日々草子 君に花を捧ぐ 7

2016.08.13 (Sat)

君に花を捧ぐ 7










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それでもコトリーナは、毎朝のコーヒーを淹れることをやめなかった。
「…だって、お友達がほしかったんだもの、元々は。」
笑顔を作ってコトリーナはモッティに話した。
「覚えているでしょう?最初は女の子のお友達ができるって楽しみにしていたこと。」
「ええ、お嬢様。」
「ナオキヴィッチ様は男の人だけど、でもお友達にはなれると思わない?」
「思いますとも。」
けなげな女主人の決意に、モッティは胸が張り裂けそうだった。どうしてこの優しいお嬢様がこのように苦しまなければいけないのだろうか。
「お友達にコーヒーを淹れることはおかしなことじゃないわ。そうよね?」
そう言うコトリーナの目にはうっすらと涙が浮かんでいることを、モッティは見逃さなかった。
「勿論です、お嬢様。」
おそらく、ナオキヴィッチに抱いた恋慕は初恋だったのだろう。初恋がこのような無残な形で終わろうとしていることに耐えるコトリーナ。

表立って友達と宣言されない分、ナオキヴィッチの心境は複雑なものだった。コーヒーこそ今までどおりに飲んでいるが、少しずつ増えていたコトリーナとの語り合いの時間はなくなってしまった。
「やっぱり…お友達も難しいのかしら?」
「そんなことございませんよ。」
気落ちするコトリーナを慰めながら、ナオキヴィッチの態度に憤慨を覚えるモッティであった。

それからまもなく、コトリーナはメイドを一人連れ、村人の見舞いに出かけた。
バスケットを抱えて歩いて行くコトリーナを、ナオキヴィッチは居間の窓から見ていた。
「気になりますか?お嬢様が。」
後ろから突然声をかけられ、ナオキヴィッチは驚いた。
「いたのか。」
「はい、お嬢様よりお世話を言いつかっておりますから。」
できるだけ態度に出さないよう気をつけるが、それでも言葉の端々にとげが出てくるモッティであった。
「お嬢様はナオキヴィッチ様と良いお友達でいらしたいそうです。」
「友達、ね。」
「異性のお友達ができることはおかしなことではございませんよね?」
「俺にはいたことがないから分からない。」
「でしょうね」と言いたいのをモッティはこらえた。異性の友人はおらずとも、恋人はいるのかと言いたい。

ナオキヴィッチが気にしているのは、コトリーナを傷つけてしまっていることだけではなかった。
――俺が苦しめている人間を、あいつが見舞うというのは。
滑稽というか何というか。原因を作っているのが自分だと知ったら、コトリーナはどう思うか。

「…俺は誰かを幸せにする資格はないんだ。」
「え?」
思いがけないナオキヴィッチの告白に、モッティが驚く番であった。
「でも、あの肖像画は…。」
「家同士の付き合いってやつだ。俺が一人静養に行くと知って、存在を忘れないようにと荷物に紛れ込ませたのだろう。」
その言い方は、愛しい女性を忘れたくないから持参したというものではなかった。
「ナオキヴィッチ様…。」
ではコトリーナに少し希望があるというのだろうか。モッティはナオキヴィッチの次の言葉を緊張しながら待つ。

「でも実のところ、お前は安堵しているのではないか。」
残念ながら、ナオキヴィッチの次の言葉はモッティが期待したものではなかった。
「あいつが俺を友達扱いしたことについて。」
「なぜそのような?」
「…お前、知ってるんだろ?」
この時のナオキヴィッチの顔の恐ろさ、モッティは背筋が凍り付く。いや、視線だけで自分は殺されるのではとまで思った。
「な、何をでございます…?」
息がつまる、何をされているわけでもないのに。モッティはガクガクと膝が震える。

「…図書室に行ってくる。」
それ以上、ナオキヴィッチはモッティを責めなかった。スッと静かに居間を出て行った。
「ああ…!」
耐えきれず、モッティは膝から崩れ落ちた。
今のは一体何だったのか。あのような恐ろしさを覚えたのは…そこでモッティはハッとなった。
「あの方は、あの夜私がいたことを知っている?」
あの夜、ナオキヴィッチが壁をスッと抜けていった。それを自分が見ていたことを知っているというのだろうか。
しばらくモッティは震えが収まらなかった。

