日々草子 君に花を捧ぐ 22

君に花を捧ぐ 22






クレアという娘について詳しく知る必要があった。が、日記にはその名前が何度も出てくるが、名字などは出てこなかった。家が商売をしているとのことからかろうじて商家の出身と分かるくらいだった。

それでも手掛かりがほんの少し見つかったということで、ナオキヴィッチはフォン医師に報告した。
「ふうむ、クレア嬢が吸血鬼となってナオキヴィッチ様へ…。」
しかも捨てられた恨みを募らせてということならば、取りつかれることも十分考えられると、フォン医師もナオキヴィッチの意見と同じだった。
「さすがに、当時のことを知っている人は誰もいないでしょうし。」
「そうですなあ。あ、いや!」
医師が思い出したように顔を輝かせた。
「あいつなら知っているかもしれない。」
「あいつ?」
「類は友を呼ぶというように、私が吸血鬼の研究をしているように、変わった研究をしている友人がいるのです。」
その友人は歴史学者であるが、通常の研究じゃ飽き足らず時代ごとの噂話などを集めているという。
「まあ下世話なものも結構集めているようでして。やつならば何か分かるかも。」
どんな些細な情報でも知りたいと思っていたナオキヴィッチは、フォン医師からその友人を紹介してもらうことにしたのだった。



「いけません!!」
「やだ、やだ。僕も行くんだ!」
その歴史学者へはナオキヴィッチとコトリーナが共に会いにいくことになっていた。するとユウキヴィッチも行きたいと駄々をこね始めた。
「兄上様もコトリーナちゃんも遊びにいくわけではないのです。」
「ユウキヴィッチ、いい加減にしないか!」
両親が本気で怒っても、絶対に自分も付いて行くと言い張る。
「ユウキヴィッチ。」
ナオキヴィッチが弟の前に出た。
「どうしても行きたいか?」
「はい、兄上。」
「大人しくしていると約束できるか?」
「はい。」
「つまらない、退屈だと一言でも言ったら、馬車から放り出すぞ?」
「言いません!」
ナオキヴィッチはコトリーナを見た。コトリーナが頷くと、
「父上、母上。ユウキヴィッチも連れて行きます。」
「邪魔になるだろう。」
「考えてみれば、俺が伏せっている間ずっと相手をすることができませんでしたから。」
「でも…。」
「父上、母上、約束します。兄上とコトリーナの邪魔をしません。」
真面目な顔で言うユウキヴィッチに、渋々両親は許可を出したのだった。
「大丈夫です、ノーリー様。」
困った子だと溜息をつく公爵夫人に、コトリーナが囁いた。
「私たちがお話をうかがっている間、モッティに相手をさせますので。」
「はい、奥様。ユウキヴィッチ様は私が責任持ってお世話いたします。」
「ごめんなさいね…コトリーナちゃん、モッティ。」
迷惑をかけたら遠慮なく叱っていいと二人に言った公爵夫人だった。



一行が出発してしばらくした後、オーイズミ家のサヴォンヌがメイドのサラを連れてイーリエ家にやってきた。
「お出かけなのですか?」
「ええ、そうなのです。」
出かけられるほど体調が良くなったのだろうかと安心する一方で、すれ違いになってしまったことをサヴォンヌは残念に思った。
サヴォンヌは帰るかと思いきや、
「ではコトリーナ様は?」
と、コトリーナの名前を突然出し、公爵夫人を驚かせた。
「コトリーナちゃ…コトリーナ嬢も一緒なのですよ。」
何も後ろめたいことはないのだからと、公爵夫人は堂々と二人で出かけていることを告げた。すると後ろに控えているサラの顔が険しくなった。
「コトリーナ様もご一緒に?」
「ええ。ナオキヴィッチが伏せっておりましたでしょう?調子がよいうちに都の見物に。」
「ナオキヴィッチ様がご案内をされているのですか?」
意外だという顔のサヴォンヌだった。
「そうです。アイハーラ家にずっとお世話になっていたのですから、それくらいはさせなければ。」
「まあ、遠慮なさらなかったんですね、コトリーナ様は。」
サラが意地悪く言った。
「これ、サラ。」
「病み上がりの方を引っ張り回すなんてと思っただけですわ。」
「私がナオキヴィッチに命じましたのよ。レディをエスコートするようにと。」
公爵夫人が威厳たっぷりに言った。
それでもサラは引っ込まず、
「殿方と二人きりでお出かけだなんてよくもまあ…。」
と言うと、
「失礼なことを言わないで。コトリーナ嬢はメイドを連れていますし、ユウキヴィッチも一緒なんです。」
「メイドが失礼なことを申しました。」
普段怒らない公爵夫人が声を荒げたことに、サヴォンヌが慌てて謝る。
「私どもは女性をいたずらに扱うように息子たちを育てておりません。」
「それとも、オーイズミ家は二人きりになって何か事を起こすことを期待しているのか」とまで言いたかった公爵夫人であるが、両家の関係を悪化させるのもまずいと思いそこまでにしておいた。
「申し訳ございません、公爵夫人。」
「いいえ。」
同じメイドでもモッティと全然違うと公爵夫人は思ったのだった。



