日々草子 猫神家の一族 5

猫神家の一族 5






「…東馬さんはもう、とにかく男ぶりがいいでしょう。この辺りの若い子たちはみんな夢中で。そりゃあ、猫神家の一員だからお嫁になるなんて無理だけど、だったら一晩だけでも…って、いやだ、お客さん!何を言わせるんですか!」
今日も旅館の女中の口は滑らかで、夕食の給仕をしながら直樹が訊ねた以上のことをペラペラと喋ってくれた。
「優しいし、頭もいいし。普段は東京にいるからなんていうんでしょうね?女性の扱いに慣れているっていうんですか?」
「金之助さんは?」
「金之助さん、ああ。顔はともかくこちらも優しいですよ。少々うるさいのが難ですけどね。いつも東馬さんと出来を比べられて可哀想なところはありますけれど。」
「啓太さんは?」
「啓太さん…ああ、こちらもキリリとした男前ですね。戦争へ行かれた時は悲しんだ女性も何人かいたかも。でも東馬さんと違って女性と気楽に付き合うような感じではないですねえ。」
とにかく、猫神家の孫たちはこの辺りでは注目の的であることは間違いないらしい。
「でもね、どんなにあそこのお孫さんたちがいい人でもお母さんがあれじゃあ…って、これ、あちらのお家には内緒にしていて下さいね!」
「ああ。」
「でもお客さんも本当にいい男ですねえ。」
女中は直樹をうっとりと見つめた。
「東馬さんよりもいい男が来ているってこの辺りではうわさが広まっていますよ。」
女中の話に、直樹は曖昧に笑った。



あの遺言書の騒動がかなりのショックだったのか、あれから琴子は寝込んでいた。
見舞いをかねて、直樹は猫神家にやって来た。
「やあ、御曹司。」
猫神家の門をくぐって、出くわしたのは東馬であった。
「どうも。」
「この間はみっともないところを見せてすまなかったね。」
「いえ、僕は何でもありませんから。」
「琴子ちゃんのお見舞いだろう?」
「はい。具合はどうですか?」
「うちの欲深どもがかわるがわる琴子ちゃんの元へ足を運んでいるからね。まったく、ゆっくり休めないんじゃないのかな。」
いくら止めても聞きやしないと東馬は琴子の部屋の方向へ目を向け、溜息をついた。

「東馬さんは、遺言書についてどう考えているのですか?」
いい機会だから話を聞いてみようと直樹は思った。
「僕?いや、別に。」
立ち話も何だからと、東馬は居間に通してくれた。

「琴子さんと結婚したら全財産が手に入るんですけれど。」
「うん、そういうことだったね。そりゃあ琴子ちゃんは可愛いし明るいしいい子だよ。結婚するのも悪くない。」
膝を立てた、あまり行儀がいいとはいえない座り方で東馬は話した。
「でもさ、財産目当てで結婚っていうのもよくないし。そもそも、そこまでして僕は猫神の財産を手に入れようなんて思ってないから。」
「そうなんですか。」
「そうさ。そりゃ身内とはいえ、これでも東京の支店を任されている身だぜ?自分で言うのもなんだけど仕事は出来る方だしね。自分の実力で財産は築き上げたいよ。」
東馬の顔を見れば、その言葉に嘘がないことは間違いなかった。自信にあふれた顔だ。
「そのこと、犬子さんには?」
「話したけど、あの性格だろ?納得しやしない。今日だって息子に向かって琴子ちゃんを襲ってどうにかしろとか…いや、あれはもう守銭奴なんてもんじゃない、鬼だね。鬼。自分の母親ながらうんざりだ。」
琴子の話をしたときとは違い、自分の母親というのに心底嫌な顔をする東馬だった。
「あの母と顔を合わせるのはまっぴらだ。だから僕は東京にいて、滅多にこっちに帰らない。あの性格じゃ親父に逃げられるのは無理ないさ。」
「琴子さんの名前が遺言書に書かれていたことについて、何か思い当たります?」
「探偵みたいだね、君は。」
「お気に触ったならすみません。」
「そんなことはないよ。遺言書に琴子ちゃん?まあ、琴子ちゃんが一番爺さんのことを考えていたからじゃないの?爺さんが伏せった時、熱心に看病していたのは琴子ちゃんだからね。実の娘が三人そろっていても、病室に近寄りもしない。」
「桃太郎氏と犬子さんたち三姉妹は仲が悪かったということですか?」
「うん。相当仲が悪かった。だから遺言書にあの三姉妹の名前が書かれていないというのはもう分かっていたよ。きっと本人たちもね。」
「でもね」と、母親たちを罵っていたその顔が少し変わった。
「うちの爺さんは正妻というものを持たなかったんだ。妾を三人持ったんだけど、いずれも子供が出来たのが予想外だったらしくて。だから母親たちはあまり爺さんに可愛がられなかったらしい。それを考えると、あの三姉妹の心が荒んでしまったのも無理はないかなと、そこだけは同情の余地がある気がする。」
「何か、辛いことまで話をさせてしまってすみません。」
「いいや、僕が勝手に話したことだから。」
どこそこの娘と会う約束があるからと、東馬はいそいそと出かけてしまった。

