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2016.07.21 (Thu)

君に花を捧ぐ 4







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結局数学については何一つ理解できなかったコトリーナであった。正直にそれを打ち明けたところ「そうだろうと思った」と一言言われただけだった。
やはりナオキヴィッチと本の感想を話し合うことは無理かと落ち込んでいたコトリーナであったが、驚くべきことにナオキヴィッチはコトリーナの本を読んで話を始めた。
それは感想というより、物語の背景を詳しく語って聞かせるという感じであった。描かれた歴史など、とても詳しくコトリーナに説明してくれた。家庭教師による歴史の授業は嫌いだったコトリーナであるが、ナオキヴィッチの語る歴史はとても面白くコトリーナはたちまち夢中になった。

「今日はこれか。」
二人が時間をかけて話をするようになってから数日が経った。
「ローエングリンね…またお前が好きそうな話だな。」
「とても悲しいお話なんですよ。」
思い出すだけで涙が浮かぶのか、コトリーナは目を潤ませる。
『ローエングリン』は騎士と姫の悲しい話であった。正体を聞かないということで結婚した二人であったが、その禁を姫が破ったため二人の幸せは終わってしまうのである。
「そもそも、姫が死ぬのは自業自得じゃないか。」
「そんな、ひどい!」
コトリーナは抗議した。
「だってどういう人か知りたいのは当然でしょう?結婚するのに。」
「…言いたくないっていうのを無理に聞くからだろ。」
「でも。」
「正体を知らせたくなかったんだ。それを分かってやればよかった。」
「でも去らなくてもよかったじゃないですか。親の敵とかじゃあるまいし。」
「…。」
なぜかナオキヴィッチは黙ってしまった。その物憂げな表情に気付かずコトリーナはああだ、こうだと自分の感想を言い続ける。
「私だったら、相手がどんな人であっても愛した以上ずっと一緒にいるわ。」
「どんな人であっても?」
「ええ。」
「それが化け物であっても。」
「化け物っていうと…。」
「二目と見られぬ恐ろしい形相とか、半身が獣とか。そういう相手でも?」
さすがにコトリーナは黙り込んだ。一生懸命想像しようとしているらしい。その顔が面白く、気づかぬうちにナオキヴィッチの口元が緩んだ。
「…ええ!」
「いつか、お前を死に至らしめるような奴でもか?」
「死に至らしめるって…?」
あまりに恐ろしいことを言うナオキヴィッチに、コトリーナの表情が固まってしまった。
「ナオキヴィッチ様…。」
「…冗談だよ、冗談。」
ナオキヴィッチは小さく笑った。コトリーナは「そうですよね」とホッとしたように笑みを浮かべた。



少しずつ距離が縮まりつつある二人は、よく晴れた日に散歩に出かけることになった。
「お嬢様、とても楽しそうでいらっしゃいますね。」
「ええ、ナオキヴィッチ様がお元気になってきたからよ。」
「それだけでしょうか?」
鏡越しに意味ありげに笑いかけるモッティに、
「ま、何を勘違いしているの?」
とコトリーナは言った。その耳が赤くなっている。
「お二人の邪魔はいたしませんから、ご安心を。」
「だからそういうことじゃないって。」
そう言いつつも、コトリーナはおしゃれに余念がなかった。
「ただ、最近お元気になられているといってもナオキヴィッチ様はまだ静養中でいらっしゃいますからね。どうぞそれをお忘れになりませんよう。」
「そうね、気をつけないと。」
自分が浮かれているせいでナオキヴィッチの体がまた弱ってしまったらいけない。



「なるほど、静かだな。」
アイハーラ家に来てから初めての外出ということで、ナオキヴィッチは興味深く森の中を見回していた。
「でしょう?空気もとてもきれいでしょう?」
「ああ。」
パラソルをクルクル回すコトリーナ。その様子をナオキヴィッチは見つめた。
「何か?」
視線を感じたコトリーナはナオキヴィッチを見返す。

「いや、こういう空気のいい所で育つと、元気のいい山猿になるんだなと。」
「や、山猿!」
口をあんぐりと開けるコトリーナ。その顔が面白くてナオキヴィッチはプッと噴き出した。

