日々草子 君に花を捧ぐ 24

君に花を捧ぐ 24






「お嬢様にまた叱られますけれど、でも言わせて下さい。」
「分かったわ。」
馬車に揺られながら、モッティの苦言にコトリーナは耳を貸すことにした。
「ナオキヴィッチ様はサヴォンヌ様の血を吸おうがどうしようが、好きになさったらいいんです。」
「モッティ」とたしなめようとしたコトリーナであるが、こうして自分に付き合ってくれるのだから黙ることにした。
「だってそうじゃありませんか。お嬢様に思わせぶりなことをなさって、結局サヴォンヌ様を選ばれるって何なのでしょうね。」
「…誰が見たって私よりもサヴォンヌ様の方がお似合いでしょう。」
「誰ってサラってメイドしか思いませんよ、そんなこと。」
モッティの腹立ちは、サヴォンヌのメイドに対するものが大きかった。
「何なんですか、あの人。こっちを目の敵にして。」
「モッティに嫌な思いをさせてごめんなさいね。」
「いえ、私はいいんです。」
慌ててモッティはコトリーナに手を振った。
「とりあえず、すっきりしたので、あとはお嬢様に従います。」
「ありがとう。」
ここまで言いたい放題言い合えるのも二人の信頼関係の深さからだろう。今日もこうして出かけることに、モッティは最初渋い顔をしたが、コトリーナがどうしてもと言うので付いて来たのである。

「ところで、随分辺鄙な所ですね。」
小窓からモッティが外を眺めた。家はほとんど見えなく、野原が続くばかりである。
「その住所に何もなかった…なんてことになったら。」
「分からないわ。」
コトリーナはバッグから、日記のページを取り出した。住所しかそこには書いていない。しかし、コトリーナはここもディヴィッドに関係する場所なのではないかという気がしてならなかった。
「確かにディヴィッド様の筆跡のようですけれど。」
「ナオキヴィッチ様のお体のためになればいいのだけれど。」
「…お人よしのお嬢様!」
モッティは呆れて笑った。

そして馬車が止まった。
「ここ…?」
幸い、何も建物がないということはなかった。いや、予想以上に大きな建物がその住所にあった。
「間違いないのよね?」
モッティが御者に確認すると、
「間違いございませんとも!」
と、胸を張った答えが返って来た。
「どうしてこの住所が?」
コトリーナは門にかかっている表札をじっと見つめた。
そこは、修道院であった。



アイハーラ伯爵の令嬢ということで、コトリーナはすんなりと通してもらえた。
「それで、こちらにどういったご用件で?」
年配の修道士がにこやかにコトリーナに訊ねた。
「あの…こちらの修道院は…。」
何と訊いていいのだろうかとコトリーナは困った。
「先日、アイハーラ伯爵様とお嬢様はイーリエ公爵家に滞在されたのです。」
モッティが助けに入った。
「その折、イーリエ公爵様よりこちらの修道院についてお話を伺いまして、素晴らしい修道院なので足を運んでみたいと思ったのです。」
神に仕える人の前でそんな嘘をついて大丈夫なのかと、コトリーナはハラハラした。が、モッティがあまりに堂々としているため、修道士は疑うこともなく、
「イーリエ公爵様より…それは嬉しいことです。」
と笑顔を向けてきた。
「イーリエ公爵家には毎年、過分な寄付を頂戴しております。」
「そうなのですか。イーリエ公爵様は大層お優しい方でいらっしゃいますものね。」
モッティがまた話を合わせると、
「いや当代のイーリエ公爵様だけではございません。もう何十年、いやもっと昔からでしょうかな。本当にありがたいことでございます。」
「そんなに昔からイーリエ公爵家と深いつながりをお持ちなのですね。」
「はい。」
「何か理由があるのですか?」
話をすることが上手なモッティが問いかけると、
「ああ、それは分からないのです。」
と、修道士が残念そうに答えた。
「私どもも、昔からそういう関係という話しか知らないものでして。詳しいことは本当に何一つ知らないのです。」
これは嘘をついているわけではないことはコトリーナたちにも分かった。昔から寄付をもらっている、それしか知らないのだろう。
「あの、もう一つお伺いしてよろしいでしょうか?」
今度はコトリーナが口を開いた。
「ディヴィッド・イーリエ様という方をご存知では?」
「イーリエ公爵家と関係のあるお名前のようですが。」
「はい、ご先祖のお一人なのですが。」
「さあ…。申し訳ありませんが。」
やはり修道士は何も知らないようであった。

イーリエ家が寄付をしているだけということしか分からなかったが、関係のない自分たちにあそこまで話をしてくれたことに感謝せねばと話をしながら、コトリーナたちが修道院を出ようとした時だった。
「イーリエ家とこちらの修道院についてお知りになりたいようですが?」
呼び止められたコトリーナは振り返った。先ほどの修道士よりもっと年齢の高い修道士が立っていた。
「私はこの修道院の院長です。」
「院長様でいらっしゃいますか。」
あらためてコトリーナが挨拶をすると院長は、
「ディヴィッドという名前が耳に入りまして、追いかけてまいりました。」
と言った。
「何かお話になっていない事情があるのではありませんか?」
院長が穏やかに訊ねる。
コトリーナとモッティは顔を見合わせた。全て話していいのだろうか。
「神の御許でございます。」
そんな二人の気持ちを分かっているのか、院長が静かに言った。



