日々草子 君に花を捧ぐ 18

君に花を捧ぐ 18




イーリエ公爵夫妻は公爵という地位にありがちな気位の高さは微塵もなく、二人とも気さくでとても優しかった。
アイハーラ伯爵と公爵はよほど気が合ったのか、これまで以上に親しくなっていった。

「そう、メイドもいい人ばかりなのね。」
「はい、お嬢様。」
モッティから、使用人たちにもとてもよくしてもらっていると聞かされ、コトリーナは安心した。
「田舎者だからとモッティが馬鹿にされたらどうしようかと心配していたけど。」
「それは私の方です。」
モッティこそ、コトリーナが馬鹿にされたらただじゃおかないと考えていただけに安心していた。
「本当に公爵様ご夫妻のお人柄ですわね。お屋敷の隅々まで行きとどいて。」
「ええ、素晴らしいおふた方だわ。」
コトリーナが滞在する客間も、イーリエ公爵夫人が率先して準備をしてくれたのだという。居心地がよく、自宅のようにモッティとこうしてくつろぐことができた。
ただ、今この部屋にいるのはコトリーナとモッティの二人だけではなかった。

「…すっかり懐かれましたね。」
「…ええ。」
二人がそっと視線を動かす。椅子に深々と座って本を読んでいる少年がそこにいた。
「何か用か?」
視線に感じたのか、その少年がコトリーナを睨んだ。
「いえ、別に。」
それはこちらのセリフだと言いたいところであるが、言えない。
この少年はイーリエ公爵家の二男、ユウキヴィッチであった。年齢はコトリーナよりずっと年下でまだ子供である。
この少年がどういうわけか、コトリーナにぴったりとくっついて離れないのである。
「そもそも僕は忙しいんだ、お前の相手をしている暇はない。」
初対面早々、コトリーナを呼び捨てにし更には「お前」呼ばわりである。いくら公爵夫妻が注意しても直す気配はない。
そして翌日からコトリーナにぴったりとくっついているのである。まあ呼び捨てにする生意気さも可愛いものだと、下に弟妹がいないコトリーナは微笑ましく相手をしている。

「コトリーナ、今から僕の家庭教師が来るんだ。」
「お勉強の時間なのですね。」
本をパタンと閉じたユウキヴィッチが言った。
「特別にお前にも見学をさせてやる。」
「見学?」
「ああ。僕が優秀であるか見せてやる。」
そう言ってコトリーナを勉強の場にも連れて行く始末。
「ユウキヴィッチ様、最近は殊更、お勉強に熱心でいらっしゃいますね。」
コトリーナに見られているせいか、いつも以上に張り切っているユウキヴィッチは家庭教師に褒められ胸を張った。そんな所がコトリーナには可愛く見える。
ナオキヴィッチの問題がどうなるか、不安で一杯であったが、その不安をユウキヴィッチが取り払ってくれているようでもあった。



「ユウキヴィッチ様は今日はお兄様とご一緒ですって。」
コトリーナはサンルームにて刺繍の準備をしていた。
「乗馬の練習をナオキヴィッチ様に見ていただくんだって嬉しそうにお出かけになったわ。」
「まあ、お嬢様にもご一緒にと言われなかったんですの?」
仕度を手伝いながら、モッティが訊ねると、
「言われたけど遠慮したわ。ずっとナオキヴィッチ様、お体の具合が悪くて乗馬の練習に出かけられなかったでしょ?だから二人きりにしてあげた方がいいでしょう。」
「左様でございますね。」
兄が元気を失くして寂しい思いをしていたユウキヴィッチであった。

「まあ、刺繍をされて?」
サンルームに聞こえた声に、コトリーナたちは振り返った。
「公爵夫人!」
コトリーナがそう呼ぶと、公爵夫人は顔を曇らせた。
「まあ、そんな呼び方は嫌だわ。」
「え?」とコトリーナはモッティと顔を見合わせた。公爵は閣下と呼びかけることがあるが夫人はどう呼べばいいのか。
「仰々しいんだもの。」
どうやら堅苦しいという意味らしいと分かり、コトリーナは少しホッとした。
「では奥様…。」
「それも嫌。」
子供のように公爵夫人は首を振った。
「お母様と呼んでちょうだい、コトリーナちゃん。」
「え!?」
さすがにコトリーナは目を丸くした。
「だってこんな娘がほしくてたまらなかったの。もう理想どおりのお嬢様で嬉しくて。こんな可愛いコトリーナちゃんからお母様って呼ばれたらどんなに幸せか。」
「で、でも…。」
困るコトリーナに「あっ」と公爵夫人は声を上げた。
「ごめんなさいね。コトリーナちゃんのお母様は亡くなられたお母様なのに…。」
「いえ、そのようなことではなく。」
公爵夫人は母を早くに亡くしたコトリーナを気遣った。が、コトリーナが気にする所はそこではなかった。さすがに出会ったばかりで、しかも他人を母と呼ぶのはどうかと思う。
ということで、妥協案としてノーリーと名前で呼ぶことになった。

