日々草子 君に花を捧ぐ 14

君に花を捧ぐ 14





ケイに銃口を向けられても、ナオキヴィッチは不思議と恐ろしさを感じなかった。むしろ、安堵している自分がそこにいた。

「そんな物騒なものを扱えるのか?」
そしてこの期に及んでもナオキヴィッチの口から出たのは、目の前の相手を怒らせる言葉だった。
「以前、狐を仕留めたことがある。」
「得意と言いたいわけか。」
「残念ながらビギナーズラックだった。が、その狐より今のお前はずっと距離が近い。」
ケイは挑発に乗ることなく冷静に銃口を向けたまま、言った。
「この距離ならば、お前の心臓など一発で撃ち抜けるだろう。」

「なるほど、俺の正体を知ったってことか。」
ナオキヴィッチの口元に微笑が浮かんだ。
「それでお姫様を救うために、王子様は怪物退治をしましたってことか。」
「俺にも情けはある。」
ケイは言った。
「お前がこのまま、コトリーナの前から姿を消すというのならば。今すぐその森を抜けてこの地から去ると誓うならば俺はこの銃口を下げてやろう。」
―― 情けをかけてやるってことか。
こんな男に情けをかけられるのか、自分はとナオキヴィッチは笑いがこみあげてきた。

「俺を殺してもいいのか?」
ナオキヴィッチはケイに問いかけた。
「俺を殺したら、お前は血で汚れたその手で愛する婚約者を抱くことになるんだぜ?」
「何?」
さすがにこれにはケイの顔色が変わった。
「どうするんだ?自分は人を殺した。その手で今からお前を抱くと初夜に打ち明けるのか?」
言いながらナオキヴィッチの頭には、その時の二人が浮かんできた。一体コトリーナはどんな様子でこの男を迎えるのだろうか。考えたくもないそれが浮かび上がった時、ナオキヴィッチの冷静さが崩れ始める。それが言葉となってケイにぶつけられていた。
「…人を殺したのではない。俺は怪物を殺すことになるんだ!」
そしてこちらも頭に血が上り始めたケイが怒鳴り、そして引き金に指をかけた。



行くあてもなく、コトリーナは森の中を歩き回っていた。ポツリと頭の上に冷たい物が落ちて来た。それはやがて数を増す。
「雨…。」
それでもコトリーナは足を止めなかったし、目から涙もあふれていた。
ナオキヴィッチが吸血鬼だなんて。何て恐ろしい話をしていたのだろうか。本当なのだろうか。今でもコトリーナは信じられなかった。
が、父とモッティのあの真剣な様子から、二人が冗談を言い合っていることはあり得なかった。
「ナオキヴィッチ様…。」
雨が激しくなってきたところで、コトリーナは漸く足を止めた。もう髪も服もずぶ濡れだった。
ナオキヴィッチが吸血鬼と知っても、コトリーナは嫌いになれなかった。そして恐ろしいとも思わなかった。
そして自分の気持ちより、ナオキヴィッチのことが心配だった。もし自分が吸血鬼だったら、どれだけ不安で恐ろしくてたまらないだろう。そんな気持ちをナオキヴィッチはずっと抱えていたのだ。
どうして気づいてやれなかったのだろうか。気づいてやれなかっただけでなく、酷い言葉も投げつけてしまった。
「何て酷いことを…。」
どれだけ自分の行いがナオキヴィッチを傷つけてしまったかと悔んだ時、どこからか音が聞こえた。
「あれは…銃声…?」



「撃ち抜く自信はどこへ行ったんだ?」
前髪から雨を滴らせているナオキヴィッチのすぐ後ろの木には黒い焦げができ、そこから細い煙が上がっていた。
「言っただろ?情けはあるって。」
ナオキヴィッチのすぐ傍に銃弾を当てたのは手元が狂ったわけではない。わざとそこを狙ってケイは引き金を引いたのだった。
「さっさと約束してくれ。二度とコトリーナ、アイハーラ家には近づかない。怪物は怪物らしく消えてくれ。ほら!」
銃口をケイはナオキヴィッチの顔に向けた。
「…撃て。」
ナオキヴィッチは声を震わせることなく、言った。
「撃てよ、さっさと。ほら。」
しかも両手を広げ無防備であることをケイに示す。その様子にケイは少したじろいだ。
「お前、何を言っているか自分で分かっているのか?」
先ほどの一発で自分が本気であることを知り、少しは震え慄くと思っていたのに。この男はどういう神経をしているのかとケイはナオキヴィッチが信じられなかった。

ナオキヴィッチはナオキヴィッチで、ケイに言われるまでもなくアイハーラ家、コトリーナの前から姿を消すつもりだった。アイハーラ家だけでない、自分の家、イーリエ家からも姿を消すつもりだった。
この恐ろしい体になってしまった以上、これ以上誰にも迷惑をかけたくない。人の側にいると必ず犠牲者が出てくる。そうならないためには山奥に一人引きこもるしか方法はないだろう。
が、この男に言われて去るなんて真似は絶対したくなかった。コトリーナを奪われたうえ、さらに追い出されるような真似、誇り高いナオキヴィッチには許せないことだった。
そのようなことになるくらいなら、いっそのこと命を絶った方がずっとましであった。

