日々草子 君に花を捧ぐ 25

君に花を捧ぐ 25






ユウキヴィッチの言葉がずっとナオキヴィッチの心に刺さっていた。

「こちらを焼いてきました。お口に合えばいいのですが。」
サヴォンヌが自ら焼いて来たビスケットをテーブルに置いた。
―― 兄上、サヴォンヌ様と一緒にいて楽しい?
ユウキヴィッチの声が頭の中に響く。
「ナオキヴィッチ様?」
具合が悪いのかと心配してサヴォンヌが自分を見ている。
「ああ…すみません。一枚いただきましょう。」
「無理なさらなくても大丈夫ですよ。」
「せっかく焼いて下さったのですから。」
ナオキヴィッチは一枚口にした。味も文句なかった。
おそらくサヴォンヌは気づいているのではないだろうか。ナオキヴィッチの心に占めている人物が誰なのか。だが、サヴォンヌはこうして自分に尽くしてくれるし、何より幼い頃から自分と結婚することだけを考えて来た。何より、家同士の問題もある。イーリエ公爵家の長男として義務を果たさねば…。


そんな中、ナオキヴィッチはあの美術品がしまわれている部屋にいた。ディヴィッドが描いたクレアの絵を眺める。
「…どんな思いをして、別れを告げたんだろうか。」
この人を包み込む笑顔の影に、どれほどの涙が流れたのか。クレアの笑顔にコトリーナの笑顔が重なる。
「自分の気持ちに嘘をついて生きていくのは、ディヴィッドと同じか。」
最近は特に体調が悪くなっていた。こうして立っているのもやっとなくらいである。それでも他人の血を吸おうという気持ちにならないだけましだった。苦しむのは自分だけでいい。
「ロザリオ…。」
クレアの胸元のロザリオをナオキヴィッチは眺めた。吸血鬼に十字架は鬼門だろう。
「…やっぱり辛いな。」
いつかコトリーナと散歩していて讃美歌を聞いた時に気分を悪くした時と同じだった。「はあ、はあ」と荒い息を吐いて、膝をつく。
「くそっ!」
十字架を目にしないよう、絵を裏に返そうと手を伸ばした時である。

突然、光が絵から発せられた。それはナオキヴィッチを包み込むように広がる。
「どこからだ…?」
眩しさの中、目を凝らす。その光は絵の中のロザリオから発せられていた。
「なぜ、こんなことが?。」
やがて光がおさまった。するとつい先ほどまで倒れかけていたその体に、力がみなぎり始めていた。
何が起きたのか分からないままのナオキヴィッチの耳元に、声が聞こえて来た。
―― すぐに行け。
「行け?」
一体誰がしゃべっているのだろうか。辺りを見回してもこの部屋にはナオキヴィッチしかいない。
―― 行くんだ。
どこへ行けと命じられているのかと疑問に思った時、ナオキヴィッチの背筋に震えが走った。
「もしやコトリーナに何か起きたのか?」
コトリーナに何か起きたのか?ナオキヴィッチは部屋を出た。



「ナオキヴィッチ様!」
ちょうどサヴォンヌが訊ねて来た所だった。
「今日はお加減がよさそう…あら?お出かけですの?」
ナオキヴィッチは外出の支度をしていた。
「ナオキヴィッチ、あなた、体は?」
今朝まで、いや先ほどまで寝ていたはずの息子が外出の支度をして出て来たことに公爵夫人も驚く。
「大丈夫です。出かけます。」
「どちらへ?」
それには答えず、ナオキヴィッチは馬を用意させるよう命じる。
「馬って、そんなナオキヴィッチ様!そのお体で馬に乗るなんて!」
何てことをと、サヴォンヌが止めに入る。が、今のナオキヴィッチにサヴォンヌの姿は見えていない。
「ナオキヴィッチ、どこへ行くのです?」
公爵夫人も心配している。
「とにかく行かねばならないのです、母上。」
毅然として答えるナオキヴィッチ。その決意は何があっても揺るがないことは明らかだった。
「いけません、ナオキヴィッチ様!」
サヴォンヌがナオキヴィッチに縋りついた。
「そんなお体でお出かけなんて。絶対いけません!何かあったら!」
しかし、ナオキヴィッチはその悲痛な声を無視して玄関に出た。そこには馬を引いた使用人が、騒ぎに困惑した様子で立っていた。
「ご苦労。」
ナオキヴィッチは馬を受け取る。
「ナオキヴィッチ様、どちらへ?どちらへ行かれるんですか?」
サヴォンヌが人目もはばかることなく叫ぶ。
「…すまない、サヴォンヌ嬢。」
「お義母様!」
サヴォンヌは公爵夫人に助けを求めた。一緒に止めてくれとその目が訴えている。
「…行きなさい、ナオキヴィッチ。」
公爵夫人ははっきりと言った。
「お義母様!?」
「こちらは私に任せなさい。さあ、行くのです!」
毅然と母は言い放った。息子が弱った体を押してまで出かける。その行き先はおそらくコトリーナの所だろう。
「母上、ありがとうございます。」
母の声に背中を押され、ナオキヴィッチは馬にまたがった。
「ナオキヴィッチ様!」
サヴォンヌの声を後ろに、ナオキヴィッチは馬を走らせた。



