日々草子 君に花を捧ぐ 6

君に花を捧ぐ 6

更新を待っていて下さった方(いらっしゃるのか分かりませんが)、お待たせしてすみませんでした。

☆☆☆☆☆








「お嬢様、あと少しで10本全部になりますね。」
「嫌味ね。」
モッティの手当を受けながら、コトリーナは口を尖らせた。が、モッティがそう言うのも無理はない。コトリーナの両手の指先は痛々しいことになっている。
「両手を針で刺すって、なかなかできないことですよ?」
「不器用だって正直に言えばいいじゃないの。」
「それでも頑張るところが、お嬢様のいい所ですものね。」
普通だったら両手をそこまで痛めたら、もう途中でやめても不思議ではない。が、コトリーナは痛々しい指を使って、懸命に刺繍をしていた。
「ヨレヨレなのはアイロンを当てればどうにかなるわよね?」
「ええ。大丈夫ですとも。」
せっかくナオキヴィッチが、自分が刺繍をしたハンカチを受け取ってくれると言ってくれたのだ。不器用なりに心をこめて…が、しかし。

「本当に美しい刺繍だわ…。」
ナオキヴィッチから借りているハンカチを見て、コトリーナは何度目になろうかという溜息をついた。
「本当にそうですわね。」
「刺繍が得意なモッティでもそう思って?」
モッティは料理、裁縫とかなりの腕前なのだった。
「私など、足元にも及びません。とても素晴らしい貴婦人でいらっしゃるんですね、イーリエ公爵夫人は。」
ナオキヴィッチの母による刺繍はこれが人間の手によるものかというくらい、細かいものであった。これを当たり前のように目にしているナオキヴィッチ。そのナオキヴィッチが自分の刺繍を見たら…。
「…雑巾にされても、後悔しないわ。」
「はい、雑巾でもナオキヴィッチ様が使って下されば万々歳ですよ、お嬢様!」
「いや、そこは雑巾とまで言わなくてもって励ます場面よ?」
「すみません、つい本音が。」
このように軽口をたたき合えるところが、二人の仲の良さをあらわしている。



モッティの指導と励ましを受けながら、昼夜刺繍に励んだコトリーナはナオキヴィッチへ贈るハンカチを仕上げることができた。アイロンも自らかけた(時折焦しそうになるのをモッティに注意されながら)。
ただ、ここ数日ナオキヴィッチの姿が見えなかった。
「まだお体の具合がよくないのね…。」
締め切られたナオキヴィッチの部屋の窓を見上げながら、コトリーナは心配していた。
「本当にお医者様を呼ばなくていいのかしら?」
「ご本人が不要だと仰るので…。」
無理矢理医者を呼んだところで、ナオキヴィッチの機嫌を悪化させたら大変である。アイハーラ家の近くに住む医者も名医ではあるが、イーリエ家の主治医とは別なのかもしれない。

「お嬢様、ご機嫌いかがですか?」
「まあ、先生!」
噂をしたら何とやら、村の医者が帽子を掲げ笑っていた。
「村の人たち、また調子が悪いのですか?」
「ええ、まあ。」
相変わらず、女性だけが貧血に陥るという謎の状態が続いているのだという。
「今日は伯爵と今後どうするかを話し合うためにまいりました。」
「今後?」
「都会から医者を呼んだ方がいいかなど。」
「そんなに悪いんですね…。」
医者が屋敷に顔を見せる日も増えつつあったから、無理もないことであった。
「またお見舞いに行きます。」
「そうしてやって下さい。お嬢様の明るさは皆を笑顔にします。と?」
医者がコトリーナの手に気づいた。
「扉に挟まれたとか?」
「いえ、大したことありませんの。ホホホ。」
慌てて両手を後ろに隠すコトリーナを、モッティが笑いをこらえて見ていた。



ナオキヴィッチが久しぶりに姿を見せたのは、翌日のことだった。
いつもどおり朝食代わりのコーヒーを食堂で淹れた後、コトリーナはおずおずとハンカチを出した。
「へえ、出来あがったのか。」
ナオキヴィッチは広げて見た。
「お前にしては、なかなか複雑な刺繍をしたな。」
「え?」
「しかも、こんな花を知っているなんて。」
「はい?」
「これ、ラフレシアだろ?お前、よく知ってたな。」
「ら?らふれ?」
「だけどこれを刺繍のモチーフに選ぶって、変わった趣味だよな。」
ナオキヴィッチは愉快そうにコトリーナとハンカチを見比べる。
「知ってるか?ラフレシアって、すげえ臭くて、ハエが寄ってくるんだぜ。」
「…そんな花を刺繍するわけないでしょうが!!」
とうとう我慢できなくなったコトリーナが叫ぶと、ナオキヴィッチは「アハハハ」と腹を抱えて笑い転げた。
「な、何なんです?そのラフレ何とか?ハエ?臭い?何でそんな花を選ばなきゃならないのよ!!」
「冗談だよ、冗談。」
恨めしそうに見るコトリーナに、またナオキヴィッチは笑った。

