日々草子 君に花を捧ぐ 13

君に花を捧ぐ 13






「結婚?」
「はい、コトリーナ嬢と結婚させて下さい。」
コトリーナがプロポーズを受けてから三日後、きちんとした格好をしたケイがアイハーラ伯爵に挨拶にやって来た。
寝耳に水といった風の伯爵は、書斎でその報告を受けたのだった。

「しかし…。」
ケイの少し後ろに、緊張した面持ちで立っている愛娘に伯爵は目をやった。確かモッティの話によるとコトリーナはナオキヴィッチに恋をしているはずでは?
「突然のことで驚かせて申し訳ありません。でもずっと私は考えていました。コトリーナと結婚したいと。」
伯爵の戸惑いが、突然の報告のためだと思っているケイは力強く言った。
「コトリーナは?」
「よろしくお願いしますと、お返事をしました。」
「そうか。」
だとしたら、モッティの思い過ごしだったのだろうか。とにかくケイが好青年であることは伯爵もよく分かっているし結婚については何の問題もない。
「伯爵?」
もしや何か不満があるのかとケイが心配になって訊ねた。
「あ、いや。まだ子供のような娘だから結婚というのがピンと来なくて。でもそういう年齢になったのだなあ。」
これは伯爵の率直な思いだった。男手一つでこのような田舎で育てていたから先がどうなるかと考えていたが。
「伯爵、結婚をゆるしていただけますでしょうか。」
「君のご両親は?」
「話しました。コトリーナならばと喜んでくれています。」
「そうか。ならば私が反対する理由はないよ。」
伯爵の言葉にケイは笑顔をコトリーナに向けた。コトリーナは頬を染めて俯いた。まったく、こんな所もいじらしく可愛いとケイは思わずにいられない。

「それでお許しを得て早々なのですが。」
「ん?」
「結婚式を早いうちに挙げたいのです。」
「早いうちというと?年内かね?」
「いえ、来月にでも。」
「来月!?」
これには伯爵もコトリーナも驚いた。
「来月ってケイ?」
「準備もあるだろう。」
「準備なんて特に必要はありません。」
ケイは必死の体というように言った。
「身一つで来てくれれば。」
「いや、そういうわけには。」
いくら何でもそれなりの支度をしてやりたいというのが親心である。しかも来月とは急にも程がある。
「とにかく、結婚式についてはそちらのカモガーリ家とも相談して決めよう?」
「…分かりました。」
さすがに急かしすぎたかと、ケイはそれ以上何も言わなかった。

「どうしてそんなに急ぐの?」
話を終え見送りに出て来たコトリーナが、不安そうにケイに訊ねた。
「だって。」
ケイは言いよどんだ。あの恐ろしいナオキヴィッチを見てしまった。あれは人間じゃない、美しさの影にかくれた怪物だ。そんな怪物のいる家に愛するコトリーナを置いておくなんて心配でならない。もしかしてコトリーナを狙って牙を向け食いちぎるかもしれない。
しかし、そんなことを言ってコトリーナを不安がらせるのも辛いところである。
「…早く一緒に暮らしたいから。」
「まあ。」
ケイの素直な気持ちに、コトリーナは頬を染めた。
「コトリーナ…。」
不意にケイが表情を引き締めた。そして顔をコトリーナにゆっくりと近づける。
「ケイ…。」
コトリーナは目を閉じた。愛されることが一番の幸せなのだ。ゆっくりとケイの顔、唇が近づく…。

「邪魔だ、どけ。」
冷たい声がもう少しで重なる二人の顔を離した。外出の支度をしたナオキヴィッチが不機嫌な顔で二人を見ている。
「邪魔って、側を通ればいいだろう。」
広い玄関ホールなのだからとケイが言い返すと、
「はしたないものを目にしたくないんでね。」
とにべもない。コトリーナは恥ずかしさでケイから更に距離を置いた。
しかし、ケイは怯むことなく勝ち誇った顔で言った。
「晴れて婚約者の間柄になったんだ、何をしたってこちらの自由だろう。」
「下品な輩と話す時間はない。」
「何だと!」
「ケイ!」
今にも殴りかかりそうなケイをコトリーナは止めた。そんな二人を軽蔑する目で見つめ、帽子を被ったナオキヴィッチは足早に外に出て行った。
「あいつ…絶対このままにしておかない。」
ケイは憎らしげにその背中を見ていたのだった。



それから10日後のことだった。
遠慮がちなノックの音に、部屋にいたナオキヴィッチは顔をしかめた。
「入れ。」
連日の夜歩き、そしてコトリーナの婚約と腹の立つことだらけの日々を送るナオキヴィッチの機嫌はすこぶる悪かった。
「失礼いたします。」
やって来たのはメイドだった。モッティではないメイドがこの部屋に来るのは珍しいことだった。
「何だ?」
「あ、あの…。」
普段ナオキヴィッチと接触することのないメイドは可哀想に、すっかり怯えていた。
「早く言え。」
「こ、こちらを。」
震える手でメイドが差し出したのは一通の手紙だった。



