日々草子 君に花を捧ぐ 21

君に花を捧ぐ 21






サヴォンヌがイーリエ家を訪れるようになってから、ナオキヴィッチの体調はまた悪化することになった。
「…心の隙間に入り込まれたってのは、本当のようだな。」
それでも人の血を吸おうとしないのは、家族に秘密を知られた安堵感からだろう。それだけが唯一の救いだった。

一方、コトリーナは自分の想いを封印しても、ナオキヴィッチを元の体へ戻す努力は続けることにした。本心はナオキヴィッチとサヴォンヌを見ることは辛く、自分の屋敷へ帰りたい気持ちでいっぱいだが、ナオキヴィッチをそのままにしておくことはできなかった。

ある日のこと、サヴォンヌがナオキヴィッチに会いにやって来た。しかしナオキヴィッチはベッドに伏せっており会いたがらなかった。
ナオキヴィッチの体調不良を聞かされたサヴォンヌは、無理に会おうとはしなかった。
「では、こちらをお渡し願えますか?」
応対した公爵夫人にサヴォンヌが渡したものは、見事に刺繍されたハンカチであった。
「私が刺繍いたしました。拙い出来でお恥ずかしいのですが、少しでもナオキヴィッチ様のお慰めになったらと。」
「まあお上手ですこと。」
職人並みの腕を持つ公爵夫人も感心せずにいられない出来栄えであった。

サヴォンヌが置いて行ったそのハンカチを、偶然コトリーナは目にすることになった。
「何てきれい…。」
コトリーナはつい先日完成させた、自分の刺繍を思い出していた。比較にもならない。とてもナオキヴィッチに渡すことはできない。いや、こうした婚約者がいるのだから自分が差し出がましい真似をするべきではないと思い、そのハンカチをコトリーナは忘れることにした。



そんな日々の中、かねて頼んでいた絵画の修復が終わり、それらがイーリエ家に戻って来た。
「海賊、海賊の絵はあるかな?」
ワクワクしながらユウキヴィッチが絵の周りをウロウロしている。
「なあんだ、似たような絵ばかりだな。」
そして残念ながら、絵はほとんどイーリエ家の先祖を描いたもの、または風景画であったため、ユウキヴィッチの期待には添えなかった。
その中でコトリーナの目を引いたものがあった。
「こちらはどなたを描かれたものなのでしょう?」
名門イーリエ家の先祖らしく、どの肖像画も立派な服装と装飾品に囲まれた人物ばかりなのに、その絵に描かれた人物は普通の格好だった。
「貴族のご令嬢という感じではなさそうですね。」
共に見ていたモッティと同じ感想をコトリーナも抱いた。町娘といった感じである。顔立ちは美人というわけではない。が、とても優しい笑顔をこちらへ向けている。
「それは…。」
気分がよく、絵の修復が終わったということで見にやって来たナオキヴィッチが、それきり声を失った。
「ナオキヴィッチ様?」
「その娘だ…。」
「え?」
「俺の夢に出てくるのは、その娘だ…。」
ナオキヴィッチの夢に、最近よく出てくる娘がその絵に描かれていたのであるーー。



「しかし、サインもないんだな。」
絵をナオキヴィッチの部屋へ移し、あらためて観察した。
「普通は画家のサインが入るはずだが。」
「では画家が描いたものじゃないのでしょうか。」
「なかなかの腕前だが、画家の作業じゃなさそうだな。」
その時のナオキヴィッチとコトリーナは、サヴォンヌのことなど頭になかった。同じ目的を持つ者として心が通い合っていた。
「この娘が俺に取りついた吸血鬼なのだろうか。」
「そんな、こんな可愛らしい娘さんなのに。」
まさかそんなことがとコトリーナは信じられないが、ナオキヴィッチの夢に何度も登場するのだから可能性はある。
「せめてこの娘が誰だか分かれば、俺に取りついているかどうか、あと理由が分かるんだが。」
「そうですね…。」
絵を隅々まで調べてみたが、人の名前らしきものは見つからなかった。
「昔の絵だから、調べようがないな。」
やっとナオキヴィッチが元の体へ戻る手掛かりが見つかるかと思ったのに。コトリーナはがっくりと肩を落とした。
ナオキヴィッチは、自分のためにこんなに力を注いでくれるコトリーナを愛おしく、しかしその気持ちに応えられない辛さを抱いて見つめていた。



「コトリーナ、寝るまで一緒にいろ。」
それから数日後の夜、寝る時間になったユウキヴィッチがコトリーナの手を引っ張った。
「いけません、コトリーナちゃんに何て口の利き方なのです?」
公爵夫人がもう何度目になるかという説教をユウキヴィッチにするが、全く効果はなかった。
「私は構いません。ユウキヴィッチ様のお側にいても?」
「ごめんなさいね、わがままな子で。」
母の許しを得たユウキヴィッチはコトリーナと手をつないで、嬉しそうに自室へ行った。

