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2016.09.24 (Sat)

君に花を捧ぐ 11


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「まさか…本当に?」
モッティの告白をアイハーラ伯爵はすぐに信じることができなかった。
「…はい、旦那様。」
モッティも信じてもらえないことは無理もないと思っていた。が、今言わねば後で恐ろしいことになる。取り返しがつかなくなる前に打ち明ける必要があると判断したのだった。
「ナオキヴィッチ殿が…まさか…。」
倒れる寸前のような顔色の伯爵であった。いや倒れないことが不思議だった。先ほど医者と話していた、吸血鬼。それがもしかしたらナオキヴィッチの可能性があるという。まさか、自分の屋敷に吸血鬼がいたなんて。

「申し訳ございません。もっと早くにお話しておくべきでした。」
「いや、お前が迷うのも無理はない。」
誰が信じようか。聡明なモッティだから早まった行動をしなかった。だから騒ぎにならずに済んでいる。
「あのハンカチさえ見つからなければ、私が寝ぼけたせいだと言えたのですが。」
「そのハンカチは今?」
「…お嬢様がお持ちでございます。」
「コトリーナが…。」
よりによって、コトリーナも関わっているとは。あれほどナオキヴィッチに親切にしていた娘も吸血鬼―ナオキヴィッチに襲われる寸前だったというのか。

「お嬢様はナオキヴィッチ様のことを吸血鬼だと疑っていらっしゃいません。」
「そうか。」
「ただ…夜這いをかけに行かれたのかと。それがショックのご様子です。」
「ショックということは、コトリーナは?」
モッティはこの先は何も答えなかった。が、それを見て伯爵は娘がナオキヴィッチに恋心を抱いていることを知った。

「このことをお嬢様にお話しいたしますか?旦那様。」
「いや、まだやめておこう。」
伯爵は答えた。
「まだ確信があるわけではない。もし違っていたら、相手に失礼なこととなる。」
できれば自分たちの愚かな想像であってほしいと伯爵もモッティも願わずにいられない。
「ただ、コトリーナのことをそれとなく守ってくれないか?」
「勿論でございます。」
「だからといって、お前が犠牲になるなんてことは考えないでおくれ、モッティ。」
伯爵はモッティを気遣った。
「わしとコトリーナにとって、お前もこの屋敷に住む人間はすべて大事な家族なのだから。」
「ありがとうございます、旦那様。」
勿体ない言葉だとモッティは感激しながらも、ふとケイのことが頭に浮かんだ。ケイはコトリーナにプロポーズをしようとしている。このことを伯爵に告げたら…伯爵はホッとしてその話を進めるのではないだろうか。
「モッティ、どうした?恐ろしい話を聞かせて具合が悪くなったのならば。」
休んでおいでという伯爵にモッティは「いいえ」と笑って頭を振った。
ケイのことはまだ告げないでおこう。ケイだって自分の口からきちんとプロポーズしたいはず。そのような余計なお節介は不要だ。



「お嬢様、失礼します。」
伯爵との話を終え、モッティはコトリーナの部屋へ行った。コトリーナは窓辺の椅子に座り、ぼんやりと外を眺めていた。が、その手にはしっかりとハンカチが握られていた。
それを見つめたモッティの中に、悪魔の心が少し芽生えた。

「…ナオキヴィッチ様の行動も理解できませんわね。」
「え?」
コトリーナがモッティを仰いだ。
「だって、夜中にあのような所をうろついていたのでございましょう?」
「…ええ。」
「肖像画のご令嬢がいらっしゃるのに、他の女性とどうこうしようなんて…。」
「やめて、モッティ。」
コトリーナが静かにモッティの口を止めた。
「…やめて、モッティ。そのようなことを言うのは。」
「でもお嬢様。」
モッティとてこのようなことは言いたくもなかった。肖像画の令嬢のことなんて口にするのも嫌だったし、ナオキヴィッチが夜這いをかけているなんて思ってもいない。
しかし、もしナオキヴィッチが本当に吸血鬼で、その事実をコトリーナが知ったら。その時、どれほどコトリーナは深く傷つくだろうか。初恋の相手が吸血鬼だったなど、生涯コトリーナの心に傷として残るだろう。
そうなるくらいなら、ナオキヴィッチは酷い男、コトリーナが恋心を寄せるに足らぬ男ということにした方がずっとましではとモッティは考えたのだった。
「…悲しいわ、モッティがそんなことを言うなんて。」
「お嬢様…。」
「ナオキヴィッチ様を悪く言わないでちょうだい。あの方は本当は心の優しい方なの。だって私のこの…。」
コトリーナは手元のハンカチに、涙を浮かべた目を向けた。
「下手な刺繍をしたハンカチを受け取って下さったのよ…。」
様々な話をした穏やかな時間がコトリーナの中に蘇る。あの時自分の話を聞いてくれたナオキヴィッチ、不器用だと馬鹿にしながらも受け取ってくれたナオキヴィッチ、あんな人が女性にだらしない男性だなんて思いたくない。
「私が悪いのよ。決まった方がいらっしゃるのにこのようなものを強引に差し上げてしまったんだもの。」
心から悲しむコトリーナを見て、モッティは自分の愚かさを悔やんだ。いくらコトリーナのためとはいえ、このように傷つけることをしてしまった。こんなに静かに言われるくらいならば、逆さづりにされる刑を受けた方がましだった。
「申し訳ございません、お嬢様。口が過ぎました。」
「ううん。」
コトリーナは首を振った。
「私が愚かだからモッティもそのようなことを口にしたのだから。ごめんなさいね。」
「とんでもございません。」
このような優しい女主人は世界中、どこを探してもいないだろう。何としてでも守らねばいけない、モッティは改めて誓った。