ナオキヴィッチの断片的な言葉を、モッティは迷った末コトリーナに告げなかった。勿論、知らせた方が喜ぶ事は分かっている。が、ナオキヴィッチのあの恐ろしさ、あれを知ってしまったら、コトリーナをこれ以上、ナオキヴィッチの心に近づけてはいけないのではと思うようになっていた。



そんなある日のことである。

「コトリーナ!!」
突然外から名を呼ばれ、コトリーナは読書をやめて自室のバルコニーに出た。
「まあ、ケイ!」
庭から手を振っているのは、コトリーナと同年代の若者だった。

「来ていたのね?」
「ああ、いきなり行って驚かせようと思ってさ!」
庭へ駆けつけたコトリーナを、ケイは軽々と抱き上げた。キャッキャッと歓声がコトリーナから上がる。
「お前、重くなったんじゃないのか?」
「んま、レディに向かって!」
ふくれるコトリーナに、ケイは笑った。



「騒々しいな。」
相変わらず閉めきったカーテンの、ほんの僅かな隙間からナオキヴィッチは外を見た。そこではコトリーナが若い男とはしゃいでいるではないか。
最近見せなかった溌剌としたコトリーナの笑顔に、ナオキヴィッチは胸が痛む。
「誰だ、あいつは?」
そしてコトリーナの体に遠慮なく触れている男が気になった。



「客人?」
「ええ、お父様のお知り合いのご子息様なの。」
屋敷へ通す前に、一通り話しておいたほうがいいとコトリーナは思った。
「イーリエ公爵様って知ってる?」
「ああ、あの名門貴族!」
「そこのご子息様が静養にいらしているのよ。だから静かにしてあげてね。」
「へえ。」
話を聞きながらケイはおかしな事もあると思った。令嬢しかいないアイハーラ伯爵家に、息子をよこすとは。
イーリエ公爵の子息のことは、ケイも聞いたことがあった。見目麗しく、学問やスポーツに秀でて完璧そのものという話ではなかったか。
「何かあったらどうするんだか。」
「何か?」
「いや、こっちの話。」
権力をかさに、コトリーナに夜這いでもしたらただじゃおかないと、ケイは一人張り切る。

「まあ、ナオキヴィッチ様。」
そして屋敷にケイを通したところで、ちょうどナオキヴィッチが出て来た。
「ナオキヴィッチ様、こちら、ケイ…カモガーリ子爵のご子息です。この時期、近くにある別荘にいらっしゃるの。」
応接間に姿を見せたナオキヴィッチ。それを見た途端、ケイの背筋に震えが走った。
――な、何だ、この震えは。
風邪でも引いたのか、いやそんなことはない。今は寒い季節でもない。どうして震えが?

「ケイ?」
「い、いや。」
「こちら、イーリエ公爵のご子息、ナオキヴィッチ様。」
「失礼をしました。」
素直に礼を欠いたことを、ケイは詫びた。が、ナオキヴィッチからは何も返事がなかった。
「ナオキヴィッチ様、これからお茶にするのですがよかったら…。」
「結構。騒々しいのは好きではない。」
冷たくナオキヴィッチは答え、応接間を出て行った。

「…何だ、感じ悪いな。」
身分が高いとはいえ、あの態度はなかろうとケイは憤慨した。
「体調がよくないの。ほとんどお部屋からも出ていらっしゃらないんですもの。」
「だけど挨拶したんだから返したって…。」
「話をするのも辛いのよ、きっと。」
なぜだかコトリーナはナオキヴィッチを庇った。それがケイには気にくわない。
「あんな面倒な客を抱えて、お前もさぞ難儀しただろう。」
「そんなことないわ。」
屈託なく笑うコトリーナであるが、ケイは今日からは自分が気分転換させてやろうと決意していた。



その決意どおり、ケイは毎日のようにアイハーラ邸に足を運んだ。そしてコトリーナと他愛もないおしゃべりをし、散歩をする。そう、それはコトリーナがナオキヴィッチとしていたこと。相手がナオキヴィッチからケイへ変わったのであった。