「さっさと撃ち抜けよ、俺を。」
ナオキヴィッチはずいと、ケイの前に足を進めた。逆にケイがたじろぎ後退する。
「どうした、さっきの威勢はどこへ消えた?え?」
もはやナオキヴィッチに恐怖は一切なかった。早くこの胸を撃ち抜いてくれ。そうすればもう血のために人を襲うこともしなくて済む。この苦しみから逃れることができるのだ。
「早く俺を撃てよ。そして俺の血を浴びてコトリーナの前に姿を見せろ。恐ろしい魔物は自分が退治してやった、安心しろって笑ってあいつの前に立つ覚悟があるんだな?」
「何を…。」
「俺の血の匂いを漂わせながらお前はあいつにキスして、あいつの体を抱きしめるんだ!ほら!」
「お望み通りにしてやるよ!!」
怒りにあふれたケイはナオキヴィッチの心臓めがけて、引き金を引いた。

ズキューンッ!!

銃弾の衝撃だろうか。ナオキヴィッチの体が後ろに飛んだ。それはゆっくりとした感覚だった。ああ、撃たれるとこう感じるのかなどと、ナオキヴィッチは冷静に考えていた。痛みはなぜ感じないのだろう…。もう自分の命は失われたからか。
しかし、ナオキヴィッチは自分が生きていることを、ケイの悲痛な声で知ることになった。

「コトリーナ!?」

その声にナオキヴィッチは目を開けた。その場に座り込んでいる自分の前に、長い髪を背に垂らした女性がうつぶせで倒れていた。
「コトリーナ…?」
我に返ったナオキヴィッチは、その体を起こした。
「コトリーナ!」
「…だめ…ナオキヴィッチ様を撃っちゃ…だめ。」
コトリーナはうっすらと目を開けた。その肩からは血が流れていた。
「こ、コトリーナ…。」
真っ青になったケイは銃を落とした。そして膝から崩れ落ちた。
「何で…お前が…。」



銃声を聞いたコトリーナに嫌な予感がよぎった。あの銃声はもしかしたら…もしかしたらナオキヴィッチを誰かが狙って?気付いた時、コトリーナの足は音が聞こえた方へ向かって走り出していた。
どれほど走ったか、人影が木々の間に見えて来た。
「ナオキヴィッチ様!」
まず目に入ったのはナオキヴィッチ。そしてその前に立っているのは。
「ケイ…?」
どういうことか、ケイが銃をナオキヴィッチに向けているではないか。そしてケイの怒鳴った声が聞こえたと同時に、コトリーナは本能でナオキヴィッチの前に身を投げ出していた――。



銃声を聞いて顔色を失っていたのはコトリーナだけではなかった。
「今の音は銃声?」
それはコトリーナを探していたモッティであった。こちらも雨にずぶ濡れになりながらも探し続けていた。
「まさか、まさか…。」
ケイがナオキヴィッチを呼び出している。その目的は容易に想像できた。モッティは裾をひるがえし、音がした方に全力で走り出した。

「ナオキヴィッチ様…。」
撃ち抜かれた傷、その体に容赦なく降り注ぐ雨。コトリーナの顔色は真っ白になり、体は冷え切っていた。
「しゃべるな。」
体力を消耗させるわけにいかない。ナオキヴィッチは自分のブラウスの袖を引きちぎり、素早く応急手当てをした。
「ご無事ですか…?」
「ああ、大丈夫だ。」
「よかった…。」
このような目に遭っても自分を心配するコトリーナ。ナオキヴィッチはその体を抱きしめた。
「ナオキヴィッチ様…死なないで。」
「それは俺のセリフだ。」
ナオキヴィッチの言葉を聞いて安心したのか、コトリーナは弱々しく微笑んだ。と、その目が閉じられた。
「コトリーナ?」
コトリーナは意識を失ってしまった。ナオキヴィッチは脈に手を置く。だんだん弱いものになっていく。
とにかく屋敷に運ばねば。ナオキヴィッチはコトリーナの体を抱き上げた。

「お嬢様!!」
その場に現れたモッティは絶叫した。どうしてコトリーナは血を流してそのような顔色なのか。
「ああ、お嬢様!お嬢様!」
「話は後だ、モッティ。」
ナオキヴィッチの頭の中はコトリーナでいっぱいだった。
「急いで屋敷へ連れて帰らねば。」
「は、はい!」
涙で顔をぐしょぐしょにしながら、モッティはナオキヴィッチの後に続く。動きながらケイにモッティは目をやった。
「ああ…。」
ケイは茫然自失といった様子でその場から動かなかった。
「モッティ、それを持って来い。」
コトリーナを抱いたナオキヴィッチが命じた。
「その銃、お前が持って来るんだ。」
「え…?」
「そのまま置いていたら、この男は命を絶ちかねない。」
「あ…。」
確かにその通りだろう。モッティは操られるようにケイの側へ駆け寄り、落ちていた銃を抱えると、その身をひるがえし、先を急ぐナオキヴィッチの後を追いかけたのだった。



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嫌=!この話どうなるの?切ないね。

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Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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