しばらく森の中を歩くと、教会が見えてきた。
「まあ、歌の練習をしているんだわ。」
子供たちが讃美歌を歌う声が聞こえてきた。しばらく耳を傾けていたコトリーナは、その歌声に合わせ歌い始めた。
「…やめろ。」
「え?」
歌いながらコトリーナは隣を見た。
「歌うのを…やめろ!」
「ナオキヴィッチ様?」
コトリーナに怒鳴ると、ナオキヴィッチはその場に膝をついてしまった。肩が大きく上下に動いている。とても苦しそうだ。
「ナオキヴィッチ様、大丈夫ですか?」
ナオキヴィッチは身をかがめながら、元来た道を歩き始めた。今にも倒れそうでコトリーナは何とか体を支えようとしたが、それを振り払うようにナオキヴィッチは一人で歩く。

教会が見えなくなった所でナオキヴィッチは切り株に腰を下ろした。
「ナオキヴィッチ様。」
コトリーナは近くを流れる小川の水でハンカチをしぼり、それを真っ青なナオキヴィッチの顔に当てた。ナオキヴィッチは今度はコトリーナから逃げることはしなかった。
「大丈夫ですか、ごめんなさい。私が連れ回し過ぎたから…。」
館に戻って人を呼んでこようとするコトリーナの手を、ナオキヴィッチは握った。
「…大丈夫だ。」
「でも。」
「少し休めば楽になるから。」
先ほどより少し楽になったのか、もう肩で息はしていなかった。
「…座れ。」
「え?」
「ここに座れ。」
切り株はコトリーナも座ることができそうな大きさであった。コトリーナは言われた通り、その隣に腰を遠慮しながら下ろした。
「ひゃあ!!」
下ろした途端、その膝にナオキヴィッチが頭を乗せて来た。突然のことにコトリーナは驚くだけである。

「な、ナオキヴィッチ様…。」
男性が自分の膝に頭を乗せるなんて、しかもこんな綺麗な顔のナオキヴィッチに…。コトリーナはナオキヴィッチが目を開けないことを祈った。開けてしまったら顔を真っ赤にしている自分を見られてしまう。
青かった顔が少しずつ、普通の色を取り戻していくのをコトリーナはしばらく見つめていた。一体なぜ彼がこのようん苦しまねばならないのか。コトリーナは自分のように胸が苦しくなる。
せめて少しでも楽になるようにと、コトリーナはパラソルを掲げた。そして空いている手を使い、濡らしたハンカチをナオキヴィッチの顔にあてた。

しばらく休んだ後、二人は館へ戻った。待っていたモッティはナオキヴィッチの顔色が優れないのを見て心配した。
「あのね、モッティ、私が歩きすぎて…。」
「久方ぶりに外を歩いたら気持ちよく、つい無理をしてしまっただけだ。」
コトリーナの言葉をナオキヴィッチが遮った。ナオキヴィッチがコトリーナに「余計なことを言うな」という顔をしたので、コトリーナもそれ以上何も言わなかった。



が、コトリーナはモッティにだけは本当のことを話した。
「あの教会まででしたら、そんなに距離はございませんわね。お嬢様がお連れしたからという理由でもないかと思います。」
「そうかしら?」
「ええ。そりゃあ村のはずれまで歩きましたと仰られたらそれはちょっと…と思いますが。」
「でも私が途中で休憩を入れればよかったんだわ。」
せっかく最近は食堂に出てきてコーヒーを再び飲めるようになったのに、また悪化したのではとコトリーナは心配でたまらない。
「でもお嬢様を庇われるなんて、ナオキヴィッチ様もお優しいところがあるのですね。」
クスクスとモッティが笑うと、またコトリーナの耳が真っ赤になった。
「き、きっと自然豊かなこの館で静養したら、心が変わったんだわ。」
「それだけでしょうか?」
モッティと会話をしながら、コトリーナは先ほどの膝枕の一件を思い出し、今度は顔を赤くした。
「お嬢様、何か他にも?」
「な、ないわよ!全然。歌、そう、歌を歌ったくらいね。」
と叫びながらコトリーナはハッとなった。
「もしかして、私の歌があまりに下手で気分を悪くしたとか?」
「お嬢様の歌を聞かれて気分を悪くされたのですか?」
「私ってそんなに音痴かしら?」
「いえ、そのようなことは。」
モッティは首を傾げた。
「オペラ歌手のように魅了する歌声とまでは申しませんが、でも耳を塞ぎたくなるような下手というわけでもございません。」
「…長い付き合いだと正直に言ってくれるのね。」
つまりうまくもなく下手でもないということである。でも正直に言われてホッとした。