「ねえ、ケイ?」
「ん?」
この日もパラソルを手にコトリーナはケイと散歩をしていた。
「あのね…ええと…。」
「何だよ?」
もしかして、コトリーナは自分のことが好きなのだろうか。いや、そうだったら話が早い。実はケイは、今回の滞在中にコトリーナにプロポーズをするつもりなのである。
「その…サヴォンヌ様ってご存知?」
「え?」
コトリーナから出たのは愛の言葉ではなく、なぜか別の女性の名前だった。
「ケイ?」
「え?ああ、うん、いや、知ってるってほどじゃないけど。」
「有名な方なの?」
「都の社交界では。俺もパーティーで何度か見かけたことがあるから。」
「どんな方?」
「綺麗な人だな。オーイズミ侯爵の孫娘で。ピアノ、ダンス、何でもござれって話。」
「そんな方…。」
顔だけじゃなく、中身まで完璧なのだ。そんな美しい令嬢の肖像画を静養に持ってくるナオキヴィッチ…。
「でも俺はすました女より、木を蹴ってカブトムシを捕まえる女の方がいいけどな!」
意を決して、顔を真っ赤にしてケイは告白した。が、隣からは何の反応もない。
「コトリーナ?」
「え?ごめんなさい、聞いてなかったわ。」
「いや、別にいいんだ。」
落ち込みかけたケイであったが、プロポーズはもっとロマンチックにするものだと気を取り直したのだった。



「送ってくれてありがとう、ケイ。」
「いいや、当たり前さ。」
屋敷まで送り届け、ケイはコトリーナを見つめた。何だか昨年よりも可愛く、いや美しくなった気がする。
「ケイ?」
ケイはそこに咲いていた花を一輪、手折った。そしてコトリーナの髪にそっと挿した。
「…ありがとう。」
ニコッと笑ったコトリーナを抱きしめたくなるのを、ケイは堪え屋敷の中にコトリーナが入っていくのを見届けて帰途につく。
「ん?」
ふと何かを感じてケイは見上げた。屋敷の二階の部屋、カーテンがシャッと閉められたことに気づく。
「…あの公爵様のご子息の部屋か?」
見張っていたのか、感じの悪い男だとケイは不快感でいっぱいだった。確かに見た目は自分など足下にも及ばないほど美しいが、中身は最低じゃないか。
「あれ?そういえば…。」
ケイは思い出した。先ほどコトリーナに訊ねられたオーイズミ侯爵の孫娘と、イーリエ公爵の子息には縁談があると噂を聞いたことがある。
「コトリーナはどうしてオーイズミ侯爵の孫娘を気にしてるんだ?」
まさか、あの不愉快な男を気にして?
「いや、コトリーナに限ってあんなろくでもない男を好きになるわけないだろ。」
自分の方が付き合いは長いのだ、自信を持とうと、ケイは別荘へ戻って行った。



その頃、部屋を出たナオキヴィッチは玄関に飾られている花瓶に近づいていた。コトリーナが生けた花。一輪、手にする…たちまち、その花は枯れ果てた。
――頭に飾るどころか、手にすることすらできないのだ。
ナオキヴィッチは花を枯らしたことを悟られぬよう、ポケットに全て押し込んだ。その脳裏には、ケイに花を飾ってもらって喜ぶコトリーナの姿がいつまでも浮かんでいた。






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 |  2016.08.13(Sat) 18:31 |   |  【コメント編集】

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 |  2016.08.13(Sat) 22:17 |   |  【コメント編集】

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 |  2016.08.14(Sun) 09:24 |   |  【コメント編集】

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 |  2016.08.14(Sun) 13:19 |   |  【コメント編集】

