日々草子 君に花を捧ぐ 16

君に花を捧ぐ 16



ケイがアイハーラ家を訪れたのは、あの事件から10日経った日だった。
もっと早く来るべきと分かってはいたが、どうしても足を運ぶことができなかった、許してもらえるとは思っていないとひたすら謝り続けるケイに、伯爵は銃を返した。
「コトリーナは命を落とさずに済んだ。」
「よかった…。」
だからこうして会ってもらえたとケイは安堵した。
「君があのような行為に及んだ理由も分からないでもない。ナオキヴィッチ殿も君を挑発したことを反省している。」
「しかし短慮でした。」
自分一人で片付けようとせず、伯爵に相談すべきだったと今となってケイは思っていた。
「私にも落ち度はあった。コトリーナも助かったことだし、今回の件は水に流すということで。」
ただ婚約についてはと、伯爵は言いにくそうにした。
「…破談ということで結構です。」
ケイも辛そうに口を開いた。
「事情が何であれ、俺がコトリーナを傷つけたことは紛れもない事実ですし。それに…。」
コトリーナの心は今も、これからも自分に向けられることはないとあの時はっきりと知ってしまった以上、婚約は無理だった。
「…すまない。」
「いいえ。」
コトリーナに会っていくかという言葉を伯爵は飲みこんだ。さすがに酷だろう。ケイからも会いたいとは言わないのだから。

見送りを断り、一人玄関ホールに出てきたケイに、
「ケイ様。」
と声をかけてきたのはモッティだった。
「お嬢様からの伝言です。」
「コトリーナから?」
「ケイ様にごめんなさいと。」
「謝るのは俺の方だ。」
弱々しくケイは笑った。
「あともう一つ。」
「もう一つ?」
「これからもよき幼馴染み、よきお友達として付き合ってほしいというのはわがままでしょうか?と。」
ケイはコトリーナが寝ている二階を見上げた。
「…自分を撃った男に?あいつの好きな男を殺そうとした俺に?」
「お嬢様は気にしていらっしゃいません。」
「…来年の夏にまた、一緒に散歩しようと伝えてくれ。」
その頃には心の傷も癒えているだろうと、ケイは思った。



「ケイに悪いことをしてしまったわ…。」
ベッドの上でコトリーナは溜息をついた。
「皆さま、それぞれご自分が悪いと思っていらっしゃって。何だか辛いことです。」
「モッティだってその一人でしょ?」
コトリーナに軽く睨まれ、モッティは「まあ」と笑った。
「私がお嬢様に隠し事をしたから…。」
「そんなことないわ。みんな自分のことではなく、それぞれ誰かのことを考えてのことだったのだもの。」
「でもお嬢様に辛い思いをさせてしまいました。」
「平気よ。これくらいの傷…痛っ。」
モッティを元気づけようと腕を動かしたコトリーナだったが、痛みが走り顔をしかめた。
「まだ無理でございます。お熱もあるのですから。」
一時期ほどの高熱ではないが、まだ微熱があるコトリーナだった。

「それなのに、このようなことを…。」
「あん!」
枕の下に隠していたスケッチブックを目ざとく見つけたモッティが取り上げる。
「まあ、ナオキヴィッチ様の絵を真似て?」
「あ、分かる?」
「…ギリギリで。」
ナオキヴィッチの腕には遠く及ばないが、それなりの花がそこに描かれていた。
「それね、刺繍の下書きよ。」
「刺繍?」
「ええ。ナオキヴィッチ様にさしあげようと思って。」
最初に刺繍したハンカチは自分が破いてしまった。
「お嬢様…。」
優しい眼差しをモッティは女主人に向けた。
「…お嬢様の腕ではこのような複雑なステッチ、無理でございます。」
「んまっ!!」
怒ったコトリーナは、モッティからスケッチブックを奪い、枕の下にまた隠したのだった。