「いいか?僕が眠るまでそこにいるんだぞ。」
「はい、分かりました。」
「じゃ、その本読んで。」
お気に入りの本を渡され、コトリーナは読み始めた。すっかり子守となってしまったと苦笑しながらも、やはり小さい子は可愛いものである。
「へたくそ」と文句を言いながらも、コトリーナの読み聞かせに耳を傾けていたユウキヴィッチであった。やがてその生意気な口から寝息が聞こえると、コトリーナはそっと本を閉じた。
「あら?」
サイドテーブルに置かれていたものは、いつぞやコトリーナがユウキヴィッチに渡した本だった。ハラハラしないから面白くないとユウキヴィッチが文句を言っていたことを思い出したコトリーナは、それを手に取り部屋を後にした。

「その古ぼけた本は?」
翌日、その本を読もうとするコトリーナにモッティが訊ねた。
「あの絵と一緒に置かれていたの。ちょっと読んでみようかと思って。」
コトリーナはゆっくりとページをめくった。
「まあ、日記だわ。」
黄ばんだページに書かれていたのは日付、そして流れるように書かれた文字。
「いいのかしら?」
人の日記を読むなんてとコトリーナは戸惑ったが、
「いいんじゃありません?かなり古いものですし。」
日記は後年出版されることもあるのだしとモッティに言われ、コトリーナは読み始めた。

その日記は男性が綴ったものらしい。そして主に書かれていたのは、恋人との日常だった。
「ずいぶんと愛していたのね…。」
こんなに愛されて幸せな女性だと羨ましく思いながら、コトリーナはページをめくっていく。が、その指が止まった。
「これ…。」
「どうかなさいました?」
「嘘…本当…?」
「お嬢様?」
「ああ…モッティ…。」
コトリーナは手短に、日記に書かれていたことをモッティに話した。
「本当に?」
モッティも確認したが、確かにその通り日記に書かれている。
コトリーナはたまらず、部屋を飛び出した。

ナオキヴィッチは温室にて、例の絵を眺めていた。
「ナオキヴィッチ様!」
飛び込んできたコトリーナに驚くナオキヴィッチ。
「はあ…はあ…ナオキヴィッチ様…。」
「どうした?」
コトリーナは息を荒くしながら、そこに置かれた絵を見た。
「この…この女性の名前が分かったかもしれません。」
「ええ?」
コトリーナは日記を出した。
「ここに…ここに…。」
ナオキヴィッチはコトリーナが示したページを見た。
「“クレアの絵を描き始める。おしゃべりに夢中になってじっとしていないのでなかなか進まない…”。」
「これがこの絵なのではないでしょうか?」
ナオキヴィッチは先を急いで読む。商家の娘のクレアと、日記の主が深く愛しあっていたことが詳細に書かれている。
「“…絵が完成する。クレアは受け取らず私の手元に置いてほしいという。そして大切にしていたロザリオを贈ってくれた”。」
「ロザリオ、あります!」
絵の中の女性はロザリオをかけていた。この大切にしていたロザリオを、絵のお礼として日記の主に贈ったのだろう。
「この絵の女性はクレアさんとおっしゃる方だったのですね。」
絵の主が誰だか分かったコトリーナは、「ほうっ…」と溜息をついた。二人がどれほど楽しい時間を過ごしていたか、想像するだけでコトリーナの胸は高鳴った。

「だけど、どなたの日記なのでしょう?」
「それは分からないな。」
日記の表紙にも裏表紙にも署名はない。自分の名前を記してもいない。
「クレアさんがどういう方だったかでも分かれば、手掛かりになるのに…。」
あと少し何か分かればと残念がるコトリーナの側で、ナオキヴィッチのページをめくる手が止まった。
「いや、手掛かりは見つかったかも。」
「ええ?」
どこかに書いてあったのだろうかと、コトリーナはナオキヴィッチの顔を見た。コトリーナは絵を描いたという記述までしか読んでいなかった。
「…ディヴィッド・イーリエ。」
「ディヴィッド様?」
イーリエというくらいだからイーリエ家の先祖なのだろうが。
「どうして分かったのですか?」
コトリーナの質問に返事をせず、ナオキヴィッチは日記を出した。
「あ…。」
そこには『オーイズミ侯爵と令嬢が来訪。婚約の話を進めたがる』と書かれていた。
「…イーリエ家とオーイズミ家が昔婚姻を結んだというからどれくらい前の話かと調べたことがあった。」
「では…ディヴィッド様は?」
衝撃を受けて渇いた唇を精一杯動かし、コトリーナは訊ねた。
「…オーイズミ侯爵令嬢と結婚したのが、ディヴィッド・イーリエだ。」
それでは…コトリーナは絵を見つめた。このロザリオを抱いた可憐な女性は…こんなに愛されていたのにディヴィッドと結ばれなかったというのか。

「…結局、家に逆らえなかったみたいだな。」
まるで今の自分のようじゃないかと思いながら、ナオキヴィッチは最後のページを読んだ。
『明日は結婚式である。イーリエ、オーイズミの両家が結ばれる記念の日となる。』
最後のページは、その一言しか書かれていなかった。
「クレアさんのことは何も?」
ナオキヴィッチは小さく頷いた。
「…別れを告げたとも書いていない。恐らく捨てたのだろう。」
「そんな…。」
「吸血鬼に魂を売るほど、恨んだのも無理はないな。」
自分を捨てて侯爵家の令嬢と結婚した男を恨んで吸血鬼となり、その子孫に取りついた。それほど悲しみは深かったのだろう。





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Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
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