日々草子 君に花を捧ぐ 26

君に花を捧ぐ 26





ナオキヴィッチが牙をつける前に、男は気を失ってしまった。もう一人の男も同様だった。
「…全ての血を奪ってやろうと思ったのに。」
抵抗しない人間を襲っても物足りないと、ナオキヴィッチは男を解放した。意識のない男は鈍い音を立ててその場に突っ伏した。
恐ろしさと悲しさで震えているコトリーナをナオキヴィッチが見た。
「ナオキヴィッチ様…。」
コトリーナが震える声で名前を呼ぶ。こちらへ来るかと思ったナオキヴィッチであったが、驚くことにその全身から力が抜けたかのように体が崩れ落ちた。
「ナオキヴィッチ様!」
コトリーナは足をバタバタ動かして、何とか縄を緩めることができた。そしてナオキヴィッチの側へ寄る。
「ナオキヴィッチ様、しっかりして!」
コトリーナが必死になって声をかけると、ナオキヴィッチは目を開けた。その顔にもうあの恐ろしい影はなかった。
「俺は…。」
ナオキヴィッチはコトリーナを見て、状況を把握しようとした。礼拝堂を見つけた所までは覚えているが、それから先は記憶がない。
「ナオキヴィッチ様、大丈夫ですか?」
とりあえず、コトリーナの縛られた腕をナオキヴィッチは解いた。

「ああ…。」
体を解放されて安堵するはずのコトリーナの顔が、更に青ざめた。
「ナオキヴィッチ様…うしろ…。」
「うしろ?」
まだはっきりとしない状態で、ナオキヴィッチは振り返った。その目が大きく見開かれた。

『…全てあなたのせい。』
二人の前に、女性がいた。それはあのクレアだった。
『私のような目に遭う者が出ぬよう、あなたに取りついたのに!』
「じゃあ、俺に取りついたのは…。」
『そう、あなたが先祖と同じ過ちを繰り返さぬよう警告してあげたのよ。』
愛してもない人間と結婚しようとしているナオキヴィッチを止めるため、クレアは取りついたのだった。
『それなのに、あなたはちっとも考えを変えようとしなかった。そのままだと吸血鬼として生きなければならないと、血まで吸わせて警告したのに…。』
「だから、オーイズミ家と縁談が出た時に俺の体に異変が起きたのか。」
『結局あなたは好きな女性が出来ても、考えを変えようとしなかった。その女性を傷つけるだけだった。』
話しながらクレアはナオキヴィッチが庇っているコトリーナを悲しげに見た。
『だから…もう知らない…。』
そう呟いたクレアの顔が、徐々に変化していった。先ほどのナオキヴィッチと同じ、いやそれより恐ろしい魔物の顔になっていく。
『もうお前のことなど知らない!』
言葉づかいも全て変わった。のびきった爪をナオキヴィッチへ向け、クレアは言った。
『ディヴィッドの幸せを祈り、その子孫を守れるように私は吸血鬼となった…せめてもの情けと思って、子孫であるお前に血を吸わせても相手を殺さないようしてやったのに…。だがもう情けはかけない。お前のその牙で人間の血をすべて吸わせて殺人鬼にしてやる!!』
「…分かった。」
ナオキヴィッチがコトリーナを守りながら言った。
「俺を殺人鬼にしようが、どうしようが好きにしていい。その代わり、コトリーナには指一本手を触れないでくれ!」
『…この期に及んで、まだそのようなことを。』
「コトリーナは悪くない。悪いのは俺だ。俺の命を好きにしてくれ。八つ裂きにしようがどうしようが構わない。頼むからコトリーナだけは傷つけないでくれ。」
「ナオキヴィッチ様、そんなこと言ってはだめです!」
コトリーナはナオキヴィッチの考えを変えようとした。そしてクレアに叫んだ。
「クレアさん、やめて!あなたはそんな人じゃないはず!」
『もう過去の私はいない…。』
「いいえ、います!ディヴィッド様が唯一愛したクレアさんはまだいます!」
『愛してない…あの男は…私の嘘を信じて…結婚した…。』
これを聞いて、ナオキヴィッチはクレアが自分がついた嘘をディヴィッドに気付いてほしかったのだと知った。クレアの別れるという嘘を違うとディヴィッドに否定してほしかったのだ。

「違います!ディヴィッド様はクレアさん以外の女性を愛しませんでした!」
『お前がなぜそんなことを…。』
「これを、これを見てクレアさん!」
襟元からコトリーナが何かを出した。
「それは…。」
ナオキヴィッチにも見覚えがあった。
「あなたがディヴィッド様に渡したロザリオです!」
コトリーナはクレアに向けてそれを掲げた。