その頃モッティは書斎に呼ばれていた。
「コトリーナは出かけたか?」
「はい。いつものように村へお見舞いに。」
今日の朝、モッティは伯爵から話があると言われていた。ただし、コトリーナに分からぬようにとのことだったので自分はコトリーナに伴をしなかったのである。
「コトリーナは本当にケイと結婚する気なんだな?」
心配している伯爵が、コトリーナの本心をモッティに問いただしていたのだった。
「モッティ?」
「…旦那様。」
モッティは苦しい胸の内を明かした。あの日、泣きながらコトリーナが自分に話したことを伯爵にも全て話した。
「では、コトリーナはナオキヴィッチ殿が夜歩いているのを夜這いをかけていると?」
「はい、そう信じていらっしゃいます。」
「何ということか。」
まだ吸血鬼と思わなかっただけましと言うべきか。しかし夜這いをかけていると誤解することも問題ではないだろうか。
「ナオキヴィッチ殿が怒るのも無理はないな。」
女性にだらしない男と言われて腹が立つのも当たり前だ。
「いえ、旦那様。ナオキヴィッチ様がお怒りになっているのはそういう理由じゃないと思います。」
「どういうことだ?」
「私は、ナオキヴィッチ様がわざとそう振舞われたと思えてなりません。」
「わざと?」
「はい。」
モッティは自信たっぷりに頷いた。
「お嬢様が誤解していらっしゃる。だからそのままにされたのです。お嬢様に嫌われるために。」
「なぜそこまで?」
「ナオキヴィッチ様もお嬢様を愛していらっしゃるからです。」
「まさか!」
思いもよらないモッティの言葉に伯爵は絶句した。そんなことが?あるのか?
「恐らく、旦那様とお医者様の考えていらっしゃるとおり、ナオキヴィッチ様は吸血鬼なのでしょう。」
モッティは自分でも不思議なくらい、「吸血鬼」という言葉を自然と口にした。
「だからお嬢様を幸せにすることはできない。ならばお嬢様を幸せにしてくれる他の男性と…と考えられたのではないでしょうか。」
話しながらモッティの目から涙があふれ出した。
「お嬢様はナオキヴィッチ様を優しい方だと仰っています。私もその通りだと思います。お嬢様の幸せを願うからこそ、ご自分が嫌われ者になる、お嬢様に憎まれることを選ばれたのでしょう。」
「そんな辛い選択を…。」
二人は胸が張り裂けそうな悲しみを抱え、黙り込んだ。



「お嬢様!」
外から聞こえたメイドの声に、伯爵とモッティは顔をドアへ向けた。モッティがドアを開け廊下へ出た。
「どうしたの?」
「モッティさん、今お嬢様がすごい勢いで外に…。」
そう言っているのはコトリーナに付き添って出かけたはずのメイドだった。
「あなた、なぜここに?」
先ほど出かけたばかりではとモッティが思っていると、
「申し訳ありません。お見舞いに持って行く果物を忘れてしまって。それでお嬢様が戻ろうと仰られて…それでモッティさんに果物の場所をと。モッティさんは書斎にいるというのでご自身で…。」
「話を聞かれたのか?」
後から出て来た伯爵が、真っ青な顔でやって来た。
「恐らく。」
モッティも伯爵と同じ、いや負けないくらいの真っ青な顔だった。コトリーナは話を聞いてしまった。
すぐに後を追いかけようとするモッティの前に、今度はナオキヴィッチに手紙を届けた別のメイドがやって来た。
「モッティさん、私…私…。」
「ごめんなさいね、話は後で。」
「いえ、その、ナオキヴィッチ様のことで。」
「ナオキヴィッチ様のことですって?」
そうなると話は別だと、モッティはそのメイドを振り返った。
「申し訳ありません。やはり黙っているのは辛くて。」
「どういうことなの?」
モッティと伯爵は、メイドの話に顔色を失った。



屋敷から飛び出していたのはコトリーナだけではなかった。
「雨が降りそうだな。」
厚い雲に覆われた空を見上げ、ナオキヴィッチは顔をしかめた。少し先にはいつかコトリーナと散歩した教会が見えた。膝を借りて休んだのはどの辺りだったか。
あの頃はまだ幸せだったと思う。ナオキヴィッチの胸がチクリと痛んだ。
「ちゃんと来たな。」
声が聞こえた方をナオキヴィッチは見た。
「丁寧な呼び出し状をもらったからな。」
ナオキヴィッチの前に立つのは、ケイだった。その手に銃があることをナオキヴィッチは確認する。
「俺を殺すつもりか。」
ナオキヴィッチの問いに答えることなく、ケイは銃をナオキヴィッチへ向け構えた。



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おはようございます。

因縁の、仲ですよね?二人、琴子ちゃんを,挟んで鴨狩、入江君、コットリーナは、きになりますね。

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