広い屋敷、琴子の部屋に行くまでには色々あるようで。
「何や、琴子に会いに来たんか。」
次に出くわしたのは金之助だった。
「いやらしいことをするんじゃないやろうな?」
「まさか。誰かさんじゃあるまいし。」
「何や?俺がそうするとでも?」
「いや、別に。」
金之助とは同じ年齢ということもあり、直樹の口調はくだけたものとなり態度もそうなっていた。
しかし金之助の方は、直樹が男前ということで警戒しているようである。

「なあ。」
「何や?」
「遺言書について、おたくはどう思っている?」
「俺?別に何も。」
これまた金之助も東馬と同じ答えであった。
「おたく、琴子さんのこと好きなんだろ?」
「な、何やねん!何でお前にそんなこと言われないとあかんのや!」
顔を真っ赤にする金之助を見て、「図星か」と直樹は言った。
「別に琴子と結婚すれば金が入るからとか、そういう理由やないで?」
金之助は辺りを見回し、こっちに来いとこれまた傍にあった小部屋に直樹を入れた。

「俺はな、純粋に琴子を愛しているんや。あんないい子はおらん。この珍味海産な家も…。」
「それを言うなら魑魅魍魎な。」
「嫌みなやっちゃな。学があることを見せつけているんか。どうせ俺は学がない。いや、そんなことはどうでもいい。そのちみ…魑魅魍魎なこの家も琴子がいてくれるから、ほんの僅かやけど明るさがあるんや。」
それは確かだろうと直樹も分かった。
「爺さんだってそう思うたから、ああいうこと書いたんやろうな。そりゃあ、あのくそババアたちに比べたら琴子の方がずっといいに決まっとる。」
こちらも東馬と同じ考えだった。それにしても実の息子たちからそこまで言われる母親というのも一体と、直樹は思う。

「正直言うたら、金はあるに越したことはない。」
「じゃあ、結婚して遺産もらうのか?」
やっぱり金が欲しいのではという直樹の疑いに対し、
「馬鹿いえ!そこまで欲しくないわ!」
見くびるなと金之助は直樹を睨んだ。
「俺は学はない。東馬みたいに頭よくないから猫神の事業なんてよう分からん。大阪の店を任されているけど名ばかりやし。」
母親から小遣いもらって遊び歩いているという話だったなと、直樹は思い出した。
「机に向かって難しいことを考えるなんて無理や。それより俺はやりたいことがあるんや。」
「やりたいこと?」
「俺は…うまいもんを作りたいんや。」
「うまいもん?料理人ってことか?」
金之助は頷いた。
「勉強は嫌いや。でも台所に立つのは嫌いやない。包丁を持って色々考えるのは好きや。だから大阪でうまいもん食って勉強しているんや。あの店はこういう味か、この店はこれが自慢料理かって。それで自分やったらどうするかなとか。」
それを母親に言っても、何を馬鹿なことをと笑われるだけだと金之助は落ち込んでいた。
「あのクソババア、金のことしか頭にない。自分の親ながらあのババアの考え方には付いていけん。そんな生き方俺はごめんや。金は自分の力で稼ぐ、それこと男の生き方やろ?」
「…そうだな。」
小遣いせびって遊び歩いているというのは、どうやら誤解のようである。見た目より、この男はちゃんと自分の将来を考えている。
「…悪かったな。」
金持ちのドラ息子と思い込んでいたことを直樹は謝った。
「え?ああ、別に。俺が話したくて話しただけや。」
話しにくいことを話させたことを直樹が謝っているのかと金之助は勘違いしていた。直樹は特に訂正しなかった。
琴子に手を出すなよと言い残し、金之助も出かけてしまった。市内の料理店に勉強をかねて行くらしい。

