日々草子 君に花を捧ぐ 19

君に花を捧ぐ 19





フォン医師は腕が大層よく、身分にかかわらず患者を真摯に診察することで評判が良かった。
「夜にお越しいただくことになって申し訳ありません。」
この夜訪れたナオキヴィッチにフォン医師が詫びると、
「いいえ、こちらこそ時間外に診察していただいて申し訳ありません。」
と、ナオキヴィッチが礼儀正しく返した。
フォン医師は正直なところ、貴族の診察は気が進まなかった。彼らは金にものを言わせて平気で呼びつける。もっともそんなことに素直に従うフォン医師ではなく、他に急を要する患者がいれば遠慮なく断っていたが。
しかし、このナオキヴィッチ・イーリエはこれまで出会った貴族とは違うようだった。一応相手は大貴族なのでこちらから訪問しようと申し出たが、診察を受ける身なのでとナオキヴィッチ自ら出向くと言われた時は驚いたものである。
もう数回診察しているが、いつも礼儀正しく、医師が忙しい時は自分はそれほど悪い症状ではないからと他の患者を優先してほしいと言ってくれる。

「いや、まさか密かに続けていた研究が役に立つとは思いませんでした。」
医師という職業に就いているにかかわらず、吸血鬼などの怪奇現象に興味を持って研究してきた。
「これまで伺ったお話によると、やはりナオキヴィッチ様は吸血鬼になったというよりも取りつかれているということが正しいようです。」
「そうですか。」
村の医師と同じ意見でナオキヴィッチは安堵した。ならば祓えば元の体に戻れる。
「しかし、その吸血鬼の正体が分からないことには。」
フォン医師の研究によると、何か恨みを抱いてこの世を去った者が吸血鬼に魂を売り渡し、それが後年人に取りつくことがあるという。
「お心当たりは…。」
「ありませんね。」
吸血鬼に知り合いはいないし、魂を売り渡したという話も身近に聞いたことがないナオキヴィッチである。
「ただ、最近夢を見るのです。」
「夢?」
「はい。」
この所、血を吸おうという気はないものの、その代わり夢を見ることがあるナオキヴィッチであった。
「女性がずっと泣いているのです。どうしたと聞くと…スッと消えてしまうのです。その繰り返しです。」
「その女性がナオキヴィッチ様に取りついている可能性もありますな。」
その女性に心当たりはとフォン医師が訊ねると、ナオキヴィッチは全くないと首を横に振った。
「ナオキヴィッチ様は男振りがよろしくていらっしゃるから、陰で泣いている女性は多いかもしれませんね。」
「残念ながらそれほど女性と親しくしたことはありません。」
医師の冗談に思わずナオキヴィッチも笑った。親しくしているというならばコトリーナであるが、夢の女性はコトリーナではない。

「どうして私に取りついたのか、その理由でも分かれば。」
恨みを知らない間に買っている可能性もあるが、覚えがない。
「そうですな…その、自分の体がおかしいと気付いた時に何か、辛いことでもありましたか?」
「辛いこと?」
「左様です。人の心の隙間がポッカリと空いたところに忍びこんで来たということが考えられますから。」
その点は思い当たりがあるナオキヴィッチであった。恐らく、あの話が出た時…。
「先生!うちの子が急に熱を!」
そこへ商家らしき者が子供を抱えて飛び込んできた。
「先生、今日はこれで。」
「ああ、すみませんな。」
診察を始めるフォン医師をしばらく見つめた後、ナオキヴィッチは診療所を後にした。



「お帰りなさい。」
先に休んでいていいというのに、両親、そしてアイハーラ伯爵とコトリーナが待っていた。
イーリエ公爵は伯爵とチェスをし、公爵夫人はコトリーナとおしゃべりを楽しんでいたらしい。さすがにユウキヴィッチは寝ていたが。
四人が心配していることはもちろん分かっているが、それでもこうしてのんびりと構えてくれていることがナオキヴィッチには有難かった。両親、そしてアイハーラ伯爵親娘を見ていると、このまま吸血鬼に取りつかれた状態でも生きていていいのだと安心できる。

