日々草子 君に花を捧ぐ 20

君に花を捧ぐ 20






サヴォンヌが帰った後、モッティは一人のメイドの顔色が優れないことに気付いた。観察眼の鋭いモッティは、このメイドがサヴォンヌの付き添いのメイドから睨まれていたことに気付いていた。
「ねえ、あなた。」
客人のアイハーラ家のメイド頭であるモッティに声をかけられると、そのメイドはビクッと肩を震わせた。
「顔色が悪いわ。どうかしたの?体調が悪いのなら…。」
「その顔色は俺も関係しているんだろう。」
ナオキヴィッチがそこに現れると、可哀想なメイドは更に体を震わせた。
「お前がやったんだな?」
「申し訳ございません!!」
メイドは今にも床に頭がつかんばかりに、体を折り曲げた。
モッティは何が何だか分からず、メイドとナオキヴィッチの顔を見比べるばかりである。
「サヴォンヌ嬢の肖像画を、俺の荷物へ紛れ込ませたのはお前だろう?」
「え?」
あの肖像画を紛れ込ませた?モッティは驚いた。
「…はい。」
「サヴォンヌ嬢のメイド…確かサラだったな。そいつに命じられたか?」
「…はい。」
あのメイドはサラという名前かと、意地悪なその顔をモッティは思い出した。
「そんなに震えることはない。俺はお前を叱るつもりはないのだから。」
そう言われても、屋敷の若君に一対一で問われたら震えるのも無理はなかろう。
「落ち着いて、ナオキヴィッチ様はあなたを怒ってはいらっしゃらないわ。」
メイドを支えるようモッティが優しく言うと、ようやくその体の震えが少し止まったようだった。
「まあ、あの顔で命じられたら逆らえないとは思うが…しかし、イーリエ家のメイドがなぜオーイズミ家のメイドに命じられるがままに?」
「私が悪いのでございます。」
消え入りそうな声でメイドが答えた。
「私が…サヴォンヌ様の帽子を落としてしまって。」

ナオキヴィッチが静養へ出る前のこと、訊ねて来たサヴォンヌの帽子を当時入ったばかりのこのメイドが預かった。置き場所へ運んだ後、その美しいデザインに見とれてしまった。置くことをせずしばらく眺めていると、手元が狂って帽子を落としてしまった。
「これ!」
運悪くやってきたサラにそれを見られてしまった。
「お嬢様の帽子を汚い手で触ったばかりか、床へ落とすなんて!」
入ったばかりのメイドは自分が許されぬことをしてしまったことにすっかり怯えてしまった。その弱みに付け込んで、静養に出かけるナオキヴィッチの荷物に肖像画を紛れ込ませることを命じられたのだという。
「このことをイーリエ公爵夫人に申し上げたら、お前など首です。」
この言葉にメイドは震え上がった。
「ナオキヴィッチ様がお嬢様をお忘れにならぬように、お前も協力するのです。」
それさえすれば、帽子の件は不問に付すと言われたメイドが行動に移すのも無理はなかった。

「…そんなことだったか。」
ナオキヴィッチは呆れて言葉が出なかった。モッティは何て酷いことをとこのメイドが気の毒でたまらなかった。
「申し訳ございません。私、責任を取って…。」
「帽子を落として絵をこっそり入れたくらいで首にするか。」
ナオキヴィッチが笑った。
「この次、何か問題が起きたらうちのメイド頭か母上に相談しろ。」
「え?」
「母上はそんな簡単に首にするお方ではない。メイド頭も同様だ。うちにはそんな冷酷な人間はいない。俺を含めてな。」
最後のナオキヴィッチの言葉に、モッティは噴き出した。
「さあ、持ち場へ戻れ。」
「…はい。」
メイドは何度も頭を下げながら、持ち場へ戻って行ったのだった。



「…何だかナオキヴィッチ様はサヴォンヌ様のことをそれほどお好きじゃないようですね。」
一件をコトリーナに話し終え、モッティは最後にそんなことを付け加えた。
「そんなこと言ってはだめよ。」
「でも、お顔を忘れぬように絵を入れるなんてことをするなんて。焦っているような気がしませんこと?」
「分からないわ。」
モッティの考えに同意すると、まるでサヴォンヌがナオキヴィッチに冷たくされることを自分が望んでいるようで嫌なコトリーナであった。
しかしモッティは、ナオキヴィッチの態度に少々不満があった。コトリーナに気持ちが傾きつつあるのに、どうしてサヴォンヌにはっきりとした態度を取れないのだろうか。これではコトリーナにも、サヴォンヌにも失礼というものではないだろうか。もっともこのことを口にすると、絶対コトリーナに叱られることが分かっていたのでモッティは黙っていた。

が、その晩、そのモッティの疑問の答えをコトリーナは知ることになった。
刺繍道具をサンルームに置き忘れてしまったコトリーナは、モッティと共に取りに向かっていた。
「私が取りに参りますのに。」
「いいの、私がうっかりしていたんだもの。」
ああ、あのサヴォンヌ嬢、いやお付きのサラならばきっと下っ端メイドを叱りつけて取りに行かせるだろうなと思いながらモッティは、やはり自分の女主人は思いやりでは誰にも負けないと思っていた。
「あら?誰かいるのかしら?」
サンルームからほのかな明かりが漏れている。二人は顔を見合わせ「しっ」と声を潜めて近づいた。

