日々草子 君に花を捧ぐ 28(最終話)

君に花を捧ぐ 28(最終話)






「いらっしゃいませ、ナオキヴィッチ様。」
この日出迎えたモッティは、目を見張った。最初この屋敷に来た時のナオキヴィッチとはまるで別人のようだった。
「すっかりお元気になられて嬉しゅうございます。」
「お前にもすっかり世話になったな。」
ナオキヴィッチは「ありがとう」とモッティに礼を述べた。そして辺りを見回した。
「お嬢様でしたら、お出かけでございます。」
「出かけている?」
「だってナオキヴィッチ様、突然いらっしゃるのですもの。前もって分かっていたら、お嬢様だってお出かけになりませんでしたわ。」
「どこへ?」
「フフフ」とモッティが楽しそうに笑い、ナオキヴィッチに教えたのはーー。



「はあい、みんな。ご本を読みますよ。」
真っ白なエプロンをつけたコトリーナの言葉に、子供達が「はあい」と元気よく返事をして、その周りに集まった。
「ベン、もっと楽にしていていいのよ。マリーはお咳が苦しくなったらすぐに言ってね。ああ、ロージー、お鼻をかまないと。さあ、こちらにいらっしゃい。」
子供達の世話をしながら、コトリーナは本を広げる。
「先生が戻られるまで、大人しく待っていましょうね。」
ここは村の医師の診療所だった。医師が往診に出ている間、集まった患者の子供達の世話をコトリーナはしていた。
「昔昔、あるところに王様とお妃様が住んでいました…。」
本を読むコトリーナの声を、ナオキヴィッチは建物の外からしばし耳を傾けていた。ユウキヴィッチは下手と騒いでいたが、なかなか上手ではないか。

「ナオキヴィッチ様。」
「先生。」
いつの間にか医師が戻ってきていた。
「見違えましたよ。すっかりお元気になられて。」
「先生に診ていただいたおかげです。」
この医師が吸血鬼に取り憑かれたと言ってくれなかったら、ずっと辛いままだった。ナオキヴィッチにとって恩人となった。
「お礼が遅くなり申し訳ありませんでした。」
「とんでもありません。こうしてお元気になられたお姿を拝見できただけで十分です。」
医師はニコニコと笑った。
「ところで、コトリーナはいつからこちらで?」
「礼拝堂での出来事から少し経った頃ですかな。」
元々、村で病人が出たら見舞いに出かけていたコトリーナだった。が、ただ見舞いに歩くだけではなく、もっと人々の役に立ちたいと思うようになった。
それで、医師の手伝いをしたいと申し出たということだった。
「勿論、私としては手伝ってくれるのは大歓迎でして。伯爵も人の為になることならと喜んで賛成して下さいました。」
こうして診療所を空けている間に、訪れる患者の相手になってくれるだけでも助かっているという。
「もう少ししたら、包帯の巻き方などお教えしようかと思っております。」
「しかしコトリーナは不器用ですよ。」
以前のハンカチの出来を思い出したナオキヴィッチが笑うと、
「存じております。しかし、どんな症状でも嫌な顔を一つせずに笑顔でいることはなかなかできることではありません。器用さよりもそちらの方が重要だと考えております。」
「確かにそうですね。」
子供の鼻をかんでやっているコトリーナを見て、ナオキヴィッチは頷いた。
「…しかし、以心伝心というのか。」
「何ですかな?」
「いえ、いずれまた。」
ナオキヴィッチは思わず呟いた独り言を、笑って誤魔化した。



「いらっしゃるならもっと前にご連絡下されば、屋敷でお迎えできたのに。」
留守をしていた上、診療所まで迎えに来てもらって申し訳ないと、帰りの道でコトリーナは謝った。
「いや、驚かせたくて俺が突然来たのだから。」
「そうですか?お疲れなのに。」
「もう大丈夫だ。すっかり良くなった。」
かつて、フラフラになりながら歩いていた森の道と、コトリーナと二人で今度は元気に歩けることがナオキヴィッチは嬉しくなった。
「オーイズミ家と話はついた。」
「そうですか…。」
嬉しそうではないコトリーナを見て、
「何か問題でも?」
とナオキヴィッチは訊ねる。
「サヴォンヌ様を傷つけてしまったことが悲しくて。」
と、コトリーナは悲しげに答えた。
「仕方がない。俺の気持ちはあの人に向いていないのだから。」
「幼い頃からずっとナオキヴィッチ様を想っておいでだったのに…。」
「時間じゃないだろ、時間じゃ。」
かつてユウキヴィッチに言われたことを、ナオキヴィッチは口にした。
「出会って一日、いや一時間でも好きになるものは好きになるんだ。」
「それはそうでしょうけれど。」
そもそもコトリーナがそこまで気遣う必要はないほどの取り乱し様だったサヴォンヌであった。が、その様子を伝えるとますますコトリーナが自分を責めそうなので、黙っておく。