馬車よりもずっと早く、ナオキヴィッチはアイハーラ家に到着した。
そして屋敷の中はやはり蜂の巣をついたような騒ぎだった。
「私が、私が悪いのです!!」
モッティが泣き叫ぶ声が聞こえた。
「私がお屋敷に戻らなければ…そうすればお嬢様は!!」
「落ち着きなさい、モッティ。」
そうなだめるアイハーラ伯爵の顔も真っ青であった。
「いいえ、私が!!ああ、ナオキヴィッチ様の悪口なんて言わなければ!!お嬢様に叱られても言ったから、だから罰が当たったのです!」
当の本人がそこに立っていることにも気付かず、泣き叫ぶモッティ。
「お嬢様…お嬢様…。」
とにかくモッティを落ち着かせようと、部屋へ連れて行くよう伯爵はメイドに命じた。

「伯爵…。」
「ナオキヴィッチ殿!」
どうしてこんな時にと驚く伯爵。
「コトリーナに何かあったのですか?」
「…連れ去られた可能性が高いのです。」
辛そうに伯爵は言い、そしてコトリーナの靴を見せた。
「これが森の中に落ちていました。」
それを見て、ナオキヴィッチは唇をかみしめる。やはりコトリーナの身に危機が起きている。
―― こちらだ…
ナオキヴィッチの耳に、またあの声が聞こえて来た。辺りを見回す。
「ナオキヴィッチ殿?」
この部屋にいるのは自分と伯爵だけだ。
―― 早く、こちらに。
この声は、自分をコトリーナの元に導いているに違いない。
「伯爵、コトリーナは必ず連れ戻します。」
「え?」
「約束します、コトリーナは必ず俺が連れ戻します。」
「しかし、どこにいるかも…。」
「分かります。訳を話している暇はありませんが、俺には分かるのです。」
「借ります」と声をかけ、伯爵の猟銃を手に取った。そしてナオキヴィッチは玄関へ飛び出し、馬に再びまたがったのだった。



「…どうするんだ、この娘。」
そこは朽ち果てる寸前の礼拝堂であった。それがあった地域の住民が誰もいなくなり、近づく者もいない。人を攫うには絶好の場所であった。
そこで二人の若い男が話をしている。
「事情は分からんが、人前に出せないようにしてほしいと。」
「どういうことだ?」
「さあな。俺らは金をもらって言うことを聞くだけさ。」
コトリーナはぼんやりとした意識の中で、その会話を聞いていた。人前に出せないように…とはどういう意味だろうか。
「おい、目を覚ましているぞ。」
そして男たちはコトリーナの意識が戻ったことに気付いた。
「悪く思うなよ、俺らだってしたくてしているわけじゃないんだから。」
猿轡はかまされていなかったものの、両手、両足は縛られて身動きが取れなかった。
「どうする?俺らがいただくか?」
その言葉にコトリーナは震え上がった。それは…。
「いや、やめておこう。」
男の一人が首を振った。
「こんな子供のような体、ちっとも楽しめないさ。」
「もうちょっと美人ならな。この顔じゃその気にもならない。」
「じゃあ、どうするんだ?」
「売り飛ばすのが一番だろう。」
もっと恐ろしいことを男たちは言い出した。売り飛ばす!?
「こういうのがいいって男も、外国にはいるんじゃないか?」
「なるほど、金も貰えるしな。」
どうやら売り飛ばす段取りがもう出来上がっているらしい。
「それじゃ、もう一度眠ってもらうか…。」
再びハンカチがコトリーナの口に押し当てられようとした。
「やめて!!」
コトリーナが顔を背けて悲鳴を上げた。

その時、礼拝堂に一発の銃声が響いた。
その音に、男たちが振り返った。
「…離れろ、今すぐ。」
「ナオキヴィッチ様!!」
ナオキヴィッチが冷徹な目で銃を構えている。
「お前、誰だ?」
「離れろと言っているのが…。」
ナオキヴィッチは猟銃をそこへ置いた。
「何だ、あいつ?」
「銃を自ら置いて馬鹿か?」
ケラケラと笑う男たち。

「…離れろと言ったのが分からないのか?」
ナオキヴィッチの目が見る見る吊り上がった。そして口元、何とそこから牙が伸び始めた。
「な、何だ、あれは!!」
「ば、化け物!!」
ナオキヴィッチの顔はそこになかった。恐ろしい魔物が、ユラリ、ユラリと男たちに近づく。
「離れろ…。」
そして一人の男の襟首をつかみ、口を大きく開いた。キラリと光る2本の牙。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
ナオキヴィッチを嘲り笑っていた男たちは、腰を抜かしていた。ガタガタと震えるばかりで、そこにコトリーナがいることすら忘れていた。
「殺す…。」
大きく開かれたナオキヴィッチの口から出た鋭い牙が、男の首筋に触れる。。
「ナオキヴィッチ様、だめぇ!!」
ナオキヴィッチの中の吸血鬼が完全に目覚めてしまったのか。血を吸わせることは絶対にさせられない。ありったけの声を振り絞り、コトリーナは叫んだ。



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コとリーナーの事で、我を、忘れてしまったんですね、ナオキビッチ、ユウキビッチの、言うように,サバンぬじゃないんです、でも、正体を、他の人にも、知られてしまい、これからどうなるか、ナオキビッチ、コトリーナーが、心配。
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

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二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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