「それで、夢のお話もしたのですか?」
お茶を淹れながらコトリーナが訊ねた。最近は夢見のせいか、朝コトリーナに心配をかけている。
「ああ。ただそれが誰だか分からないと話にならないらしい。」
「そうですか。」
「あなたは女性問題を起こすどころか、近寄らせることもしなかったのにねえ。」
公爵夫人が溜息をついた。
「私はそのうち、ナオキヴィッチに冷たくされた女性たちが集団で押し掛けてくるのではないかと気が気でなかったけれど。」
「そんなに…?」
「あの女たちは俺よりもイーリエ家の家柄と財産目当てでしたから。」
不安になるコトリーナの側で、ナオキヴィッチがあっさりと言う。
「まあ、それはそうでしたけど。」
そう言いながら公爵夫人はチラリとコトリーナを見た。あの時そういう女性たちを袖にしていたからこそ、コトリーナと出会えてことには感謝しなければと思う。



「おい、コトリーナ!」
翌日、ユウキヴィッチが頬を膨らましてコトリーナを捕まえた。
「お前の本、何だよ?」
「私の本?」
「お前が、あの物置で僕にくれた本だ。」
「ああ…。」
あの場をごまかそうと、そこにあった本をユウキヴィッチに押し付けたことをコトリーナは思い出した。
「どうかしました?」
「つまらないぞ!すごくつまらない!」
「そうなのですか?」
「ああ。海賊も出なければ騎士も出てこない。戦いがない。全然面白くない!」
年齢的にそういう話に夢中になるユウキヴィッチであった。
「それではユウキヴィッチ様のお好きな…怖―いお話をして差し上げましょうか?」
コトリーナは両手をブラリと下げて、ユラリと体を動かした。
「何だよ!」
「ほうら、怖いお話ですよ~。」
「やめろってば!」
幽霊には弱いユウキヴィッチは逃げ出す。「待って!」と笑いながら、コトリーナは後を追いかけた。

「ウッホン!」
二人が追いかけっこをしながら玄関ホールに来ると、咳払いが聞こえた。
「あっ…。」
ユウキヴィッチが足を止め、そちらを見る。コトリーナも見た。
「お久しぶりです、ユウキヴィッチ様。」
――あの肖像画の女性だ。
コトリーナはすぐに分かった。肖像画よりもずっと美しい。
「…ごきげんよう。」
ユウキヴィッチはペコリと頭を下げた。
「お元気でよろしいこと。」
「でもお怪我があっては大変です。世話係がきちんと見て差し上げなければ。」
小言を言ったのは令嬢ではなく、その後ろに控えていた年配の付き添いメイドであった。メイドは「世話係」という言葉を口にする時、しっかりとコトリーナを見た。
「新しい世話係かしら?」
そして令嬢もコトリーナをそう思っているらしい。
「私は…。」
「コトリーナはアイハーラ伯爵様の令嬢です。」
言いよどむコトリーナに代わって、ユウキヴィッチが答えた。
「父上が、ご友人である伯爵様とコトリーナを我が家に招待したのです。世話係じゃない!」
「それは失礼いたしました。」
令嬢が素直に謝った。
「まあ、サヴォンヌ様。」
そこへ公爵夫人が登場した。
「公爵夫人、ごきげんよう。」
「ごきげんよう。」
「ナオキヴィッチ様がご静養からお戻りだと伺ったので。」
「ああ…ええ、そうなんですの。」
そして公爵夫人はコトリーナをきちんと紹介した。
「こちら、アイハーラ伯爵様のご令嬢コトリーナ様。ナオキヴィッチはアイハーラ様のお屋敷にて静養させていただいたんですの。」
「まあ、そうでしたか。」
令嬢はニッコリとコトリーナに微笑んだ。
「コトリーナちゃん、こちらはオーイズミ侯爵様のご令孫、サヴォンヌ様。」
「はじめまして、サヴォンヌ様。」
「はじめまして、コトリーナ様。」
本当に美しい方だとコトリーナは素直に思った。