二人は院長室に通された。美しいステンドグラスを通した日の光が入ってくる。
「院長様。」
コトリーナは心を決め、信じてもらるか分からないが全て話すことにした。相手が神に仕える修道士であればナオキヴィッチも許してくれるだろう。
「なるほど…それでこちらに。」
全て聞き終えた後、院長は大きく息をついた。
「お話は分かりました。では、私もお話いたしましょう。」
「私を信じて下さるのですか?」
イーリエ家の人間ではない自分に話をしてくれるのかとコトリーナは驚いた。
「あなたのその目は本当にナオキヴィッチ様のことを心配していらっしゃる。嘘がない目です。」
院長は静かに言った。
「先ほどの応接室での会話が、聞こえてきたのです。面白がっていらしているわけではない。そういう方にお話するのであれば、ディヴィッド様も許して下さるでしょう。」
そのようなわけではないのに、まるでディヴィッドが生きている時を知っているかのような口ぶりであった。

院長はゆっくりと立ち上がり、自分の机の前に立った。首から下げている鍵を取りだすと、机の引き出しにそれを差し込む。
出して来たのは、皮表紙の厚い書物のようなものだった。
「代々の院長がつけている日誌があります。それは院長に就任した者しか見られないものです。そこにディヴィッド・イーリエの名前が書かれているのです。」
そして院長は話を始めた――。



「ねえ、兄上。」
最近、ユウキヴィッチは兄の部屋に入り浸ることが多かった。この日はナオキヴィッチも気分が良く、椅子に座っていた。
「人を好きになるのって時間が関係するの?」
「何だ、いきなり。」
面白いことを訊いてくるとナオキヴィッチは笑った。
「兄上はコトリーナが好きなんでしょ?」
率直な問いに、ナオキヴィッチは言葉が出なかった。
「それなのに、何でコトリーナじゃなくてサヴォンヌ様と結婚しようとするの?」
「…色々事情があるんだよ。」
「サヴォンヌ様の方が、兄上を好きな時間が長いから?」
「さっきから時間って何のことだ?」
「僕、聞いちゃったんだ。」
ユウキヴィッチは話し始めた。
この間、コトリーナが庭に一人でいるのを見つけた時、ちょっと驚かせようと思ったユウキヴィッチ。それで身を隠しながらゆっくりとコトリーナに近づいて行った。
ところが、そこにサヴォンヌが現れた。

「その時言ってたんだ。サヴォンヌ様は昔から兄上が好きなんだって。それでコトリーナがずるいって。コトリーナは兄上と会ってあんまり時間が経ってない…みたいな意味のことを言ってたと思う。」
おそらくユウキヴィッチの話の通りだろう。そんな会話が二人の間で交わされていたのか。
「サヴォンヌ様の方がずっと好きだから、兄上と結婚できるってこと?結婚って時間の長さで決まっちゃうの?」
「…どうだろうな。」
ナオキヴィッチは曖昧に答えた。しかし、ユウキヴィッチはその答えに満足することはなかった。
「変だよ。だって兄上が好きなのはコトリーナなんでしょう?」
またもや核心をついてきた。
「それでコトリーナもきっと兄上が好きなんだよね。」
「好きだけじゃ結婚できないこともあるんだ。」
「どういうこと?」
「家と家の関係とか、お前には難しいけど。」
「でも兄上、コトリーナと一緒にいると元気じゃない。」
ユウキヴィッチは引き下がらなかった。
「兄上、サヴォンヌ様と一緒でも元気にならないよね。」
「そんなことないよ。」
ナオキヴィッチは答えながらも、確かにその通りだと思った。
「そのうち元気になるさ…。」
「兄上、サヴォンヌ様と一緒にいて楽しい?」
この質問は、ナオキヴィッチの胸を貫いた。
「…もう自分の部屋に戻れ。」
「兄上?」
「休む。」
ナオキヴィッチは、不機嫌そうにベッドにもぐりこんだ。弟の追及から逃げ出したのである。



「はあ…。」
修道院から戻ってしばらくした後、コトリーナは考えにふけっていた。院長から聞いた話は驚くことしかできなかった。が、行った甲斐はあった。
「あのお話、どうすれば伝えることができるかしら?」
勝手知ったる屋敷の周辺、コトリーナは森を一人で歩いていた。もう少ししたら、モッティが後を追いかけてくるだろう。
「ナオキヴィッチ様…どうされているかしら?」
胸に浮かぶのはナオキヴィッチのことばかりである。
ガサガサッと草が揺れる音が聞こえた。
「モッティ?」
振り返ったコトリーナの口と鼻にハンカチが当てられた――。



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Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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