歩いていくうちに、教会が見えてきた。いつの日か、そこから聞こえて来た賛美歌でナオキヴィッチが気分を悪くしてしまった場所であった。
「今日は賛美歌は聞こえてきませんけれど。」
コトリーナはナオキヴィッチを見た。
「もう大丈夫だ。賛美歌が束になって聞こえてきてもびくともしないさ。」
せっかくだから寄って行こうと、二人は中へ入った。

教会の中は誰もいなかった。美しいステンドグラスをしばし二人は眺めた。
「礼拝堂の一件でサラをどうにもできなくて悪い。」
ナオキヴィッチはそのことが未だ、心残りであった。
「いいえ、それは大丈夫です。」
コトリーナは笑った。
「父からも言われましたし、イーリエ公爵様のお気持ちも伺っています。私はこうして無事だったし、ナオキヴィッチ様も怪我がなかったのですから、気にしないで下さい。」
自分の被害よりも、あの件があったからディヴィッドとクレアが姿を見せて、ナオキヴィッチを解放してくれたのだからとコトリーナは続けた。

「本当にありがとう、コトリーナ。」
十字架の前で、ナオキヴィッチはコトリーナの大きな目を見つめて言った。
「お前に会えて本当によかった。こうして元気になって。何てお礼を言えばいいか。」
「お礼なんて。」
ナオキヴィッチに見つめられ、コトリーナは頬を染めた。
「私はただ、ナオキヴィッチ様がお元気になられたことが嬉しいのです。気にしないで下さい。」

そしてナオキヴィッチは、このところ胸に秘めていたことを打ち明けることにした。
「実はお前に一番に聞いてほしいことがあって。」
「はい?」
「俺は医者を目指そうかと思う。」
「お医者様に?」
驚いてコトリーナは目を見張った。
「ああ。自分があのように伏せっていて、そして健康を取り戻してそのありがたみが身にしみて分かったんだ。だからもっと多くの人を健康にしてやりたい。それが一つの理由だ。」
「もう一つあるのですか?」
「俺が血を吸って苦しめた人たちに、償いをしたいんだ。この村の先生や、フォン先生のような身分にこだわらず、苦しむ人間を救う医者になりたいんだ。」
ナオキヴィッチは緊張しながら、コトリーナの顔を見た。どんな顔をしてこの話を聞いているか。
「…素敵!!」
コトリーナの目は嬉しさに輝いていた。
「素敵です、ナオキヴィッチ様!お医者様だなんて!素晴らしいです!!」
両手を組み、神のようにナオキヴィッチを見つめるコトリーナ。その顔にナオキヴィッチは励まされた。
「きっとなれます、ナオキヴィッチ様なら!」
コトリーナはこう言ってくれると思っていた。きっとサヴォンヌであれば、働くなんてどういうことだと目を剥いただろう。この考えをサヴォンヌ、オーイズミ家に言えばもっと簡単に婚約は解消されたかもしれないが、これだけはコトリーナに一番に伝えたかった。
「お前に先を越されていたみたいだけど。」
まさかコトリーナが診療所で働いているなんて思いもしなかった。
「俺が医者になる頃にはお前の包帯の技術も見られたものになっているかな。」
「頑張ります!」
張り切って言ったところで「ん?」とコトリーナが首を傾げた。
「ということは、私、ナオキヴィッチ様のお手伝いをしてもいいということですか?」
「手伝いも何も一緒に暮らしているんじゃないか?」
「え?」

どういうことだという顔をするコトリーナの前で、ナオキヴィッチは膝をつき、その手を取った。
「俺と結婚してくれますか?」
「ナオキヴィッチ様…。」
「どうか、ずっと側にいてほしい。永遠に俺の側に。」
「私で…よろしいのですか?」
「お前じゃなければ駄目なんだ。」
ナオキヴィッチはコトリーナを見上げ、はっきりと言った。
「医者になるには数年かかるから、待たせることになるかもしれない。それにもしかしたら父が許さないかもしれない。許してくれたとしても貴族じゃなくなるかもしれない。一介の医者になるが、そんな俺と結婚してくれるか?」
「…勿論です、ナオキヴィッチ様。」
先ほどまで輝いていた目から涙がこぼれる。
「どんなナオキヴィッチ様でもお側にいさせて下さい。私はナオキヴィッチ様がナオキヴィッチ様だから…だから愛しています。」
「俺もだ、コトリーナ。」
立ち上がり、ナオキヴィッチはコトリーナを抱きしめた。
「愛している。コトリーナ。」
そして二人はゆっくりと、唇を重ねたのだった。



