怨恨」と小声で言い続けている。まったくどれだけ言えば気が済むのかと直樹が呆れていると、
「では、大蛇森弁護士を恨んでいるような人物はご存知でしょうか。」
と、刑事がお決まりの質問を一同に投げかけた。
「恨んでいる、または仲が悪かった、いざこざを起こしていた人物などご存知でしょうか。」
「仲が悪かった…。」
「いざこざを起こしていた…。」
誰からともなく声が聞こえ、猫神家の視線が一か所に集中した。
「え…?」
その視線は琴子に集中していた。
「よく喧嘩していたし」「蛆だの蛾だの言い合っていた」「顔を見ると文句を言い合っていた」と三姉妹が口々に言う。いつもなら琴子を庇う東馬と金之助ですら、申し訳なさそうに琴子を見ているではないか。

「相原琴子さん、あなた、大蛇森弁護士と何か揉め事でも?」
「いや、そんなことは!」
琴子はブンブンと手を振った。
「本当に何もありません。」
「しかし、今こちらのご婦人方が。」
「違います。大蛇森先生とはそりゃあ仲がいいとはいえませんが、でも殺すなんてそんなこと!」
とんでもないと琴子は懸命に否定し続ける。

「一応相原さん、あなた、昨日の夜8時にはどちらに?」
「昨日の8時は…部屋にいました。」
「部屋?」
「はい。夕食を終え、部屋で本を読んでいました。」
「どなたか、それを証明できる方は?」
「証明ってそんな。部屋には私一人ですし。」
このままでは逮捕されてしまうのではと、琴子は直樹に目で助けを求めた。

「刑事さん、大蛇森先生は毒殺されたんですよね?」
仕方なく直樹が助け船を出した。
「え?ああ、そうですな。まあそうです。」
「どうやって殺されたか分かりましたか?」
「ああ、そうでした。」
検視等の結果が出ていたのだと、刑事が手帳を見る。
「ええ、死因は毒殺。側に落ちていた煙草に毒が含まれていたようです。それを吸うことで毒を口にし死に至ったと。」
「煙草ですか。つまり、犯人は明確な日時を考えて大蛇森先生を殺したわけではなく、近いうちに死んでくれればいいと思っていたということですね。」
直樹の方がまるで刑事のようであった。
「そういうことになりますな。」
「ということは、大蛇森先生が死んだ時刻のアリバイなどは問題ないということですね。」
「はあ。」
「大蛇森先生を殺したい人間が、どこかにいる。それは琴子に限らない。」
「そうです…な。」
すっかり立場が逆転してしまった感じである。直樹の言うとおりだったので、この話はここまでとなった。



「まさか自分が疑われるなんて。」
直樹の泊っている旅館に入り、琴子は「はあ」と大きなため息をついた。
「怨恨、怨恨って繰り返していたのが聞こえたんじゃないの?」
「そんな。」
「そういうの、自分で自分の首を絞めるって言うんだ。ばあか。」
直樹の言うとおりで、返す言葉がなかった。
「で?お前、何でここにいるの?」
「いや、何か怖くて…。」
まあ琴子がそう思うのも無理はないと直樹は思った。最初に命を狙われたのは琴子である。

「もしかして、大蛇森先生は自殺ってことはないでしょうか?」
唐突に琴子が言い出した。
「自殺?理由は?」
「ほら、あの車の事故!」
琴子も最初の車の事故を思い出したらしい。あれはブレーキが何者かに細工されたことによってのことだった。
「あれ、私を狙ったんじゃありません?」
「まあ多分そうだろう。」
自分が狙われる覚えはないし、運転手も狙われる理由はない。そうなると琴子しかいない。
「大蛇森先生の仕業だったんじゃ?」
「は?」
「大蛇森先生が私を殺そうとしたんですよ!でも失敗しちゃった。それで先生は反省したんです。ああ、こんな清らかで心の美しい女性を殺そうとしてしまった。自分は何て愚かなのだろう。責任を取って毒をあおった…。」
「清らかで心の美しい女性はそんなこと考えねえよ!」
まったくとんでもない推理をしやがってと直樹が怒っていると、
「入江様にお客様です。」
と、旅館の女中が言いに来た。

