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2016.08.27 (Sat)

君に花を捧ぐ 8


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「舞踏会でございますか。」
「ああ、ぜひコトリーナもどうかと思って。」
この日、ケイはアイハーラ家に舞踏会の招待状を持参していた。
「うちの別邸で舞踏会を開くのは久々なんだ。確か前は俺が子供の頃だったから。」
「さようでございましたか。」
相手をしているのはモッティである。
「ほら、もう俺も出席できる年齢になったし。だったらコトリーナも、だろ?」
そわそわとしている様子に、モッティはケイの本心を素早く見抜いていた。なるほど、コトリーナと踊りたいのだろう。
ただ、コトリーナはどうだろうか。最近また元気を失くしつつあるのであった。
「そんなかしこまるものじゃないんだ。」
黙り込んだモッティをケイが気遣った。
「内輪の集いだし。ちゃんと俺がエスコートするし。コトリーナも元気を出してくれるかなって。」
ケイも心配していた。その気持ちをモッティも無碍にはできない。
「せっかくご自身でお持ちになったのですから、お嬢様にも直接お渡しなさいますか?」
「あ、いや。だって今、来客中なんだろ?」
「…ええ、そうです。」
来客というか…と言いたいのをモッティは堪えた。
「伯爵が同席をと仰るのだから、大事な客人なんだろ。邪魔はしないよ。」
だから玄関ホールでこうして話している二人であった。渡しておいてくれればいいとケイは言った後、辺りを見回した。

「ケイ様?」
「あのさ、モッティ。」
ケイは声をすこし小さくした。
「俺、この夏こそって決めて来たんだ。」
「この夏こそ?」
「コトリーナに、いや、アイハーラ伯爵家に正式に申し込むつもりだ。」
「それは…。」
「結婚だよ。コトリーナと結婚したいと申し込むってこと。」
とうとうその時が来たかと、モッティは思った。
「もう俺たち結婚してもいい年齢だろ?そりゃ年内とはいわないまでも来年にはって。」
そう言いながら、ケイは上を見た。ケイが何を意識しているかモッティにはすぐ分かった。
「もちろん、まずはコトリーナに申し込むんだ。それでお父上に許可をいただこうと思っている。」
その口ぶりからは、コトリーナに悪い返事はもらわないだろうという自信が感じられた。
「あ、このことは内緒にしてくれよな。」
「承知いたしました。」

結婚の話をしたことが照れくさくなったのか、ケイはそそくさと帰ってしまった。それを見送りながらコトリーナがケイと結婚したら、とモッティは想像する。確かに二人は仲がいい。気心も知れているし、ケイは大切にしてくれるだろう。
「舞踏会のご招待も、きっとお嬢様の前で頼りがいのあるところをお見せしたいのでしょうね。」
可愛い男心だと、モッティはつい笑みをこぼした。ただ、コトリーナの気持ちを考えるとその笑みもすぐに消えた。そしてモッティもケイが見上げていた方向へ首を動かした。
「あら…?」
今、何か人影が見えなかっただろうか。まさかとモッティは青ざめた。
「聞かれていた…?」
モッティはしずかに階段を上がった。そこには誰もいない。
「気のせい…よね?」
モッティは来た道を静かに戻った。

「…騒々しい男は何をやっても騒々しい。」
部屋の中でナオキヴィッチは忌々しく呟いた。部屋を出たら下から話し声が聞こえて思わず足を止めたのだった。モッティと話しているのは誰だか、すぐに分かった。
「何が結婚だか。くだらない。」
最初にあの男の顔を見た時から、コトリーナに好意を抱いていることはすぐに分かった。気づいていないのは当のコトリーナだけというのがまた滑稽なことだと思う。
「…っ!」
眩暈を起こし、ナオキヴィッチはベッドに倒れ込んだ。この所、またあの症状が出ている。疲れもひどい。
「…。」
コトリーナが飾った花を見ながら、ナオキヴィッチは目を閉じた。