「…ない。」
ナオキヴィッチの部屋は散らかっていた。部屋に籠って探しても、あのハンカチが見つからなかった。
「手放さなかったのが問題だった…。」
力なくナオキヴィッチはベッドに腰を下ろした。コトリーナが贈ってくれたハンカチがどこを探しても見つからない。
「俺が愚かだった…。」
コトリーナに惹かれるあまり、ハンカチを肌身離さず持ち歩いていたことが徒となってしまった。きっと夜中に歩いた時に落としてしまったに違いない。
「俺が想いを寄せても、あいつを傷つけるだけなのに。」
こんな恐ろしい体を持つ自分が幸せにできるわけない。そう分かっているからこそ、距離を取っていたというのに何という過ちを犯してしまったのだろうか。


翌日、外出の支度をしたナオキヴィッチは部屋から出た。何日ぶりだろうか。
「ナオキヴィッチ様…。」
後ろから声をかけられ、ナオキヴィッチは振り返った。怯えた様子でコトリーナが自分を見ていた。
そういえばコーヒーも最近は所望していなかったことをナオキヴィッチは思い出した。

「お出かけですか?」
「…ああ。」
気分がいいから散歩にと言おうかと思ったがやめた。もしかしたらコトリーナが付いて行くと言い出すかもしれない。二人きりになったら、またコトリーナを好きになってしまう。もうこれ以上好きになるわけにはいかない、決して。
ナオキヴィッチは背を向けた。
「ナオキヴィッチ様、お訊ねしたいことがあるのですが。」
その背にコトリーナが声をかけてきた。
「私が以前差し上げたハンカチ、どうされましたか?」
勇気を出してコトリーナは訊ねた。そしてナオキヴィッチの返事を待った。
「…捨てた。」
コトリーナに背を向けたまま、ナオキヴィッチは答えた。
「捨てた…?」
「あんな不細工な代物、この俺が持っていられるか。みっともない。」
吐き捨てるようにそう言うとナオキヴィッチは屋敷を出て行った。
「みっともない…。」
コトリーナは膝から崩れ落ちた。



やはりナオキヴィッチは自分のことなど見ていなかった。ただのお節介な女としか思っていなかった。その事実を突きつけられ、コトリーナはショックでたまらなかった。
こんな自分を見たら、またモッティが心配すると思ってコトリーナは庭に出た。そして片隅のベンチに座りぼんやりと景色を見ていた。
「じゃあやっぱりこれは…捨てられたのね。」
確かにナオキヴィッチの言う通りである。こんな不細工な代物、ナオキヴィッチには似合わない。
そもそも決まった相手のいる男性にこのような物を贈ること自体、おかしいのである。マナー違反を犯したのは自分だ。しかし、ナオキヴィッチはそのことを咎めることはなかった。
「ナオキヴィッチ様の優しい所なのね。」
だから自分はナオキヴィッチに惹かれずにいられないのである。最悪な第一印象も、物知りでたくさんのことを教えてくれたことも、今でもコトリーナの中にはナオキヴィッチが溢れんばかりであった。

「コトリーナ。」
どれほどそこに座っていたのだろうか。名前を呼ばれコトリーナは現実の世界に帰って来た。
「まあ、ケイ。」
泣いていたことがばれなければいいがと思いながら、コトリーナはケイを見た。ケイはいつもと違った様子だった。
「どうしたの?」
「今日は話があって。」
「お話?」
何だろうと思うコトリーナの前に、ケイは突然膝をついた。
「ケイ?」
驚くコトリーナに、ケイは隠し持っていた花束を差し出した。
「レディ・コトリーナ。俺と結婚してくれませんか?」
「え…?」
突然のことに、コトリーナは驚くばかりだった。が、そこにいたのは小さい頃はしゃぎ回っていたやんちゃな少年ではなく、落ち着きを持ち強い意志を抱いている青年の姿のケイであった。



「…。」
そして二人の様子を、離れたところから見ていたのはナオキヴィッチだった。探してもハンカチは見つからなかった。失意の中戻ってきたら…コトリーナが他の男からプロポーズされていたのである。





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