客は若い、さして特徴のない男だった。
「あの…私、大蛇森先生の事務所で働いていた者です。」
大蛇森事務所の所員かと、直樹は驚いた。
「ご用件は?」
「気になることがあって。」
鈴木と名乗ったその所員は、おどおどとしている。
「どうしてその気になることを僕に言いにいらしたんです?」
「大蛇森先生が言っていたんです。東京からいらした入江という方がすごく頭が良くて頼りになる方だって。だから…。」
数回会っただけで、そこまで買いかぶられるとは直樹はくすぐったい気がした。
「あと入江さんは東京の方だし。こういう時はよそ者の方の方がいいかなって。」
鈴木を見ながら琴子は「こんなおどおどとした人で法律事務所によく勤められたな」と内心呆れていた。
「しっかりしなさい!」
そしてとうとう、琴子の我慢が限界となった。この声に鈴木がビクッと体を震わせた。
「あなた、それでも法律家を目指す人なんですか?」
「ぼ、僕は…。」
「言いたいことがあるならさっさと言う!入江さんは暇じゃないのよ!」
「なぜお前が…」と直樹は琴子を見るが、琴子はそんなこと気にもせず続ける。
「ほら、早く!」
鈴木の背中をバーンと叩く始末である。

「わ、分かりました。あの、僕見てしまったんです。」
「見た?何をです?」
「大蛇森先生が猫神家の遺言書を開封しているところを…。」
「何ですって?」
これには直樹も琴子も驚いた。
「大蛇森先生が猫神家の遺言書を?」
「は、はい。間違いありません。」
少し前の夜のこと。この鈴木は忘れ物をして事務所に戻った。大蛇森は仕事に出てまっすぐ帰るとのことだったので誰もいないはず。しかし、その事務所に明かりがともっているではないか。
もしや、泥棒が?と鈴木は足音を忍ばせ事務所のドアをそっと開き中へ入った。
灯りは大蛇森の机の辺りだけにともっていた。そこで大蛇森がゴソゴソと金庫の前で何かやっていた。

鈴木は息をひそめ物陰に隠れていた。やがて大蛇森が出て行った。それを見て、その机に近寄る。
「…金庫には重要書類がしまわれています。先生、よほど急いでいたのか鍵をかけることを忘れていて。」
「つまりあなたは金庫を開けてみた。」
直樹の言葉に鈴木は頷いた。
「そこには猫神家の遺言書しかありませんでした。それが開封された形跡があったのです。」
「そのこと、警察には?」
鈴木は首を振った。



「遺言書が開封された痕って…大蛇森先生が開封したということかしら?」
鈴木が帰った後、琴子が口にした。
「いや、それはないだろう。」
直樹は断言した。
「数度しか会ったことはないが、そんなことをする人には見えなかった。」
「入江さん、大蛇森先生の肩をやけに持ちますよね。」
「仕事はできる人に見えたからな。」
「ふうん」とじとっと直樹を見る琴子。
「自分では見なかったが、誰かには見せたってことかも。」
「誰に見せたんです?」
「それは分からない。だがそう考えると合うことがある。」
「何ですか?」
「お前が殺されかけた理由さ。」
直樹は腕を組み、考えをまとめた。
「大蛇森先生は誰かに遺言書を見せた。その内容は条件付きとはいえお前が相続するというもの。それを知った誰かがお前を殺そうとした…それで車に細工をした。」
「そ、それじゃあ」と琴子はゴクリと唾を飲み込んだ。
「私、やっぱり殺されるところだった…?」
「そういうことになる。」
口ではそう言っていたが、信じたくはなかったのだろう。琴子は真っ青になって先ほどまでの勢いはすっかり失せてしまっていた。
「大蛇森先生は罪の呵責に耐えきれなくなり、俺に話そうとした。が犯人の動きの方が早かったってところだな。」

話し終えると、なぜか直樹は荷物をまとめ始めるではないか。
「入江さん、東京に戻られるのですか…?」
こんな恐ろしい所はまっぴらだと思ったのか?震える声で琴子が訊ねると、
「ほら、行くぞ。」
と、鞄を手にした直樹は琴子を立ち上がらせた。
「どこに?」
「猫神の屋敷だ。」
「え?」
「入江の名前をとことん利用して、しばらく置いてもらうことにする。」
「それじゃ…東京に帰らないんですね?」
「は?誰がそんなこと言った?」
何を言っているんだと怪訝な顔をする直樹。
「…こんな所に一人で置いていけるか。」
「はい?」
「何でもねえよ、ほら、ノロノロするな。」
「はあい」と琴子は元気よく返事をして直樹の先を歩いて行った。



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あおさん、ありがとうございます。

ありがとうございます、楽しんでいただけて嬉しいです。
花粉の季節、本当にうんざりですよね。
空気清浄機はつけっぱなしだし。おしゃれしてもマスクだから出かける気も失せるし。
お互い乗り切りましょう!
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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