1ヶ月後、コトリーナと父、モッティは再びイーリエ家を訪れた。

「コトリーナちゃん!」
「ノーリー様!」
公爵夫人が馬車から降りたコトリーナを抱きしめた。
「会いたかったわ!」
「私もです。」
実の母と娘のように抱き合う二人を、イーリエ公爵とアイハーラ伯爵が嬉しそうに見つめた。
「もうすぐ娘になるのね。ああ、待ち遠しいこと。早くナオキヴィッチが医者にならないかしら?明日にでもならないかしら?」
イーリエ家に戻ったナオキヴィッチは医者になることを両親に話した。両親は快く許してくれた。
「爵位なんぞ、どうとでもなる。公爵が医者になってはいけないなんて決まりもない。」
鷹揚に笑う父に、ナオキヴィッチは胸を撫で下ろした。
そしてコトリーナにプロポーズをして承諾を得たこと、勿論アイハーラ伯爵にも承諾を得たことを話すと、こちらも大喜びだった。
「絶対そうなると思っていたのよ。嬉しいこと!」
特に公爵夫人は喜んで、もうコトリーナ専用の部屋を用意させるほどであった。

コトリーナがイーリエ家を訪問した目的は、結婚の報告以外にもう一つあった。

「こちらが…。」
イーリエ家代々の当主及び後継者、それぞれの夫人の肖像画が並ぶ部屋である。ナオキヴィッチの案内で入ったコトリーナは、目的の絵をすぐに見つけた。
「ディヴィッド・イーリエ卿…こういうお顔をされているのですね。」
ディヴィッドの肖像画はずっとこの部屋にあったのだが、ゆっくりと眺める余裕はなく、今日初めてコトリーナは目にした。
「そして」とコトリーナはその隣を見た。この部屋に並ぶ夫人たちの肖像画はどれもドレスや宝石を着飾っている中、その絵は素朴なものだった。
「クレア・イーリエ夫人…よかった、クレアさん。本当によかった。」
ディヴィッドが描いたクレアの肖像画が、イーリエ夫人として並んだのである。
「父上がオーイズミ家に出した最後の条件がこれだったんだ。」
あの時、隣で聞いたナオキヴィッチは大層驚いた。

―― ディヴィッド・イーリエとオーイズミ家の令嬢の婚姻をなかったものとし、ディヴィッドの夫人をクレアとすることを許可すること。

これがイーリエ公爵の出した条件だった。
「もう過去の話だし、皆亡くなっているし、書類上だけのことだとは分かっている。だけど、ディヴィッドとクレアを結婚させたいと父上と母上が話していたと聞いた時は嬉しかった。」
「こうして二人並んでイーリエ家の人間となれて…クレアさん、いいえ、クレア様とお呼びしないといけませんね。クレア様はどれだけ喜んでいらっしゃるか。」
もちろん、公爵家の一員になることがクレアの望みではなかったことは分かっている。クレアはディヴィッドの隣に並ぶことができたことを一番喜んでいるだろう。
「ところで、ナオキヴィッチ様。」
コトリーナはロザリオを出した。
「こちらは、私が持っていてもいいのでしょうか。」
クレアからディヴィッドへ渡された、大事なロザリオである。
「ディヴィッドがお前に託したんだ。そのまま持っていてくれ。その方が二人も喜ぶだろう。」
「大事な物なのに…。」
「だからこそ、お前がふさわしいんだ。お前の手に渡ったから俺をあの場へ導いてくれ、そして救ってくれた。」
「分かりました。」
コトリーナはロザリオを胸に大切に抱いた。



それから数日後、サンルームにコトリーナはいた。
「…できた!」
ようやく、ハンカチの刺繍ができあがった。色々あって時間がかかってしまった。
「うん、前よりも上手にできた。」
ナオキヴィッチの絵より劣ることは否めないが、それでも花に見える…と思う。
「へえ、できあがったか。」
ちょうどそこにナオキヴィッチが現れた。
「ええ!ほら、見て!」
「うん、上手くなったな。」
「そう思います?」
「ああ。ラフレシアにすごく近づいた。うん、上手だ、上手。」
「違います!!」
それでも、今度は誰にも遠慮せずに堂々とナオキヴィッチにハンカチを渡せることが嬉しいコトリーナである。
「じゃ、俺からは…。」
後ろに隠していた物を、ナオキヴィッチはコトリーナの前に出した。
「わあ…!」
それは色とりどりの、本物の花束だった。
「ようやくお前に渡すことができたな。」
「ナオキヴィッチ様…。」
かつて触れただけで枯らしてしまった花。それをこうして花束にすることができる。ナオキヴィッチはそこから一本抜いて、コトリーナの髪に飾った。
「こんな些細なことが、こんなに嬉しいこととは思わなかった。」
「私もです。」
花束を抱きしめ、うれし涙をこぼすコトリーナ。ナオキヴィッチはもらったばかりのハンカチでその涙を拭いてやった。
「これからもずっと…。」
その先の言葉をナオキヴィッチは言わなかった。その代わりにキスをした。コトリーナには、ナオキヴィッチが何を言おうとしているか、分かっていた。





☆☆☆☆☆
最後までお付き合い下さりありがとうございました。
のちほど、あとがきをば。

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お話、終わりましたね、二人の、夢かなえられて、よかったね。
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

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二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

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