「ほう…これですか。」
その頃、アイハーラ伯爵の書斎では医者がコトリーナの首筋を見ていた。
「先生、何か悪いものなのですか?」
この所、村ではまた貧血を起こして倒れる女性が増えているとのことで医者が報告に訪れていた。ところが今日はコトリーナもその場に呼ばれたのである。
「ああいや。もう薄れてきていますし、心配することはないでしょう。」
父がコトリーナの首筋の痣を気にして診察を受けさせたのだった。
「痕は残りませんか?」
「ええ、すぐに何もなかったようになりますとも。」
医者は笑顔で頷いた。それを見てコトリーナもようやく笑顔になった。
「やっぱりどこかにぶつけてしまったのね。恥ずかしいわ。」
「お転婆もそろそろ何とかしないとな。」
「お父様ったら。」
父と娘の会話に、医者は声を上げて笑った。

「じゃあ、コトリーナ。わしたちはまだ話があるから。」
「分かりました。早く村の人たちが安心できるといいですね。」
コトリーナが書斎から姿を消すと、笑顔だった伯爵と医者の表情がまた固いものとなった。
「先生、もしかして…。」
「…伯爵、同じです。」
「何ということだ…。」
伯爵は俯いた。
「しかし、今はあのようにお元気なのですから心配はいりますまい。」
「それも村の娘たちと同じなのですね。」
「はい。」
いつまでも収まる様子のない謎の貧血。この症状について医者は一つの考えをこの日、口にしたのだった。それを聞いた伯爵は驚くとともに、とても受け入れ難いと答えた。
が、話を聞いてもしかしてと思い当たることがあった。娘のコトリーナも首に痣を作っていたではないか。それで診断を仰いだのである。



「まあケイがわざわざ来てくれたの?」
書斎から戻ったコトリーナはモッティから話を聞いていた。
「舞踏会…。行ったことがないわ。」
不安そうなコトリーナにモッティは、
「大丈夫でございますよ。ケイ様がエスコートをしてくださるそうですから。」
「ええ、でも。」
「ドレスはほら、旦那様が作って下さったあのドレスがございますし。」
昨年の誕生日に、もうコトリーナもそろそろ年頃だからと父がプレゼントしてくれたものがあった。
「ううん、そうじゃないの。」
村の娘たちが苦しんでいる時に、自分がそのような浮かれたことをしていいのかとコトリーナは思っていた。
「それにナオキヴィッチ様も…。」
この所ずっと部屋に閉じこもりきりのナオキヴィッチが、コトリーナは気になっていた。ケイが来てからずっとそのような状態なのである。
「私だけ楽しむのは…。」
「たまにはお気を晴らされるのも悪い事じゃございませんよ。」
では父が許してくれたら出席するとコトリーナは言った。

「そうだわ!」
コトリーナが手を叩いた。
「ねえ、モッティ。カモガーリ家にお使いを立ててもらえる?」
「今ですか?」
「ええ。あのね、ナオキヴィッチ様もご一緒にいいですかって。」
「ええ!?」
思わずモッティは叫んでしまった。
「だ、だってお嬢様…。」
つい先ほどのケイの様子をモッティは思い出していた。あの時、二階を見ていたケイ。その視線の先はナオキヴィッチの部屋、そして中にいるナオキヴィッチがいたに違いない。
それなのに、ナオキヴィッチも一緒にとは、このお嬢様は何ということを言うのか。
「ナオキヴィッチ様はお体の調子が…。」
「ええ、分かっているわ。でも私の気を晴らすことならナオキヴィッチ様にもそうじゃなくて?」
ずっと閉じこもりきりのナオキヴィッチを誰よりも心配しているコトリーナであった。
「それにナオキヴィッチ様は大貴族のご子息でしょう?きっとお元気だった時は舞踏会にもたくさんおいでになっていたはず。その時の気分を思い出していただけたら、少しはお元気になるんじゃないかしら?」
話しながら、その舞踏会にはあの美しい令嬢が側にいたのだろうかとコトリーナの胸がチクリと痛んだ。が、今はそれよりもナオキヴィッチが元気になってくれることが大切である。
「はあ…。」
モッティは渋々、使いをカモガーリ家へ向かわせたのだった。