ユウキヴィッチはモッティがアイスクリームで釣って、ナオキヴィッチとコトリーナの二人で歴史学者の話を聞くことになった。
「どうも、フォン医師からお話は伺っております。」
歴史学者は散らかっているがと言ったが、それは嘘ではなかった。部屋中が本だらけでかろうじて人が座るスペースがあった。
「フォン医師から聞いていると思いますが、私が集めているのは主に…ゴシップと申しましょうか。」
当時の風聞などを主に集めていると歴史学者は笑った。
「下世話なことをと申す者もおりますが、そういう所に当時の本当の暮らしが見えてくる気がしまして。それでお話とは?」
「昔行われたイーリエ公爵家とオーイズミ侯爵家の婚礼時についてのお話を教えていただけないでしょうか。」
率直にナオキヴィッチが言うと、歴史学者は驚いた顔をした。
「確かにあの婚礼は大層華やかなものだと伝わっておりますが。」
「そういうことだけではなく、先ほど先生が仰ったいわゆるスキャンダル的なものを中心にお聞かせ願いたいのです。」
「イーリエ家の御曹司であるあなた様が、ご先祖のスキャンダルを?」
「はい。」
どんな醜いものでも、不確かなものでも構わないとナオキヴィッチは言った。
「まあ…フォン医師よりあなた様が真剣に話を聞きたがっておいでだとは伝えられていますが。」
歴史学者はナオキヴィッチの隣に座っているコトリーナに目をやった。最初に自己紹介はされているものの、この女性はどういう関係なのだろうかと思っていると、
「彼女は今、私が一番信頼を置いている女性です。」
とナオキヴィッチが言った。だから何でも話してほしいとナオキヴィッチが重ねて言うと、
「でしたら…。」
と、歴史学者は積み重なった書物から、目的の物を器用に探し出しページを開いた。

「先ほど申し上げた通り、この国の大貴族同士の婚礼ということでそれは賑やかなものだったと伝わっております。」
「ディヴィッド・イーリエという名前ですね?」
「左様です。ああ…まあ、色々ありますな。」
「色々?」
「…本当によろしいので?」
あまりイーリエ家にとっていい話ではないことは、歴史学者の様子から明らかだった。ナオキヴィッチは大きく頷いた。

「ディヴィッド様はご結婚前に恋人がいたともっぱらの噂だったそうです。クレアという、商家の娘でした。」
やはりそうだったと、ナオキヴィッチとコトリーナは思った。
「ただオーイズミ家との縁談が起き、ディヴィッド様は身分違いの恋よりも釣り合った結婚を選択した。クレアをこっぴどく振ってと皆は噂しあい、クレアに同情したそうです。」
「それは当り前でしょうね。」
「更に悲劇は起きます。ディヴィッド様が婚約した後、クレアの家は潰れました。」
「…嘘。」
黙って聞いていたコトリーナの口から思わず言葉が漏れた。
「本当のようです。家がつぶれ、両親は心労で亡くなった。そして全てを失ったクレアは疫病が流行る村へ身を投じ、看病をしていたのですが、その病に自らも倒れ亡くなったと。」
「何て…何て可哀想な…。」
口に手を当て、コトリーナは嗚咽を堪えた。そんな可哀想な女性がいたとは。
「クレアの家が潰れたのは、商売に失敗したからだと表向きは言われていました。実のところはオーイズミ侯爵家の手により騙されたという話です。」
恋人に捨てられ、さらに家まで潰されたクレアという娘に、ナオキヴィッチは同情した。