「コトリーナちゃん、お花の刺繍をするの?」
「はい、ノーリー様。」
返事をして、コトリーナはハッとなった。あの見事な刺繍を思い出す。そんな達人の前でこの下手なものを披露することになるなんて、穴があったら入りたい気分である。
「こちらは、ナオキヴィッチ様が描かれた絵を元にお嬢様が刺繍をされようとしているんです。」
「モッティ!」
何てことをとコトリーナはその顔を見た。モッティは平然としている。
「ナオキヴィッチが絵ですって?」
「あ、それは…その…。」
「お嬢様がお怪我をされた時にお見舞いとして描かれたんです、奥様。」
コトリーナがナオキヴィッチを庇って怪我を負ったことは、先にナオキヴィッチが手紙に書いていたから周知の事実であった。
「まあ、ナオキヴィッチがそのようなことを!」
驚いて言葉が出ない公爵夫人であった。
「いえ、ナオキヴィッチ様はとても優しい方ですので…。」
コトリーナの頭には、あの美しい令嬢が常にあったので誤解されないよう気を遣った。ナオキヴィッチの行為もさして意味はないということを伝えたかったのであるが、
「あのナオキヴィッチが、人のために絵を描くなんて…何て素晴らしいのでしょう!」
と、公爵夫人は感動していた。
「やはりコトリーナちゃんが相手だからね。ええ、きっとそう。コトリーナちゃんのような優しいお嬢様を前にすればあのナオキヴィッチだって変わるものなのね。」
公爵夫人はコトリーナに優しい目を向けた。
「ナオキヴィッチが最初に手紙をよこした時、あなたのことが書いてあったんですよ。」
「私のことですか?」
「ええ。アイハーラ伯爵様のお嬢様が自分のために刺繍をしてくれたって。それを見て、私が刺繍をしてくれたことがどれほど愛があることか分かったって。ナオキヴィッチにそんな風に言わせてくれたお嬢様ってどんな方だろうって色々想像してたのよ。」
「そうだったのですか。」
あの刺繍がそんなにナオキヴィッチの心に触れていたとは。もう破いてしまったハンカチをコトリーナは悔やんだ。
「ユウキヴィッチにもよくして下さって。あの子は年が離れてから出来た子だからつい甘やかしてしまって。本当に迷惑かけてごめんなさいね。礼儀もなってないし、しょうのない子。」
「そんなことありませんわ。」
コトリーナは自分には弟妹がいないから姉になった気分だということ、ナオキヴィッチがいなくて寂しかったのだろうと言うと、
「まあ…本当に優しいのね、コトリーナちゃんは。」
と公爵夫人は感激した。
「お洋服もとても可愛いくて似合っていてよ。」
「ありがとうございます。いつもモッティと相談して選んでいます。」
コトリーナがモッティのことを言うと、
「モッティはとてもしっかりしていることね。センスもあるようだし。」
と公爵夫人は褒めた。
「いたみいります。」
モッティが礼儀正しく頭を下げる。コトリーナは親友同然のモッティを褒められ嬉しかった。
「そうだわ、私もこちらで刺繍しようかしら?」
「ぜひ!」
公爵夫人は嫌みにならないよう、押し付けにならないよう優しくコトリーナに刺繍の手ほどきをしてくれた。とても穏やかな時間をコトリーナは過ごすことができたのだった。



そして公爵夫人と仲良くなったところで、コトリーナはナオキヴィッチに朝のコーヒーを淹れることを許してもらった。いつもアイハーラ家でそうしていたと言うと、これまた公爵夫人は感激の涙を流さんばかりであった。