************

修道院の院長は古い日誌を見ながら話をしてくれた。
「ディヴィッド様は、この修道院の修道士として一生を終えられました。」
「修道士?」
コトリーナとモッティはどういうことだろうと思った。
「ディヴィッド様はオーイズミ家のご令嬢と結婚されたと聞いていますが?」
「はい。ですが式を終えたその夜、この修道院へいらしたのです。」
「式を終えた直後に?」
「さようです。そしてこちらに入りたいと。当時の院長が考え直すよう説得したようですが、決意は固いままでした。」
「なぜでしょう…?」
「…愛する女性が短い命を終えてしまった。それを聞いて、自分は生涯その女性だけを愛して生きていきたいのだと話したそうです。」
クレアに別れを告げられ、そのままオーイズミ家との縁談を承知してしまった。しかし結婚直前に、クレアが亡くなったことを知り激しい後悔に襲われた。更にオーイズミ家がクレアの家にやったことも知り、憎しみが増していった。
「だが、それも全て自分が招いたこと。自分が全ての原因だと思い、その罪を償うため、そしての女性との思い出を抱いて生きていくために修道院に入ることを決められたのです。」
「それで、修道院に入られて一年で亡くなられたのですか?」
「いいえ、ディヴィッド様は天寿を全うされました。」
「だって、系図には…。」
ナオキヴィッチが調べた系図によると、結婚後一年でディヴィッドは亡くなったはず。
「それは表向き、そういうことになったのです。」
結婚式を終えたとはいえ、その日のうちに娘婿に逃げられた。その事実をオーイズミ家は絶対隠さねばならなかった。そこで一年が過ぎるのを待ってディヴィッドは死亡した、残された娘は哀れな未亡人となったと同情をかうことにしたのだった。

「コトリーナ様に、こちらをお渡ししましょう。」
院長が古ぼけた黒革の箱をテーブルに出した。コトリーナはそっと蓋を開けた。
「これは…。」
「ディヴィッド様が生涯、肌身離さず持っていたロザリオです。」
「こんな大切なものを私が受け取るわけにいきません。」
返そうとするコトリーナの手を、院長は止めた。
「いいえ、これはディヴィッド様の遺言なのです。」
「遺言?」
「そうです。いつか自分の過去を知り、哀れと思ってくれる人物がこの修道院に現れたら。きっとその人物はこのロザリオの価値を分かってくれているはずだから渡してほしいと。」

************

「だから、ディヴィッド様はずっと、ずっとあなたが好きだった。あなたを愛していたんです!」
『嘘だ…。』
「嘘じゃありません。若い人生を修道院へ身を投じたのです。そうしてでも、あなたとの思い出に生きたかった、命が果てるその時まであなたを思っていたのです!」
「それでも」とコトリーナは続けた。
「それでもあなたがナオキヴィッチ様を苦しめたいというのならば、私の血をナオキヴィッチ様に吸わせればいいわ!」
「何てことを!」
これにはナオキヴィッチが止めに入る。
「いいえ、いいの!私の血を全部ナオキヴィッチ様に吸わせればいい!でも私は悲しくない。私はナオキヴィッチ様のために全部の血を捧げても構わないんだから。だから私を殺したことにはならない。あなたの望みは叶わないんだから!」
首から下げたロザリオを握りしめ、コトリーナは力いっぱい叫んだ。
『おのれ!』
恐ろしい形相をクレアはコトリーナに向けた。コトリーナが死を覚悟したその時だった。

握りしめた手の隙間から、光が溢れ出した。その光は、どんどん大きくなっていく。そしてナオキヴィッチとコトリーナを包み込んだ。

『…クレア。』
ナオキヴィッチをここまで導いて来た声、いやそれより優しい声が礼拝堂の中に聞こえた。光の中でナオキヴィッチとコトリーナは目をこらした。
「あれは…。」
クレアの前に誰かが立っている。それは男性だった。
「もしかして、ディヴィッド様?」
コトリーナが呟く。
『クレア…もうやめるんだ。』
『ディヴィッド…様。』
クレアの手が下ろされた。
『ずっと会いたかった、クレア。』
ディヴィッドは魔物と化した恋人を抱きしめた。クレアを包んでいたドス黒い霧が、ディヴィッドが連れて来た光に吸い込まれるように晴れていくのが見える。
『クレア、悪かった。私が全て悪かった。もう苦しまないでくれ。』

「ナオキヴィッチ様、見て。」
小声でコトリーナがナオキヴィッチを呼んだ。
「クレアさんが元に戻ってる…。」
コトリーナが言うとおり、クレアが魔物から元の娘の姿に戻っていた。

『迎えに来た。行こう、クレア。』
『ディヴィッド様。』
『今度こそ、幸せになろう。』
『…はい。』
ディヴィッドに再会し、ようやく信じることができたのだろう。クレアに笑顔が戻っていた。
ディヴィッドがクレアの手を取った。
「クレア!」
ナオキヴィッチがその名を呼んだ。
「…約束する、もう過ちは繰り返さない。」
ナオキヴィッチの言葉に、クレアが微笑んだ。
「ありがとう、クレア。」
ナオキヴィッチも微笑んだ。
ディヴィッドは、コトリーナを見た。
「ディヴィッド様、よかった…。」
涙を流して喜ぶコトリーナの頬に、ディヴィッドはキスをした。
『ありがとう、美しき聖女。あなたに神の御加護がありますように。』
そしてディヴィッドとクレアは手を取り合い、光と共に天へ昇っていった…。




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お金のための権力

二人の、愛の中さえ、オーイズミは切り裂こうとする、昔も、今も、お金の、権力そのためなら。可愛い娘まで使う、コトリーナ、ナオキビッチまで、ひきさこうとするなんて、最低ですね。

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『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
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