「しかし、これにはまだ話がありまして。」
「何でしょうか?」
「ディヴィッド様がクレアを捨てたというのが一般的な噂でしたが、クレアが亡くなった後、クレアの家で働いていた使用人が告白した話がここに残っているのです。」
「それは?」
「先に別れを告げたのは、クレアの方だったと。」
「クレアさんが?」
「そうです。オーイズミ侯爵家から、ディヴィッドから手を引かねば家の商売をつぶすと脅され、親思いだったクレアは従うしかなかったと使用人が泣きながら告白したそうです。」
「そんな…。」
「もっとも、クレアも自分と身分違いの恋を貫くより名門の令嬢と結婚した方が幸せになれると考えたのでしょうな。それでディヴィッドに嘘をつき別れを告げたということでしょう。自分のことより他人を考える、心優しい娘だったそうですから。」
「なのに、どうして家を潰されてしまったのですか?」
コトリーナが訊ねた。
「ディヴィッド様から遠く離さねば不安だったのでしょう。何かの拍子に出会ってまた恋が再燃するとも限りませんから。」
「ひどい…。」
とうとうコトリーナは泣き出してしまった。



帰りの馬車の中で、ユウキヴィッチは疲れて眠ってしまった。
「…そんなことがあったのですか。」
話を聞き終えたモッティも涙ぐんだ。
「…そんな優しい方が吸血鬼に魂を売るでしょうか?」
コトリーナは、それが不思議だった。
「優しいからこそ、魂を売ったんじゃないのか。」
ナオキヴィッチが重い口を開いた。
「苦しんだのが自分だけだったら、そんなことはしなかっただろう。ただ愛する両親を死なせてしまった、それはクレアにとって何より辛いことだっただろう。」
「ご両親を殺されたと思われても不思議はありませんね…。」
コトリーナは肖像画のクレアを思い出し涙をこぼした。どんなに辛かっただろう。
「ディヴィッドはクレアに別れを告げられ、それで自棄になって結婚したんだろう。」
ナオキヴィッチは自分の立場と似た先祖を思いやった。
「でも…。」
モッティが疑問だという顔をした。
「なあに?」
「あの…ナオキヴィッチ様のご気分を害されるかもしれませんが。」
「まあ、何を言うつもり?」
「構わない、言ってくれ。」
モッティをナオキヴィッチは促すと、
「クレアさんが恨みを抱くならば、別れを告げた相手のディヴィッド様ではなく、お相手の方ではないでしょうか?」
「結局、クレアは貴族そのものを恨んで死んでいったんじゃないか?」
死ぬ間際、この世に貴族なんてものが存在したからと思ったのではないかとナオキヴィッチは言った。
「あと、オーイズミ家を苦しめるならば、その相手の俺に取りついたほうがいいと考えた。吸血鬼憑きの男と結婚して、オーイズミ家の娘が泣けばいいと思っているのかもしれないな。」
「そんな酷いことをあのクレアさんが考えますか?」
「疫病患者の看護に尽力した聖女を魔物へと変貌させるのが恋ってものだ。」
話しながらナオキヴィッチは、コトリーナを見た。コトリーナはそのような魔物にならないだろう。が、醜い世界から早く脱出させなければ…クレアの二の舞には絶対させたくない。

「ナオキヴィッチ様?」
どうかしたのかと心配するコトリーナに、ナオキヴィッチは慌てて、
「ディヴィッドも短命だったようだ。」
と、話を変えた。
「そうなのですか?」
「ああ。結婚して一年ほどで亡くなっている。もしかして、クレアが取りついたからかも。」
「そんな…。」
そんなことをクレアがするなんてとコトリーナは信じたくなかったが、今こうして話を聞くと無理もないかもと思ってしまうのだった。




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プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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