マロンさん、ありがとうございます。

そうですよね、何者かは不明でも得体の知れない存在にコトリーナを近づけたくないでしょう。
いつもうちのシリーズでは協力してくれるモトちゃんも今回ばかりは…。
やっとケイが登場です。とにかく色々かき乱してほしいものです笑
水玉 |  2016.08.14(Sun) 17:51 |  URL |  【コメント編集】

shirokoさん、ありがとうございます。

いえいえ、とんでもない!!
謝るのは私の方です。
自分が書いた返事を読み返したら「あちゃ~!」と頭を抱えてしまいました笑
明らかに私の返事が誤解を呼ぶものでしたよね。ごめんなさい!
sirokoさんは何も悪くないし、私を責めるようなことは何一つ言ってませんよ!!ええ、そこは声を大にして言います!
いただいたコメントもふんわりとほほえましいものだったから、私も笑いながらお答えしたのですが、読み返すと逆にsirokoさんを不安にさせてしまうような書き方だったようで、本当、すみませんでした!

実は私も初めて書く雰囲気のお話なので、結構不安になりながら書いているんです。
「もしかして読み手は意味が分からない文章になっているかも」「ストーリー分かりにくいかも」といつも不安になっていたので、shirokoさんから疑問が出て、「ああ、そんな所も私は省略してぶっ飛ばしていたのね!」と腑に落ちたといいましょうか。
むしろ聞いて下さってありがとうという感じですので、本当、気にしないで下さいね。
最初ノリノリで書いていたので(だからこそ読み手さんを置いてきぼりにしているのではという不安がつきまとっていたのですが)、設定とか飛ばしすぎたところもあるだろうなと思っていて。
いえ、疑問に思われるのは当然だったのでコメントもらってホッとした気分でしたよ!

「粗」と言ったのは、自分で常々そう思っていたからでして。本当、shirokoさんは気にしないで下さい。
本当に気を遣わせちゃってごめんなさい。そして応援ありがとうございます。
私のやっちゃったお返事こそ笑い飛ばして、又気軽にコメント下さると嬉しいです。
水玉 |  2016.08.14(Sun) 17:59 |  URL |  【コメント編集】

ぽさん、ありがとうございます。

いえいえ、私の創作よりド下手なお返事でそんなに喜んでいただけて!
こちらこそ、ありがとうございます。
そんなに楽しんでいただけて、本当に書いた甲斐があります。数だけはたっぷりあると思うので(中身は空っぽかもしれませんが)、少しでも空いているお時間のお供にしていただけたらと思います。
そうそう、とうとうやってきました。いや、役者をやっとそろえられたというか。
書いている私も未知なので、付いて来ていただけるか不安でいっぱいですが楽しんでいただけますように!
水玉 |  2016.08.14(Sun) 18:02 |  URL |  【コメント編集】

Yunさん、ありがとうございます。

ありがとうございます~!
嫉妬要員揃って、ナオキヴィッチも何かしでかしてくれるかと。
そうそう足踏み状態が続いていましたもんね。あんまり話数が少ないのもまずいかと私も足踏み状態でしたが、ちょっとはペースを速めた方が良いのかもしれません。
水玉 |  2016.08.14(Sun) 18:03 |  URL |  【コメント編集】

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 |  2016.08.16(Tue) 08:41 |   |  【コメント編集】

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 |  2016.08.18(Thu) 11:31 |   |  【コメント編集】

shirokoさん、ありがとうございます。

いえいえ、こちらこそまたコメントいただけて嬉しいです。
大丈夫ですよ~。また私が早とちりしたんだなと思われるくらいですから(笑)
こちらこそ、これからもよろしくお願いします!
水玉 |  2016.08.28(Sun) 14:15 |  URL |  【コメント編集】

ねーさんさん、ありがとうございます。

こちらこそ、ご無沙汰してしまい申し訳ありません。
先日の台風は大変だったでしょう。今もその影響があるようで心配しております。
今回ダイ・ジャモリさんは出番ありませんね~(笑)あれ、あったほうが拍手数増えますかね?(笑)
まさかアルプス琴子ちゃんに会えるなんて思ってなかったので驚きましたよ!
私もちょっと考えたことあるのですが…いや、やっぱりさすがねーさんさん!
いやいや、お祭りだというのにどうしよう、この人気のなさ…と毎回青ざめているのですが。
まさかのゴルゴ以下になりそうな感じなのですが、何とか頑張ります!
水玉 |  2016.08.28(Sun) 14:18 |  URL |  【コメント編集】

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