「ええと…どこだったかしらね?」
その朝、コーヒーを乗せたワゴンを押しながらコトリーナは広い屋敷をさ迷っていた。アイハーラ家も伯爵家であるからそこそこの屋敷であるのだが、イーリエ家はそれをはるかに上回るのである。
「モッティに一緒に来てもらえばよかった…。」
一応モッティはコトリーナの世話に専念することになっている。が、この日は他に用事がありコトリーナが一人で大丈夫だと言ってのことだった。
「ええと、こっちがお部屋だったはず…あら?見たことないわね。」
こんなことならはしたないと思われても何でも、屋敷内を一通り見ておけばよかったと後悔した。ナオキヴィッチの部屋はどこなのだろうか。
「ここかしらね?」
ドアをバタンを開けては「違う」と閉める。その繰り返しを何回しただろうか。
「迷った…。」
完全に迷ったコトリーナは「ああ」と悲痛な声を上げながら、ドアを開けた。
「物置だわ!」
いくら何でもこんな所に公爵の御曹司の部屋があるわけない。自分の方向音痴ぶりにコトリーナは呆れ果て、その場にしゃがみこんでしまった。
それにしても、この部屋は物置とも違うような気がする。もうコーヒーを運ぶことを諦めかけたコトリーナは、部屋の中に置かれているものは美術品が多いことに気付いた。
が、あまり価値のあるものではないようである。なぜならキャンバスがあちこちに放置されている。
「煤けて何が描いてあるか分からないわ。」
静物画であることがかろうじて分かる物もあるが、ほとんど真っ黒な状態である。
「おい。」
「ひぃっ!」
突然後ろから声をかけられたコトリーナは思わずのけぞった。
「お前、コーヒーを俺に運んで来てくれるんじゃないのか?」
メイドからコトリーナがコーヒーを持って部屋に向かったと聞き待っていたが、いつになっても来ないので探しに来たナオキヴィッチであった。
「広すぎて迷ってしまって…。」
「ったく、俺の部屋と正反対だぞ、ここは。」
「そうなんですか?」
やっぱりそうだったかと思って、コトリーナは溜息をついた。
「ここで飲んでいくか。」
「え?」
「これ以上歩くと冷めるからな。」
「でも絵がいっぱいあるのに…。」
汚したら大変ではないかと心配するコトリーナに、
「こぼさなければ平気さ。」
とナオキヴィッチは気にも留めない。

「ここにある絵は先祖代々のものなんだ。あと代々の公爵夫人が嫁いでくる際に持ってきたものとか。」
「貴重なものなのですね。」
「でも数が多いから飾りきれないしな。だからといって、これじゃ気の毒だな。」
そのうち両親に言って手入れに出そうとナオキヴィッチが話す。
「絵といえば…。」
「はい?」
「あの、お前が俺の荷物の中から見つけ出した絵だけど。」
それを聞いた途端、コトリーナの心臓が跳ね上がった。そうだ、あの令嬢の肖像画のことだ。
「…あれは俺が自ら持って来たものじゃない。」
「え…?」
「それだけ伝えておこうと思って。」
どういう意味かよく分からなかったが、ナオキヴィッチが自分を見つめる視線が熱いものに変わったことは気づいた。
「ナオキヴィッチ様…。」
これはいい方へ考えていいのだろうか。でもそんな考えはあの肖像画の令嬢に悪いこと…コトリーナの頭に色々考えがめぐっていると、
「…二人で何をしているんだ?」
ユウキヴィッチが、じとっと兄とコトリーナを見ていた。
「ここ、幽霊が出るんだぞ、コトリーナ。」
「ええ!」
「こんな所で何をしてるんだ?」
何もしていないのに、なぜかコトリーナの顔が赤くなった。
「何してたんだよ?兄上まで連れ込んで。」
「連れ込むなんて、そんな!」
あたふたとなったコトリーナは手近にあった古ぼけた本を掴んだ。
「ユウキヴィッチ様、これ!この本を選んでいたんです!」
「はあ?」
「ほうら、面白いですよ!」
何の本か分からないがコトリーナはユウキヴィッチに押し付けた。
「それじゃみんなで戻るか。」
やれやれという感じでナオキヴィッチが部屋を出ていく。その後をユウキヴィッチとコトリーナが追いかけたのだった。



☆☆☆☆☆
ミタゾノさんテイストを入れてみました…。


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こんにちは〜。

更新ありがとうございます。嬉しい*\(^o^)/*

じゃあ、誰が絵を入れたの?ワサビーナ?(勝手に登場)
可愛いコトリーナちゃんはすっかりイーリエ侯爵夫妻に気に入られて侯爵夫人にいたっては「お母様」と呼んで〜ですからねぇ。もう、嫁姑問題なんてナッシングですよ。
可愛いのがユウキヴィッチ♡ コトリーナちゃんが気になって仕方ないのね。可愛いけど邪魔なヤツとも言いたくなる(笑)
せっかく煤だらけで埃まみれの密室で良い雰囲気(あは〜ん♡)になりそうだったのに。ちっ!
絵であのご令嬢の肖像画についてナオキヴィッチが語った!!
おお、ゾクゾクしますね。
来る!きっと来る!って貞子でなくご令嬢が…。
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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