「で?何の花なんだ?」
「…やっぱりわからないんですね。」
「まあな。」
今度はからかっているわけではないらしい。それはそれでコトリーナはショックを受けるのだが。
「…バラ、です。」
「あ?」
「だから、バラです。」
「バラ…。」
まじまじとナオキヴィッチはハンカチを見た。あまり見られると荒が目立つとコトリーナは心配になる。
「いいですよ、もうラフレ何とかってことにして。」
確かにバラには見えないだろう。ラフレ何とかがどのような花か想像したくないが、そちらの方が近いのかもしれない。
「ま、こういうバラも存在するって思うことにしよう。」
「…ありがとうございます。」
何で自分がお礼を言うのかも分からないが、強引にハンカチに刺繍をすると言ったのはこちらだし、そういうことになるのかとコトリーナは自分を納得させた。

「なるほど、ね。」
ナオキヴィッチはハンカチをまだ見ていた。
「手作りというのはいいものかもしれないな。」
「え?」
いつしか、ハンカチを見るナオキヴィッチの目が優しく穏やかなものになっていた。
「母は何かと家族の持ち物を自らの手で作る。男の俺から見ると、どうしてそのようなことに時間をかけるのだろうと不思議だったが。」
そう言って、ナオキヴィッチはコトリーナの傷だらけの手を見た。
「…そこまで苦労しても得るものがあるってことか。」
「もしかして、お母様も私のような手になって?」
「そんな不器用だったら、あのようなものは作れないと思うが。」
「おっしゃる通りで」とコトリーナは小声で呟いた。

「苦労しただろ?」
「でも、ナオキヴィッチ様のお顔を考えて針を動かすことはとても楽しかったです。」
思わず、コトリーナの本音がもれた。
「きっとお母様も同じお気持ちなのでしょう。」
「そうかもしれないな。」
母が作ってくれたものを、当たり前のように使っていたがとナオキヴィッチは言った。
「今後、母が何か作ってくれたらお前のその痛々しい指を思い出して大事に使うことにしよう。」
「お役に立てて嬉しい…です。」
どうも複雑な心境のコトリーナだった。
「落ち込むなよ。」
「でも。」
「お前のおかげで、人の優しさとか今更になって分かったんだから。感謝してる。」
素直なナオキヴィッチの言葉に、コトリーナは驚いた。
「感謝…。」
繰り返すコトリーナに、ナオキヴィッチは自分が発した言葉にハッとなり横を向いた。ナオキヴィッチ自身にも想像できない言葉だったらしい。

「あの、それ雑巾でも…。」
「ああ。屋敷の犬の足を拭くのに使うか。」
「嘘!」
そこは冗談にしてほしいのにとコトリーナが悲しそうに見ると、
「足を拭くものはもうあるから、違うことに使うかな。」
と言いながら、ナオキヴィッチは丁寧にそれを畳んでポケットに入れたのだった。



それからナオキヴィッチの体は調子がいいようだった。
「図書室で読書をしてくる。」
そういう時は一人がいいだろうと、コトリーナは付いて行かなかった。そのかわり、
「お掃除をしてもいいですか?」
と尋ねた。
「モッティがいつも担当しているのですけど、手伝いたくて。」
ナオキヴィッチの役に立つなら何でもしたい、いつしかコトリーナの中にそのような気持ちが芽生えていた。

「お嬢様、置物に気を付けて下さいませね。」
「わかってるわ。」
エプロンをつけたコトリーナは、楽しそうにはたきを動かしていた。居心地のいい部屋にしてナオキヴィッチの気分を少しでも良くしたい。

「ベッドの下もきれいにしないとね。」
今度は箒を手に、コトリーナはベッドの下を見た。
「あら、トランクが開けっぱなし。」
ナオキヴィッチはいつもきちんとしている感じなのにと、その様子にコトリーナは微笑ましくなった。
「男の方ってこういう所があるのよね。」
クスクス笑いながら、コトリーナはトランクを引きずり出した。