「…わしのことは気にしないでいいんだ、ナオキヴィッチ。」
聞こえて来たのは、イーリエ公爵の落ち着いた声であった。
「いいからお前の気持ちを優先させなさい。オーイズミ家との縁談は解消したっていい。」
「しかし父上。」
ナオキヴィッチの声であった。
「元々正式な婚約はしていない。今ならまだ間に合う。」
「それでは父上が苦しいお立場になります。」
「構わない。」
公爵は力強く言った。
「イーリエ家の遠縁の者が捕まった折、オーイズミ家の手を借りたことが悪かった。」
「しかし、あれはどう見ても冤罪ですし、捕縛した者が異常に当家に反感を抱いていたから意地になっていたことが理由です。」
「その者に口をきいてくれたのが、オーイズミ侯爵であった。」
「恩ある方に対する言い方ではありませんが、結構な手段で尽力してくれたそうで。」
「だからといって、お前がその恩を感じて結婚せずとも。」
しばし二人は無言となった。

「結婚は本当に好きな人とすべきだよ、ナオキヴィッチ。」
穏やかな公爵の声がした。
「お前はもう…。」
「俺のことで父上には大層心配をおかけしています。」
「そんなことは親として当然だ。」
「いいえ、他にも好きなようにやらせてくれました。そんな父上のことを悪く言われることを我慢などできません。」
「ナオキヴィッチ。」
「この話を破談にしたら、絶対にオーイズミ侯爵は父上を苦しい立場へ追い込みます。」
「だからそれは気にせずとも…。」
「望まれ結婚するのが幸せ、ああこれは女に使う言葉ですね。」
ナオキヴィッチが笑ったが、その笑い声は憂いを含んでいた。

「お嬢様…。」
そこまで聞いて、耐えられなくなったコトリーナは二人に気付かれぬよう自分の部屋へ戻った。
「お嬢様…。」
「…ナオキヴィッチ様は本当に優しいわ。」
泣きながらコトリーナは呟いた。そのコトリーナに、モッティはかける言葉が見つからなかった。



それから数日後、サヴォンヌが再びイーリエ家を訪問した。しかしナオキヴィッチはフォン医師の元へ出かけていて留守だった。
すると驚くことに、サヴォンヌはコトリーナと話をすることを望んだ。そして庭に二人で出ることになった。
「私と同じ年頃でしょう?コトリーナ様。」
「ええ…。」
今日もサヴォンヌは美しかった。二人で並ぶと、どうしたってこの令嬢にはかなわないとコトリーナは悲しくなった。
「ナオキヴィッチ様はコトリーナ様のお家で、どのように過ごされていたのですか?」
「ええと…ほとんど具合が悪くいらしたので寝ておいででした。」
「まあ、お可哀想に。」
美しい眉をひそめるサヴォンヌ。
「お側でお世話できたら、どんなによかったか…。」

「サヴォンヌ様はナオキヴィッチ様を本当に心配していらっしゃるんですね。」
コトリーナが口を開いた。
「幼い頃から、私はずっとナオキヴィッチ様のお嫁様になることが夢だったのです。」
頬を赤らめながらサヴォンヌが恥ずかしそうに答えた。
「幼い頃から?」
「ええ。私、祖父にオーイズミ家の先祖のお話を聞いたのです。ずっと昔、イーリエ家のご子息とオーイズミ家の令嬢が結婚したんだって。それは美しい二人で都の誰もが見とれるほどだったと。」
なるほど、ナオキヴィッチとサヴォンヌを見たら先祖も美しいだろうとコトリーナは納得した。
「そのお話を聞いた後に、ナオキヴィッチ様と出会って。物語に出てくる王子様そのもので、私、この方のお嫁様になりたいって。そうしたら祖父がお話を進めてくれて…夢のようです。」
ナオキヴィッチにふさわしい奥方になるため、貴婦人としてあらゆることを身につけたのだとサヴォンヌは嬉しそうに話した。
「…ナオキヴィッチ様、私のことをどう思っていらっしゃるかしら?」
ふとサヴォンヌが呟いた。
「大丈夫です、きっとお好きですよ。」
コトリーナは心からそう思うというように笑顔をサヴォンヌへ向けた。
「こんなにお美しいサヴォンヌ様ですもの。ええ、きっとご先祖様のようにおなりです。」
「コトリーナ様。」
ガサッと茂みが揺れる音が聞こえた。
「ナオキヴィッチ様!」
はしたない所を聞かれたと、サヴォンヌが顔を赤らめ俯く。ナオキヴィッチはサヴォンヌではなくコトリーナを見ていた。その目が辛くコトリーナは目を逸らす。
「ナオキヴィッチ様がいらっしゃいましたね。邪魔者は退散いたしましょう。」
コトリーナはその場に二人を残し、屋敷へ戻って行った。



「お嬢様…。」
コトリーナが何を言ったか、部屋で待っていたモッティには分かっていた。
「モッティ…。」
「どうしてご自分に嘘を…。」
「だって…だって…。」
「お嬢様はお優し過ぎます。」
モッティの言葉に、コトリーナは涙があふれ、声を上げて泣いたのだった。





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プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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