そして使いが戻って来た。
「ケイ様はナオキヴィッチ様のお加減がよければ、とのことでございます。」
「ああ、よかった!」
コトリーナは胸を撫で下ろした。
「ケイは優しいから絶対いいって言ってくれると思ったわ。」
「ケイ様…何だかご機嫌が悪いご様子でしたけど。」
使いに立てた者が疲れた様子で呟いた。
「まあ、ではケイが忙しい時にお邪魔しちゃったのかも。悪いことをしたわ。」
「…絶対違うでしょう。」
散々当たられたのだろう、ぐったりと疲れている使いをモッティは心底気の毒だと思った。
「早速ナオキヴィッチ様にお知らせしましょう!」
コトリーナは足取り軽やかに階段を駆け上がった。

ノックをすると「入れ」と、やや不機嫌そうな声が聞こえたので、コトリーナは嬉々として入った。
「ナオキヴィッチ様、あの…たまには気分転換をなさいませんか?」
「気分転換?」
怪訝な顔をコトリーナに向けるナオキヴィッチ。
「はい、実はカモガーリ家で舞踏会が行われるんです。」
「カモガーリ?」
「あ、先日ご紹介したあの…。」
「あいつか。」
「はい。ケイの家なんですけれど、それでご招待をいただいて。よかったらナオキヴィッチ様もご一緒に…。」
「結構だ。」
「お加減が?」
「たとえ元気でも、絶対行かない。」
「元気でも?」
なぜだろうか。ナオキヴィッチの機嫌はすこぶる悪い。今までも体調が悪い時は機嫌が悪いが、どうもそれとも違う気がする。
「ナオキヴィッチ様?」
「そんな騒々しい場所、嫌いだ。」
「そう…なのですか。」
自分は出たことがないから分からないが、そういうものなのだろうかとコトリーナは思った。
「お前は行けよ。」
ナオキヴィッチは吐き捨てるように言った。
「せいぜい着飾って、あいつの前でありもしない色気を振りまいてくるがいいさ。」
「色気って…。」
そのもの言いに、コトリーナの表情にも怒りが浮かび始めた。
「そんな言い方は。」
「あいつの前で尻でもふって、下品な踊りの一つでも披露してくるがいい。さぞや滑稽だろうよ。」
ナオキヴィッチは嘲るように笑った。
「ああ、顔も塗りたくれよ。ああいう男はすぐに騙され…。」
バシッ!!
ナオキヴィッチの言葉は最後まで終わらなかった。その頬にコトリーナの手が飛んだのである。
「てめえ、何を!」
「それはこちらのセリフよ!」
顔を怒りで真っ赤にし、コトリーナはナオキヴィッチを睨みつけていた。
「何て言い方なの!下品なのはあなたの方よ!最低な男!!」
「こっちは病人だぞ!」
「病人でも言っていいことと、悪いことがあるわ!」
二人は睨みあっていた。
「…最低、最低!!」
コトリーナは叫ぶと、バタンと大きな音を立てて部屋を出て行った。
「…ふざけんな!」
クッションをそのドアにぶつけ、ナオキヴィッチはベッドに仰向けに倒れた。叩かれた頬がヒリヒリと痛かった。



二人が大喧嘩をしていた頃、アイハーラ伯爵と医者はまだ話しこんでいた。

「確かにあの夜、コトリーナは黒い恐ろしいものを見たと言っていた。私たちはそれは見間違いだ、夢を見たのだと言ったのですが。」
医者の考えを伯爵は受け入れねばならないことは分かっていた。しかし本当にそのようなことが?
「…お嬢様は夢などご覧になっていなかったのでしょうな。」
「しかし、先生。」
まだ信じられない伯爵は、医者を見つめた。
「コトリーナは本当に?本当に…吸血鬼に襲われたというのですか?」
「…恐らく。」
「村の娘たちも?」
医者は力なく頷いた。
「この世に…吸血鬼なんていうものが本当に存在すると?」
悲痛な声を上げると、伯爵は額を押さえ俯いたのだった。




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