「さあ、こちらへどうぞ。」
公爵夫人が皆を応接間へ案内しようとすると、
「僕とコトリーナは部屋に行く。」
と、ユウキヴィッチがコトリーナの手を引っ張った。公爵夫人はそれを止めなかったし、コトリーナもユウキヴィッチが誘ってくれてホッとした。この美しいサヴォンヌと同席するなんて辛い。



「…あのメイド、大嫌いだ。いつもあんな顔してサヴォンヌ様にくっついてくる。」
自分の部屋に戻るとユウキヴィッチは心底嫌そうに言った。
「そもそも、サヴォンヌ様もサヴォンヌ様だ。兄上がお前の所に行っている間はちっとも顔を見せなかったくせに、戻った途端ああやって来やがって。」
「まあ、ユウキヴィッチ様。そんな言い方は。」
「構わないさ。」
そしてユウキヴィッチはコトリーナを遊ぶためのカードを持って来た。
「サヴォンヌ様はナオキヴィッチ様やご両親、ユウキヴィッチ様の気を遣わせないようにと遠慮されていたのですよ。」
「どうだろうね?」
まったく信じていない顔でカードを配るユウキヴィッチ。
「…サヴォンヌ様はナオキヴィッチ様の婚約者なんですか?」
本人に聞けなかったことを、おもいきってコトリーナはユウキヴィッチに聞いてみた。
「オーイズミ家はそのつもりだけど、うちはそうは思ってない。」
カードをめくりながらユウキヴィッチが答えた。
「特に母上の顔を見れば分かるだろ?」
「ノーリー様のお顔?」
「母上はサヴォンヌ様をあまりお好きじゃないんだ。」
「だってあんなに美しくて上品で…。」
「でも好きじゃないんだよ。母上は好き嫌いがはっきりしているから。」
ナオキヴィッチと同じことをユウキヴィッチが言った。
「僕もあんまり好きじゃないな。」
「そんなこと…。」
「だってサヴォンヌ様は僕とゲームもしてくれないし、かくれんぼもしてくれないもん。」
チラリとコトリーナの顔を見ながらユウキヴィッチが言うと、
「そんなこと、侯爵様のお孫様はしませんよ。おかしなユウキヴィッチ様。」
と、その真意に気付かないコトリーナが笑った。
「…鈍感な奴め。」
「はい?」
「何でもない。とにかくオーイズミ家は兄上とサヴォンヌ嬢を結婚させようと必死なんだ。ずっと昔、父上も生まれていない、ずっと昔、イーリエ家とオーイズミ家は結婚で結ばれたことがあるんだとさ。それをまたしようとしているんだ。」
「そうなのですか…。」
ユウキヴィッチはそう言うが、肝心のナオキヴィッチの気持ちはどうなのだろうか。階下で談笑しているであろうナオキヴィッチの姿を想像すると、コトリーナは不安になった。



「お顔の色も良くなられて、安心いたしましたわ。」
「ありがとう。」
相変わらず美しい人だと思いつつ、ナオキヴィッチは笑顔を見せた。
「でもまだ万全じゃなくて。」
「無理はなさらないで下さいね。」
病気じゃなく吸血鬼に取りつかれ、夜な夜な人の血を吸っていたと話したら、サヴォンヌはどんな顔をするだろうか。いっそ全部この場でぶちまけてやろうかとすら思うナオキヴィッチであった。
「今度お訪ねする時は、ナオキヴィッチ様のお口に合いそうなものを作ってきてもよろしいでしょうか。」
「…ええ。」
あいまいに頷くと、サヴォンヌは喜びを露わにした。
そんなサヴォンヌを見て、ナオキヴィッチは考えていた。
――自分が人の血を求めて歩くようになったのは、確かサヴォンヌとの婚約話が出た頃だった。



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出たな!吸血鬼より、厄介いな、サウ;んなじょう。

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Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
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