琴子の部屋は洋間であった。
「入江さん!」
ベッドに寝ているかと思いきや、着替えて琴子は読書をしていた。
「元気そうだな。」
「はい。もうすっかり。だっておばさまたちがしょっちゅうやってくるから、ゆっくり休めなくて。」
先ほど東馬から聞いたとおりである。
「あんな乱暴なことをして悪かった、許してほしいと謝られて。私、あのおばさまたちが謝るところを初めて見ました。」
琴子は呆れていた。
「随分豹変したもんだ。」
「でもあの性格なら、私をあんな目に遭わせるのも分かりますけれどね。」
共に暮らしているから、あの三姉妹の性格は十分分かっている琴子だった。赤の他人の自分が遺言書に登場し、しかも財産をすべて譲られるとあれば無理もない。琴子がショックを受けたのは三姉妹の乱暴ではなく、遺言書に自分が登場したことだった。
「どうして、桃太郎のおじいさまは私になんて。」
「よほど気に入られたんだろうよ。」
「うーん、そうなのかなあ?」
ただ、琴子が東馬、金之助、啓太のいずれかと結婚することが条件なのである。三姉妹はそれぞれ、いかに自分の息子が結婚相手として素晴らしいかを琴子に毎日聞かせてくるらしい。

「でも三人とも、悪い男じゃないみたいだな。」
啓太とは話をしていないが、女中の噂も含めるとそんな感じを受けた直樹であった。
「え?」
どうしてそんなことを直樹が言うのかと、琴子は驚いた。
「財産のことは別にして、結婚相手として考えてみても悪くないんじゃないか?」
何気なく口にする直樹に、琴子は悲しくなった。
「…そんなこと。」
「三人ともお前のことは嫌ってないし。少なくともあの三婆とは性格は正反対のようだし。」
東馬と金之助は見事なまでに、親を反面教師として成長してきたことは明白だった。
「私は結婚するなら自分で相手を探します。」
琴子のきっぱりとした物言いに、直樹は「へえ」と意外そうな顔をした。
「別にこういう話になったからそう言うわけではありませんよ?戦争も終わったし、これからは女性が自由に生きられる時代になりそうだって本に書いてあったし。だったら結婚相手も自分で選んで、生きる道も自分で決めます。」
「…意外に進歩的なんだ。」
「そうなんですよ?」
どうだと胸を張って見せる琴子だが、その行為が直樹には子供のように見えておかしかった。

「入江さん、今夜はこちらでお食事をいかがですか?」
琴子が誘った。食事をここまで運んでもらってきたが、そろそろ広い所で食べたくなった。しかし、あの三姉妹と顔を合わせると間違いなく、自分らの息子と結婚してと言われる。直樹がいればその話にならないのではと、琴子は考えたのである。
「残念ながら、先約がある。」
「先約って…女性ですか?」
「何で女と?」
「いえ、別に。」
直樹が市内の女性の噂の的になっていることは、すでに琴子の耳に入っていた。
「違うよ。お前の大好きな奴。」
「私が大好きな人?そんな人は…。」
「大蛇森弁護士。」
「大蛇森先生!?」
また直樹に手を出そうとしているのかと、琴子の目が吊り上がった。
「私好きじゃありません!大嫌いですよ!」
「ああ、悪い。そうだったっけ?」
ちょっとからかっただけなのにそこまで怒るなんてと、直樹はクスッと笑った。
「何で大蛇森先生が?どこで会うんです?」
「俺がいる旅館。電話があって夜に話があるって。」
「夜?」
泊っている旅館に、しかも夜に尋ねるなんてと、ますます琴子は疑う。
「私も一緒にいます!」
「いや、だめだ。」
直樹がはっきりと断った。
「何となく、大蛇森弁護士は俺と二人きりで話がしたいような気がする。」
「よこしまな考えがあってのことでは?」
あのおんぼろ旅館の部屋に入った途端、直樹を後ろから襲う大蛇森…想像しただけで琴子はブルルッと身震いせずにいられない。
「あの人はそういう時はこんな廻りくどいことはやらないだろう。」
あの性格ならば襲うならばさっさと襲ってくるはずだと直樹は思っていた。

しかし、大蛇森は直樹を襲うことは二度となかったのである。



その夜、直樹は部屋で大蛇森が来るのを待っていた。
「遅いな…。」
約束は7時だった。しかし、今はもう8時になる。
「時間にいい加減な人とは思えなかったが。」
こちらから電話をしてみるかと、大蛇森の名刺を手にして立ち上がった時だった。
「キャーッ!!!」
玄関先から女中の悲鳴が聞こえ、直樹は階段を駆け降りた。
「どうした!?」
「あ、あれ…。」
ブルブルと震える女中の指先。その示す方を直樹は見た。ほのかな街灯が照らす路上で…大蛇森が倒れていた。






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プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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