「お嬢様?」
トランクを前に身動きしないコトリーナを心配して、モッティが近づいてきた。
「ご気分でも…」と言いかけたモッティの言葉がやんだ。
コトリーナが前にしている開きっ放しのトランク、その上には小さな肖像画が額縁に入って置かれていた。描かれていたのは、年の頃はコトリーナと同じくらいの、美しい令嬢である。
「サヴォンヌ…。」
肖像画の隅にその名前があった。この令嬢の名前だろうか。

「お嬢様…。」
固まっているコトリーナに、何と言葉をかけていいか分からないモッティであった。
「モッティ…。」
力なく呟くコトリーナ。
その二人の前にどこからかスッと手が伸ばされ、トランクの蓋が閉ざされた。

「ナオキヴィッチ様…。」
ナオキヴィッチが閉めたトランクをベッド下に蹴った。
「あ、あの…。」
「…借りていた本を持って行くのを忘れていたから。」
戻って来た理由を、ナオキヴィッチは口にした。が、そのようなことはコトリーナの耳に入っていなかった。

それから、何をしていたのか。気づいたらコトリーナは自分の部屋に戻っていた。
「お嬢様。」
「ああ、モッティ。お掃除は?」
「終わりました。お嬢様、先に戻っていらしたんですよ?」
「そうだったかしら?」
コトリーナの頭には、あの美しい令嬢の肖像画しかなかった。
「ねえ、モッティ。」
「はい。」
「あのきれいな方…イーリエ公爵夫人ということは…。」
「お嬢様。」
モッティは否定の代わりに、コトリーナの名前を呼んだ。
「そうよね。そんなわけないわよね。」
ナオキヴィッチの母の若かりし頃の姿であってほしい…いや、そんなわけないのは、コトリーナも一番分かっていた。ナオキヴィッチとどこも似ていなかった。

「まるで百合…白百合のような方だったわ。」
そう話すコトリーナの目に涙が浮かぶ。
「私なんて、それに比べたらあのハエが寄ってくる臭い花みたいなのかも。」
「そんなことございませんよ!」
今度はきっぱりと、モッティが否定した。
「お嬢様はラフレシアなどではございません!」
「見たことあるの?」
「ありませんけれど…でも、そんなひどい花ではありません!」
「モッティ…。」
泣き崩れるコトリーナの体を、モッティは抱きしめた。それしかできなかった。



関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

マロンさん、ありがとうございます。

ありがとうございます!
もう数少ない読者様のために書いているような笑
ファンタジー?に挑戦したのは失敗だったなと後悔の嵐なので、コメントいただけるととても嬉しいです。
サヴォンヌ嬢を出した方がいいかと迷った末に…出しちゃいました!
続きも読んで下さると嬉しいです!

りょうママさん、ありがとうございます。

ありがとうございます。
いや、私の心がポキッとおれそうだったので、コメントいただけて嬉しいです。
ラフレシア…私も調べましたが、なかなかの花ですよね。
それと間違えられるってどれだけ笑
せっかく近づいた距離が、また遠のいてしまいました。
見守っていただけたら嬉しいです。

shirokoさん、ありがとうございます。

ありがとうございます。
shirokoさんのコメントで、自分の粗が発見されて恥ずかしいです。
親しい間柄だけどお互いの子供についてはそんなに話をしたことはなかった…ということで笑
そうですよね、疑問が出るのは当然かと。いや~だからダメなんですね、お恥ずかしい!
二つ目はこれから答えが出るかと…多分笑
勢いで書いてしまったので、色々粗が目立つと思います。すみません!!
そんな話を待っていて下さって嬉しいです。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

ぽさん、はじめまして。

ありがとうございます!
まさか全て読んで下さったなんて!それは大変だったでしょう!
もう時間ばかりかかったでしょうに…。
しかも今回のこのお話も楽しんで下さっているなんて。嬉しいです。
嵐…来るのかどうか分かりませんが、ご期待にそえるよう頑張りますね!
またぜひ、お気軽にコメントいただけると励みになります!
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

現在の御訪問者
現在の閲覧者数:
御訪問ありがとうございます
このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

コメント及びメールなどでの苦情及び批判は公開、非公開を問わず、私へ告げることはご遠慮いただけますよう、お願い申し上げます。

このブログ及び掲載されている話が嫌いだと思われたら、黙ってあなた様の中から、このサイトの存在を消去していただけますよう、お願い申し上げます。

カテゴリー+月別アーカイブ
 
最新コメント
最新記事
カボチャの世界
Private
カレンダー
04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
リンク