「ねえ、モッティ。」
「何でございます?」
「あのね、ナオキヴィッチ様のことなんだけど…。」
少し疲れたのか、コトリーナはベッドに横になった。
「その…好きになっても、モッティは…。」
「…覚悟が出来ました。」
やれやれといった風に、モッティは笑った。
「覚悟?」
「はい。最初はお嬢様が好きになった方が吸血鬼だと知って怖かったし、何とかしてお嬢様のお気持ちをよそに向けようと思いました。でも今は応援いたします。」
「本当?」
「ええ。ナオキヴィッチ様にも申し上げましたが、お嬢様が命をかけて守られたお方です。吸血鬼だろうが狼男だろうが私も一緒に支えます。」
「モッティ…。」
「旦那様もそう仰ると思いますよ。」
モッティの言葉に、コトリーナは嬉しそうな笑顔を見せた。
「でも問題がまだあるわ。」
「問題?」
「あの肖像画のご令嬢…。」
モッティはすっかりその存在を忘れていたことに気づいたのだった。



数日後、ナオキヴィッチは書斎にて伯爵と向き合っていた。その席には医者もいた。
「ではお話をお聞きします。」
いい機会だから、医者にすべて打ち明けてみないかと伯爵がナオキヴィッチにもちかけたのだった。全てを知られた今、ナオキヴィッチも素直な気持ちになっていた。
「いつ頃からご自身の体に異変が?」
「半年前です。」
半年前、体が重くなり始めた。
「朝が特に辛くて。」
「朝?」
「はい。慢性の睡眠不足という感じで。」
どれほど早く就寝しても、朝に疲れが残っているのだという。
「そんな日が続いたある夜、自分の姿を上から見下ろしていたんです。」
「自分の姿を?」
医者は全てを書き留めていく。
「はい。寝ている自分を天井から見下ろしていました。そうすると壁をスッと抜けて。」
それはモッティが言っていたとおりだなと伯爵は思った。
「屋敷を抜け、深夜の町を歩いていました。そして一軒の適当な家を見つけ、またドアを開けること無くスッと。」
そこには若い女性が眠っていた。ナオキヴィッチはもしかしてその女性を襲うのかと自分が怖くなったが、そうはしなかった。
「首元に口を近づけると、歯を当てました。気づいたら口の中が血の味でいっぱいでした…。」
それが自分が吸血鬼だと自覚した、最初の経験だとナオキヴィッチは思い出すのも辛そうに言った。
それから毎晩のように自分は屋敷を抜け出し、手当たり次第の民家に入り、女性の血を吸っていたという。
「屋敷に戻り、寝ている自分を見下ろしていると…気づいたらベッドの上で朝を迎えていました。」
が、自分が罪も無い女性たちの血を吸っていることは事実だし、やがて女性たちが貧血に苦しんでいるという噂を耳にし、自分の犯したことに震え始めた。
「朝になってまた誰かの血を吸った、誰かを苦しめている。そう思っただけでもう朝起きることは無理でした。」
どんどん元気をなくしていき、朝も起きてこなくなった息子を両親が心配するのは当たり前だった。
だが、優しい両親にそのようなことを打ち明けることもできない。両親はあらゆる医者に自分を診察させたが、皆体に異常は見当たらないと首を振るばかりだった。
「それでこちらにお世話になったのです。」
アイハーラ家に来ても、村中歩き回って血を吸うのは変わりなかった。もうこうなったら誰もいない所にいき、人知れず命を絶つしかないかと思いつめるようになっていたナオキヴィッチであった。

「ふむ…。」
全てを聞き終えた医者は書き取ったものを見返し、顎を撫でた。
「吸血鬼であることは間違いないようですが…。」
文献をあたり調べたことと何も変わりはないと、医者が言うと伯爵は気落ちした。
「ただ、不思議な点が一つ。」
「不思議な点?」
伯爵とナオキヴィッチは医者を見つめた。
「その、ナオキヴィッチ様は夜歩きを始める時、寝ていらっしゃる姿を見下ろすと。それは間違いないのですな?」
「はい、毎回そうです。」
「そうなると…吸血鬼であってそうではない?」
「どういうことです、先生?」
伯爵が先を急ぐ。
「いやどうも…その話を聞く限り、ナオキヴィッチ様の体が全て吸血鬼というわけではないのでは?」
「どういうことなんでしょうか?」
ナオキヴィッチも医者の答えが待ちきれないというように体を動かした。
「もしかして、吸血鬼に取り憑かれているだけでは?」
「取り憑かれている?」
「さようです。体の全てが吸血鬼ではなく、取り憑かれているだけ。だからご自分の体を見下ろすような感覚なのではないでしょうか。」
「では…。」
「詳しいことはまだ私にも分かりませんが、原因が分かればナオキヴィッチ様は人間に戻れるかもしれません。」