異変が起きたのは、それから三日後の夜であった。
「きゃぁぁぁぁぁ!!!」
絹を引き裂くような、コトリーナの絶叫が館中に響き渡ったのである。
「コトリーナ!」
「お嬢様!」
聞きつけた伯爵とモッティを始めとするメイドたちが血相を変えてコトリーナの寝室に飛び込んだ。
「お父様!あそこに、あそこに!」
淡いランプの光だけがたよりの、薄暗い寝室。コトリーナはベッドの隅を指さしていた。
「どうしたのだ?」
「お父様、あそこに恐ろしい者がいたの!」
「恐ろしい?」
伯爵とモッティたちは手分けしてコトリーナの寝室を見回った。
「コトリーナ、何もいないよ。」
娘をなだめるよう、優しい声で伯爵は言った。
「いいえ、いたのよ!そのベッドの所に、黒くて大きなかたまりが!」
「それはランプに照らされたお前の影じゃないのか?」
「違うわ!大きなかたまりが動いて…寝ていた私の首筋に近寄って…私、精一杯の力を振り絞って叫んだら消えたの!ねえ、まだいるのではなくて?」
「モッティたちも一生懸命探したよ。バルコニーも。」
「はい、お嬢様。何もいませんでした。」
「でも…。」
コトリーナは真っ青な顔で震えていた。
「モッティ、すまないが今夜は…。」
「かしこまりました、旦那様。お嬢様のお側についております。」
心得たというようにモッティは力強く頷いた。
「モッティ、ごめんなさいね。」
「大丈夫ですよ。朝までお側におりますから。」
震えるコトリーナの肩を、モッティは安心させるように抱いたのだった。



あとはモッティに任せて伯爵は寝室を出た。と、ナオキヴィッチのことを思い出した。
何せ病人である。この騒ぎで気分を害していなければいいがと思い、ナオキヴィッチの客間へとそっと足を運んだ。
中からは物音一つ聞こえない。きっとぐっすりと眠っているのだろう。こちらも安心だと、伯爵はその場を後にしたのだった。

その時、ナオキヴィッチは起きていた。ベッドに腰掛け、茫然としていた。
「とうとう…あいつに…。」
両手を黙って見つめるナオキヴィッチ。その脳裏には「相手が化け物でも一緒にいる」と頷いていたコトリーナの顔が浮かんでいた。






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 |  2016.07.21(Thu) 06:50 |   |  【コメント編集】

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 |  2016.07.21(Thu) 07:21 |   |  【コメント編集】

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相変わらず、態度で買いな、て、思ったら❓ナオキビッチですもんね、徐々に、コトリーナに、心を、開いていった、見たいね?最初は、本当に、態度が、でかくって、何様、だれの家、と、言う感じだったけど、ナオキビッチは、コトリーナのことが、大好きに、なりつつありますね。v-9
なおちゃん |  2016.07.21(Thu) 08:26 |  URL |  【コメント編集】

★マロンさん、ありがとうございます。

いえいえ、こちらこそ読んで下さってありがとうございます。
本当、突然距離を縮めちゃって。どういう心境の変化なのか。
膝枕までさせるほど、すっかり信用しちゃったようで。
二人で秘密を持ったら、どんどん仲良くなるだけなんですけれど。
色々書いていますが、本当、付いてきて下さるだけで感謝感謝です。
水玉 |  2016.07.29(Fri) 21:41 |  URL |  【コメント編集】

★りょうママさん、ありがとうございます。

すっかり打ち解けちゃいました。
最初最悪な仲だった二人が些細なできごとをきっかけに距離を近づけていくのはセオリーですよね。
だけどナオキヴィッチは秘密を抱えているし、コトリーナには恐ろしいものが近づいてきているし。
本当、どうするのでしょうね。その時が来たら…。
水玉 |  2016.07.29(Fri) 21:44 |  URL |  【コメント編集】

★なおちゃんさん、ありがとうございます。

そうです、態度でかいのはナオキヴィッチだから(笑)
コトリーナちゃんの優しさに少しずつ、心を開いていってますけれど。
ツンツンしていたコトリーナちゃんもだいぶ変わってきてますしね!
水玉 |  2016.07.29(Fri) 21:45 |  URL |  【コメント編集】

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