医者は都会にいる別の医者に、この手に詳しい者がいるから手紙を書いてみると言ってくれた。この診断は確定ではないものの、伯爵とナオキヴィッチに期待を持たせるのには十分であった。

「ナオキヴィッチ殿。」
医者を見送った後、伯爵が言った。
「この後、コトリーナを見舞ってくれませんか?」
「よろしいのですか?」
自分はコトリーナを襲ったこともある。それなのに部屋を訪れていいのかと、ナオキヴィッチは不安な思いで伯爵を見た。
「全て分かった以上、何も恐れることはありません。」
伯爵の耳には、ナオキヴィッチが絵を描いてコトリーナに贈ったことも入っている。
「喜びますから。」
「ありがとうございます。」
ナオキヴィッチはそのまま、二階へと駆け上がった。


「お嬢様、ナオキヴィッチ様ですよ!」
応対したモッティの言葉に、コトリーナは起き上がった。
「待って、モッティ。髪の毛をとかさないと。ああ、どうしてこんなしわくちゃな寝巻なのかしら。そうだ、お化粧、お化粧…。」
「お嬢様は病人でいらっしゃるんですよ。」
髪だけはとかして、後はコトリーナに我慢させるモッティだった。

「辛い思いをさせて悪かった。」
気を利かせたモッティが出て行き、部屋にはコトリーナとナオキヴィッチの二人きりだった。
「いいえ。」
コトリーナは笑顔で首を振った。
そして、
「素敵なお見舞い、ありがとうございます。」
と枕元に飾られている絵を見つめた。
「ナオキヴィッチ様からお花をいただけるなんて夢みたい。」
絵に描いた花でこんなに喜んでくれる。もしかしたら、本物の花を贈ることができる日も来るかも…。
「ナオキヴィッチ様?」
ナオキヴィッチは全てをコトリーナに打ち明けることにした。

「…そんなに辛いことに堪えていらしたんですね。」
全て聞き終えると、コトリーナは涙をこぼした。
「一人でずっと…辛かったでしょう。」
その涙はナオキヴィッチの心にさわやかに染み渡っていった。
「ナオキヴィッチ様。」
涙を拭き、コトリーナはナオキヴィッチを見上げた。
「もし、血が欲しくなったら私の所にいらして下さいね。」
「え?」
「私の血を好きなだけどうぞ。」
「そんなことできない。」
とんでもないとナオキヴィッチが言うと、コトリーナはニコッと笑って言った。
「優しいナオキヴィッチ様は、人を傷つけることで苦しんで体を悪くしてしまったんですもの。でも私の血を口にされたときはそんな苦しむ必要ありません。」
「どういうことだ?」
「だって私は喜んでナオキヴィッチ様のために血を差し上げるんです。私の血を吸った後にナオキヴィッチ様が悔やんで苦しまれる必要はないんですよ。ね?」
そうすれば気持ちも少しは楽になるし、少しは気分のいい朝を迎えることができるだろうとコトリーナはナオキヴィッチに笑いかけた。
「コトリーナ…。」
抱きしめたい気持ちをナオキヴィッチは堪えた。コトリーナはまだ傷が治っていない。
「ナオキヴィッチ様?」
その代わり、ナオキヴィッチは自分の唇をコトリーナの唇に重ねたのだった。



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少しは、明るい兆しが、向いてきたのかな❓ナオキビッチも、コトリーナーも。v-12ただ、まだなんか、有りそうね?

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プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

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二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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